第十話 最強の陰陽師、パーティーに出る 後
しばしの間、沈黙が流れた。
ヒルトゼールの口元に浮かぶ穏やかな微笑からは、何も読み取れない。どこまで知っているのか。どんな意図で、アミュやぼくに接触してきているのか。
ぼくはわずかに目を伏せると、静かに答える。
「ええ、いかにも」
そして、同じような微笑を浮かべて言う。
「ぼくがセイカ・ランプローグです。はじめまして、ヒルトゼール殿下。まさか皇室の俊英と名高い殿下に名前を知られていたとは。恐れ多くも光栄に存じます」
「知っているさ。なんと言っても、一つの街を救った英雄の名だ。ランプローグ伯爵家は魔法学の大家であったはずだけど、まさかこんな神童が生まれていたとはね。どんな魔法を使ったのか、僕に教えてくれないか?」
「恥ずかしながら」
ぼくは小さく首を横に振る。
「噂とは尾ひれが付くもの。多少扇動めいたことをしたせいで名が広まってしまいましたが、ぼくはあの日、あの場所で戦った多くの戦士の一人に過ぎません。使った魔法も、残念ながら凡庸なものばかりでした」
「なんだ、そうだったのか」
やや拍子抜けしたように、ヒルトゼールが言う。
「思えば、たしかに聞いた話には荒唐無稽なものも混じっていたな。なんでもドラゴンに匹敵する巨大なモンスターを、ただの一撃で葬り去ったとか」
「むず痒い噂にはぼくも困っているところです。そもそもあの規模の災害を、一人の人間に鎮めることなどできるわけがありません。あの場に英雄がいたとすれば……それはぼくなどではなく、仲間のために命を散らした者たちでしょう」
「もっともだ。本人に言われる前に気づくべきだったな」
苦笑交じりに、皇子が左手で頬を掻く。
なんとかうまく切り抜けられた……と、ぼくは内心で冷や汗を流しながら思う。
うっかり本名で冒険者になってしまった影響が、まさかこんなところに現れるとは思わなかった。よりにもよって皇族にまで知られているとは……自分の間抜けさが嫌になってくる。
とはいえ、思い切りよく常識外れなことをやってしまったせいで、逆に信憑性が下がったみたいだ。世の中何が功を奏すかわからない。
皇子が自嘲するように言う。
「僕としたことが、流言を真に受けてしまっていたようだ。もし勇者を超える英雄ならばと、つい期待してしまったせいか」
「……はは」
肯定も否定もせず、ぼくは微かに引きつった顔で愛想笑いを返した。
もし勇者を超える英雄ならば……どうするつもりだったのだろう。
あまりぼくにとって好ましいことにはならなそうだ。
「セイカ君も、反乱の鎮圧へ?」
「ええ。アミュと共に」
「そうか。ならば……気をつけてくれ」
ヒルトゼールが、含みのある微笑とともに続ける。
「あの反乱は、少し妙な……」
と、皇子が言いかけたその時。
ガラス杯の割れる甲高い音が、会場に響き渡った。
一部で悲鳴が上がり、ぼくらはそろってそちらに顔を向ける。
「貴様のせいでこうなったのだろう!!」
「何を勝手なっ! 元はと言えば兄上が……っ!」
何やら、二人の若い男が揉めているようだった。
短髪で大柄な一人が、背の低いもう一人の胸ぐらを掴んでいる。
どちらも相当に怒り狂っている様子だ。
「……背の高い方が第二皇子のディルラインお兄様、髪の長い方が第三皇子のジェイルードお兄様です」
フィオナが耳打ちしてきた。
ぼくは眉をひそめる。第二皇子に第三皇子とは、大物だ。その二人が、社交の場でなぜあんな見苦しい言い争いをしているのだろう。
誰も止められないのか、周囲の者たちは恐る恐るといった様子で遠巻きに眺めるばかりだ。
特に第二皇子は体格がいいので、無理に割って入れば怪我をしそうでもある。
衛兵を待ちたいところだが……。
「やめないか」
制止の声が響く。
二人に毅然と言い放ったのは、ヒルトゼールだった。
杖を突きながら、二人に歩み寄っていく。
「このような場で何をしているんだ。見ろ、皆も驚いているじゃないか」
第二皇子ディルラインは、弟の胸ぐらを離すとヒルトゼールに向き直った。
兄よりもずっと長身なためか、見下ろすような格好になっている。
「兄上……いったい何を考えている。自分が何をしているか、わかっているのか!?」
ディルラインがヒルトゼールに詰め寄る。
その様子を見て、ぼくは微かに違和感を覚えた。
病弱な兄と比べ、肉体的にははるかに頑強そうな第二皇子だが……その目には怒りに混じって、畏怖のような感情があるように見えた。
「兄として、弟たちの喧嘩を止めている。それ以外に何がある」
ヒルトゼールは、体格で勝る弟を見上げ、はっきりと言い放った。
それから、やや呆れたような表情で続ける。
「事情は知らないが、一度頭を冷やした方がいい。二人共だ」
「……っ! 覚えていろ……!」
聞いたディルラインは目を剥くと、踵を返して大股で去って行った。
ヒルトゼールは、第三皇子の方にゆっくりと歩み寄る。
「ジェイルード、怪我はないか」
「寄るなっ、この異常者が! クソっ……!」
ジェイルードはヒルトゼールに罵声を浴びせると、乱れた長髪を乱暴に手ぐしで直し、足早に去って行った。
ヒルトゼールが伸ばしかけた左手を下ろし、所在なさげに立ち尽くす。
「……大丈夫ですか、殿下」
見世物のような光景を少し哀れに思い、つい声をかける。
振り返ったヒルトゼールの顔には、あの穏やかな笑みが戻っていた。
「ああ。しかし、少し疲れたかな……。悪いが、座れる場所まで案内してくれないか」
「ええ、こちらへ」
ぼくはうなずき、会場の隅までヒルトゼールを連れていく。
並んでいた椅子の一つを引くと、皇子は杖を置いてそこに腰掛けた。
そして、苦笑しながら言う。
「客人に、見苦しいものを見せてしまったね」
「いえ……」
「僕たちは決して兄弟仲がいいとは言えないんだが、あんなのは初めてで驚いてしまったよ」
ぼくはなんと返したものかわからなかった。
少し置いて、ヒルトゼールは言う。
「帝位の継承者は、どのように決まるか知っているかな」
「皇帝が子の中から一人を指名し、それを議会と民衆が承認する……でしたか」
「その通り」
うなずいて、ヒルトゼールは続ける。
「指名には、貴族ほど厳密な規則はない。次男や長女を選んでもかまわないし、在野から優秀な人物を見出し、養子に迎えても問題ない。帝国の歴史上、そういったことは何度も行われてきた。ただ……それでも明確な能力差がない限りは、長男が優先される慣習がある」
「……」
「今のところ、陛下が誰かを養子に迎える様子もない。このままいけば、いずれは僕が帝位を継ぐことになる。けれど……困ったことに、この有様でね」
そう言うと、ヒルトゼールは色眼鏡をわずかにずらし、すぐに眩しそうにして元に戻した。
「生まれつき、体が弱かった。明るい場所ではまともに物を見られず、この眼鏡が手放せない。見ての通り、足も悪い。ふとしたことで体調も崩しがちだ」
「……」
「それでも幼い頃から、皇帝となるための学びを怠ったことはなかった。今この瞬間からでも、帝国の頂点に立ち、政を取り仕切る覚悟は持っているつもりだ。しかし……僕では務まらないと見なす者は、やはり多い」
「……。ぼくには想像もつきませんが、過酷な地位であると聞きました」
「ああ。陛下を見ていると、なんだか簡単そうに思えてくるけどね」
そう言って、ヒルトゼールが苦笑する。
「実際には、常人に務まる地位ではない。ましてや、病弱な者になど……。そう考える者たちのせいで、宮廷に混乱が生まれている」
「……殿下ではなく、第二皇子や第三皇子を次期皇帝にと目論む派閥がある、ということですか」
「ああ」
ヒルトゼールがうなずく。
前世でも何度か聞いた話だった。第二、第三候補を擁立し、その臣下として利益に与ろうとするのは、現状の権勢が弱い者などが使うありふれた手だ。
ヒルトゼールが憂いの籠もった声音で続ける。
「体が成長しても一向によくならない僕を見て、別派閥に鞍替えする者も出始めている。弟たちもいつの間にか本気になり、僕らの仲は悪くなる一方だ。兄弟喧嘩は、いつしか政争に変わってしまった。今回の反乱も……あるいは、そうかもしれない」
ぼくは眉をひそめ、訊ねる。
「今回の反乱が、政争と何か関係あるのですか?」
「それぞれ最初の反乱は、弟たちが裏で糸を引いていた可能性がある」
「……まさか」
驚きに言葉を詰まらせるぼくに、ヒルトゼールは説明する。
「奴隷の反乱が起こった地はディルラインの、信徒の反乱が起こった地はジェイルードの筆頭支持者の領地だ。互いの支持基盤に損害を与えるため、互いに工作員を忍び込ませ、不満を持つ層を煽った……そんな噂が立っている。あくまで噂だが」
「……帝位のために、そこまでしますか」
「そのくらいしていてもおかしくない。歴史を見ても、ね」
ヒルトゼールの返答には、同意できるところがあった。歴史を振り返れば、確かにその程度の工作はありうるだろう。
しかしそうだとすると、ぼくたちは政争の後始末を押しつけられたことになる。
アミュの我が儘を聞き、引き受けたのは間違いだったか……そう後悔し始めたとき、ふと疑問が浮かんだ。
「ん? となると、今二つの反乱が合流し、一つになっているのは……」
「それはわからない」
ヒルトゼールは表情を消し、首を横に振った。
「噂が本当だとしても、今の状態が弟たちの意思によるものではないだろう。案外、反乱に参加していた者たちが意気投合してしまったのかもしれないな」
くだらない冗談でも言ったかのように、ヒルトゼールが肩をすくめる。
「戦姫なる者の噂もあることだし、誰が何を企んでいるのやら」
「……戦姫?」
「おや、聞いていなかったのか」
初めて聞いた単語を反芻すると、ヒルトゼールが意外そうな顔をした。
「反乱軍が侵攻しようとする街に、先んじて一人の女騎士が現れ、住民たちに対して街を明け渡すよう要求したそうなんだ。その者を、逃げた住民たちが戦姫などと呼び始め、それが宮廷にまで伝わってきた」
「女騎士……ですか。それは、反乱軍の使者のような?」
「使者で済んだならよかったのだけどね」
ヒルトゼールが続ける。
「初め、街の者たちは女騎士の要求を拒んだらしい。自警団の者たちが、そのまま彼女を拘束しようとしたんだが……まったく歯が立たなかったそうなんだ」
「……はあ」
「街の防衛を担うはずだった騎士団や、雇い入れた傭兵団ですら相手にならず、全員叩き潰されてしまった。しかも大怪我をした者や死んだ者は一人もいなかったらしい。手を抜かれていた、ということなのだろうね」
「……」
「反乱軍の本隊が来る前、たった一人相手にその有様では、さすがに街を守るのは無理だと諦めたのだろう。住民たちは逃げ出すことに決めたそうだ。同じことが、もう一つ別の街でも起こった。この異様に強い女騎士の正体は明らかでないが、この戦姫こそが反乱軍の指導者なのだと、そう主張する議員もいる」
「……そうですか」
なんとも判断しがたい話だった。
確かに超人的な強さは大衆を惹きつけ、心酔させることがある。戦姫とやらが反乱軍を一つにまとめ、指導者の座に着いた可能性はなくはない。
だが……奴隷と信徒の反乱に、果たしてそのような者が参加するだろうか?
考えあぐねていると、ヒルトゼールがふと笑って言う。
「すまないね。これから鎮圧に向かおうとする者に、気を削ぐような話ばかりしてしまって」
「いえ……」
「家を出ているということは、君には兄が?」
「ええ。家を継ぐ長兄と、軍に入った次兄が」
「そうか。うまくやれているのかな」
「どう、でしょうね」
ぼくは苦笑して答える。
「ぼくと次兄は、正直あまり。ただ長兄が人格者なので、それなりにうまくはやれているかと」
「長子が立派な人物なら、ランプローグ伯爵家も安泰だ」
「ええ。次期当主にも、幸い長兄が一番向いてました。ぼくとは仲が悪かった次兄も、これに関しては同意見だと思います」
「なるほど。うらやましいな……君の兄が。僕も次代を担う者としての適性と、謙虚な弟たちを持てていたらと思うよ」
そう言うと、ヒルトゼールは傍らに置いていた杖を引き寄せる。
「そろそろ戻るとしよう。フィオナに独り占めなどと言ってしまった手前、ずっと君を引き留めているのは気が引けるからね」
「勇者ならまだしもその仲間の一人になど、殿下以外に気に留める者はいないでしょう……。肩を貸します」
「いや、平気だ。立つくらいは一人でもできる」
そう言って、ヒルトゼールが杖を立てる。
その時ふと、皇子から小さな力の流れを感じた。
「殿下……」
「ん?」
「いえ……ひょっとして何か、魔道具を身につけられていますか?」
聞いたヒルトゼールが、わずかに目を見開いた。
一瞬の沈黙の後、口を開く。
「わかるのか?」
「いや……なんとなく、そうなのではないかと」
「……驚いたな。ああ、そうだ。といっても、玩具のようなものだが」
そう言って、ヒルトゼールが服の内側から首飾りの細い鎖を引っ張り出す。
それはどうやら、虫を精巧に模したペンダントのようだった。
長い鞘翅を持つ小さな甲虫……蛍、だろうか?
皇子が虫に視線を向けて言う。
「魔力を込めると、この飾りが光るんだ」
「へえ……」
注意深く見てみるも、力の流れが弱すぎてよくわからない。ただ、この程度の魔道具ならせいぜいあってもそんな機能くらいに思えた。
皇子が苦笑しつつ言う。
「暗い場所で便利かと思い買い求めたが、結局光らせてみたのは最初だけだった。灯りに使うには暗いうえに、少しでも魔力を使うとすぐ気分が悪くなってしまう。まったく、自分の身体ながら嫌になるよ」
ペンダントを戻しながら、ヒルトゼールが立ち上がる。
その動作は意外にも滑らかで、不便な身体と長年付き合ってきた慣れのようなものが感じられた。
「殿下」
続くように立ち上がると、小さな笑みとともに告げる。
「ぼくは応援していますよ。ランプローグ家としてではなく、ぼく個人としてで申し訳ないですが」
自然と、そんなことを言ってしまっていた。
なんとなく重ねてしまったのだ。
夏に魔族領で出会った、若き王たちの姿と。
皇子は一瞬意外そうな顔をした後、微笑んで言う。
「ありがとう、十分嬉しいよ。他人のせいのように語ってしまったかもしれないが、宮廷の混乱はすべて僕自身の不甲斐なさが原因だ。だからこそ、僕自身が頑張ることで解決できる。そう信じているよ。それではね」
ヒルトゼールは踵を返すと、会場の人混みの中へ戻っていった。
ぼくはなんとなく、その場に留まりパーティーの様子を眺めていたが……しばらくすると、ぼくの下にフィオナがやってきた。
「……セイカ様」
「ああ、すまない。少し話し込んでいて」
「……今日はわたくしと一緒にいてくださいと言いましたのに」
咎めるように、フィオナが言う。
「それで、ヒルトゼールお兄様とはなにを?」
「まあ……世間話かな。宮廷の事情や、反乱のことなどを軽く聞いた。大した内容ではなかったけど」
一応の真偽確認も兼ねて、フィオナに皇子と話した内容を簡単に説明する。
聞いたフィオナは、やや難しい顔をして言った。
「間違いではありませんが……不十分ですね。まず、派閥は第一、第二、第三皇子派とは別に、もう二つあります。そちらの方がお兄様は面倒に感じているでしょう」
「皇子は三人だけだが、他にどんな派閥があるんだ?」
「お忘れですか? 一つに、わたくしです」
「あ……そういえば」
「力を付けてきたのはここ数年のまだ新しい派閥ですので、それはそれは目障りでしょうね。弟たちだけに止まらず、愛人の生んだ妹までが皇位争いに加わるのか……と」
「その割に、君については一言も言及していなかったな」
「わたくしの庇護下にあるセイカ様の前で、わたくしの悪口は言わないでしょう。もっとも、そもそも相手にされていないのかもしれません。帝国の長い歴史の中で、女帝はほんの数例しかありませんから」
「それで、もう一つの派閥は?」
「現皇帝派です」
「……んん?」
ぼくは首をかしげる。
「どの後継者につくかの派閥なのに、現皇帝派というのはおかしくないか?」
「現皇帝派とは、陛下が今後、在野の賢人を養子に迎えると見込んでいる派閥です。皇子たちと皇帝が対立した場合には、皇帝の利益になる行動を取ります」
「ああ、なるほど。しかしなんだか博打のような派閥だな」
「それでも、二番目の規模の大派閥です。第一皇子派から鞍替えする者も多く、去年はテネンドなどを領地に抱えるダラマト侯爵が皇帝派の行動を取って、宮廷で噂になっていました。それまではヒルトゼールお兄様をよく支援していたのですが」
ダラマト侯爵や峡谷の街テネンドは、ぼくでも名前くらいは知っていた。
ヒルトゼール派は、大物が離反し始めている状態らしい。
「それだけ、今の皇子たちに帝位を任せることに皆が不安を覚えているのでしょう。もっとも、そのおかげでわたくしにも付け入る隙ができているのですが」
「そういえば君は、本気で皇帝の座を狙っているのか?」
「うふふ、聞きたいですか?」
「……いや、いい」
聞いてもろくなことがない気がした。
代わりに、別の問いを発する。
「反勇者の派閥というのは、どこに属しているんだ?」
「第二、第三皇子派の中でも、特に急進的な者たちです。グレヴィル侯爵の失態以降は批判の声が強くなり、同派閥内でも肩身は狭いと聞きます」
「ああ……。まあ、自滅してくれたなら助かるな」
「やや先鋭化してしまったので厄介ですが、今回皇帝が直々にアミュさんを招聘した以上、消滅は時間の問題でしょうね」
皇帝の依頼を受け、反乱を鎮圧したならば、さらに容認の声は強くなるだろう。
そう考えると、政争も後始末も悪いことばかりではない……かもしれない。
政争といえばと、フィオナに問いかける。
「反乱についてはどうだ? 発端が第二皇子と第三皇子の工作だという噂、君は聞いていたか?」
「……ええ」
フィオナが難しい顔でうなずく。
「それも、おそらくは事実です」
「なぜぼくらに黙っていたんだ?」
やや咎めるように言うと、フィオナが目を鋭くして言い返してくる。
「言ったところであの場の判断が変わりましたか? そもそも、わたくしは関わることに初めから反対でした。政争に巻き込まれかねないとも、はっきり告げたはずですが」
「……それもそうだったな」
説得に使えそうだと思ったのなら、あの場でフィオナが口にしただろう。
伝えてもどうせ流されるだけの情報を、なぜ伝えなかったと責められる謂われは確かにない。
不満げな顔のまま、フィオナは続ける。
「それに……発端こそお兄様たちでしたが、状況はすでに様変わりしています」
「……戦姫、なんてのもいるんだって?」
「……。そんな噂もありますね」
今度はフィオナは、やや後ろめたそうな素振りをする。
「言っておきますが、こちらを黙っていた理由は先ほどと逆、信憑性が低いと判断していたためです。死んだ仲間に助けられたり、神の姿を見たりと、戦場では奇妙な噂が流れるものですから」
「わかってる。別に責める気はないよ」
ぼくだって聞いて反応に困った噂だ。フィオナも伝えにくかっただろう。
小さく息を吐き、ぼくは言う。
「どうやら、嘘をつかれたりはしていなかったようだな。まあそんな印象も特になかったけど」
「セイカ様」
フィオナは、硬い表情でぼくに問いかける。
「ヒルトゼールお兄様のこと……どう思われましたか?」
「……? どうって……」
ぼくは、少し考えて答える。
「まあ、君には悪いが、帝位を継ぐべき皇子だと思ったよ。真面目で頭がよく、皇族としての自覚と覚悟がある。為政者らしい底知れなさも感じられたが、それも君主には必要な資質だろう」
難点と言えるのは、病弱であることくらいだ。
仮にヒルトゼールが健康な身体で生まれていたら、彼が帝位を継ぐことに異議を唱える者はいなかっただろう。
おおむね妥当な意見……と思ったのだが、フィオナは表情を険しくした。
「あまり……あれを信用なさりませんよう」
「……? それはどういう……」
ぼくが疑問を挟む余地なく、フィオナが続けて言った。
「ヒルトゼールお兄様も、わたくしと同じ――――政治家なのですから」





