第九話 最強の陰陽師、パーティーに出る 中
ヒルトゼール。
その名は、さすがにぼくも聞き覚えがあった。
ヒルトゼール・ウルド・エールグライフ――――この国の第一皇子だ。
アミュたちも気づいたようで硬直している。
ぼくたちが静まり返る中、フィオナは無機質な微笑みとともに言葉を続ける。
「お体は大丈夫ですか? あまり無理はなさらないでください」
「嬉しいことに、今日は調子がいいんだ。このパーティーにはぜひ出席したかったからね」
そう言って、ヒルトゼールが微笑む。
第一皇子は、聡明ではあるが体が弱い。そんな噂を聞いたことがあったが、どうやら事実だったようだ。
ふとフィオナが、ヒルトゼールのそばに立つ女性に目を向ける。
「おや、珍しい。今日はエリーシアもいるのですね」
女性は答えず、わずかに目礼しただけだった。
ヒルトゼールよりも、さらに若い女性だった。ぼくらの二つか三つ上くらいに思える。にこりともせず硬い表情を浮かべていたが、顔立ちは相当に整っていた。皇子とは対照的な、艶のある金髪が目を引く。
ヒルトゼールが言う。
「マディアス公爵家の令嬢として、たまには顔を出さないかと誘ったんだ。婚約者に振られてばかりでは、僕も立場がないからね」
「そうですか。でも、無理はなさらず。エリーシアもなにかと忙しいでしょうから」
フィオナが笑いかけると、女性は居心地悪そうに小さくうなずいた。
どうやら、第一皇子の婚約者らしい。上級貴族の令嬢としては珍しいが、社交の場が苦手そうにも見える。
皇子は、そんな婚約者をよそにフィオナへ笑いかける。
「エリーシアに無理はさせないよ、僕はね。彼女はこれくらい静かにしている方がかわいらしい。……それより」
ヒルトゼールがなんの前触れもなく、アミュへと顔を向けた。
「この会の隠れた主賓を独り占めするものではないよ、フィオナ。君の友人を僕にも紹介してくれないか」
アミュを見つめたまま、ヒルトゼールは言う。
その時になってようやく、この皇子の目的が勇者だったのだと気づいた。
病弱そうに見えて、意外と胆力のある男だ。
誰もがぼくらから距離を置く中、聖騎士の鬼人を恐れずこうして近づいてきた。今も身構える様子などなく、自然体に見える。
アミュが迷うように、フィオナに視線を向けた。
フィオナはいかにも心外そうな表情を浮かべて、異母兄へと言う。
「独り占めだなんて。わたくしはただ、勇気ある者を待っていただけですのに」
「ならば僕は資格を得たようだ」
紹介を待つことなく、ヒルトゼールがアミュに左手を差し出す。
「はじめまして、勇者アミュ君。僕はヒルトゼール・ウルド・エールグライフ。こんな形でも、実は皇子なんだ」
「えと……知って、ます。アミュです。お会いできて、光栄です……」
ぎこちない挨拶とともに、アミュが左手を握り返した。
自嘲気味に、ヒルトゼールは言う。
「左手で失礼したね。体が弱いせいで杖を手放せないんだ。でも驚いたよ。伝説の勇者がまさか、こんなに可憐な少女だったとは」
皇子が笑いかける。
ヒルトゼールは、父親である皇帝には似ず端麗な容姿をしていた。血が入っているわけはないだろうが、弱々しさも相まってどこか森人めいてすらある。
アミュは、そんな皇子を前にして完全に硬くなっているようだった。
ヒルトゼールが、やや表情を暗くして言う。
「反乱軍の対処を任されたと聞いたけれど」
「は、はい……そうです」
「人間同士のいさかいに勇者を持ちだそうだなんて、陛下も何を考えているのか……。僕は、これが正しいとはどうしても思えない。君も本当は不安なんじゃないか? 勇者の力があったとしても、たった一人で数万の反乱軍に挑むのは恐ろしいだろう。今からでも断れるよう、僕から陛下に進言してもいい」
「い……いいえ」
ヒルトゼールの勢いにやや気圧されながらも、アミュは首を横に振った。
「あたしも……帝国の力に、なりたいので。それに……仲間も、います」
「仲間」
その言葉を予期していたかのように、ヒルトゼールが繰り返す。
「そういえば、勇者には頼りになる仲間がいるのだと聞いた。なんでもとある魔術師は、ラカナで起こった史上最大規模のスタンピードを、瞬く間に鎮圧してしまったのだとか」
ヒルトゼールの顔が、その時ふとこちらを向いた。
色眼鏡の奥に隠れた目で、ぼくをまっすぐに見つめながら、その薄い唇を開く。
「ひょっとすると君が――――セイカ・ランプローグ君かな?」





