第十七話 最強の陰陽師、また次の都市へ向かう
フィオナの間諜からもたらされる情報を頼りに、ぼくたちは次の街へと移動した。
「今度は間に合ったようだけど」
街の外に広がる平野部で、ぼくは呟く。
今度の街は、以前のものよりも大きかった。
市壁も比較的堅牢そうで、生半可な魔法では歯が立たないように思える。
ただ、だからこそと言うべきか……。
「ずいぶんと質のいい死体を駆り出したようだな」
ぼくの目前には、すでに――――馬に騎乗した死霊兵の、馬上槍の穂先が迫っている。
《土の相――――天狗髭の術》
火山岩繊維の糸が、神速の鞭となって放たれる。
風を切る甲高い音とともに、四体の死霊騎兵の首が飛んだ。
主人を失いながらも突進してくる馬たちを、その後ろに転移して躱す。
四頭の馬は勢いのまましばらく走っていたが、やがて背中の首なし死体がどさどさ落ち始めると、街の手前で戸惑ったように足を止めていた。
その様子を眺めながら、ぼくは呟く。
「馬は生きているのか……死霊兵は馬も扱えるんだな」
「あのう、セイカさま」
耳元でユキが言う。
「矢が放たれたようでございますが」
ユキの言うとおり。
死体の軍勢の中で、長弓を持った死霊兵たちが、山なりに矢を放っていた。
ぼくは馬から目を離し、振り返りながら答える。
「わかってるよ」
《陽の相――――磁流雲の術》
浮かべたヒトガタを起点として、強い磁界が発生する。
磁界は迫る矢の鏃に作用し、そこに小さな稲妻を流す。稲妻が流れた金属には磁性が生まれ、《磁流雲》の強い磁界に反発するようになる。
結果――――飛来する矢はすべて、ぼくを避けるようにして地面に突き立った。
周囲の矢を見下ろしながら、ぼくはまた呟く。
「けっこう狙いが正確だ。長弓なんてなかなかの高等技能だろうに……死霊兵にはこんな芸当もさせられるんだな」
陰陽道の技術体系にも死霊術の類は存在したものの、ここまで自在に死体を操れるものではなかった。
先日見た魔法を使う死霊兵もそうだが、生前に持っていた技能をうまく生かしているようだ。敵ながら感心してしまう。
再び矢が放たれるが、もう見る必要もない。
ぼくは《磁流雲》を発動したまま、新たなヒトガタを浮かべる。残った死体の軍勢を見据え、一気に処理してしまおうとした――――その時。
ぼくの背後で、轟音とともに大地が噴き上がった。
「なっ……?」
とっさに振り返る。
一匹の長大なワームが、土煙とともに地面から伸び上がっていた。
思わず唖然とする。
そのワームは死体ではなく、生きているようだった。
当たり前だが、ワームがこんなところに出るわけがない。力の流れを感じなかったことから、召喚されたわけでもなさそうだ。
ということは……軍勢の中に、死霊兵の調教師がいるのだろうか。
ぼくは呆れのあまり半笑いになりながら呟く。
「まあ、生きている馬を手なずけられる以上、モンスターを手なずけられてもおかしくないのかもしれないが……もうなんでもありだな」
ワームが大口を開き、はるか高みからぼくに襲いかかる。
転移するほどでもなかった。足を使って躱す。
ぼくを喰い損なって地面に頭から激突したワームは、そのまま再び地中へと潜っていく。
「……遅いな」
図体こそまあまあでかいものの、ラカナで見たワームどころか、学園に襲来した兎人調教師が従えていた個体よりも弱そうだ。
ぼくはそのまま、死霊兵の軍勢の中へと走った。
当然取り囲まれ、剣を突き出されるが、体術と短い転移を使って躱していく。
「ワームがどうやって地上の獲物を認識しているのかわからないけど……」
少なくとも、同じような人体が大量に群れている中で、ぼくの位置を正確に捉えることはできないはずだ。
次の瞬間、再び大地が噴き上がった。その場にいた死霊兵数体が巨体に弾き飛ばされる。
まったく見当外れの位置に出たワームが、二体の死霊兵をまとめて咥えていた。
「出てきたか」
一枚のヒトガタを飛ばす。
それは死霊兵の頭上を鋭く飛翔すると、ワームの体表に貼り付いた。
《陽の相――――薄雷の術》
ヒトガタを起点に、稲妻が生み出される。
感電したワームが、伸び上がった体勢のまま体を引きつらせた。やがて数度痙攣すると、ゆっくりと体を傾かせ、地面にどう、と横倒しになる。
真下にいた死霊兵たちが、湿った音とともに潰れた。
ぼくは転移して軍勢の外に出ると、その光景を眺めながら呻く。
「うわ……失敗した」
巨大なワームが軍勢の中心で暴れて死んだせいで、隊列が大きく乱れていた。
散兵になってしまうと、《針山》が使いにくくなる。厄介なのはもういなそうだが、一番多い歩兵の処理が少し面倒になってしまった。
小さく溜息をつく。
「最初に出てきた時点で、ワームをさっさと倒すべきだったか……まあ仕方ない」
端の方から処理していこうと、集団からはぐれた死霊兵に目を向けた――――その時。
軍勢の中に、力の流れが起こった。
「っ、なんだ……?」
ぼくは反射的に、死霊兵の群れに目を戻す。
力の流れは続いている。魔法を使われている……にしては、何も起こっていない。
注意深く見ると、流れの元がわかった。ワームの死体のそばに佇む、ローブを纏った一体の死霊兵。
その時――――ワームがゆっくりと、頭をもたげた。
「は……?」
思わず目を見開く。
倒し損なっていた、わけがない。確かにワームは死んだはずだ。
仮に回復魔法を使える死霊兵がいたとしても、死んだモンスターはどうにもできない。
ならば……可能性は一つ。
「まさか……死霊術なのか?」
死んだはずのワームは、今や完全に動き出していた。
地表を醜くのたうち、周囲の死霊兵を挽きつぶしながら、大口を開けてぼくに迫る。
「……チッ」
軽い舌打ちとともに、ぼくは苦い顔をしながら両手で印を組んだ。
そして、軍勢を囲むように配置していたヒトガタに呪力を込める。
次の瞬間――――すべての死霊兵が、まるで糸が切れたかのように地に倒れた。
大量にいる歩兵も、ローブの死霊兵も、ワームでさえも動きを止め、死体に戻っている。
無力化を確認すると、ぼくは組んでいた印を解き、結界を解除した。
小さく溜息をついて呟く。
「できれば、これは避けたかったが……」
「いやー、すごいすごい。大したものですね」
市壁の上に腰掛け、ずっと戦いを見ていたレンが、澄ました笑みを浮かべながら言った。
「もう、あなた一人でいいんじゃないでしょうか」
その声音には、若干呆れが混じっているようにも聞こえた。





