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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
九章(死者と帝国編)

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第十九話 最強の陰陽師、戦姫に会う


 数日後、ぼくたちはまたもや別の街にやってきていた。

 幸い今回も間に合ったようで、ぼくの前では死霊兵の軍勢が、街に向かって進行している。


「して」


 ユキが、頭の上から小さく顔を出して言う。


「あれらのうまい倒し方は、なにか思いつかれましたか?」

「まあね」


 軽く答えながら、ぼくは片手で印を組む。


《召命――――(ちん)


 空間の歪みから、一匹の妖が姿を現す。


 それは、一見すると普通の鳥のようだった。

 猛禽のように大きな体。その全身は紫がかった黒に染まっており、嘴のみが赤い。

 首の長い優美な影は、天竺(てんじく)に棲まうクジャクにどこか似ていた。


 ぼくは死体の軍勢を指さし、その妖に向けて告げる。


「行け」

「ぽぽっ」


 鴆は、(つづみ)を打ったような奇妙な鳴き声で答えた。

 翼を広げ、妖が飛翔する。その姿も、普通の鳥と何も変わらない。

 やがて鴆が軍勢の上空に差し掛かった時――――それは起こった。


「オ゛ッ……」


 小さな呻き声とともに、鴆の下を行軍していた死霊兵たちが次々に倒れ始めた。

 ただの一体も例外なく、足を止め体を強ばらせたかと思えば、地に伏していく。そのまま起き上がる気配もない。

 見ている限り、鴆は何もしていない。ただ飛んでいるだけだ。それにもかかわらず、まるで見えない足が草むらを踏み倒しているかのように、真下の死霊兵たちが倒れていく。


 その時、鴆に近づきすぎた一体の式神の視界が消えた。

 別の視界でそちらを確認すると、媒体のヒトガタが朽ち、力を失って空を落ちているようだった。


 ユキが意外そうに言う。


「おや、死体にも鴆毒は効くのでございますね。セイカさまの毒の煙は効きませんでしたのに」

「そりゃあな。妖が神通力で作った毒だ、普通の毒とは違う」


 鴆は、その身に猛毒を宿す妖だ。

 その毒が効果をおよぼす相手は、人や獣に限らない。田畑の上を飛んだだけで作物は枯れ、樹に止まれば枝が朽ち、石ですらも割れ崩れてしまう。

 それだけ聞けば呪詛のようだが、鴆が毒の妖だと言われる由縁は、羽根を酒に漬ければその劇烈な毒素を抽出できる点にある。この性質により、鴆は古くから人々の間で毒殺などに利用されてきた。暗殺を恐れた唐土の帝が、鴆の目撃された山を焼きはらったなどという伝説まであるほどだ。


 毒の強さはある程度コントロールできるようなのだが……おそらくあれでもまだ全力ではないだろう。


「……どうやら、終わったようだな」


 そんなことを考えているうちに、最後の死霊兵が倒れていた。役目を終えた鴆が意気揚々と戻ってくる。


「ぽぽぽぽ」

「ご苦労。ほら」


 そう言ってパン屑を放ると、鴆は待っていたかのようにつんつんと食べ始めた。

 その姿はまるで鶏だった。妖とは思えない。


 鴆は、クジャクと同じく毒蛇を好むと言われる。

 しかし実際には、虫でも木の実でも米でもパンでも、やればなんでも食べる。

 毒が流れてしまうためなのか、妖には珍しく酒を好まないが、そういうところも含めてほぼ鳥だった。


 パン屑を食べ終えて満足そうにしている鴆を、位相に戻す。

 それから、倒れている死体の群れの様子を、カラスの式神を飛ばして確認していく。


「うん。予想通り、綺麗に倒せたな」


 多少皮膚に(ただ)れは見られるが、調べるのに支障はなさそうだった。

 その爛れも、毒を抜けばいくらか薄まるだろう。鴆の毒は死体に残るので、後で焼くにしろ周りに拡散しないようそうした方がいい。


 と、この後の運びを考え始めた――――その時だった。


「……ん?」


 カラスの視界、倒れた死体の群れの中心に、一つの人影が立っていた。

 上等な全身鎧を纏い、剣を提げている。

 周囲の死霊兵と比べると、ずいぶん充実した装備だった。兜に隠れて顔はわからないが……鎧の形状や立ち姿から、女のように見える。


 ぼくは眉をひそめる。

 つい先ほどまで、あんなのはいなかったはずだ。

 光属性魔法で、毒を回復できる死霊兵がいたのだろうか。確かめるべく、式神のカラスを降下させる。


 全身鎧の騎士は、腰をかがめ、死体から何かを拾い上げていた。

 カラスがさらに降下し、それが何かわかる。

 どうやら死霊兵が武器にしていた、手斧のようだ。

 不意に――――騎士が、カラスを振り仰いだ。

 式神の視界を通じ、騎士とぼくの視線が交錯する。


「っ……?」


 次の瞬間、騎士がカラスに向け、手斧を投擲した。

 刃物が迫ったかと思えば、式神の視界が消失する。


「……!」


 式神が落とされた。

 驚いて、自分の視界に意識を戻す。

 遠く佇む騎士は、ぼくを見ていた。

 落とした式神ではなく、術士であるぼくを。


「ああ……少々厄介そうな相手だ」


 呟きながら、ヒトガタを浮かべる。

 念のため妖を呼びだしておこうと、片手で印を組んだ……その時。

 騎士の姿が、一瞬かき消えたかと思えば――――ぼくの目前で、その剣を振り上げていた。


「……っ!!」


 振り下ろされた鋼の剛剣を、浮遊する銅剣が受けた。激しい金属音が響き渡る。

 ギリギリで比々留斫の召喚が間に合った。ただし、あまり状況はよくない。

 騎士の膂力は凄まじく、比々留斫は押されていた。柄の目玉が焦ったようにぎょろぎょろ蠢いている。

 比々留斫と切り結べている時点で、剣も相当な業物だ。(なまくら)ならば、受けた時に逆に両断しているはず。


 妖と騎士の鍔迫り合いによって生まれたわずかな時間で、思考を整理する。

 騎士が現れた瞬間、力の流れを感じた。転移魔法だ。ならば、闇属性を使う魔法剣士の類か。


 方針を決めると、ぼくは顔をしかめながら呟く。


「なかなか面倒だな」

《木の相――――蔓縛りの術》


 騎士の足元から、太い蔦が伸び上がる。

 それは鎧の上から巻き付き、騎士の体を拘束するかに思われたが。


「……!」


 力の流れが生まれると同時に、騎士の周囲に炎が巻き起こった。

 蔦はそれに飲まれ、あっけなく焼け落ちていく。


「火属性魔法か……」


 少し予想外の対応をされたが、残念ながらそれは悪手だ。


《木の相――――蔓縛りの術》


 先ほどの三倍の量の蔦が、地面から噴出する。

 鎧の不燃性を頼りに炎で燃やそうとも、いずれは伝わってくる熱に中の人体が耐えられなくなる。同じ手は何度も使えない。


「……ちっ」


 小さな舌打ちの音。

 同時に力の流れが生まれ、騎士の姿がかき消えた。


「そうだ」


 そこで転移するはずだ。

 ぼくは即座に、相手の剣が急に消えてつんのめっていた比々留斫の柄を掴んだ。

 そのまま、勢いよく背後に振るう。

 それはぼくの背後に転移し、振り下ろされていた騎士の剣を弾いていた。相手の動揺の気配が伝わってくる。

 一方で、ぼくも思わず顔をしかめていた。


「っ……」


 重い。

 気功術による膂力と、比々留斫の神通力が乗って、騎士の剣はなお重かった。

 しかし、それでも弾けた。狙い通りだ。


 比々留斫が剣を受け、ぼくが術を撃ち放題になっていたあの状況を、騎士は脱しなければならなかった。

 それには転移しかない。そして最も不意を突ける移動先は、完全に視界から外れる背後。

 まあ、それだけに読みやすかったわけだが。


 体勢の崩れた騎士へと、ぼくは一歩踏み込む。

 剣の間合いの、さらに内側に入り、鎧に一枚のヒトガタを貼り付ける。


《陽の相――――発勁の術》


 騎士の体が、斜め上方に向かって撃ち出された。

 《発勁》は殺傷効果こそないが、初見ではかなり対処しづらい。普通なら何が起こったかすらわからないだろう。

 空中に撃ち出せば、剣を突き立てて止めることもできない。高速で飛ばされているあの状況では、移動先座標の指定が満足にできず、転移もままならない。

 とはいえ……苦し紛れの転移などしたところで、無意味な手で仕留める。


《陽木火の相――――燈瀑布の術》


 巨大な炎の波濤が、騎士に襲いかかった。

 燃え盛る油の波は、一面を火の海に変える。とっさの転移ではとても逃げ切れない。


 勝負が決するかに思われた、その時。

 騎士の持つ杖剣に、強い力の流れが迸り――――次の瞬間、波の進行を阻むかのように、虚空から巨大な氷塊が落下した。


「な……」


 氷に触れたところから、炎が消えていく。

 油が冷え、燃焼を続けられる温度を下回ってしまったのだ。


 騎士は体を反転させ、逆方向に凄まじい風属性魔法を放った。

 反作用で《発勁》の勢いを止めると、空中で兜越しに、ぼくを睨む。


「……まずいな」


 すぐさま比々留斫を後方に放り投げ、位相へと還す。単体で歯が立たないなら邪魔なだけだ。

 力の流れとともに、騎士の姿がかき消えた。そして一瞬の後、ぼくの眼前に現れる。

 騎士は、剣を引き絞っていた。

 次の瞬間――――空間すら裂かんばかりの刺突が繰り出される。

 それはぼくの心の臓を正確に貫き、息の根を止める……ことはなかった。

 騎士がその剣先に捉えたのは、ただ一枚のヒトガタ。


「転移はぼくもできるんでね」


 後方の式と位置を入れ替え、騎士から間合いを空けたぼくは、すでに印を組んでいた。

 騎士の足元に残していた、一枚のヒトガタに呪力を込める。


《金の相――――針山の術》


 騎士を中心とした辺り一帯に、鈍色の巨大な棘の群れが突き出した。

 転移による回避を許さない、再びの広範囲攻撃。だがこれで仕留められるとは思っていない。


 案の定、騎士は針山地獄を躱していた。

 地を蹴り、さらには伸びてきた棘すらも蹴って、空中に逃れている。

 だが、ここだ。


《土の相――――天狗髭の術》


 火山岩繊維の糸が、神速の鞭となって放たれる。

 狙いは足。棘の先端を切り飛ばしながら、《天狗髭》が騎士に迫る。空中ならば躱せないはずだ。

 しかし。


 ヂンッ、という音。

 同時に、騎士の左右に屹立していた棘が糸によって切り飛ばされた。

 騎士は剣を振り上げた体勢のまま、平らの断面を晒す棘の一つに、その足で着地する。


 ぼくは舌を巻いた。

 騎士は下段からの斬り上げで、《天狗髭》の糸を切断したのだ。

 ほとんど視認できない細さのうえ、高速で飛翔している強靱な糸を、初見で。


 感心している場合ではない。振り上げられたままの剣には、大きな力の流れが渦巻いている。

 杖剣が振り下ろされたのと、ぼくがヒトガタを周囲に配置し終えたのは、同時だった。


 次の瞬間――――赤熱する巨岩が、虚空から大量に降り注いだ。

 轟音とともに、周囲の大地が壊滅していく。

 直撃する分は結界によって消滅するが、その高熱は空気を伝わり、ぼくにまで届いた。

 頬に痛み。指で触れると、血が滲んでいた。どうやら周囲で砕けた石の破片が、飛んできて掠めたらしい。


 身代による治癒が終わると同時に、魔法の隕石も止む。

 騎士は、同じ場所に立っていた。さすがに消耗したらしく、息を切らしたように肩を上下させている。《天狗髭》を切断した際に端が掠めたのか、左の篭手からは血が滴っていた。

 しかしその時、左腕に光属性魔法の淡い光が灯った。

 ぼくはその意味を察し、呟く。


「治癒魔法まで使えるのか、あいつ……」


 光が消え、騎士が感覚を確かめるかのように篭手を開き、握った。どうやら回復されてしまったようだ。


 ぼくはわずかに苦い顔になる。

 なかなかに剣呑な相手だ。

 上位魔法を六属性分、完全無詠唱で発動している。さらには達人と呼べるほどの剣技に、膂力と戦闘勘まで備えている。黒鹿童子を相手取っても、それなりにいい勝負をしそうなほどだ。


 初手からずっと拘束を試みていたが、どうにも難しい。

 普通の拘束方法では転移で抜け出されてしまうし、かといって即死しない程度に痛めつけようにも、半端な術では今のように対処されてしまう。他の目もある手前、目立つ妖も使いづらい。


 小さく嘆息し、気持ちを切り替える。

 苦戦の一方で、確信できたこともあった。

 拘束が難しいなら、この場で対話を試みるのも悪くない。ぼくはわずかに笑みを浮かべると、騎士に告げる。


「其の方は、どうやら死者ではなさそうだな」


 いくらなんでも、こんな死霊兵はありえない。

 もっとも、死霊術士でもないだろうが。


 黙って返答を待つ。騎士は、息を整えるような間を置いた後、怒鳴るように答えを返してきた。


「なにやってるんだ、お前っ!」


 その声は高い。女のものだった。

 それは予想していた通りだ。しかし、意外な部分もある。

 これほどの実力があるにもかかわらず、強者らしい圧がない。なんだか乱暴な子供のような喋り方だった。

 そもそも、返答の意味もわからない。


「……何? どういう意味だ、何が言いたい」

「なにやってるって訊いてるんだっ。もしかして、お前……敵になったのかっ!? あいつはどうした!?」

「……。悪いが、其の方がぼくに何を問いたいのかわからない」


 ぼくは、嫌な予感がし始めていた。

 人の身から逸脱したような強者の中には、精神が破綻している者も少なくない。

 まったく噛み合わない話の内容からするに、この女騎士もその類である可能性がある。


「何をしているのかと訊かれれば……見ての通りだ。帝国のため、街を襲う死霊兵を倒している」

「はあ~っ? 帝国のためっ? よくそんなでたらめが言えたな!」


 女騎士が、怒りとともに叫ぶ。


「勇者の仲間が、この件に手を出すなっ!!」

「っ!?」


 ぼくは衝撃に目を見開いた。


「なぜ……そのことを知っている」


 てっきり、死霊術士側の戦力なのではないかと思っていた。

 だが、勇者の派遣を知る者は限られる。ならばこいつは宮廷の差し金、あるいは皇帝の私兵か。

 いや……死霊術士側が、協力者から情報を得ている可能性も捨てきれない。


 混乱の中、ぼくはただ問う。


「其の方は……何者だ?」

「……お前、思ったより無礼なヤツだな! アタシは……」


 と、その時。

 女騎士を、炎と風と氷と砂礫の刃が襲った。


「うわっ!」


 完全に不意を突かれた女騎士が、切断された棘の上から弾き飛ばされる。

 ただ、思ったよりダメージがなさそうに見える。力の流れを見るに、どうやらあの鎧も魔道具で、いくらか魔法を無効化しているようだった。


「あははぁ、助太刀しますよーっ、おろかな人間!」


 針山地獄の外側から、レンが叫んでいた。

 らしくもなくどこか焦り気味に、上空へ振り抜いた魔法の刃を翻す。


「さすがのあなたでも、“戦姫”相手は荷が重いようでっ」

「戦姫……」


 言葉を反芻すると同時に、再び刃となった魔法の群れが女騎士へと向かう。


 先の攻撃で弾き飛ばされていた女騎士は、一際高く伸びた棘の先端に掴まるようにして、針山の間にぶら下がっていた。

 間近に迫る極大の魔法と、それを操る少年森人(エルフ)の姿を見た彼女は、


「はあっ!?」


 と、困惑と驚愕が等分に混じり合ったような声を上げていた。


 そんな女騎士に、レンの魔法が容赦なく襲いかかる。

 途上にある棘が、ことごとく破壊されていく。やはりかなりの威力だ。

 だが彼女に到達する寸前、それは大幅に減衰していた。

 女騎士の周囲には、円柱状に淡い光が灯っている。どうやら魔法を無効化する結界であるようだ。


 しかし――――光の円柱は、次第に削られ始めていた。

 この女騎士の展開する結界でも、レンの魔法は防ぎきれないらしい。


「く……っ!」


 悔しげな声を漏らして、女騎士の姿がかき消える。

 転移した先は、レンとは反対側の、針山の外だった。


「お前たちのことは、報告しておくからなーっ!!」


 そんな言葉を残し、女騎士の姿がまた消える。

 どこにも現れない。空を飛ばしているカラスの視界で確認しても、転移した先はわからなかった。おそらくだが、遠くに見える森にでも逃げたのだろう。


 ぼくは小さく嘆息する。


「いやあ、危ないところでしたね。おろかな人間」


 振り返ると、レンが小走りで駆けてきていた。

 あまり体力がないのか、すでに額に汗が滲んでいる。


 ぼくは訊ねる。


「あれが……戦姫なのか?」

「え? ええ。そうなのでは?」


 レンが額の汗を拭いながら、澄ました笑みで答える。


「もちろんボクも初めて見ましたけど。あれほどの強さで女騎士となれば、噂の戦姫しか考えられないでしょう」

「……そうか。確かに、そうかもな」


 反乱軍に先んじて来訪し、無類の強さで街を奪い取ってしまうという戦姫。そんな噂があったこと自体、すっかり忘れていた。

 当初は反乱軍の指導者の可能性を考えていたが、少なくともそうではないようだ。


 ただ……それ以外、何もわからなかった。

 果たしてあれが、誰の駒なのかすらも。


 再び嘆息する。

 どうも、面倒事ばかり増える。

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