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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
九章(死者と帝国編)

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第二十話 最強の陰陽師、墓穴を掘る


 翌日。

 まだ人気のない明け方の街を、ぼくは歩いていた。

 昨日のうちに終わらなかった、死体の調査の続きをするためだ。

 とはいえ、まだ城門の開く時間でもない。市壁にたどり着いたぼくは足を止め、街の外の式と位置を入れ替える。


「……あれ」


 目の前に広がった、死体の並ぶ平野。

 そこに、一つの人影があった。


「アミュ……」


 声が届いたのか、アミュは顔を上げてぼくを見た。


「あ、セイカ」

「……何やってるんだ? こんな朝早くから」


 アミュは地面に目を戻すと、再びシャベルを地面に突き立てながら、言った。


「見てわかるでしょ。穴を掘ってるのよ」


 それから、まるで言い訳のように付け加える。


「埋めてあげなきゃじゃない、この人たち」


 アミュはそう言って、ちらと並ぶ死体に視線を向けた。

 鴆の毒を抜いた元死霊兵たちの死体は、ほとんど損傷もなく穏やかな死に顔を晒している。


 いつから掘っていたのか。アミュの足元は、すでに広い範囲が掘り返されていた。

 ぼくはためらいがちに言う。


「別に、そんなことをしなくても……」


 すべて灰にしてしまえばいい。

 これまでの街でだってそうしていた。


 しかし、アミュは手を止めることなく答える。


「しなくてもいいけど、したっていいじゃない。この辺りの地面、あんたが戦姫とかいうのとやり合ったから、ぼこぼこになってたでしょ?」


 その場所は、ちょうどあの女騎士が隕石を落としていた場所だった。

 魔法の岩は一応解呪して消したが、散々に荒らされた地面はそのままだ。


「だから、ちょうどいいかなって……。殺されたうえに兵士にされて、もう一回死んだら焼かれるなんて、あんまりじゃない」

「……」


 この国では、死者は土葬にされる習慣があった。

 それは宗教的なものだったが、別に景教(※キリスト教)や回教(※イスラム教)のように、死後の復活思想があるわけではない。ただ素朴な自然観から、死んだら土に還るものだという思想が受け継がれてきただけのようだった。

 火葬されることだって、まったくないわけではない。

 ただ、それでも……彼らの末路を哀れに思うことは、この国では自然なことだった。


 アミュは、手を止めることなく言う。


「別に、手伝ってほしいなんて言わないわよ。あたしが勝手にやってるだけだから」

「……」


 ぼくはしばらく、アミュが土を掘る様子を無言で眺めていたが……やがて、そのやたらに広い穴の縁まで歩み寄ると、位相からシャベルを取り出し、無言で地面に突き立てた。


「……」


 ぼくが穴を掘り始めた様子を見ても、アミュは何も言わない。

 言葉はなく、ただ二人の人間が墓穴を掘る音だけが、朝の平野に響いている。


「……どうやって、街を出たんだよ。城門は開いてなかっただろ」


 ぼくが手を動かしたまま問うと、アミュは視線も合わさず答える。


「高い樹があったから、そこから壁の上に飛び移ったのよ」

「……ははっ、よくやるよ」


 思わず笑ってしまう。

 アミュらしかった。


「……ねえ」


 しばらく沈黙が続くと、今度はアミュの方から話しかけてくる。


「ん?」

「死霊兵って……死んだ人の魂を、死体に入れて操るのよね」

「……ああ」

「じゃあ、そうやって操られていた人たちも、何かを感じたり、思ったりしてたのかしら」

「……」

「あたしも」


 アミュが、一瞬言葉を切る。


「あたしも、死霊兵に襲われた街で、残ってたやつを何体か倒したわ。あの時は、こんなことして許せないって、思ってたけど……でも、あたしに斬られた人たちも、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだって、思ってたのかしら。怖いとか、苦しいとか、感じてたのかしら」


 アミュは、いつの間にか手を止めていた。

 それでもぼくと目を合わせないまま、問いかけてくる。


「ねえ、セイカ……あんたになら、わかる?」


 ぼくは、わずかな時間言葉に迷い、それでも答える。


「霊魂は……よく勘違いされるが、死んだ人の心そのものじゃない」

「……」

「人の心は、物として存在しているわけじゃない。心とは構造なんだ。頭の中で、複雑に発生している様々な現象。その総体的な構造こそが、人の心になる」


 ひよこをガラス瓶に密閉し、激しく振る。

 ガラス瓶からは何も外に出ることはないが、しかしぐちゃぐちゃになったひよこからは、確かに大切な何かが失われている。

 それが構造であり――――心であり、生命の本質だ。


「霊魂は、その構造が世界に焼き付いた、いわば残滓にすぎない。時に元の人間に近い意識を持つこともあるが、それはとても本人とは言えない。無理矢理死体に入れたりすれば、さらに変質してしまうだろう。死霊術は、いろいろな種類があるが……どの方法を使って蘇生させた死体も、生者とまったく同じ行動をとることはない。だから、」


 ぼくは、わずかにためらいながらも言う。


「君が倒した者たちが、苦しんだということはないよ」


 欺瞞(ぎまん)だった。

 本当のところはわからない。ぼく自身が死霊兵になったことがない以上、確かなことは言えない。

 ただ、それでも――――今生きている者のために、そう言わなければならない。


「ふうん……よかったわ」


 アミュの返事は、そんな短いものだった。

 再び手を動かし始める。


「……あたし、ちょっと甘く考えてたかも」


 ぽつりと言ったアミュの言葉に、耳を傾ける。


「戦争って、こういうことなのね」

「……」

「こんなことをしでかす奴らの思惑が巡って、たくさんの人が不幸になって……。知らなかったわ」

「……」

「あたしなら、きっとそういう人たちを助けられるって思ってたんだけど……。これ、みんなあんたが倒したのよね? こんなことができるあんたですらお手上げなんて言うんだもん、ちょっと魔法と剣が得意なだけのあたしが、なんとかできるわけなかったわね。勇者なんて言われて、帝城にまで呼ばれて……思い上がってたのかも。あたし」


 力強く土を掘り続けるアミュは、表情こそいつも通りだったが……どこかしゅんとしているように見えた。


「あんたの言うとおりだったわ。こんなことに、首を突っ込むんじゃなかった」

「……そうでもないさ」


 ぼくは、気づくとそう言っていた。


「君が崩れた建物から助けた女の子は、ぼくたちが首を突っ込まなかったらあのまま死んでいただろう」

「ねえ、セイカ」


 アミュが地面にシャベルを突き刺し、こちらを振り向いて言った。


「あんた、死んだ人を生き返らせられるの?」


 少女の若草色の瞳が、まっすぐにぼくを射貫いていた。

 反射的に目を伏せ、呆れたように答える。


「できるわけないだろ、そんなこと」

「帝城から逃げる時……あたしが馬車に乗った後、あんたとフィオナが話してたのが、少し聞こえたのよね」


 アミュは目を逸らさない。


「その時はよくわかんなかったし、あたしの勘違いかなって思ってたんだけど……謁見の間で、皇帝陛下が言ってたじゃない。死んだ兵はいなかったって。ありえないわよね。城壁の上に詰めてた衛兵とかもいたでしょうに、あれだけ破壊されて、誰も死んでないなんてこと。あんた、壊した物をみんな元通りに戻してたけど……あの時元に戻したのって、本当に物だけ?」

「……」

「あんたがその気になれば……この戦争で死んだ人、みんな生き返らせられるんじゃないの?」


 ぼくはわずかな沈黙の後、首を横に振った。


「無理だ。それは本当だ」


 一度死んだ者を、生き返らせることはできない。

 死者の完全な蘇生には、死んだ事実そのものをなかったことにするしかない。

 世界の記録を書き換える、名前もついていない大呪術。ぼくにはそれが可能だ。


 しかし……死から時間が経つほどに書き換えるべき記録は増していき、その難易度は加速度的に上昇する。

 ぼくでも、おそらく一日分すら遡れないだろう。

 戦で死んだ、多くの無辜の民どころか――――かつて病で亡くしたたった一人の妻すら、生き返らせることはできなかった。


 それに……仮に可能であっても、ぼくがそうすることはないだろう。


「……そう。そうよね」

「君にそれができたなら、どうする?」


 ぼくは、逆にアミュに問いかける。


「もし君が、死者を自在に蘇らせられたなら……この争いで死んだ者たちを、皆蘇らせたか? これから不幸に死ぬ者たちも、全員生き返らせるか?」


 アミュは、しばらく黙ったままだった。

 しかしやがて……首を横に振る。


「ちょっと考えてみたけど……しないかも」

「……どうして?」

「こんな言い方はあれだけど、あたしにはそこまでしなきゃならない理由がないし……責任を取れないから」


 アミュはぽつぽつと言う。


「たくさんの人を生き返らせられたら、きっとこの国が大きく変わっちゃうわよね。よくなるならいいけど、もしかしたら悪くなるところもあるかもしれない。そうなっても、あたしはどうしたらいいかわからないし……わからないから、怖い」

「……」

「そういうのってきっと、フィオナとか、皇帝陛下とか、あの第一皇子とかの領分なんだと思う。世界を変えて、たくさんの人々の暮らしを変える覚悟と才能のある人たち。能力があってもその覚悟がない、いざ世界が変わったらあたふたしちゃうような人間が勝手なことをしたら……やっぱりよくないことになる、気がする」


 アミュが、ぼくを見ながら続ける。


「ラカナでスタンピードが起こった時、あんた最初、あたしたちだけを逃がそうとしてたじゃない?」

「……ああ」

「あの時は、薄情なやつ! って思ったけど……でも今ならあんたが考えてたこと、ちょっとわかるわ。大変なことになるかもしれないものね。ラカナを助けたんだから、次はこの街を、この国を、この戦争をーなんて言われたら。自分たちの命運に、責任を持てなんて言われたら……。そんな覚悟をさせちゃってたなんて、悪かったわね」

「……別にいい。そんな大げさなものでもないさ。あの街を救ったことを、後悔しているわけでもない」

「そう? でも……あたしがあんたくらい強かったとしても、助けるのはやっぱり、周りにいる人たちだけにすると思う」


 それから、アミュはぽつりと付け加える。


「人間を救うはずの勇者としては、失格なのかもしれないけど……」

「いや」


 ぼくは、小さく笑って言う。


「君らしいよ」

「……なによそれ。薄情って言いたいわけ?」

「分をわきまえていることと、薄情であることは違う」

「あたし、分をわきまえてた?」

「今はな。これまではまあ、そうでもなかったかもしれないけど」

「……なに? これ(けな)されてる流れなの?」

「そうじゃない」


 笑みとともに告げる。


「世の道理を知って、それでも近しい者は当然に助けるつもりでいるのが、君らしいって言ってる」


 この子は、決して頭は悪くない。

 少々青臭いところはあったが、いずれは世の中が綺麗事や理想論ばかりで語れないことも、理解すると思っていた。

 理解したうえで残ったのなら、その心がこの子の性根なのだ。


「……なによそれ」


 アミュが、ぷいと顔を逸らす。

 再びシャベルを土に突き立てながら、ぽつりと言った。


「そんなの、あんただって同じじゃない」

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