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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
九章(死者と帝国編)

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第十四話 最強の陰陽師、次の都市へ向かう


 フィオナは、聖騎士とは別に情報収集のための部隊も飼っている。

 早馬によってもたらされる彼らの情報によって、反乱軍の位置や進軍先は、大まかにではあるが知ることができた。


「……間に合わなかったか」


 街の光景を見て、ぼくは呟く。

 反乱軍の一つが向かっているという情報のあったその都市は、すでに陥落していた。


 市壁は、一部が完全に崩れている。建物もそこかしこで破壊されており、遠くに黒い煙が上がっている場所もあった。

 何より――――生者の気配がない。


「なによ、これ……これじゃもう……」


 アミュが愕然と呟く。

 イーファやメイベルも、言葉を失っているようだった。

 と、その時。


「あっ、発見です」


 レンが暢気な声を上げた。

 そのまま流れるように、短剣を振り抜く。


 風と砂礫の刃が飛び、物陰から姿を現した死霊兵を縦に割っていた。


「本隊は去ったようですが、やっぱりある程度死霊兵を残しているようですね」


 魔石の短剣を軽く肩に担ぎながら、少年聖騎士は言う。


「まずはそれらを片付けましょうか。じゃあボクは向こうの方を見てきますので、あなた方は他をお願いします」


 そう言い残すと、すたすたと早足で歩き去ってしまった。

 だいぶ勝手な行動に、呆気にとられるぼくら。だがすぐに、アミュが意気込んで言う。


「あたしたちも手分けして見て回るわよ! もしかしたら生きている人がいるかも!」

「う、うん!」

「わかった」


 駆け出そうとする三人に、ぼくは一応言っておく。


「イーファはメイベルと一緒に行け。後衛一人だと危ない」


 イーファは一瞬足を止めると、うなずいてメイベルの後を追っていった。

 本当はアミュも単独行動させたくなかったのだが……まああの子は大丈夫だろう。


「さて……」


 扉を開け、位相からヒトガタを大量に取り出す。

 十枚ほどをカラスに、残りすべてをネズミに変え、次々に街へと放っていく。

 これでそれなりに広い範囲を探れるだろう。


「こちらは一番厄介そうなのを片付けに行くか」


 街の中心に向けて歩を進めながら、ぼくは式神の視界に意識を向ける。


 この都市を陥落させたのは、ただの死霊兵ではない。

 奴隷や信徒の死体を操るだけなら、市壁や建物をここまで破壊できないだろう。

 もっとも、すでに本隊と一緒に街を離れた可能性もあるが……。


「……ん?」


 その時、視界に人影が映った。

 薄汚れた衣服。虚ろな目で口から涎を垂らしながら、手に斧を携えている。


「オ゛オ゛ッ!」


 不意に、死霊兵がこちらに向けて地を蹴った。

 ぼくは小さく嘆息してそいつから目を離すと、片手で印を組みつつ呟く。


「用があるのはこんなのじゃないんだよな」

《召命――――比々留斫(ひひるきり)


 空間の歪みから現れたのは、黄褐色の剣だった。

 それはくるくる回りながら飛翔すると、迫る死霊兵の首をあっけなく切り飛ばす。


 そのまま地面に突き刺さってしまった剣だったが、しばらくするとぶるぶる震えだし、ぽんっと勢いよく飛び出した。

 歩みを続けるぼくを跳ねるように追いかけ、やがて追いつくと周りをふよふよと漂い始める。

 その様子を横目で眺める。まるで犬みたいだ。柄に嵌まっている、ぎょろぎょろと(うごめ)く目玉さえなければ、かわいらしいとも思えるかもしれない。


 比々留斫(ひひるきり)は、年経た銅剣の付喪神(つくもがみ)だ。

 器物は人間の強い想念を受けると、まれに(あやかし)変化(へんげ)する。比々留斫は作られてから八百年は経っている代物で、長く想念を受けてきたためか、付喪神にしては異常な神通力を持っていた。銅剣であるにもかかわらず、その切れ味はどんな名刀をも凌駕するほどだ。

 とはいえ付喪神は大人しいものが多く、こいつも例外ではない。

 生きている人間まで斬られてはたまらないから、今使うにはちょうどいい。


 式神の視界に意識を向けながら、滅んだ街を歩く。

 時折現れる死霊兵は比々留斫が勝手に斬ってくれるので、探索の邪魔をされることはない。


 ふと顔を上げると、空に斜めの火柱が上がっていた。

 おそらくレンの魔法だ。向こうの方が先に厄介なのと当たったのか。


「……お」


 その時。

 ネズミの視界が捉えた光景に、ぼくは足を止めた。


「こいつのようだな」


 小さく呟いて、そこにいた式神と位置を入れ替える。

 目の前の景色が、がらりと変わる。広がったのは同じような街並みではあったが、細部が違っていた。


 正面には、背の高い五階建ての建物。

 ただし、最上階には巨大な岩が埋まっており、半壊していた。

 その下の階には、恐慌を起こし叫ぶ人々の姿が窓から見える。


 そして――――それを為した者が、大通りの路上から建物を見上げていた。

 大柄な、やや太った男。生気はなく、明らかに死霊兵であることがわかる。だがその身には冒険者の装備を纏っており……手には、魔術師の使う杖が握られていた。


「……震え、響かせるは黄……永き風雨に、耐えし磐石の精よ……」


 口から漏れるのは、虚ろな呪文詠唱だった。

 やはりか、と思いつつ、ぼくはヒトガタを飛ばす。


「死霊兵になっても、魔法は使えるんだな」


 直後、死霊兵の魔術師によって放たれた岩塊が、解呪のヒトガタによって消失した。

 意思の感じられない動きで、男がこちらに気づいたようにぼくに目を向ける。

 そして杖を掲げると、その唇が再び呪文を唱え始めた。

 やや哀れに思いながらも、片手で印を組む。


「……比々留斫を置いてくるんじゃなかった」

《土の相――――天狗髭(てんぐひげ)の術》


 風を切る、甲高い音。

 同時に、死霊兵の首が飛んだ。斬撃は周囲の建物にまでおよび、真一文字の粉塵を舞い上げながら塀や壁が切断される。

 一拍置いて、頭部を失った死体が倒れ伏した。


 ぼくは小さく嘆息する。


「あまり好きじゃないんだよな、この術」


 周囲一帯を一瞬で切断した、火山岩繊維の糸を解呪して消す。

 一応死体を調べたいが、後だ。ぼくは《天狗髭》で斬らないよう気をつけていた、生者の残る建物に近寄ると、下から声を上げる。


「助けにきました。崩れかけているので、慎重に降りてください」


 中の人々は、窓からこちらを恐る恐る見下ろすばかりで返事もない。が、たぶんまだ怯えているだけだ。安全になったとわかればいずれ降りてくるだろう。


「さて……」


 ひとまず、街を破壊したとおぼしきやつは倒した。

 まだ似たようなのがいるかもしれない以上、もう少し探しておくべきだろうが、とりあえずは比々留斫を回収しに戻った方がいい。あいつは放っておいても人を斬ったりはしないが、ぼくがいなくなって右往左往している気がする。


 と、その時。

 一匹のネズミが、アミュの姿を捉えた。

 その様子を見て、ぼくは妖の回収を後回しにし、彼女の下に向かうことを決める。


「アミュ!」


 転移してすぐに声をかける。

 崩れた建物の傍らで、大きな瓦礫を持ち上げようとしていたアミュが、ぼくを振り向いて目を見開いた。


「セイカっ! こっち来て! 手伝って!」


 崩れた建物。

 その瓦礫の山の麓に、アミュはしゃがみ込んだまま声を張り上げる。


 駆け寄ると、状況がわかった。

 瓦礫の下から、小さな手が伸びている。


「下敷きになってるみたい! あんたそっち持って!」


 アミュが大きな瓦礫の端を指さして言う。

 術で持ち上げる方が簡単だが……少々加減が難しい。下がどうなっているかわからない以上、手作業の方が安全だろう。


「わかった」


 アミュと息を合わせ、瓦礫を持つ手に力を入れる。

 徐々にではあるが、持ち上がり始めた。

 普通なら人の手に負えないような瓦礫でも、気功術とアミュの馬鹿力があればなんとかなってしまう。

 たださすがに、ここまで大きな石材だと少し苦しい。ぼくは顔を歪ませながらアミュに言う。


「支えているからその子を引っ張り出せ!」

「わ、わかったわ!」


 アミュがうなずいて、瓦礫を背で支えながら下に潜り込む。

 すぐに、小さな体を抱えて出てきた。女の子のようだ。埃まみれで動かないが、微かに力の流れを感じる。気を失っているだけだろう。


 アミュは女の子を地面に置く。

 そして、何を思ったかまた瓦礫の下に潜り込んだ。


「っ、おい!」

「もう一人いたわ!」


 叫び声が返ってくる。ぼくは汗を流しながら懸命に瓦礫を支える。

 一度(まじな)いで何かつかえさせた方がいいか……? と思い始めたとき、アミュが一人の人間を引っ張りながら出てきた。

 その人物は、女の子よりもずっと大きかった。中年男のように見える。それがわかると同時に、ぼくは気づいて表情を険しくした。


 アミュと男が完全に出てきたところで、支えていた瓦礫を手放す。大きな音とともに砂埃が舞った。


「はぁ……はぁ……」


 アミュは荒い息を吐いていた。

 ぼくは自分の呼吸を整えると、静かに口を開く。


「アミュ。その人はもう……」

「……わかってる」


 アミュが唇を噛む。

 その男は、すでに息絶えていた。

 この街の住民だったのだろう。ありふれた格好をした、どこにでもいそうな一人の人間だった。


「あ……」


 その時、小さな声が響いた。

 女の子が、微かに目を開けている。

 アミュが身を乗り出す。


「気がついたっ? 痛いところはない?」

「お、父さ……」


 女の子は、その小さな手を動かない中年男に向けて伸ばしていた。

 だがすでに気力の限界だったのか、その手は届くことなく地面に落ちる。また気を失ったようだった。


「……」


 ぼくとアミュは、しばらくその場で、無言のまま立ち尽くしていた。

※天狗髭の術

玄武岩繊維の糸で物体を切断する術。火山岩の一種である玄武岩を融解させ、繊維状に再成形した糸は、鋼線の約四倍の引っ張り強度に加え、優れた物理的・化学的特性を有する。火山毛という、これに近いものが自然界でも噴火によって形成されることがあり、日本では天狗の髭などと呼ばれ古くから知られていた。

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