第十七話 最強の陰陽師、聞き込む
里では、およそ半月が経過していた。
神殿に戻った時、窓の外では雪がちらついていた。
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「おかえり、セイカ! 無事でよかった~。寒くなってきてたから心配してたんだ。お腹空いてるでしょ? すぐごはんにするから!」
半月ぶりに帰ってきたぼくを、メローザは相変わらず明るく迎えてくれた。
食事の席はいつものようにやや気が重かったが、これまでよりも気まずさは感じなかった。
アミュたちが、会話の間をうまく持たせてくれていたためだ。それにメローザ本人も、あまりぼくに話を向けてこなくなった気がする。
イーファが言っていたように、気を回してくれているのだろう。あるいはメローザに対しても、ぼくとの距離感について伝えてくれていたのかもしれない。
ありがたさよりも、申し訳なさの方が、少しだけ勝った。
「あ、そうだ。あんたに伝えておかなきゃいけないことがあったのよ」
食事中、唐突にアミュが言った。
ぼくは訊ねる。
「なんだ?」
「あー……今じゃなくてもいいかしら」
言いよどむアミュに、ぼくは食事の手を止めて言う。
「明日は、この集落の者に話を聞きに行くつもりなんだ。早ければ明後日にはまた山へ向かう。大事なことなら、忘れないうちに話してくれないか」
「うーん……それもそうね」
アミュは気を取り直したようにそう言った。
どうしても今話せない話題というわけでもないらしい。
「あんたから預かってた呪符だけど……たぶん効かなくなってきてる」
「……どういうことだ?」
眉をひそめて訊ねると、アミュは説明する。
「一日一回確認して、破れてたら貼り替えるって話だったでしょ?」
「ああ」
それを見越して、呪符は余分に渡していた。
ただ実際のところ、あの呪符が破られることはそうないと思っていたのだが……。
「まさか、残りが心許なくなってきたのか?」
「というか、ないわ」
「……は?」
「ゼロよ。今日で全部なくなったの。あんたが戻ってこなかったらどうしようかと思ってたところ」
「……」
それは、ぼくに少々の驚愕をもたらした。
あの呪符は、元々気休めのようなものだ。呪いを防ぐのではなく、弱める程度の効果しかない。だからこそ逆に、破壊には強いはずだったのだが。
アミュは続けて言う。
「最初はそうでもなかったんだけど、朝見たとき、だんだん破れてることが多くなってきたのよ。今だともう半日くらいしか持たないんじゃないかしら。それにあんたが山に行っている間、眠っちゃう人も増えたわ。霧もなんだか濃くなってる気がする。たぶん、異変の力が強くなってきていて……あの呪符だともう、あんまり効果がないんじゃないかと思うんだけど」
「……」
ぼくは思わず沈黙してしまった。
異変の影響が増している? あの呪符を一日足らずで破るほどに?
だとすれば……原因はなんだ?
「……わかった。ひとまず、新しい呪符を預けておく。明日までには用意するから、もうしばらくの間、ここを頼む」
今は、そんな場当たり的な対処法しか思い浮かばなかった。
ただ、それほど大きな問題でもない。
異変さえ鎮められれば、すべてが解決するのだから。
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翌日、ぼくは区長のエイダンフとセゼルテに、話を聞きに行った。
山で見た何者かの記憶について、確認したいことがあったからだ。
だが。
「かつてこの地を治めていた、人間の国じゃと?」
エイダンフが、思い切り眉をひそめて言った。
「知らん。聞いたこともないわい」
「……私もわからないわ。母からも、そんな話は聞いたことがありませんでした」
セゼルテもまた、困惑気味に否定する。
「この忌まわしい地には、魔族はもちろん人間も住んでいなかったと聞いていたわ。その国は、どのくらい前に存在したものなの?」
「それは……なんとも……」
ぼくは口ごもる。
むしろこちらが聞きたいくらいだった。
山で夢の中に垣間見た、人間の国。
赤みがかった肌の人々が住む、女王の治める都市国家。わかる特徴としてはそれくらいだ。あとは、いくつかの地名くらいか。
ぼくは少し考え、訊ねる。
「この周辺で、城壁や砦の跡が見つかったことはありませんか?」
エイダンフとセゼルテは一瞬視線を交わした後、そろって首を横に振る。
「では、クイロウやヘディヘイという地名に聞き覚えは?」
答えは同じだった。
ぼくはさらに訊ねる。
「それなら……赤みがかった肌を持つ人間に、出会ったことはありませんか?」
「……さあのう」
エイダンフが背もたれに体重を預けながら言う。
「会ったことがある気もするが、ない気もする。儂らに人間の細かな違いなど判別できん。人間のことならば、人間の国で暮らしている者の方が詳しいのではないか?」
「……」
そのとおりだった。
だがぼく自身、あのような人種は見たことがない。
見かねたように、セゼルテが言う。
「この集落には、私より長く生きている者もいるわ。もしかしたら、何か知っているかもしれません。よければ、私が話を繋ぎましょうか?」
「それは……ぜひ、お願いします」
その後ぼくは、セゼルテの伝手を使い、老年の森人のもとを回った。
だが……夢で見た人間の国を知る者は、一人もいなかった。





