第十九話 最強の陰陽師、いつたび山へ向かう 後
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「……」
ぼくは目を覚ました。
体を起こしながら、夢の内容を反芻する。
「勇なる者……転生……まさか……」
ぼくは立ち上がる。
懐のヒトガタを一通り確認すると、仕舞い直した。
そして、再び歩き出す。
「セ、セイカさま? 里に戻られないのでございますか?」
頭の上で、ユキが驚いたように問いかけてきた。
ぼくは答える。
「ああ。まだ解呪の呪符はある。あと一度くらいなら、霧に囚われても問題ない」
「で、ですが……なぜ今回ばかり……」
「気になることがあるんだ」
戻っている時間がもどかしかった。
式の調整も、これ以上は必要ない。このまま進んでいい。
足早に、山道を行く。
進むほどに、霧はどんどん濃くなっていく。辺りはもはや、薄暮のごとく暗い。
下りの傾斜も、ますますきつくなっていった。足先で蹴飛ばしてしまった小石が止まることなく転がっていき、下方の霧の中に消えた。
これだけ重力が強まっているということは、時の流れも相当に遅くなっていることだろう。
「セイカさま……いったい、夢でなにをご覧になられたのですか」
ユキがぼくの様子を見て、案じるかのように問いかけてきた。
簡潔に答える。
「もしかしたら、この異変には……勇者の秘密が関わっているかもしれない」
「えっ」
「思えば、そうでない方がおかしいくらいだった。勇者と魔王の誕生に際して、異変は発生していたのだから」
勇なる者……勇者。
だとすれば、この地こそが――――…………。
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ぼくは再び、宮殿の広間で玉座に座していた。
眼前には、同じく官僚たちの姿がある。
一瞬、前回と同じ場面なのかと考える。
だが、違った。
広間の中心には、前回の夢にはいなかった――――英雄たる少年の姿があったからだ。
『感謝いたします、御上』
少年は、清々しい笑顔を浮かべていた。
こちらをまっすぐに見つめながら、晴れやかな声音で言う。
『これまで力およばず、巫国の助けとなれなかった僕に……そんな、誉れある役目を与えてくださるとは』
少年が、自らの胸に手を当てる。
『いと尊き御上よ。後の世にて魔族を滅ぼす大命、畏れ慎んで拝受いたします』
その目は、どこまでも純粋な光を宿していた。
転生にあたり、今生での死が確定すると知っていても、なお。
『必ずや、成し遂げてご覧に入れましょう』
ぼくは……しばらくの間、何も言うことができなかった。
『…………馬鹿者が』
やがて、弱々しく口を開く。
『おまえの功をこの目で見ることは、もはやできん……その頃には、吾もこの世にいないのだから』
ぼくの口から発せられたのはそんな、女王としてはまるでふさわしくない、泣き言のような返答だった。
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場面は変わる。
そこは窓のない、薄暗くも広大な部屋だった。
地下室だろうか。床も壁も、すべて剥き出しの石材で造られている。
所々に灯る松明が、室内の様子を薄ぼんやりと照らし出していた。
その床には――――たくさんの人間が、並んで横たわっている。
年齢も性別もバラバラだが、若い男は少ない。誰も彼も、目を閉じたままわずかにも動く様子はなかった。
外傷もなく、穏やかな表情で……皆死んでいた。
死体の群れの中にふと、見覚えのある老官僚の姿を認める。
彼らは、転生の秘儀における魔力源であるようだった。
そして――――彼らの中心には、英雄たる少年が立っていた。
真新しい、輝くような鎧を纏い、華美な拵えの剣を提げている。
その精悍な顔立ちも相まって、まるでこれから舞台に登る花形俳優のようだ。
『……』
ぼくは振り返る。
背後には数人の神官と、兵士の姿があった。
もはや女王の意思であっても、秘儀を取りやめることは許されないだろう。
『……最後に、言い残すことはあるか』
少年へと向き直り、ぼくは言った。
『困難な使命に臨む覚悟の表明でも、滅び行くこの国への手向けでも……泣き言でも、恨み言でも、かまわん』
少年は目をしばたたかせると、困ったように笑って言う。
『参りました……いざとなると、何も出てきません。思いは心に、たくさん詰まっているはずなのに』
『……何もないならば、そろそろ始めるとしよう』
短い逡巡の後……眼前に、大仰な杖が掲げられた。
口からは、不思議な旋律の呪文が紡がれ始める。
唱えている女王自身にもその意味はわからないようだったが、それは確かな法則と秩序をもって、世界を改変していく。
『――――~~~――~―……』
床の死体から、光の粒子が次々に浮かび上がった。
無数のそれらはやがて薄暗い部屋を満たすと、左右に積み上げられた魔石の魔力と一体となり、室内に渦巻き始める。
『―~――っ……。――――~――~~――……』
不意に、視界がちらつく。揺らいだ体を、杖を突いて支えた。
転生の秘儀は、この女王自身にも相当な魔力消費を強いているようだ。
少年の足元には、いつの間にか白い砂のようなものが積もっていた。
ふと、少年が自らの手に目を落とす。
その指が、もげた。
床に落ちた指は、血を散らすこともなく崩れ、白い砂に変わってしまう。
少年の頬が、髪が、崩れていく。
足が砂に変わり立っていられなくなったのか、少年が鎧の膝を突いた。
『あ……』
少年が口を開くと、唇の表面が砕けて白砂が散った。
『っ、××××!』
ぼくは、少年のものらしき名を叫んだ。
詠唱は途絶えたが、すでに秘儀は成ったのか、少年の崩壊が止まる様子はない。
少年は再び、困ったような笑みを浮かべた。
『言い残したいこと……一つ、ありました』
膝を突いた少年の体が、鎧の中で崩れていく。
目を見開くぼくの視界の中で、少年は見る間に小さくなっていった。
肉体が崩壊する最中にありながら、少年は死に恐怖する様子をわずかにも見せず、目を細めて言う。
『ずっと、僕を愛してくれてありがとう。お……』
言い終える前に、少年の下顎が崩れた。
鎧の隙間からは、大量の白砂がこぼれ落ち続ける。
やがて……上半分になった頭だけが、砂山の上に転がった。
少年が目を閉じる。
その顔が崩れる。かつて頭だった白砂の塊も、やがて砂山に混じってわからなくなってしまった。
静寂に満ちた室内に、女王の苦鳴のような吐息が響く。
『……ふぅ……ぐっ……!』
不意に、視界がぼやけた。
また場面が変わるのかと思ったが、そうではないようだった。
『××××……』
ぼくは少年の名を呟く。
その声音には、なんらかの決意が込められていた。
『……おまえを、一人にはさせん』
潤み、ぼやける視界の中に――――ふと一瞬、白い霧がよぎった気がした。
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ぼくは目を覚ました。
「うっ……」
痛みに頭を押さえる。
手を見ると、血が付いていた。
周囲の景色は、夢に落ちる直前のものと異なる。
どうやら傾斜がきつくなっていたために、倒れた拍子に軽く滑落し、岩に頭を打っていたようだった。
「だ、大丈夫でございますか?」
傍らではユキが、ぼくを心配そうに見上げている。
「……ああ」
短く答えて体を起こすと、ぼくは大きく息を吐いた。
時間の遅れを鑑みれば、早いところ一度神殿に戻った方がいい。
だが……思考は夢の内容を反芻するばかりで、立ち上がる気が一向に起きなかった。
「此度は、幾分か早く目覚められたようでございますが……肝心の夢は、どのような具合でございましたか?」
ユキの問いに、ぼくはわずかな沈黙の後に答える。
「……一つ、はっきりしたよ。まさか、こんな風に関わっていたとは」
「と……おっしゃいますと?」
ぼくは、はるか下方、霧の先にあるであろう山頂を見据えた。
ここから見える山道の先は、完全な暗闇となっている。
「ここは――――勇者の生まれた地だ」





