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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
十章(母の記憶編)

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第一話 最強の陰陽師、言い逃れる

十章の開始です


「君――――魔王なんだって?」


 皇帝ジルゼリウスが放ったその言葉を、ぼくは立ち尽くしたまま聞いていた。


 謁見の間はいつの間にか、皇帝が纏う得体の知れない気で満ちている。

 もちろん、それはただの錯覚だ。

 目の前の玉座に座す男は、さしたる力を持っていない。尋常ならざる武の技も、比類なき(まじな)いの術も、配下となる強大な化生すら、この男の手の内にはない。皇帝自身は、ただの脆弱な、一人の人間にすぎない。


 ――――だが、それでも。

 この男は、その知謀と冷徹な意思によって、あらゆることを為し得る。


 凡庸な顔をした怪物が、特徴のない笑みとともに続ける。


「意外だったかな? よく買いかぶられることが多いのだけど、ぼく自身は特別に強くも賢くもない、皇帝の血筋に連なるだけのつまらない人間だ。ただこれでも一応、この大きな国の君主でね。さすがに調べるとも。人間社会の敵が、どこの誰なのかくらいは」

「っ……」


 皇帝の笑みが、苦笑のようなものに変わる。


「静かに隠れていたならばともかく、あれだけ派手に動かれれば、いくらなんでもね。魔族領ではずいぶんと多くの者に受け入れられていたそうじゃないか、セイカ君。どうやら君には魔法の力だけではなく、他者を導く指導者としての資質もあるようだ。……ああ、誤解のないよう言っておくけど、あの火山をつついたのはぼくじゃないよ? ふふ、我が息子が二度も迷惑をかけてすまなかったね」


 皇帝が穏やかに微笑む。

 どうやら皇帝は、魔族領にまで自身の情報網を張り巡らせているようだった。

 当たり前だ。悪魔の王宮に人間側の間者が潜り込んでいた以上、この男に魔族領の状況を把握する程度できないはずもない。


 すでに知られている。

 ぼくが、魔王として魔族領に赴いたことも。あの地で若き王たちと共に、すべての種族を団結に導いたことも。

 さすがに噴火を鎮めたことまでは露見していないだろうが、窮地であることに変わりはない。


 最も恐れていた事態が、起きてしまったと言えた。

 この大帝国の君主に、ぼくの存在が脅威の形で認識されている。

 ユキの言っていたとおり、この事態はぼくの生き方が招いた必然だったのだろうか。だとしたら自分の間抜けさを呪うしかない。


 ――――だが。

 まだ光明はある。


「それで」


 皇帝が頬杖を突きながら、不敵に訊ねてくる。


「君は人間の国へ、どんな悪巧みをしに戻ってきたのかな?」

「何をおっしゃっているのか……ぼくにはわかりかねますね」


 静かに放ったぼくの言葉に、皇帝は笑みを深めて返す。


「さすがに、それは少々苦しいと思うよ」

「ぼくが魔族領を訪れたのは事実です」


 皇帝が、意外そうに首をかしげた。

 ぼくは続ける。


「彼らの有力者に面を通され、魔王として振る舞ったのもまた事実。しかし、それだけです。ぼくが魔王などという事実もなければ、帝国へ戻ってきたのもただ噴火の混乱に乗じて逃げ帰ってきただけのこと。当然でしょう、ぼくは人間なのですから」


 皇帝はおもしろそうに口を開く。


「ふむ。詳しい経緯を聞かせてもらえるかな。ぼくも、実はあまり詳細には把握していなくてね」

「この春、ケルツの近郊で魔族の者と偶然知り合いました。なりゆきで短い間冒険者稼業を共にしたのですが、ぼくの容姿と魔法を見て何を勘違いしたのか、ぼくを魔王などと呼び始めたのです」


 核心的な情報は隠しつつ、できるかぎり淡々と、破綻しようのない事実のみを話し続ける。


「その者はどうやら魔族の中でも上流の出自だったらしく、勇者と魔王の誕生についてもある程度知っていたようでした。まったく面倒でしたが、捨て置けばどこまでも追ってこられかねない。逃亡者の身分で拠点であるラカナに面倒事を持ち込むわけにもいかず、いずれ誤解も解けるだろうと、仕方なく魔族領まで同行してやることにしたのです。しかしどうにも予想外に大事になってしまい、身の安全のため、彼の地では魔王として振る舞わざるをえなくなってしまった……。経緯としてはこんなところです。あの噴火騒ぎは、迷惑どころか渡りに船でしたよ。さすがに彼らも、どこの馬の骨とも知れぬ人間を魔王扱いしている場合ではなくなったようでしたのでね」

「ふうん。なるほど」


 愉快そうに、皇帝は笑みを深める。


「話の筋は通っているね。ぼくの知る情報とも矛盾がない。ただ、一つの情報が裏返るだけで話は大きく変わる……君は、本当に魔王ではないのかな?」

「無論です。見てのとおり、ぼくは人間ですから」

「魔族と人間の混血は、種族によってはほとんど人間と変わらない姿になるという。君がそうでないとは言い切れないだろう?」

「ありえません。妾腹とはいえ、ぼくは帝国貴族の実子です。母の顔は知りませんが、ブレーズ・ランプローグ伯爵にまさか魔族の愛人がいたとでも?」

「ランプローグ伯爵には、学園卒業後冒険者になり、魔族領付近で消息を絶ったギルベルト・ランプローグという弟君がいた。名目上では、君の叔父にあたる人物だ」


 皇帝の言葉に、ぼくはわずかに目を見開いた。

 人間の側からギルベルト・ランプローグの名を聞いたのは初めてだった。

 やはりブレーズの弟に、そのような人物がいたのは間違いないらしい。


「冒険者の仲間からも親族からも、ギルベルトは死亡したと思われていたが……そうではなかった。彼は神魔の里で生き延びていたんだ。そして――――彼が魔族の妻との間にもうけた子こそが、魔王だ。今回の魔王は人間との混血だった。これは間諜からもたらされた情報ではあるものの、託宣の巫女が予言した内容とも一致している」


 皇帝の言う巫女とは……フィオナの母親であり、自身の愛人だった女のことだろう。

 皇帝は続ける。


「幼い魔王とその両親は、誕生後ほどなくして魔族領から逃亡している。おそらく政治的ないざこざから逃れるためだろう。ここまでが調査から導き出された事実。そしてここからが推測だけれど……彼らは魔族の追っ手から我が子を逃がすため、ギルベルトの実の兄であるランプローグ伯爵を頼り、赤子の魔王を預けた。こう考えると、君の存在に説明がつくのではないかな。人間としては珍しいその黒い髪も、神魔との混血であることを示唆しているように見えるけど」

「……」


 やはり皇帝は、魔王誕生時の事情を相当に深いところまで把握しているようだった。

 推測も、おそらく真相を言い当てている。

 だが、それでも。ぼくは皇帝をまっすぐに見返し、短く問う。


「では、肝心のギルベルト・ランプローグは今どこに?」


 聞いた皇帝の表情が、ほんのわずかにではあるが曇った。

 ぼくは続けて言う。


「アミュのことも見つけ出した陛下ならば、一人の冒険者の行方を捜すくらい難しくないでしょう。魔王の行方は、その父親に直接訊く方が確実なはず。魔族領から逃げ出したのならば、帝国にいるのですよね? ぼくに訊ねるよりも、そちらをあたる方が賢明では?」

「痛いところを突くね」


 皇帝は、困ったような顔になって言う。


「正直に言えば、彼の行方は判然としない。そもそも一連の情報がぼくにもたらされた時には、ことが起こってからかなりの月日が経ってしまっていた。あの頃はぼくもまだ内政に力を入れていて、魔族領には十分な目を向けられていなかったからね。ただ……実のところ、ギルベルト・ランプローグは逃亡時に死亡したと見込んでいるよ。魔族領を離れ、帝国へ逃げ延びたのは母親と魔王だけだ。もっとも、母親の方の行方もわかっていないけどね」

「となると」


 その返答は予想したとおりのものだった。魔族の中でも、おおむねそのような認識であったから。

 ぼくは言う。


「ぼくが魔王であるとするならば……赤子を連れた魔族の女が、敵対種族である人間の国を単独で旅し、追っ手から逃げながら遠い夫の故郷であるランプローグ領までたどり着いて、魔王を伯爵家の当主に託すことができた、と……そういうことになりますが」

「ありえない、とは言い切れないだろう?」


 ぼくは、口元を微かに緩めて返す。


「さすがに、それは少々苦しいのでは?」


 皇帝は一瞬目を丸くすると――――急に高笑いをあげた。


「はははははっ、これは参ったね。君の言うとおりだよ、セイカ君。確かに、魔族が一人でそれを為すのは相当に困難だと言えるだろう。いささか苦しい追及だったね」

「ええ……そうでしょう」


 ぼくは答えながら思う。

 皇帝が予想したぼくの出自は、以前ルルムが予想していたものとほぼ同じだ。

 彼女の言を、ぼくは当初一蹴した。いくらなんでも無理があると思ったためだ。

 あれからいろいろあり、考えも多少変わってきてはいるものの……その予想が苦しいものであることには変わりない


「それに」


 ぼくは続けて、付け加えるように問いかける。


「陛下自身、本当はぼくを魔王などと考えていないのでは? そうでなければ、このように無防備に城へ迎え入れたりなどしないでしょう」

「なるほど。確かに機嫌を損ねて帝城を破壊されでもしたら、たまったものではないからね」


 軽く牽制するように言った皇帝が、続けて訊ねる。


「では君が魔王だったとしたら……ぼくはどのように君と相対したはずだと?」

「少なくとも帝都から離れた場所で、使者を通したものになったことでしょう。場合によっては、背後に軍勢をかまえながら」


 牽制など聞こえていなかったかのように、ぼくは答える。


 そう。そのようにしてようやく、対等な交渉となる。

 ただしそれは、これまでのような魔王とならば……だが。


「ふむ……」


 顎髭をさすりつつ、どこか愉快げに思案する皇帝を見据えながら、ぼくは考える。


 歴代の魔王はともかく……ぼくが相手ならば、対等な交渉そのものが成立しえない。

 どんな軍勢をもってしても、ぼくに暴力で勝ることなどできはしない。相手の出方に不満があれば、ぼくはいつでも好きな時に、駒の並ぶ盤面を丸ごとひっくり返すことができる。

 最強とはそういうことだ。


 今皇帝が胸の内に秘めている意図はわからないが……もしもぼくの真の力を知っていたならば、このようにいたずらに対立をほのめかすような真似はしなかっただろう。

 利用するつもりならばおもねり、敵対するつもりならば、喉に刃を突き立てるその瞬間まで敵意を隠したはずだ。

 少なくとも、前世の為政者はそのようにしてぼくを討伐して見せた。


 皇帝は、おそらくぼくが魔王であると半ば確信している。

 だが中身が異世界出身の、最強の呪術師などとは思いもしない。こんな国程度、いつでも滅ぼせるなどとは予想もしていない。帝国が総力を挙げれば、十分に対処できる程度の存在だと思っている。


 それならばまだ、なんとかできる。


「……さて、それはどうだろうね」


 皇帝は、余裕のある表情でそう返してきた。


「ぼくならば、魔王に軍で脅しをかけるなんてつまらないことをしようとは思わないけど……でもまあ、今はそういうことにしておこうか」


 ……どうやら、話は終わりのようだった。

 話の落としどころを用意してやったことが功を奏した……のかどうかはわからないが、とりあえず皇帝からぼくに向けられた疑念は、半ば冗談のようなものだったということにこれでなった。


 ぼくはわずかに気を抜くと、軽い一礼とともに踵を返す。


 そのときふと、思う。

 ぼくが魔王なのだとすれば……先ほど皇帝に語ったような荒唐無稽な出来事が、やはり実際に起こっていたのだろうか。

 生みの親である魔族の女が一人、訪れたこともない人間の国を旅して、夫の生家に赤子のぼくを預けた、などということが……。


「セイカ君」


 ふと、背中に声がかかった。

 足を止めるぼくに、皇帝は続けて言う。


「ぼくは負けないよ。たとえ、どんな強者が相手であっても」


 顔だけで振り返る。

 皇帝の凡庸な顔には、ただ凡庸な微笑が浮かぶのみ。


「この国を、平和で豊かなものにするためにはね。あの子にも――――フィオナにも、そう伝えておいてくれないか」

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