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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
九章(死者と帝国編)

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第四話 最強の陰陽師、皇帝に謁見する 前


 謁見の間は、廊下などよりもはるかに豪奢な造りをしていた。


 天井の高い、広大な一室。床には鮮やかな赤の絨毯が敷かれ、つやのある布で飾られた大きな窓からは、高価な板ガラスを通して陽光が差し込んでいる。

 内装ももちろんだが……特にこの城の主が座す玉座などは、金で彩られていることからもわかるとおり、相当な贅が凝らされているのだろう。


 ただし、肝心の主――――皇帝は、いまひとつぱっとしない男だった。

 ぼくは思わず、眉をひそめて小声で呟く。


「この男が……?」


 ウルドワイト帝国皇帝、ジルゼリウス・ウルド・エールグライフ。

 その男が纏う雰囲気は、想像とはずいぶん違っていた。


 まるで凡庸そのものだ。褐色の髪に、中肉中背の背格好。醜くもなければ特別端正とも言えない顔立ち。印象に残るものが何もない。

 さすがに皇帝だけあって、髪も口髭も丁寧に整えられている。だが、それが威厳や気品を生んでいるわけでもない。雑踏ですれ違ったならば、次の瞬間には忘れてしまいそうな、凡庸な男。

 たぐいまれな指導者や為政者が持つような雰囲気らしいものがまったく感じられない。ごく普通の、中年男といった見た目だ。

 身構えていたぼくは、少々拍子抜けしてしまった。


「あのっ」


 皇帝の前に立つアミュが、一歩進み出て言う。


「アミュ、です。仲間と共に、参りました」


 ちらと、その横顔を見る。

 さすがに緊張しているのか表情は硬かったが、それでも若草色の瞳はしっかりと皇帝を見据えていた。大丈夫そうだ。


 一応他の二人の方も横目で確認する。

 メイベルは、一見するといつもどおりだった。ただ彼女はあまり顔に出ないタイプなので実際どうかはわからない。イーファは……ダメそうだった。あの様子だと、仮に何か訊かれてもまともに答えられそうもない。


 まあしかし、この場での主役はあくまでアミュだ。

 そんなことにはまずならないから問題ないだろう。


 アミュだけでなくぼくたちまでこの場に立っているのは、そもそも招聘が『勇者一行』という名目でなされたためだった。

 その意図はわからない。勇者本人はともかく、その仲間などほぼ部外者のようなものだ。皇帝が会う意味があるとは思えない。


 ただ、意図こそわからないものの……ぼくとしては大いに助かっていた。

 この場で何かあっても、すぐに介入できる。


「ふむ」


 その時、皇帝が相づちのような声を漏らした。

 それからわずかに微笑むと、穏やかな声音で言う。


「そう畏まらなくても大丈夫だよ。皇帝は、貴族とは違うからね」


 皇帝は、まるで知人の子供に話しかけるような口ぶりで続ける。


「よく勘違いされるのだけど、皇帝とは貴族のような支配者ではない。あくまで君たちと同じ市民、ただその先頭に立つ者にすぎない」

「あたしたちと同じ……?」

「建国の逸話は知っているかな?」


 皇帝の問いに、アミュが恐る恐るうなずく。


「民衆から立った英雄が、この国を作ったって……」

「そのとおり。魔族の脅威を前に立ち上がった一人の英雄とその仲間たちが、そのまま当時の支配者からも独立を果たし、自らの国を作った。それがこのウルドワイト帝国だ。無論、初めは帝国ではなく、王国だったけれどね」


 教え諭すように、皇帝は続ける。


「今各地を治めている貴族たちはその多くが、帝国がかつて併合した国や地域の支配者の末裔だ。王や部族の統領、あるいは盗賊の頭など。彼らが偉ぶっているのは、その血筋によるところも少なからずある」

「へぇ……そうだったのね」

「だが、皇帝とその一族は別だ。元がただの一市民だからね。貴族の先祖たちを打ち倒してきた歴史がある以上、彼らを支配する背景はある。けれど、市民までをも支配する背景は、実はないんだ。ぼくたちは彼らの中から立ち上がり、先頭に立った者でしかないのだから」


 皇帝はふと笑って言う。


「先々代の皇帝が治めていた頃は、まだ市民の間にもそのような意識が強く残っていてね。様々な人々が帝城まで陳情に訪れていた。中には、大きな声で怒鳴りつけるような人もいたんだ。皇帝をだよ? ぼくもまだ小さい時だったけれど、謁見の間の外まで響く罵声と、祖父の疲れたような顔はよく覚えている。皇帝とはなんと大変な仕事なのかと思ったよ」


 いつのまにか。

 ぼくたちの間に漂っていた緊張の雰囲気は、すっかり失せていた。

 アミュはもちろん、がちがちに緊張していたイーファも、自然な表情で皇帝の話に聞き入っている。


「だから、そう畏まる必要はないんだ。むしろ、ぼくの方が緊張しているかもしれない。なんと言っても……あの、伝説に語られる勇者を目の当たりにしているのだから」


 そう言って皇帝が微笑むと、アミュがいまいち当事者感のなさそうな顔で、はぁ、と気の抜けた返事を返した。


「剣も魔法も、さぞ上手に扱えるのだろうね」

「えっと……そんなことない、です。あたしより強い人なんて、たくさんいるから」

「ふむ、強者の世界は想像がつかないな。皇族や貴族は魔力に恵まれるとは言うけれど、実のところそれをうまく扱える者はまれだ。ぼく自身、きっと最弱のモンスターにだって手も足も出ないだろう」


 皇帝は穏やかな笑みを浮かべたまま、続けて言う。


「魔族の脅威のない、平和な時代でよかったよ。とはいえ……勇者としては、少々力を持て余してしまうかな?」

「陛下」


 ぼくは、思わず口を挟んだ。

 これはあまり、よくない流れのような気がする。


「僭越ながら――――アミュの、ひいてはぼくらの沙汰の次第を、先にお訊きしても?」


 イーファとメイベルが、ぎょっとしたようにこちらを見た。

 まさか、わざわざこちらから触れるとは思ってもみなかったのだろう。


 アミュは一年半前、帝城の一角に拘禁されていたところを逃げ出している。

 魔族領からの特使を殺害したなどという、ありもしない罪をでっち上げられた結果であるものの、それでも地下牢から逃げ出したのだ。帝国として、さすがにうやむやにできる事案ではない。


 とはいえ、何も自分から話題にあげることはない。なかったことにしてもらえるのなら好都合なのだから、何か言われるまで黙っておけばいい。


 それでもこの話題を切り出したのは――――どうにも嫌な予感がしたからだ。

 先ほどから皇帝は、事前に予想していた重要な話題に一切触れない。

 前世の経験上、為政者がこのような話し方をする時は……たいてい悪い展開になる。


「沙汰?」


 皇帝はわずかに首をかしげ、ぼくの言葉を繰り返した。


「ああ、あのことか。まったく、君たちも災難だったね」


 まるで今思い出したかのように、皇帝は言う。


「大丈夫。『魔族領からの特使』などという存在がありえないことは、ぼくも他の者たちもちゃんと理解しているよ。アミュ君の罪が、勇者拘束の建前にすぎなかったこともね。勇者の力を脅威に思ったハンス君……グレヴィル侯爵が、国を憂うあまり先走ってしまったみたいなんだ。本当にすまない」

「……」

「おかげで君たちにはいらない苦労をかけてしまった。学園を離れての生活は大変だっただろう。そちらの三人は、元々アミュ君の学友ということだったね。帝国に代わり、人間の英雄たる勇者を支えてくれて感謝するよ」

「……」

「実のところ、アミュ君のことは翌日の議会を待って釈放するつもりだったんだ。ぼくの一存でその日のうちに出してあげることもできたんだけど、何分夜だったし、ハンス君には議会でしっかりと責任をとってもらいたかったからね。それもあって、君には一晩我慢してもらうことにしたんだけど……それがまさか、あんなことになってしまうなんてね」


 皇帝は小さく溜息をつくと、気遣うような目をアミュに向ける。


「大丈夫だったかい?」

「……。はい」


 アミュが、しっかりとうなずいて答える。


「周りが大きく揺れて、鉄格子が歪んだので、出られました。外にはたくさんの人が倒れていて……城門もなくなっていたので、ただごとではないと思い、そのまま逃げました」


 アミュとは、逃亡時の出来事についてどう答えるか、事前に打ち合わせていた。

 この話題にならないわけがないと思ったからだ。フィオナの隠蔽工作とも、矛盾がないようにしている。


「無事だったならよかった」


 皇帝が微笑む。

 逃亡時の状況はアミュしか知らない、重要な情報であるはずなのだが……皇帝はどこかどうでもよさそうだった。


「一応訊きたいのだけれど、下手人の姿は見なかったかな?」

「いえ……」

「そうか。実は、先の帝城襲撃は強大な魔族が起こしたと言われていてね。ただ、その正体がまるでわからないんだ。応戦した兵に死んだ者はいなかったんだが、なぜか全員、その時の記憶をなくしている。城内から遠目で見た者が、小柄な背格好だったと証言した程度で、それ以外の一切が不明だ。君なら見ているかと思ったのだけれど、残念だよ」


 言葉とは裏腹に、皇帝の声に残念そうな響きはまるでなかった。

 ぼくの正体が露見していなさそうな点は、素直に喜ばしい。だがそれにもかかわらず、嫌な予感は増していく。

 皇帝は、小さな嘆息とともに言う。


「戦争のない平和な時代とはいえ、世の中に脅威は絶えない。未だに帝国が数十万もの兵力を維持していることからもわかるように、国家には暴力が不可欠だ。平和を守るための暴力が」


 皇帝はまるで、世間話のように続ける。


「そこで、アミュ君。市民の先頭に立つ者として、勇者たる君に助力を乞いたい」

「えっ……あたしに?」


 アミュが戸惑ったように目を瞬かせる。

 ぼくは悟る。この内容こそが謁見の本題であり、アミュを呼び寄せた目的なのだ。


「西方で起こっている反乱を、鎮めてほしいんだ」


 皇帝の口調は、近所への使いでも頼むかのようなものだ。

 だが聞いたぼくは、思わず歯がみしてしまった。


「君のその、勇者の力をもってね」


 どうやら、想像以上の厄介事に巻き込まれようとしている。

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