第二十一話 最強の陰陽師、見守る
「ずいぶん掘れたわねー」
アミュとともに墓穴を掘り始めて、数刻後。
地面には、かなり広大な穴が開いていた。
昨日女騎士が隕石を落とした跡も、ほとんどわからなくなっている。それを内包する範囲をすべて掘り返してしまったからだ。
穴の縁には、土の山が積み上がっていた。
ぼくも気功術で人よりはるかに力があるが、それでもアミュの底なしの体力がなければ、たった二人でここまでは掘れなかっただろう。
アミュは満足げに言う。
「これなら、全員入るんじゃないかしら!」
「ギリギリ入りはするだろうけど……」
ぼくはわずかに渋面を作って言う。
「深さが全然足りないぞ。埋葬なら今の三倍、いや四倍は欲しい」
「む、無理ー!」
アミュがばったーん、と地面に仰向けに倒れた。
手を額にかざし、空を見上げながら言う。
「甘く見てたわ……穴を掘るのって、こんなに大変なのね」
「そりゃ二、三千人分の墓穴だからな……。二人でこれだけ掘れただけでも快挙だぞ」
ぼくは笑みとともに言う。
「あとはぼくがなんとかするよ」
「え?」
「ここから深くするだけなら、そんなに大変でもない……って、どうした?」
アミュは仰向けのままなんとも言えない、ばつの悪そうな顔でぼくを見つめていた。
「またあんたの世話になるのね……あたしが勝手に始めたことなのに。きっと最初から、あんた一人で掘った方が簡単だったんでしょ」
ぼくは少し笑って答える。
「何もないところからうまく穴を掘るのは、実はぼくでもけっこう大変なんだ。いろいろ工夫しないといけないから……。大変じゃなくなったのは、手作業でここまで掘れたからだよ」
「変な慰めは要らないわよ」
「いや本当だって」
「はーあ」
アミュが盛大に溜息をつく。
「あたしほんと、一人じゃなんにもできないわねー……。なんでもできるほど強くないことくらい、わかってたはずなのに」
「なんだかずいぶん弱気になったな。帝都ではあんなに張り切ってたのに」
「ううん……あたし、どうかしてたわよね」
アミュがばつの悪そうな顔になって言う。
「皇帝陛下にいろいろ言われてから、なんか、この国のためにがんばらなきゃーって気になっちゃって……。依頼を断る気なんて、全然起きなかったのよね。本当に一人でも、ここに向かってたかも」
「……」
思い返せば……皇帝の話術は確かに巧みだった。
かなり警戒していたはずのぼく自身も、気づいたら話に聞き入っている瞬間があった。
加えて皇帝は、ほとんどアミュに向けて喋っていた。謁見の間の雰囲気と併せ、この子が飲まれてしまっても不思議はなかっただろう。
「……まあ、仕方ないさ」
ぼくは、仰向けに倒れているアミュに手を差し伸べる。
「これからのことを考えよう。とりあえずそこ、どいてくれ。穴を掘るのに、少し派手な方法を使うから」
「はぁい」
アミュがぼくの手を取り、立ち上がった。
その時。
「うわ、なんですかこれ」
少年の声が響く。
見ると、聖騎士レンがぼくたちの掘った穴を見下ろし、呆れたような表情を浮かべていた。
「おろかな人間二人で、妙なことでも始めるつもりですか?」
「妙なことなんかじゃないわよ」
アミュが少年森人を睨んで言う。
「ただこの人たちを埋めてあげるだけ。悪い?」
「はい? 埋める?」
レンは心底呆れたとでも言うように、首を横に振った。
「人間はおろかなものだと知っていたつもりではありましたが、まさかここまでとは……」
そして、アミュに蔑むような視線を向けて言う。
「許すわけないでしょう、そんなこと」
「はあ?」
アミュが憤り混じりに言い返す。
「なんであんたにそんなこと言われなきゃならないのよ」
「ボクでなくとも同じことを言いますよ。これだけ大量の死体を、それも死霊兵だったものを埋葬するだなんて……何かあったらどうするんです」
「なにかってなによ」
「土地の汚染や疫病の発生。敵の死霊術士が、死体にまだ何かを仕込んでいる可能性だってあります。そのまま埋めるなんて危険すぎる」
「……それは全部、対策できることだ」
ぼくも口を挟む。
「土の汚染や疫病は、深くに埋めれば問題ない。死体に何か仕込まれていたとしても、ぼくが事前にすべて消せる」
「いや……その労力を使って、燃やす方が早くないですか?」
レンが半笑いをぼくに向ける。
「おろかな人間たちの中でも、あなたはまだマシな方だと思っていたんですけどね。セイカ・ランプローグ」
「……」
「あんたいい加減にしなさいよ。ここの人たちをどうするか、なんであんたに命令されなきゃいけないわけ?」
「責任を取れるんですか?」
レンが笑みを消して言った。
アミュが困惑したような表情を浮かべる。
「え……?」
「死体を埋めて、何かあったときに責任を取れるのかと訊いているんです」
レンは真顔のまま続ける。
「水害が起こったり、獣に掘り返されたりして、死体が出てきてしまったら? そのせいで疫病が発生したら? あるいは、消しきれずに残っていた死霊術士の魔法が動き出したら? どうするというんです」
「だ……だから、そうならないようにするんじゃない!」
「ボクが訊いているのは事前の対策ではありません。万が一何かが起こってしまった際の、対処のことです」
「……」
「数日後にはここを去るあなた方は、この街がこの後どうなろうと知ったことではないでしょう。ですがここに住むおろかな人間たちは、これからも住み続けなければならない。あなた方の勝手によって住民が損害を被ったとき、彼らにどんな補償ができるのかと訊いているんです」
「……」
アミュは答えられない。
それも当然だった。
人々の暮らしに、自分は責任を持つことができない。それはつい先ほど、アミュ自身が言ったことだったからだ。
「姫様ならば、責任を取れます」
レンが言う。
「その手腕と財力によって、姫様は自らの下した決断の責任を取ることができる。そこがあなた方と違うところです。姫様にこの場を任されているボクは、そのような事態にならないよう、自らの才覚をもって最善を尽くさなければならない……。ボクとあなた方の、立場の違いがわかりましたか? 勇者アミュ」
「……」
「埋葬がこの国の風習なのか知りませんが……おろかな人間のくだらない感傷を理由に勝手ができるほど、世界は軽くありませんよ」
言いながら、レンは魔石の短剣を鞘から引き抜いた。
そして、横たわる死体の群れを、見下すように見据える。
「それに」
半笑いを浮かべ、虹色の切っ先を真上に向ける。
短剣の周囲に大きな力の流れが生まれ――――極大の炎が空へと立ち上がった。
短剣の先から発生したそれは、まるで巨大な炎の刃だ。
「無様に死んで、いいように操られるおろかな人間たちの末路など――――灰が似合いでしょう」
炎の刃が、死体の群れに振り下ろされた。
それが斬りつけた死体を炎上させ、灰に変える寸前。
「このっ!」
アミュの杖剣の切っ先が、少年森人の短剣を跳ね上げていた。
だいぶ離れていたレンとの距離を、勇者の少女は一瞬で詰めていた。
「あははぁ」
炎を消し、飛び跳ねるようにレンが後退していく。
その顔には、愉快そうな笑みが貼り付いていた。
「やる気ですか、勇者アミュ! いいですねぇ、ちょうどボクも」
魔石の短剣を振り上げる。
そして、
「体が鈍っていたところですっ!」
その切っ先を、地面に突き立てた。
大地が隆起する。地中に発生した大量の巨岩が、勇者の少女を跳ね上げていた。
「おい、何して……っ」
ぼくが動こうとした、その時。
「セイカさま」
耳元でユキが、制止するようにぼくの名を呼んだ。
「見守りましょう」
「はあ?」
「あの娘が始めたこと。始末は自分で付けさせるべきでございます」
ぼくはわずかに逡巡し、ヒトガタを懐に仕舞い直した。
「……あの子の身代が割れるまでだ。それ以上は止める」
「はい」
転がるように着地したアミュを、腕ほどもある氷の刃が無数に襲う。
嵐のごときそれを、アミュは叩き落としながら、隆起した大地の陰に逃げ込む。
「いきなりなにすんのよっ!」
「こんなものですかぁ、勇者の力はぁ!」
少年森人が短剣を振り上げる。
今度は、上空に大量の岩石が出現した。
「これなら“戦姫”の方がずっと強い!」
降り注ぐ岩石に追い立てられるように、アミュが大地の陰から転がり出た。
続けて襲いかかる風の刃を、淡い光を纏った杖剣で弾く。
結界ほどの上位魔法ではないが、魔法を無効化する類のものであるようだ。
しかし。
「くっ……!」
レンの出力の前には、まったく足りていなかった。
三発目を受けた時点で、大きく体勢を崩す。
「そんな様で、どうやって人間を守るんですかぁ!」
レンが追撃の風魔法を放つ。
アミュはそれらを、体勢が崩れるに任せ伏せるようにして躱す。
そして、
「知らないわよっ、そんなの!」
瞬時に体勢を立て直したアミュが、炎と風の魔法を放った。
レンは避ける素振りすらなく、その姿は炎に巻かれて見えなくなる。
アミュは何度も何度も、魔法を放ち続ける。
「このでかい国を、あたし一人でなにから守れって言うのよ! おとぎ話の英雄の役目を、あたしなんかに押しつけないでっ!」
魔法が止む。
消耗したのか、アミュは肩で息をしていた。
「はあ。まるで子供ですね」
レンは同じ場所に、同じ姿で立っていた。
その周囲には、淡い光が微かに瞬いている。
それは、戦姫が使っていた結界に近いもののようだったが……力の流れを見るに、数段洗練されていた。
「剣と体術はそこそこのようですが、魔法は話にならないレベルです。まあ多少巧みだろうと、ボクに届くことはないと思いますけど」
力の流れを観察している中で、理解した。
人間の魔法と森人の精霊魔法という違いはあるものの……こと魔法に限れば、レンはあの女騎士よりも上だ。おそらく今もまだ力を抑えている。
純粋な術士としてならば、この世界で出会った者の中で最強かもしれない。
聖騎士の少年は魔石の短剣を弄びながら、どこか見下すように言う。
「弱者として、民の一人として生きたいのなら勝手にすればいいでしょう。でもそれなら」
レンが、短剣の切っ先をアミュに向ける。
その周囲に、力の流れが渦巻く。
「分をわきまえることです」
煌めく光の帯が、短剣から迸った。
ほとんど勘のような動きで、アミュが身をかがめて躱す。逃げ遅れた数本の赤い髪が、光に貫かれて散った。
レンが短剣を振り抜く。
真横に薙がれた光線を、アミュは跳び退るように躱した。代わりに喰らった大地が、横一文字に赤熱して溶解していた。
縦横に振るわれる光の剣を、アミュはほとんど曲芸に近い動きで躱していく。
命中こそしていないものの、距離も詰められず防戦一方だ。
「なん、なのよっ、この魔法は!」
「光の精霊による奥義ですよ、おろかな人間」
レンは半笑いのまま、短剣を振るい続ける。
「大丈夫、体のどこかが離れてもくっつけてあげます。首と胴体は、ちょっと無理ですけど」
ぼくは、懐のヒトガタを掴もうとして……手を止めた。
唇を噛む。
まだ、あの子の身代は割れていない。自分で決めたことだ。
「この……っ!」
アミュが、土属性魔法の岩石弾を連続で放つ。
それらはレンの結界を前に消滅したが……光の刃に対する、わずかな遮蔽になった。
自らが放った岩に隠れるようにして、アミュがレンへと踏み込む。
地を這うように放たれた光の横薙ぎは、ギリギリの跳躍で躱した。
アミュは剣を引き絞ると――――流れるように、鋭い刺突を放つ。
一連の動きは、目が覚めるようなものだった。
初めて見る剣呑な魔法を前にして、常人にできる動きではない。
戦士としての才が、間違いなく彼女には備わっている。
勝負を決するかに思われた一撃。
しかしそれは――――少年聖騎士の体を捉えることはなかった。
刺突が光瞬く空間を貫いたその瞬間。レンの姿が、力の流れとともにかき消える。
「転移だってできますよ、当然」
声は、アミュの背後から響いた。
少年聖騎士が、短剣の切っ先を勇者に向ける。
力の流れが渦巻く。
「あなたの負けです」
煌めく光の帯が、少女に向けて放たれる。
――――その次の瞬間。
振り向いたアミュの前に、激しく飛沫を上げる水の壁が出現した。
「っ!?」
レンが目を見開く。
それは水属性魔法の中でも下位に属する、水壁の魔法だった。
ヂュッ、という微かな音とともに、光線が水流の壁を奔り抜ける。
それはそのまま、少女の体をも貫いた。
いや――――貫いていない。
光線はアミュの体に当たるも、突き抜けることはなかった。
まるで、ただの光であるかのように。
水の壁を破り、少女が踏み込む。
そして、一閃。
レンの傍らをすり抜けるように、アミュは魔石の短剣を激しく弾いていた。
「なっ、くそっ……!」
その強烈な一撃を喰らってもなお、レンは短剣を手放していなかった。
焦ったように、その切っ先をアミュに向ける。
しかし、次の瞬間――――その虹色の剣身が、儚い音を立てて割れ砕けた。
「あ……ああぁーっ!?」
砕けた短剣を見たレンが、まるでこの世の終わりかのような叫び声を上げる。
「な、な、なんてことを……!」
「ごちゃごちゃうっさいのよ、あんたは!」
アミュは振り返ると、杖剣の切っ先をレンに向けて怒鳴る。
「そんなに言うならわかったわよ! 責任? 取ってやるわ! なんかあったら呼びなさいよ! 力仕事でもなんでもしてやるから!」
腹立たしげな表情で、レンを睨むアミュ。
しかし、その雰囲気には……どこか吹っ切れたようなものがあった。
一方のレンは、地面にひざまずいて魔石の破片を集めながら、めそめそしている。
「こ、これ、どれだけ貴重な物だと思ってるんですかぁ……」
「知らないわよ! あんたが始めた、喧嘩でしょっ!」
アミュはつかつかと少年森人に歩み寄ると、その頭をひっぱたいた。
レンは半泣きになっている。
「アミュ……」
「あ、セイカ。どう? なんか久々に、勝負して勝った気がするわ! 勇者の面目躍如じゃない?」
やや呆然としながら歩み寄るぼくに、アミュは笑顔を向けてくる。
晴れ晴れとした表情で、ずいぶんと機嫌がよさそうだった。
ぼくは訊ねる。
「なあ、君どうして……水壁なんて使ったんだ?」
「え? ああ、あれ。ええと、ほら、そいつの魔法、光の精霊がどうとかって言ってたじゃない? 見た目も光ってたし、要するに光ってことでしょ?」
アミュが、どう言えばいいか迷うかのように続ける。
「水って、ちょっと深くなると暗くなるし……滴や泡があると、その向こう側が見えにくくなったりするわよね。それって、光が届いてないってことでしょ? だから、水で防げるんじゃないかなって」
アミュが自らの服を見下ろして、微かに残念そうな顔をする。
「あー、でもちょっと焦げちゃったわね……。土属性の壁なら、もっと完璧に防げたんでしょうけど……それだと間合いを詰めるのに回り込まなきゃならなくなるから、やっぱりあれでよかったと思うわ。うん」
「知ってたわけじゃ……なかったのか。あの魔法の原理と、防ぎ方を」
「知らなかったわよ。ただ……」
アミュが、一瞬目を逸らして言う。
「あんたってわけのわかんない魔法使うけど、でもあれって全部、いろいろ考えて使ってるんでしょ? だからあたしも、少しは考えて戦ってみようかなって、思ったのよね」
「……そうか」
強く賢く、勇気のある者。
生まれではなく、そういった世間でイメージされる資質こそが勇者の資格だったとしても……この子は、やはり勇者である気がした。
「それはそうと」
アミュが、地面にひざまずくレンを睨む。
「あたしが勝ったんだから、ここの人たちは埋めてあげるから。わかった? このチビ!」
「なんなんですか、あなた方はぁ……」
半泣きのレンが言う。
「姫様に迷惑をかけないでくださいよう……」
「フィオナに迷惑はかけないよ」
ぼくは、アミュに代わって答える。
「其の方が懸念するようなことが起こらないよう、ぼくが責任を持って処置する。説明もぼくからしておく。彼女もわかってくれるはずさ」
「……なんて、おろかな人間……ボクがやめろって言ってるのに……このボクが……」
レンは、跪いたままなおも不満そうにぶつぶつ呟いていた。
アミュが憤然と言う。
「あんたのせいで、せっかく掘った穴が滅茶苦茶になっちゃったじゃない。まずは責任とって掘り直しなさいよ」
「ええーっ!? なんでボクが! っていうか無理ですよう、あなたが宝剣を壊したから……」
「なに言ってんのよ。剣がなくたって手と足が残ってるじゃない。特別にシャベルも貸してやるわ」
「て、手作業で掘るんですかぁ? 死んじゃいますってー!」
レンがわめいているが、アミュはどうやら本気で掘らせるつもりのようだった。
戦いの余波でだいぶ滅茶苦茶になってしまっているから、魔法もなしに一人で元通りにするのは絶対無理だ。だから、たぶん嫌がらせだろう。
まあ、墓穴については最終的にぼくがなんとかしてやるか。
「ようございましたね」
ふと、耳元でユキが言った。
「このような機会も、必要でございましょう」
「……そうだな。お前の言うとおりだったよ」
アミュは、何かを理解し、学んだ。
それはきっと、ぼくが世話を焼いてばかりいては、なし得なかったことだ。
「少しは根性見せなさいよ、わかったわね!」
アミュが怒鳴っている。
見ると後ろの方でレンが、半泣きで地面にシャベルを突き立てていた。やっぱり本気で掘らせるつもりらしい。
「ところで、今さらなんだけど」
アミュがぼくを振り返って言う。
「あんたはあんな朝早くに、なんで街の外に出てきてたのよ。穴掘り手伝わせちゃったけど、なんかすることあったんじゃないの?」
「ああ、死体を調べようと思ってたんだ」
すっかり忘れていた。
どうせ大して期待していなかったというのもあるが。
「何か、敵の手がかりになるような痕跡が残ってないかと思ってね」
「そういえば、今までの街でもやってたわね。じゃ、あたしも手伝うわ」
「え、君が?」
「と言っても、身につけてる身元がわかりそうな物とか、外すことくらいしかできないけど」
「あー……そうだな」
これまでは燃え残った物のみ遺品として回収していたが、埋葬するのならそうした方がいいだろう。
アミュと二人、死体の並ぶ場所へと歩いて行く。
どこから手を着けようかと思案していると……不意に、アミュが声を上げた。
「……あれ?」
その足は、一体の死体の前で止まっていた。
思わずそちらに目を向ける。
アミュの見下ろす死体は、特になんの変哲もないように見えた。ろくな防具もなく、粗末な剣だけを身につけた、これまで散々見てきたような中年男の死体。
にもかかわらず、アミュはその男の死体の前から動かない。
「……どうした?」
さすがにいぶかしく思い、アミュへと歩み寄る。
アミュは、死体を見下ろしながら言う。
「この人……なんか、見覚えある気がするんだけど……」
「え……?」
ぼくは、やや困惑しつつ訊ねる。
「もしかして……君の知人だったか?」
アミュは首を横に振る。
「そうじゃない、と思うんだけど……どこかで見た気がするのよね……。あんたはどう? 見覚えない?」
「ええ……?」
まさか、と思いつつあらためて死体の顔を見る。
ここ西方の地は、これまで過ごしたランプローグ領やロドネア、ラカナなどからは遠く離れている。顔見知りがいるわけがない。
しかし……その顔を見た瞬間、ぼくは確かな既視感を覚えた。
見たことがある。
だが、印象が薄い。どこの誰だったか……。
「あっ! あ、あれ? でも……」
アミュが突然、何かに気づいたような声を上げたと思いきや、直後に困惑し始めた。
ぼくはすぐに訊ねる。
「どうした? 思い出したのか?」
「う、うん」
アミュがためらいがちにうなずく。
「この人……あの人に似てない? ほら、死霊兵に襲われた街で女の子を助けた時、一緒に瓦礫から引っ張り出したお父さん。死んじゃってたけど……」
ぼくは目を見開いた。
確かに……似ている。
「死霊兵にされちゃった、ってわけじゃないわよね。服が全然違うし……あの街の人たちは埋めてる余裕がなかったから、あんたたちで火葬にしたのよね。じゃあ、兄弟かしら? もしかして双子? もしそうなら、かわいそうね……」
消沈したように呟くアミュ。
だがその声は、途中から頭に入って来なかった。
「まさか……」
ぼくは、ただ呆然と呟く。
「これが、そうなのか……? だとしたら……」





