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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
九章(死者と帝国編)

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第十二話 最強の陰陽師、会敵する


 それから数日後、ぼくらは反乱が起こっているという地にたどり着いた。

 今、ぼくはとある街の手前で、目の前に広がる平野を見つめている。


 城壁とも呼べないような低い市壁しか持たない、特筆するところのない街。

 なぜこんな場所にいるかと言えば……ここに、反乱軍の一つが向かっているからだった。


「数は三千程度だそうです」


 傍らに立つ聖騎士のレンが、澄ました笑みとともに言った。

 ぼくは鼻を鳴らして答える。


「まあそんなものか」


 フィオナの配下にある者たちからもたらされた情報を頼りに、ぼくは奴らの部隊の一つを迎え撃つことに決めた。

 物資の都合上、反乱軍は他の町や村へ侵攻し続けないとその軍勢を維持できない。

 そこで、侵攻用に分割された部隊を順次狙っていくという、やりやすそうな方法をとることにしたのだ。


 それも、撃退などではなく無力化して拘束する。全員をだ。

 力を抑えつつ、帝国軍到着までだらだら時間稼ぎしてもいいのだが、肝心の派遣がいつになるかわからない。

 それを待つくらいなら、最速で解決してしまう方がいい。どうせ力を振るうなら常識外れなくらいの方が、かえって噂の信憑性も低くなる。そういう判断だった。


「……反乱軍の間で、たちの悪い疫病が流行っていたことにでもしてもらうか」


 これからやることを考えれば、名案に思えた。戻ったらフィオナに提案してみよう。

 そんなことを考えながら、前方を遠く見据える。


 すでに、軍勢の姿は視界に入っていた。

 まだ遠いが……なかなかの数だ。

 一騎当千の英雄がどれほど奮戦したところで、あっけなく飲み込まれてしまいそうな圧力がある。

 三千とは、そのような数字だ。


 ぼくは空を飛ばす式神の視界も使って、軍勢の様子を観察する。

 荒いが、一応の隊列は組まれている。装備は貧弱で、鎧を着ている者は一人もいない。進軍速度はだいぶ速かった。あれで体力が持つのかと心配になるほどだ。


 口元に手を当て、考える。


「装備は予想通りだが……思ったより秩序だっているな」


 やはり指導者がいるのだろうか。

 それだけでなく、反乱軍を複数に分けてあのように運用できるということは、用兵の心得がある部隊長役まで複数いることになる。ただ、あの後先考えないような進軍速度を考えると、本職ではないのか……。


「うーん、壮観です。おろかな人間があんなにたくさん。鳥肌が立ちそうだ」


 隣で聖騎士レンが、澄ました笑みで言う。


「で、どうするつもりですか? おろかな人間。さすがのボクでもあの数を相手にするのはごめんなので、いざとなれば逃げさせてもらいますけど」

「言っただろう」


 ぼくは鼻で笑って答える。


「全員捕まえるんだよ」


 すでにヒトガタの配置は終えていた。

 一応アミュたちには街に入ってもらっているが、わずかにも漏らすつもりはない。


 異様に速い進軍速度のせいで、すでに反乱軍は前列の兵の顔が識別できそうなほどに接近していた。


 ぼくは片手で印を組む。

 警告はしない。反乱軍は投降しても極刑か奴隷落ちだ。誰も降伏勧告になど応じないだろう。

 だから、初手で決める。


 ヒトガタを使い、反乱軍を大きく囲むように結界を張る。解呪ではなく、術の影響を外に出さないためのものだ。

 小声で真言を唱える。


「――――ओम् अग्नि भूमि स्वाहा」

《火土の相――――希臘煙(きろうえん)の術》


 軍勢を閉じ込めた結界内部に、濛々とした白煙が満ち始めた。

 白煙は瞬く間に反乱軍を包み込み、その姿を覆い隠してしまう。

 ぼくはふう、と息を吐いて印を解く。


「これで終わりだ。あとは弱った連中を捕まえていくだけだな」


 反乱軍を飲み込んだ白煙。

 それは俗に、“スパルタの煙”と呼ばれる毒気だった。


 硫黄を燃やすことで生まれるこの毒気は、吸い込めば目や喉に強い痛みが生じる。かつてギリシアの都市国家の一つが、城攻めの際に用いたと言われているものだ。

 濃度が高くなれば死んでしまうが、適度に吸わせれば敵の抵抗を封じ、無力化することができる。


 完全に動けなくなるわけではないが、十分だ。

 一時的にでも抵抗を止められれば、自由を奪う方法はいくらでもある。


 ぼくは、結界内に満ちる白煙の濃さに注意を払いつつ呟く。


「もうあと少しってところか……。あまり長く吸わせ、指揮官役に死なれでもしたら面倒だ」

「おろかな人間は、奇妙な魔法を使うものです。あの四角い結界に満ちているのは煙ですか?」

「ただの煙ではないけどな」

「なんともひどいことをします。おろかな人間には人の心がないのですか? あれでは戦場の誉れも何もあったものじゃない」

「ぼくが戦場に立った時点で、そんなものは誰も得られない」

「ずいぶんな自信で結構。しかし……大丈夫なんですか?」


 レンが、澄ました笑みを崩さずに訊ねてくる。


「先ほどから一向に、悲鳴もうめき声も聞こえてきませんが」

「っ……!?」


 ぼくは、はっとして前に向き直った。

 結界と白煙に変化はなく、軍勢は静かなものだ。

 だが、静かすぎる。《希臘煙(きろうえん)》は目や喉を侵す。なんの声も上がらないのは明らかにおかしい。


 疑念がこみ上げる中、ぼくは呟く。


「まさか、全員死んだ……? いやだが、そんな濃度ではないはず……」


 少なくとも即死はあり得ない。

 ならば、何が起こっているのか。


 身構えつつも、結界を解く。まずは状況を見極めなければ。

 毒気が風に吹き散らされる、その前に――――軍勢が、白煙の中から歩み出てきた。


「は……!?」


 思わず驚愕の声を上げる。

 軍勢にはなんの変化もない。ただ中断していた進軍を再開したといった様子だ。

 しかしあり得ない。目や喉を侵す毒気に晒され、何事もないなど……。


「っ、なんだ……?」


 その時、ぼくは気づいた。

 反乱軍の様子がおかしい。


 兵たちに生気がなかった。目がうつろで、足取りもどこか覚束ない。斜め上を見ながら歩いている者もいれば、大怪我でもしているのか、半身が血で染まっている者までいる。


「っ……!」


 式神の視界で見た光景をよく思い返し、ぼくは歯がみした。

 こいつらは、ぼくの(まじな)いでおかしくなったわけではない。

 ――――最初からこうだった。


「あははぁ」


 気の抜けた哄笑をあげ、レンが前に歩み出た。

 そして、腰に提げていた妙に分厚い鞘から、静かに短剣を引き抜く。


「おもしろいですねぇ」


 それは、鉱石でできた剣だった。

 剣身が金属ではなく、何らかの鉱物を切り出したものになっている。その鮮やかな色合いからするに、魔石……それも、相当に希少な上級魔石だ。

 鉱物は硬く、それだけに割れやすく、剣として使うには向いていない。おそらく、敵の剣を何度も受ければ砕けてしまうような代物だろう。


 レンはそれを振りかぶり――――迫り来る敵に向かって振り抜いた。

 反乱軍とはまだかなり距離がある。短剣の刃が届くはずもない。


 だが、届いた。

 剣身から放たれた、無数の魔法の刃が。


「な……」


 前列の兵たちが、炎で焼かれ、風に斬られ、氷に貫かれ、石礫に打たれ、倒れていく。

 まるで巨大な刃によって斬り払われたかのように、軍勢の一部がごっそりと削られていた。


 レンが再び、短剣を振りかぶる。

 それを見て、ぼくははっとして声を上げる。


「っ、やめろ! あいつらは……」

「おろかで無様で、まったく仕方のない人間」


 大きな動作で、レンが短剣を振るう。

 再びあらゆる属性の魔法が放たれ、刃となって剣身の延長上にある反乱軍を削っていく。


「さすがに、この事態は想定していなかったようですね」


 聖騎士の笑みは、いつのまにか意地の悪いものに変わっていた。


「反乱軍――――もう全員死んでいますよ」

※希臘煙の術

亜硫酸ガスを発生させる術。硫黄を燃焼させることによって生まれる二酸化硫黄、いわゆる亜硫酸ガスは、曝露した者の目や喉、鼻に強烈な痛みを発生させ、その濃度や吸入時間によっては死に至らしめることもある。史実では、古代ギリシアにおいてスパルタ軍がペロポネソス戦争の際に用いており、人類史上最古の化学兵器ともいわれる。本来は無色の気体だが、セイカは効果範囲を判別しやすくするため、蒸気を混ぜた白煙の形で使用している。

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