第八話 最強の陰陽師、パーティーに出る 前
皇帝の要請を受け入れることが決まっても、実際に出立するまでには三日ほどかかる。馬車や食糧などを手配しなければならないためだ。
準備は順調に進み、そして出立まであと一日に迫ったある日。
ぼくらは、なぜかパーティーに参加していた。
「……」
周りを見回す。
そこは、帝城にある一室だった。
きらびやかに彩られた会場に、きらびやかに着飾った人々。ここは本当に城の中なのかと疑わしくなってくるほどだ。
外観からも予想していたが、やはり立てこもって敵を迎え撃つような城ではないらしい。
「そう身構えなくとも大丈夫です。うふふっ、みなさんには誰も近づかせませんから」
近くでそう言ったのは、フィオナだった。
ガラス杯の飲み物に口を付けながら、機嫌良さそうに続ける。
「自らの陣営に取り込もうとする者も面倒ですが、どこぞの陣営に取り込まれたと周囲の者に誤解されてしまうのも面倒です。ですから、今日はずっとわたくしと一緒にいてくださいね」
「……ぼくらのような身分だと、こんなところに放り込まれたところでどうせ馬鹿にされるだけだろうから助かるが……」
と言いながらぼくは、フィオナの傍らに立つ人物を見上げる。
「……人避けがそれか」
その人物は、なんと鬼人だった。
人間をはるかに超える体躯。鬼人としては珍しい、灰色の肌をしている。その立ち姿には、どこか武人の雰囲気があった。
ぼくの視線にも、鬼人は無言のまま微動だにせず、ただ前を見据えている。
「聖騎士のヴロムドです」
微笑みながら、フィオナが言った。
「寡黙な性格なので滅多に喋りませんが、立っているだけで周りが静かになるので、普段から助かっています」
「……」
パーティー会場であるためか、ヴロムドという名の鬼人は正装しており、もちろん武装もない。
だが、武装の有無など関係ないほどの威圧感がその鬼人にはあった。人間用の衣装も似合っているとは言えず、逆に恐ろしげだ。
おかげでぼくたちの周りだけ、人気がない。
「……まさか、聖騎士に魔族がいるなんてな」
こんな場所に連れてくることまで含めて、ちょっとした衝撃だった。
ぼくはフィオナに視線を戻して言う。
「よく許されたな」
「うふふ、わたくしの立場をお忘れですか?」
「……皇女が、こんな風に人を遠ざけて大丈夫なのか?」
「ヴロムドを同伴させるパーティーはもちろん選んでいます。ですが、わたくしの支援者に元々貴族の方は少ないので、機会は多いですね。残念ながら今日も、わたくしがお話ししたい方はいらっしゃらないようです」
「……不参加、という選択肢はなかったんだろうか」
「みなさんは陛下の客人です。陛下の顔に泥を塗るくらいなら、大人しくパーティーに参加しておく方が賢明でしょう」
ぼくたちにまで招待状が配られたこのパーティーは、どうやら宮廷主催のものであるようだった。
及び腰だったぼくたちに対し、フィオナが参加を勧めてきたから出ることにしたのだが……肝心の皇帝も不在のようだし、別に出なくてもよかった気がしてくる。
「そんなことよりも、セイカ様」
と、フィオナがにこにこしながらその場でくるりと回った。
華やかなドレスの裾が柔らかく浮く。
「いかがです?」
「……」
社交用のドレスに身を包んだフィオナは、言葉が見つからないほど煌めいて見えた。
フィオナの容姿は世の吟遊詩人たちが数々の美辞麗句をもって歌っているが、それらをどれほど積み重ねても足りないのではないかと思える。
実際、ヴロムドのせいで近づけないでいる周囲の男たちからは、熱っぽい視線が注がれていた。
とはいえ……ぼくに感想を求められても困る。
思わずばつの悪い顔になって言う。
「……称賛の言葉が欲しいなら他をあたってくれ。君なら好きなだけ受け取れるだろう」
「まあ。わたくしは、誰よりもセイカ様から受け取りたいのですが」
「…………あいにくだが、気の利いた語彙を持ち合わせていなくてね」
そう言って、堪らず目を逸らす。
社交的にはあまり誉められた態度ではないが……女性の容姿をあらたまって誉めるのは、どうにもむず痒くて苦手だった。
日本で暮らしていた頃も、大陸を旅していた頃も、ついぞ慣れなかったことを思い出す。
やや申し訳なく思ってフィオナを見ると、なぜかにこにこと機嫌良さそうにしていた。
「セイカ様は、思えばそうでしたね。なんだか懐かしいです」
「は……何が?」
「いえ、こちらの話です。しかし、セイカ様」
と言って、フィオナがぼくの後ろを視線で指し示す。
そこには、アミュ、イーファ、メイベルの姿があった。
各々ガラス杯を手に、目立たないよう小さくまとまりながらも、きらびやかな宮廷のパーティーに目を奪われている。
フィオナがぼくに耳打ちする。
「わたくしにはいいとしても、アミュさんたちにはきちんとしなければなりませんよ。このような機会はなかなかないのですから」
「…………」
三人も、今日はパーティーに合わせて着飾っていた。
フィオナに比べれば大人しいドレスだが、どれも丁寧な仕立てで、それぞれ髪や瞳の色に合わせて選ばれている。
髪型も整え、軽く化粧もしているようで、皆どこぞの貴族の令嬢のようだ。
準備にずいぶんと時間がかかっていただけある。
三人はぼくと、にこにこ顔のフィオナの視線に気づくと、何やら急に楽しげにし始めた。
「なによ、セイカ。なんか言うことあるわけ?」
「えー……なにかな」
「期待してる」
ばつの悪さが頂点に達し、思わず渋い表情になる。
ただ……これはちょっともう逃げられない。
「その……三人とも、綺麗だな」
目を逸らし気味にかろうじてそう言うと、三人はからかい半分、浮かれ半分みたいな歓声を上げた。
上機嫌のフィオナも混ざり、そのまま装飾品とか美容の話題で盛り上がり始める。
ぼくはその様子を眺めながら、重い息を吐いた。
「勘弁してくれよ……」
「セイカさま……ユキは恥ずかしゅうございます」
腹が立って耳元のあたりを払おうとすると、髪の中のユキがさっと頭の上の方へ逃げていく感触がした。
どっと疲れを覚えながら、あらためて会場を眺める。
誰一人として顔を知らないが、皆名門貴族か、議員の一族なのだろう。
前世でたとえるなら殿上人だろうか。どうにも、こういう場は慣れない。
「フィオナ」
その時、やや掠れ気味の声が近くで響いた。
反射的に顔を向けると、一人の青年がフィオナに声をかけていた。
「今日はいないのかと思ったよ。そんなに綺麗にしているのに、君は隅で咲くのが好きだね」
穏やかな笑みとともに、青年が言う。
線の細い男だった。優男の多いこの会場にて、輪を掛けて覇気がなく、弱々しいとすら思える。
実際、病弱なのだろう。不健康に見えるほどに色の薄い金髪に、白い肌。若いにもかかわらず右手で杖を突いている。やや似合わない闇色の色眼鏡は、おそらく強い光を遮るためのものだ。
アミュたちと談笑を続けていたフィオナは、一瞬だけ眉をひそめると、青年に向き直った。
そして、明らかに作った笑みとともに口を開く。
「あら、ごきげんよう――――ヒルトゼールお兄様」





