第十五話 最強の陰陽師、疲れる
ぼくらは一日かけて、街中に散らばっていた死霊兵をできる限り処理した。
カラスの視界が利かなくなる前にやめたが、その頃にはもう、どのネズミの視界でも死霊兵を発見できなくなるくらいには減らせていた。
といっても、ここを襲ったやつらを全滅させたわけではない。
破壊の規模から見るに、本隊はすでに街を去り、一部が残っただけにすぎないことは明白だった。
その対処だけで、気力も体力もかなり奪われてしまった。
生き残った住民たちは、今はいくつかの無事な建物に集まっていた。
皆疲弊していたが、取りこぼした死霊兵がいないとも言い切れなかったため、体力の残っている者たちが夜も交代で見張りに立っている。
その雰囲気は、戦禍に遭い故郷を追われた者たちの野営地に似ていた。
「やはり懸念していたとおりだったようです」
灯りの下、レンが澄ました笑みとともに言う。
今、ぼくらは街の貸し馬車屋だった建物を借り受けていた。
すっかり日も沈んでおり、御者や世話係の者たちはすでに休んでいる。ぼくらもできれば休みたかったが、その前に話し合わなければならないことがあった。
「どうやら敵は、攻め落とした街の住民をも死霊兵にできるようですね」
レンの言葉に、皆表情を暗くする。
少年森人は、ぼくらの顔色など気に留める素振りもなく続ける。
「冒険者らしい死霊兵を何人か相手しました。十中八九、他の街で取り込んだ死体でしょう」
「……だろうな」
数万という反乱軍の規模から、それは危惧していたことだった。
奴隷と信徒の暴徒だけで、数万は多すぎる。当初その理由には見当がつかなかったが、反乱軍の実態が死霊兵となると、その調達方法は予想がついた。
レンが少々うんざりしたように言う。
「そしてどうやら、死霊兵の強さは元となった人間に左右されるようです。まったく骨が折れました」
と、疲れたように溜息をつく。
そう言う割に、聖騎士は傷一つ負っていない。
自分が戦った分を思い出すと、それなりに力のある冒険者たちが死霊兵となっていたようだったが……やはりフィオナに見出されただけあるということか。
ぼくは言う。
「死んでいても、動いているのは人体に変わりない。筋肉が多ければ、それだけ力が出るのは当然だろう」
ただ予想外だったのは、死体が魔法まで使えた点だ。
こちらの世界の死霊術は、ぼくが思っていたよりも多くのことができるのかもしれない。
ぼくは続けて言う。
「そんなことより……このままいけば、死霊兵は際限なく増え続けるぞ」
街を滅ぼせば、死体がそのまま兵になるのだ。敵の数は雪だるま式に増えていく。
もちろん術士の限界はあるだろうが、すでにこれだけの数に膨れ上がっている以上、それがどれほどかはわからない。
「とてもぼくらの手に負えない。いくらか倒したところで焼け石に水だ」
「あの……フィオナさんには、もう報せを出したんですよね……?」
イーファが遠慮がちに訊ねると、レンはらしくもなく愛想のいい笑みを向ける。
「ええ、抜かりなく。初日に姫様と宮廷あてに使いを出しています。心配しなくても大丈夫ですよお姉さん」
「……この森人、なんかイーファにだけは親切」
メイベルがぼそりと言うと、レンが澄ました笑みに戻って言う。
「精霊が見える者は皆同胞です。共におろかな人間の国で生きる者として、親近感を覚えますね」
「うう、わたし、そんなつもりないんですけど……」
イーファの困り顔を見ながら、ぼくは考える。
帝都に知らせた以上、なんらかの対処がなされると期待したいが……報せは“なかったこと”にされることも多い。皇帝の腹づもりがわからない以上、あまり期待はできない。
「戦い続けるしかありませんよ」
レンが笑みのまま言った。
「あなた方に、他の選択肢はない。当然理解しているものと思っていましたが」
ぼくらは押し黙る。
そのとおりではあった。条件は先日から変わっていない。帝都には戻れない以上、この先の見えない戦いを続けるしかない。
「そこの勇者も、わかりましたね」
「……」
レンが言っても、アミュはしばらく黙ったままだった。
短い沈黙が流れる。
ほどなくして、アミュがはっとしたように顔を上げて言った。
「え、あれ、なに?」
「戦うことを求められているのは、他でもないあなたなんですけどね」
澄まし顔でレンが嫌みを言うが、まったく話を聞いていなかったのか、アミュはきょとんとするばかりだった。
仕方なく、ぼくが言う。
「また移動して、戦場に向かうことになると話していた。大丈夫そうか?」
「……うん。わかったわ」
アミュがしおらしくうなずく。
「こんなことになってるんだもん、仕方ないわよね」





