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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
九章(死者と帝国編)

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第二十六話 最強の陰陽師、再び皇帝と相対する


 謁見の間に、ぼくは足を踏み入れる。

 皇帝ジルゼリウスは、前回と同じように玉座でぼくを待っていた。


「やあ」


 凡庸な顔の男が、凡庸な笑みとともに言う。


「ご苦労だったね。帝都へ戻ってきたばかりだというのに、わざわざ帝城まで出向かせてしまって」

「いえ」


 ぼくは短く答える。


「して、此度はどういったご用向きでしたか」

「もちろん、ねぎらいだよ。今回はよくやってくれた。勇者であるアミュ君に頼んだことではあったけれど、君が特にがんばってくれたと聞いているよ」


 それから、皇帝の男はごく普通の調子で付け加える。


「悪かったね、息子の後始末なんてさせてしまって」


 それを聞いたぼくは……しかし驚くことはなかった。

 皇帝を見据え、答える。


「やはり、ご存知だったのですね」

「さすがにね。こんなこともわからないようでは、皇帝なんて務まらないよ」


 ジルゼリウスは、まるで市井に暮らす一市民が浮かべるような、ありふれた苦笑をその顔に浮かべた。


「あの子の狙いはなんとなくわかっていたから、軍の派遣はあえてだらだらと引き延ばしていたんだ。帝国軍を死霊兵とするために、どのような罠を張っていたかまではわからなかったからね。君たちに黙っていたのは申し訳なく思っているよ。ただ、さすがに伝えるわけにはいかなかった事情もわかってほしい。それに、やってもらうことは結局同じだしね」


 気迫や凄みといったものをまるで感じさせないまま、皇帝は裏に存在していた思惑を明かしていく。


「今回の結果にはとても満足している。君たちは本当によくやってくれた。これで、ルゲイル君との約束も果たせるよ。……あ、すまないね」


 ぼくの怪訝そうな表情を見て、皇帝が言う。


「多少なりとも関わりを持った人間のことは、家名ではなく個人の名で呼ぶことにしているんだ。そのせいでよく首をかしげられる。……ルゲイル君は、ダラマト侯爵のことだよ。テネンドの橋を新しくしてあげる約束をしていたんだ」

「……橋を?」

「ああ。作られてから三百年も経っていて、古くなっていたからね。魔術師は大した物を作るけれど、残念ながら整備や修繕のことまでは考えない。どちらの橋にも直しようのないところが出てきて、ルゲイル君も困っていたんだ。もっとも、三百年持たせただけでも大したものだけどね」

「ああ……なるほど」


 てっきり落とされた橋を再建する話なのかと思ったが、どうやらそれ以前から老朽化による限界がきていたらしい。

 どうせ新しく架けるのなら、今回の一件はタイミングがよかったと言えるだろうか。

 ぼくは言う。


「それはよかったですね。(まつりごと)には詳しくありませんが、復興の名目ならば国庫からも支出、しやす、く……」


 言葉が薄れて消えていく。

 猛烈な違和感が湧き上がっていた。


 橋を新しくする約束をしていたというが……皇帝はいったい、どうするつもりだったのだろうか?

 大帝国の君主である以上、皇帝は相当な資産を保有しているだろうが、いくらなんでもあれだけの橋を私費では架けられない。

 かといって、国庫からの支出には議会の承認がいる。一貴族の領地に架ける橋の建設費用など、認められるわけがない。

 戦禍に際した、復興の名目などがなければ。


 それ以前の、根本的な疑問がある。

 フィオナが言っていたが、第一皇子派の主流だったダラマト侯爵は去年、突然皇帝派に鞍替えしている。今回の騒動の、発端とも言える事件だ。

 ――――それは、なぜ起こった?


「あの古い橋……本当は君が壊してくれることを期待していたのだけどね、セイカ君」


 皇帝は頬杖をつきながら、まるで世間話のように言った。


「……まさか」


 ぼくは愕然とする。


「ダラマト侯爵が、第一皇子派から皇帝派に鞍替えしたのは……密約があったからなのですか? 橋の再建という大事業を、帝国の金で行うという密約が」


 そうだとすれば、今回の騒動の意味がまるで変わってくる。

 ヒルトゼールの狂乱は、ダラマト侯爵の離反がきっかけだった。

 だが……その離反が、皇帝との密約によって起こったとしたら?

 そしてその密約の内容が、ヒルトゼールの狂乱を前提としたものだったとしたら?


「すべては、あなたが……」


 言葉が詰まる。


「あなたが、仕組んだことだったのですか……!?」

「いやいや、さすがにそれは買いかぶりすぎだよ。人の思惑というのは、そこまで誰かの思い通りになるものじゃない」


 どこまでも凡庸な表情で、皇帝は言う。


「橋を新しくする約束だって、ルゲイル君としたたくさんの約束事の一つでしかない。派閥の鞍替えも副次的なものだ。もっと具体的なお願いもしているよ。君が知ることはないと思うけどね」


 立ち尽くすぼくに、皇帝は続ける。


「見込み違いだってあった。さすがにあそこまで死体の軍勢が増えることは想定していなかったよ。あの子もずいぶんいい食客を飼っているとは思っていたけど、あれほどとはね。ふふ、ルゲイル君もびっくりしていたのではないかな。橋の新築をお願いしただけで、まさかあんなことになるなんて……ってね。まあそれでも、だいたいはぼくが期待していた筋書きの一つをなぞってくれたかな」

「っ……あなたは」


 ぼくは、絞り出すように言う。


「あれで、望み通りだったというのですか……? 膨大な民の命を犠牲にして密約の一つを果たすことが、本当に帝国のためになったとでも……っ!?」


 肌で理解できる。

 この男は、決して凡庸な暗君などではない。

 占いや女に狂ったり、欲望の果てに失政したりは決してしない。

 だからこそ……理解できなかった。


「うん」


 どこまでも平静に、皇帝はうなずく。


「ルゲイル君との約束事もそうだけど、今回の反乱まがい自体にだってちゃんと意味はあったよ」

「あれだけの犠牲に見合う、いったいどんな意味があったと……!?」

「帝都で生まれる子供の数が減ってきているのは知っていたかい?」


 皇帝が問いかけてくる。

 知る由もないことだった。沈黙を返すと、皇帝は続けて言う。


「他都市からの流入のおかげで、まだ人口は微増しているけどね。それもいつまで続くかわからない。この現象は、いずれは帝国全土に広がるだろう」


 皇帝は物憂げに続ける。


「栄華を誇り、長き平和を掴み取った都市では必ず起こることなんだ。長すぎる平和は人を()ませ、その活力を失わせる。帝国の平和は百年だ。どんな贅沢な暮らしだって、いずれは飽きる。人の社会には、どれだけ忌み嫌われていても必要なものがあるのさ」

「必要な、もの……?」

「危機だよ」


 皇帝は、当然のように言う。


「自然の生命にとって、それは身近なものだ。どれだけ忌避していても、その欠乏はいずれ毒になる……。今回の危機は帝国にとって、ちょうどいい刺激になったんじゃないかな」

「は……?」

「住民のいなくなった都市には、職にあぶれた大都市の市民や、農家の長子以外の子などから人員を募り、復興に向かわせる。彼らはよく働き、よく産み、よく富むことだろう。何せ、自分たちの街を新たに作り上げるのだからね。きっと張り切るさ。そこで培われた活力は、いずれ必ず帝都にも波及する。ちょっとだけかもしれないけどね」

「それで、帳尻が合うとでもっ……犠牲になった民やその地の領主たちが、納得するとでも言うのですか!」

「民には謝るしかないね。ただ、領主は少し事情が異なる。西方は元々、帝国に敵対的だった国が多くあった地域だ。その支配者の末裔である領主たちにも、その気質は受け継がれている。ヒルトゼールではなく、ディルラインやジェイルードの支持者が多いのもそれが理由だね。ぼくは彼らに、今一度自分たちの本分を思い出してほしかったのさ。(はかりごと)を巡らす前に、まず大切な領地を守るという、当たり前のことをね。とても乱暴な言い方をすれば……民も、結局はどちらの反乱に巻き込まれるかの違いでしかなかったのではないかな」

「西方の諸侯が……反乱の計画を立てていた、とでも……っ?」

「ううん」


 皇帝は、軽く首を横に振る。


「立ててないよ。まだそこまでの段階ではなかった。だって、そうなってからでは遅いじゃないか。計画を立てられてしまえば、ぼくだって彼らを処罰せざるを得なくなる。そこからはどんな筋書きをたどっても、お互いに嫌な感情が残ってしまう……そんな脚本なんて誰が欲しがるんだい?」

「っ、何を……」

「ぼくはやはり、皆が喜びのままに終わる筋書きの方が好みだ」


 まるで演劇の内容を語るかのように、皇帝は続ける。


「陰謀なんて、偶然のうちに挫かれてしまう方がいい。悪巧みをしていたら、もっと悪い魔術師が大暴れして、自分たちの領地を滅茶苦茶にしてしまった! 困り果てる諸侯たち。そこに帝国が手を差し伸べる。具体的には復興資金の貸し付けや、税の免除措置などでね。諸侯たちは感謝し、深く反省する。そして他の土地からやってきた若者たちと協力して、領地を前よりもっと立派に立て直す。将来的により大きな税収という形で、諸侯たちは帝国に恩を返すんだ。帝国も、西方でがんばる若者たちに触発され、活力を取り戻す。ついでに血の気の多い息子たちもちょっと懲りる――――どうだい?」


 皇帝は、どこか満足げに言う。


「ハッピーエンドだとは思わないか?」


 ぼくは言葉を失っていた。

 何かが間違っていた。これほどの人間が死んで、ハッピーエンドなどあるわけがない。

 だが、何が間違っているのかがわからなかった。


 ひょっとすると――――何も間違っていないのだろうか。

 これが、(まつりごと)なのだろうか。


「なぜ……」


 皇帝から目が離せない。


「なぜそれを、ぼくに明かした」


 この男は……ヒルトゼールともフィオナとも、次元が違う。

 だからこそ、真相を知ってしまったことが恐ろしい。


「なぜって別に、大した秘密でもないしね」


 皇帝は、本当にささいなことのように言う。


「こういう邪推はみんなしているよ。真相に迫るものもあれば、中には笑ってしまうほど的外れで荒唐無稽なものもあるけどね。そのすべてをぼくは放置している。君がどこで何をわめき立てたところで、そのうちの一つにしかならない。裏付けがないから…………おっと」


 皇帝はそこで、間違いに気づいたような顔になる。


「これは隠さない理由にはなっても、わざわざ話してあげる理由にはなってなかったね。失礼。まあ、ただの雑談だよ」

「雑談、ですって……?」

「うん。本題は最初に言ったように、ねぎらいだ。これは本当だよ? 反乱への対処はぼくが頼んだことだからね。用が済んだからはいさようならでは、人格を疑われてしまう。皇帝であっても、さすがにそんな特権はない。褒賞もちゃんとあげるとも」

「陛下が招聘したのは……勇者であるアミュだ。ぼく一人を、呼び出す理由がない」

「まあそうなのだけどね。結局君が彼女らのリーダーであるようだし、かまわないかなって。だって、別に彼女たちも来たいと思っていないだろう? こんなところ」


 自嘲するように、皇帝はおどけて言う。

 言葉も仕草も、他人に緊張感を抱かせることがない。恐れる必要のない人物のように、本能で感じ、言葉を受け入れてしまう。

 だからこそ、恐ろしい。


「それでも、アミュ君は呼ぶべきだったかもしれないね。セイカ君一人を呼んだのは……実を言うとぼくの都合だ。君に訊きたいことがあったのだけど、もしかしたら他人に知られれば困る内容かと思ってね」

「ぼくに何を……問おうというのです」

「全然、大したことじゃないんだけどね」


 皇帝は、そこで再び、ありえない笑みを浮かべた。

 陰謀に財貨、暴力に愛憎が渦巻く(まつりごと)の世界に生きる者であれば、とうに捨て去っていなければおかしいはずの――――どこまでも凡庸な笑みを。


「君――――魔王なんだって?」

これで九章が終わりました。

次は十章です。

(仕事も辞めたし次はもっと早めに更新したい……)

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