第十一話 最強の陰陽師、帝都を発つ
その後、ぼくたちは予定通りに帝都を出立した。
反乱が起こっている地までは、馬車でも数日かかる。そのため、途中にある街で何度か宿をとることになっていた。
今夜滞在する、峡谷の街テネンドもその一つだ。
「わぁ……」
馬車の窓からその威容を目にした、アミュたちが歓声を上げる。
テネンドは、断崖絶壁の上に立つ都市だった。
高い台地の上に築かれており、見上げる高さにある。ここからでは見えないが、背後は足場の悪い森になっており、とても立ち入れないという。東西はなだらかで登りやすそうだが、街を挟むように深い峡谷が走っていた。
アミュが呆れたように言う。
「あんなところによく街なんて作ったわね」
「元は、蛮族から逃げた人々が築いた集落だったらしい。時代が進むにつれて人が集まり、今では帝国有数の大都市だ」
「あそこまでどうやって行くわけ?」
「谷に橋が架かっているだろ」
ぼくの言葉に、アミュたちが窓へと身を乗り出す。
東西に走る峡谷それぞれには、同じ形の長大な橋が架かっていた。
「三百年ほど前に、力のある魔術師が築いたという話だ。ここまで大きな都市になったのも、あの二つの橋のおかげだろうな」
アミュたちが感心したような声を上げる。
「へー。まあそうでもなければあんなところに誰も集まらないわよね」
「ちゃんと両側にあるから便利そうだね。あそこまで登るのが、ちょっと大変そうだけど」
「でも、なんか不安」
珍しく、メイベルが弱気なことを口走る。
「そんなに昔の橋、通ったことない」
「……言われてみればそうだな」
魔法で作った橋は、傷んだ箇所の補修とかうまくできるんだろうか?
と、その時。
「おろかな人間」
馬車の中に、声が響いた。
その声は、ぼくの正面に座る森人の少年が発していた。
「たかだか三百年を、まるで大昔のように語るとは。ボクら森人にしてみれば、その程度年経た建造物など珍しくもないというのに」
馬車内の空気を読む素振りすらなく、少年が澄ました笑みのまま言い切った。
長い耳に輝くような金髪。種族が種族だけあり、性別を見紛うほどの美貌だが、正直憎たらしさしか感じない。
聖騎士第六席、ヨルギエ・ノルン・ゾット・ソラリオス・ティズィート・レン。
初めて会ったとき、少年はそんな風に名乗った。
森人にしてはやけに長い名だと思ったが、どうやら森人や黒森人は本来このような名で、普段は使っていないだけらしい。
使うのは誕生と婚姻と葬儀の時くらい……と、聞きもしないことをずいぶんと偉そうに語ってきたあたりから嫌な予感はしていたが、案の定旅の共としては最悪の部類だった。
馬車内の空気が悪くなる中、思わず溜息をついて言う。
「……フィオナが性格の悪い聖騎士しか残っていないと言っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。今からでも護衛を交換できないものか」
「おろかなうえに、品性の下劣な人間。姫様がボクを悪く言っていたと言えば、自分に怒りの矛先が向くことなくボクを責められると考えましたね? 人間は本当に悪知恵ばかり回る。その手には乗りませんよ」
「いや、普通に事実だけどな」
「姫様ならば、性格に難がある、と言うはずです」
「ちょっとは自覚してるんじゃないか。というか、事前にフィオナからぼくらと同行するにあたって何か言われなかったのか?」
「くれぐれも無礼な言動は控えるよう仰せつかりました。ボクはそれを努力義務と解しました。ボクは今も努力しています」
澄ました笑みで、森人の聖騎士が言い切った。
呆れて言葉を失っていると、アミュがいらついた声を上げる。
「こいつほんっと腹立つわね。今まで生きてきてここまで生意気なガキ見たことないんだけど」
「おろかな人間。ボクは子供ではありませんよ。森人は人間よりもはるかに長い年月を生きるのです。まさかそんなことすら知らないとは」
「なに言ってんのよ。あたし知ってるんだからね。森人も十五歳くらいまでは人間と同じように成長するんでしょ。つまり、チビのあんたはガキってことじゃない」
聖騎士レンは答えずに、窓を開けて馬車の外を見た。そして、風が気持ちいいな、などと呟いている。
さすがのアミュも言葉が出てこないようだった。





