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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
十章(母の記憶編)

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第十九話 最強の陰陽師、いつたび山へ向かう 後


▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▖



「……」


 ぼくは目を覚ました。

 体を起こしながら、夢の内容を反芻する。


「勇なる者……転生……まさか……」


 ぼくは立ち上がる。

 懐のヒトガタを一通り確認すると、仕舞い直した。

 そして、再び歩き出す。


「セ、セイカさま? 里に戻られないのでございますか?」


 頭の上で、ユキが驚いたように問いかけてきた。

 ぼくは答える。


「ああ。まだ解呪の呪符はある。あと一度くらいなら、霧に囚われても問題ない」

「で、ですが……なぜ今回ばかり……」

「気になることがあるんだ」


 戻っている時間がもどかしかった。

 式の調整も、これ以上は必要ない。このまま進んでいい。


 足早に、山道を行く。

 進むほどに、霧はどんどん濃くなっていく。辺りはもはや、薄暮のごとく暗い。

 下りの傾斜も、ますますきつくなっていった。足先で蹴飛ばしてしまった小石が止まることなく転がっていき、下方の霧の中に消えた。

 これだけ重力が強まっているということは、時の流れも相当に遅くなっていることだろう。


「セイカさま……いったい、夢でなにをご覧になられたのですか」


 ユキがぼくの様子を見て、案じるかのように問いかけてきた。

 簡潔に答える。


「もしかしたら、この異変には……勇者の秘密が関わっているかもしれない」

「えっ」

「思えば、そうでない方がおかしいくらいだった。勇者と魔王の誕生に際して、異変は発生していたのだから」


 勇なる者……勇者。

 だとすれば、この地こそが――――…………。



▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▚▘



 ぼくは再び、宮殿の広間で玉座に座していた。

 眼前には、同じく官僚たちの姿がある。


 一瞬、前回と同じ場面なのかと考える。

 だが、違った。


 広間の中心には、前回の夢にはいなかった――――英雄たる少年の姿があったからだ。


『感謝いたします、御上』


 少年は、清々しい笑顔を浮かべていた。

 こちらをまっすぐに見つめながら、晴れやかな声音で言う。


『これまで力およばず、巫国の助けとなれなかった僕に……そんな、誉れある役目を与えてくださるとは』


 少年が、自らの胸に手を当てる。


『いと尊き御上よ。後の世にて魔族を滅ぼす大命、畏れ慎んで拝受いたします』


 その目は、どこまでも純粋な光を宿していた。

 転生にあたり、今生での死が確定すると知っていても、なお。


『必ずや、成し遂げてご覧に入れましょう』


 ぼくは……しばらくの間、何も言うことができなかった。


『…………馬鹿者が』


 やがて、弱々しく口を開く。


『おまえの功をこの目で見ることは、もはやできん……その頃には、吾もこの世にいないのだから』


 ぼくの口から発せられたのはそんな、女王としてはまるでふさわしくない、泣き言のような返答だった。



▘▖▘▖▘▖▘▖▘▖▘▖▘▖▘▖▘▖▘▖▘



 場面は変わる。

 そこは窓のない、薄暗くも広大な部屋だった。


 地下室だろうか。床も壁も、すべて剥き出しの石材で造られている。

 所々に灯る松明が、室内の様子を薄ぼんやりと照らし出していた。


 その床には――――たくさんの人間が、並んで横たわっている。

 年齢も性別もバラバラだが、若い男は少ない。誰も彼も、目を閉じたままわずかにも動く様子はなかった。


 外傷もなく、穏やかな表情で……皆死んでいた。

 死体の群れの中にふと、見覚えのある老官僚の姿を認める。

 彼らは、転生の秘儀における魔力源であるようだった。


 そして――――彼らの中心には、英雄たる少年が立っていた。

 真新しい、輝くような鎧を纏い、華美な拵えの剣を提げている。

 その精悍な顔立ちも相まって、まるでこれから舞台に登る花形俳優のようだ。


『……』


 ぼくは振り返る。

 背後には数人の神官と、兵士の姿があった。

 もはや女王の意思であっても、秘儀を取りやめることは許されないだろう。


『……最後に、言い残すことはあるか』


 少年へと向き直り、ぼくは言った。


『困難な使命に臨む覚悟の表明でも、滅び行くこの国への手向けでも……泣き言でも、恨み言でも、かまわん』


 少年は目をしばたたかせると、困ったように笑って言う。


『参りました……いざとなると、何も出てきません。思いは心に、たくさん詰まっているはずなのに』

『……何もないならば、そろそろ始めるとしよう』


 短い逡巡の後……眼前に、大仰な杖が掲げられた。

 口からは、不思議な旋律の呪文が紡がれ始める。

 唱えている女王自身にもその意味はわからないようだったが、それは確かな法則と秩序をもって、世界を改変していく。


『――――~~~――~―……』


 床の死体から、光の粒子が次々に浮かび上がった。

 無数のそれらはやがて薄暗い部屋を満たすと、左右に積み上げられた魔石の魔力と一体となり、室内に渦巻き始める。


『―~――っ……。――――~――~~――……』


 不意に、視界がちらつく。揺らいだ体を、杖を突いて支えた。

 転生の秘儀は、この女王自身にも相当な魔力消費を強いているようだ。


 少年の足元には、いつの間にか白い砂のようなものが積もっていた。

 ふと、少年が自らの手に目を落とす。

 その指が、もげた。

 床に落ちた指は、血を散らすこともなく崩れ、白い砂に変わってしまう。

 少年の頬が、髪が、崩れていく。

 足が砂に変わり立っていられなくなったのか、少年が鎧の膝を突いた。


『あ……』


 少年が口を開くと、唇の表面が砕けて白砂が散った。


『っ、××××!』


 ぼくは、少年のものらしき名を叫んだ。

 詠唱は途絶えたが、すでに秘儀は成ったのか、少年の崩壊が止まる様子はない。

 少年は再び、困ったような笑みを浮かべた。


『言い残したいこと……一つ、ありました』


 膝を突いた少年の体が、鎧の中で崩れていく。

 目を見開くぼくの視界の中で、少年は見る間に小さくなっていった。

 肉体が崩壊する最中にありながら、少年は死に恐怖する様子をわずかにも見せず、目を細めて言う。


『ずっと、僕を愛してくれてありがとう。お……』


 言い終える前に、少年の下顎が崩れた。

 鎧の隙間からは、大量の白砂がこぼれ落ち続ける。

 やがて……上半分になった頭だけが、砂山の上に転がった。


 少年が目を閉じる。

 その顔が崩れる。かつて頭だった白砂の塊も、やがて砂山に混じってわからなくなってしまった。


 静寂に満ちた室内に、女王の苦鳴のような吐息が響く。


『……ふぅ……ぐっ……!』


 不意に、視界がぼやけた。

 また場面が変わるのかと思ったが、そうではないようだった。


『××××……』


 ぼくは少年の名を呟く。

 その声音には、なんらかの決意が込められていた。


『……おまえを、一人にはさせん』


 潤み、ぼやける視界の中に――――ふと一瞬、白い霧がよぎった気がした。



▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▞▖



 ぼくは目を覚ました。


「うっ……」


 痛みに頭を押さえる。

 手を見ると、血が付いていた。


 周囲の景色は、夢に落ちる直前のものと異なる。

 どうやら傾斜がきつくなっていたために、倒れた拍子に軽く滑落し、岩に頭を打っていたようだった。


「だ、大丈夫でございますか?」


 傍らではユキが、ぼくを心配そうに見上げている。


「……ああ」


 短く答えて体を起こすと、ぼくは大きく息を吐いた。

 時間の遅れを鑑みれば、早いところ一度神殿に戻った方がいい。

 だが……思考は夢の内容を反芻するばかりで、立ち上がる気が一向に起きなかった。


「此度は、幾分か早く目覚められたようでございますが……肝心の夢は、どのような具合でございましたか?」


 ユキの問いに、ぼくはわずかな沈黙の後に答える。


「……一つ、はっきりしたよ。まさか、こんな風に関わっていたとは」

「と……おっしゃいますと?」


 ぼくは、はるか下方、霧の先にあるであろう山頂を見据えた。

 ここから見える山道の先は、完全な暗闇となっている。


「ここは――――勇者の生まれた地だ」

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