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第五話 最強の陰陽師、眺める


 準備をしていると、出立の日はあっという間にやって来た。


「一応、もう一度訊くけど……」


 帝城の前で、ぼくはすでに準備万端なアミュたちを見回して言う。


「本当に君たちもついてくる気なのか?」

「当たり前でしょ!」


 アミュが胸を張って言う。


「パーティーの仲間を一人で、危ない場所になんて行かせないわよ!」

「とか言って、本当は独立領に行ってみたいだけなんじゃないのか?」

「アミュはそう」

「はあ? ちょっと!」


 アミュの魂胆をあっさりばらしたメイベルが、無表情のままぼくを見上げて言う。


「私は違う」

「じゃあ、君はなんでついてくるんだ?」


 メイベルは少し考え込むようにして、それからぼそりと答えた。


「……そこまで考えてなかった」


 思わず呆れる。

 この子もどうやら、アミュと似たような動機らしい。


「えっと……」


 と、ずっと何か言いたげにしていたイーファが、遠慮がちに口を開く。


「たぶん、あんまり役に立てることもないと思うけど……邪魔じゃないなら、わたしたちも行きたいな……って」

「……。別に、邪魔ではないが……」


 異変の性質からいって、この子らが危険な目に遭う可能性も少ないだろう。

 それに……この子らを帝都に残していくのも不安があった。

 ある意味で魔族領などよりもずっと、帝都はぼくにとって警戒すべき場所になっている。


 小さく息を吐いて、ぼくはアミュたちに告げる。


「……ついてくるのはかまわないが、これから向かうのは北だからな。絶対寒くなるだろうけど文句は言うなよ」


 言い終えるやいなや、子供みたいな元気のいい返事が返ってきた。

 と、その時。


「……みなさん」


 ふとかけられた声に振り返る。

 そこには、厚手の外套を着たフィオナの姿があった。


「やはり本当に、あの地へ向かわれるのですか?」


 フィオナは、やはり引き留めたそうな様子だった。

 ぼくは彼女に向き直って答える。


「ああ。前にも訊いたが、別に政治的にまずいことになったりはしないんだろう?」

「それはそう、なのですが……」


 フィオナが歯切れ悪く答える。

 学園派閥でも重要な地位にいるらしい学園長に貸しを作れるので、フィオナとしても独立領の異変解決は望むところであると思うのだが。

 ぼくはやや軽い調子で言う。


「異変を絶対に解決できるとは言えないが……少なくとも、危険な目に遭うようなことはないから大丈夫だ」

「……そこはあまり、心配していませんが」


 そこでフィオナは、少し寂しげな顔になって言う。


「冬の間、みなさんと何をしようか考えていたので、少し残念だっただけです」

「……」


 ぼくは思わず口をつぐむ。

 もしかしたら冗談なのかもしれないが……本心だとすれば、悪いことをしてしまったかもしれない。


 帝都周辺ならまだしも、北方の道はこの先雪で閉ざされる。

 仮に早く異変を解決できたとしても、少なくとも冬の間はずっと独立領で過ごさざるをえない。


 フィオナの立場で歳の近い友人というのもなかなかいないだろうから……あるいは、ぼくらの長い滞在を楽しみにしていたのだろうか。


 せめて何かいい土産でも持ち帰ってやろうなどと考えていると、フィオナが不満そうな顔になって言う。


「しかしそれはそうと、せめて護衛の聖騎士は伴ってもらいたかったものですね」

「いや、それは勘弁してくれ……もうたくさんだよ」


 思わず顔をしかめる。

 反乱が起こっていた西方では、聖騎士レンに散々引っかき回された。

 フィオナもさすがに別の奴を寄越すつもりだっただろうが、聖騎士はどうやら一癖も二癖もある連中ばかりらしいので、正直同行してほしくはない。


 ぼくは付け加えるようにして言う。


「それに、今回は学園長が冒険者の護衛を手配してくれたようだから。それで十分だ」

「冒険者などよりも、下位聖騎士の方が絶対に役に立つのですが……」


 フィオナは、やはり不満そうにぶつくさ言っている。


「……それで、肝心の護衛はどこに?」

「予定では、ここに代表の奴が来ることになっているんだけど……」


 通りを見回すも、冒険者らしい人間は見当たらない。

 護衛というからには、少なくともそれらしい格好をしていると思うのだが……。


「――――ほう。どんなひよっこパーティーかと思いきや、存外にやりそうじゃないか」


 不意に、張りのある声が響いた。

 見ると、ぼくらが乗るはずの馬車に寄りかかるように、一人の女性が鷹揚な笑みで立ってこちらを眺めている。


 四十に届かないくらいの歳だろうか。

 美人ではあるが、隙のなさそうな顔立ちをしていた。仕立てのいい服装からも、それなりの地位にいる人間であることがうかがえる。


 誰だこの人……? と思っていたその時。


「え……ママ!?」


 アミュが唖然とした顔で声を上げた。

 ぼくらも呆気にとられる中、その女性はにっこり笑うと、アミュに向かって両手を広げてみせる。


「アミュ!」


 アミュは一瞬ためらう素振りを見せたものの、すぐに駆け出すと女性の胸に飛び込んだ。


「ママ! なんでなんでっ?」

「はははアミュ~! 二年ぶりだなぁ」


 力いっぱいアミュを抱きしめていたその女性は、やがて腕を離すと、その目に慈しみを宿らせて言う。


「背は……少しだけ伸びたか? だが、それ以上に力をつけたなアミュ。ママにはわかるぞ。突然学園を休学して旅に出たと聞いた時は驚いたが、いい経験をしてきたようだ」

「えー、そう? でも、そうかも! ほんと、すっごいいろんなことがあったんだから!」


 女性に対し、嬉しそうに話すアミュ。

 驚いたことに、どうやら謎の女性はアミュの母親であるらしかった。


 髪色も雰囲気も結構違うが、アミュは父親似なのだろうか?

 いやそんなことよりも……。


「ええと……アミュ? これはどういう……」

「挨拶が遅れたな」


 女性はぼくらの方に視線を向けると、張りのある声で告げる。


「冒険者ギルド、キオノ支部で副支部長をしているカディアだ。森人(エルフ)矮人(ドワーフ)独立領への道中に護衛が入り用と魔法学園直々に依頼があったため、私自らが選定した者たちを連れてきた。今は城門近くに待たせてある」

「……じゃあ、ここで落ち合うはずの冒険者の代表っていうのが……」

「私だ」


 カディアと名乗ったアミュの母親、もといギルド幹部が堂々と言った。


 まさかギルドの人間が来るとは思わなかった。

 依頼はギルドを介してなされるため、その重要度によってはそういうことがあってもおかしくはない。特に今回の依頼主は、学園長という帝国でも立場のある者だ。


 だが……それで訪れたのがアミュの身内だなんて、そんな偶然があるのか?


「でも、なんでママが? っていうか、護衛ってうちの支部の冒険者なの?」


 同じく不思議に思ったのであろうアミュが、母親に訊ねる。


「そうだ。実はうちのギルドには昔から、この手の依頼がたまにあってな。護衛対象にアミュがいるのを知り、ママも来てみることにしたんだ」

「知らなかった……じゃあ、ママも独立領まで一緒に行くの?」

「さすがにママは同行しない。帝都のギルド本部に顔を出して帰るつもりだ。だが、護衛役にはテュシーサやグヌラル(おう)も呼んでおいた。みなアミュに会えるのを楽しみにしているぞ」

「わ、そうなの!? あ、じゃあもしかして……パパも?」

「いいや、パパは……」


 カディアは苦笑して言う。


「本当は来るはずだったんだが、腰を痛めてな。さすがに止めた。本人は這ってでも来たがっていたがな」

「えー、なあんだ。パパも年?」

「ふふ、かもしれん。本人には言ってやるなよ? きっと泣いて鬱陶しい」


 ぼくは二人が話すその様子を、ただ眺めていた。


 ずいぶん家族仲がいいようだった。

 アミュは以前に、両親に迷惑をかけたくなくて学園に来たと話していたが……別にわだかまりなどはないらしい。


 思えば、この子が最後に里帰りしていたのは二年生の時の夏だ。それからもう二年以上経ったことになる。積もる話も、ありすぎるほどにあることだろう。


 ただ……少し気にかかることもあった。

 ぼくはフィオナに小声で話しかける。


「……どう思う? というか、このことは知っていたか?」

「……いいえ。しかし、懸念するようなことはないと思います」


 フィオナが小声で返してくる。


「ユーヘッデ(おう)に限って、こんなやり方で策を打ってくるとは思えません。そんな理由もないでしょうし……大方、アミュさんが久しぶりに家族に会えるようにと気を回しただけでしょう」

「……そう考える方が自然か」


 ここのところ(まつりごと)に関わりすぎたためか、近しい者を巻き込むことの意味をついつい深読みしそうになる。が、気にしすぎだろう。


 アミュの故郷であるキオノの街は、ここから北方、帝都から独立領へ向かう途中に位置する。

 かの地までの道も、この辺りの冒険者などよりはよほどよく知っているだろう。キオノのギルドへ話を持っていくのはごく自然なことだ。

 そこにアミュの両親がいるという縁まであるのなら、なお都合がいい……とまあ、その程度の事情なのだろう。


 小さく溜息をつく。

 疑り深くなるのは悪いことではないが、気分はよくない。


「帰りはキオノに寄るといい。パパも会いたがっているからな」

「うん。じゃ、春にね!」


 アミュは、ぼくらからすると意外なほどはしゃいでいた。

 きっと、家族の前ではああなのだろう。


 母娘の平和な会話を、ぼくはしばしの間眺めていた。

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