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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
九章(死者と帝国編)

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幕間 ギーシュ、城塞都市レメアにて

九章の開始です。


 ギーシュはこれまで生きてきて、何かを深く考えたことはなかった。


 貧しくて嫌気が差していた生まれの村を捨て、都市へ向かうことにしたのは、悪友の誘いに軽い気持ちで乗ってしまったからだ。

 そこでろくな職にありつけず、なんとなく傭兵団に志願したのは、耳触りのいい勧誘の言葉を真に受けてしまったからだ。

 結局、その傭兵団の実態はほとんど野盗の集団だったのだが、だからといってギーシュは逃げ出すこともせず、流されるままに商隊や旅人を襲う手伝いをしていた。

 面倒だったのだ、考えるのが。

 ぼんやりとまずいとは思っていたが、行動に移すほどの気力を、ギーシュは持ち合わせていなかった。


 当然そんな稼業が長く続くはずもなく、傭兵団は捕らえられ、頭目は絞首刑、ギーシュたち下っ端は奴隷として売り払われることとなる。

 他の大勢の奴隷とともに連れて行かれた先は、鉱山だった。坑道は狭く、暗く、暑く、毒気や落盤で仲間が次々に死んでいく。自分も長く生きられないだろうとギーシュは感じていたが、しかし何もしなかった。

 考えることは面倒だ。

 何か状況を脱する手段があるのだとしても、それを考えるのも、行動に移すのも、ギーシュには億劫だった。


 だから、反乱に参加したのも、単にそれが目の前で起こったためだった。

 ある夜、騒がしさに目を覚ますと、奴隷を管理する兵隊たちの詰め所が燃えていた。周辺には死体が転がり、さらにはそれを取り囲むように、興奮した様子の奴隷たちが立っていた。

 彼らの話す内容から、反乱を起こしたのだとわかった。

 兵隊から奪った剣や、金槌やツルハシなど、思い思いの武器を持った奴隷の集団に、ギーシュはついていくことにした。彼らは奴隷主の屋敷に押し入ると、肥えた初老の男とその家族を殺し、金品を奪って火をつけた。


「……すげぇ」


 燃え盛る大きな屋敷を見て、どさくさに紛れてくすねた宝石を握りしめながら、ギーシュは思わず呟いていた。

 自分たちのしでかした事の重大さに、今さらながら興奮していた。


 奴隷の数は、いつのまにか増えていた。

 どうやら農園で働く奴隷たちも同じタイミングで反乱を起こしており、彼らと合流したらしい。


「やったぞ、みんな! これで俺たちは自由だ!!」


 奴隷を束ねる頭目の男の顔を、ギーシュは知らなかった。

 農園の方の奴隷なのかと思ったが、よくよく思い返してみると鉱山からの道中ですでにその男の姿はあった。だから、共に働かされていた仲間であることは間違いないはずなのだが。


「まあいいか」


 ギーシュはそれ以上、深く考えなかった。

 面倒であったし、何よりどうでもよかったからだ。


 奴隷の反乱軍は、その後町や村を襲い始めた。


 集落を襲うのは簡単ではない。たとえ小さな村でも、相手の方が数が多い。生活を守るためにも、襲われれば決死の覚悟で反撃してくる。豊かな村には自警団が存在し、町ともなれば警邏隊兼警備隊である騎士団を雇っていることも多かった。野盗程度が襲える集落など限られる。だからこそ、彼らは主に商隊などを獲物としているのだ。


 しかし、これだけの規模の集団ともなると、話は違った。


 鉱山と農園の町を掌握した奴隷たちの集団は、いつの間にか数を増やしていた。

 それこそ、小さな町程度なら容易に攻め落とせてしまうほどに。

 反乱軍は元の町を出ると、ひたすらある方角に向かって進み、物資の拠出を求めると称しては、進軍途上にある町や村を襲った。

 頭目とその取り巻きたちは、正義を為すためだとしきりに叫んでいたが、やっていることは正義とはほど遠かった。

 しかし、やはりギーシュにとってはどうでもよかった。


「へへ……すげぇよ」


 血に濡れた刃物を手に、納屋に隠れた村娘を追い詰めたギーシュは、こらえきれずそう呟いた。

 自分は何か、とてつもない出来事に居合わせている。

 奴隷の解放やら貴族制の廃絶やら、あの男の言うことはよくわからない。だが退屈でしかたなかった自分の人生に、今ようやく激動が訪れている。

 ギーシュにはそんな確信があった。


 反乱軍は、さらに増えた。

 襲った先の町や村で、奴隷や虐げられていた者など、自分たちと似た境遇の者を取り込んでいったためだ。

 時には強制的に徴発することもあったが、そういった者たちは自分たちの召使いとし、集落を攻めるときには真っ先に突っ込ませたので、ギーシュとしては気分がよかった。


 やがて反乱軍は、とある小規模な城塞都市にたどり着いた。

 小規模とはいえ、城塞都市だけあって町や村などとは比べものにならないほど大きい。

 いくら数の増えた反乱軍と言えど、城壁のある都市を落とすことは容易ではない、というより不可能に思えたが、どういうわけか城門は最初から開け放たれていた。


 誰もいない城門をくぐり、反乱軍は静かな市街を進む。

 立派な街のどこにも、人の気配はない。


 やがて、街の中心とおぼしき広場へとたどり着いた。

 そこで、反乱軍は自然と足を止める。


「えっ……」


 ギーシュは動揺に声をあげた。

 周りも次第にざわめき出す。


 広場には、すでに大勢の人間がいた。

 街の住民、という雰囲気ではない。薄汚れた服に、剣や槍、(かま)(くわ)といった武器を手にした、無秩序な集団。

 彼らもこちらと同様に、反乱軍の姿を見て騒然としているようだった。


「……これでようやく、俺の役目も終わりか」


 そんな中、微かな呟きがギーシュの耳に入った。

 奴隷の集団の中から、頭目の男が歩み出る。男はあまり奴隷らしくない、どこか品のある仕草で、反乱軍に呼びかける。


「みんな、安心してくれ。彼らも俺たちの仲間だ」


 ざわめきが大きくなる中、男は続ける。


「ソゾ教の信徒たちだ。南の地での弾圧に耐えかね、蜂起した。俺たちと同じように、勇気を持って巨悪を討ち、ここまで長い旅を続けてきたんだ」


 ソゾ教という名を、ギーシュは聞いたことがあった。

 たしか、貧者の間で広まっているうさんくさい新興宗教だったはずだ。


 そんな連中と一緒にされるのはごめんだったが、とはいえ相手もなかなか数が多い。

 もしどちらかが先に手を出してしまえば、小競り合いでは済まなくなる。

 ギーシュが思わず押し黙ると、頭目の男が笑顔とともに言う。


「彼らと手を取り合おう。向こうの意思も同じだ。俺たちは、もっと大きなことができるようになる」


 周囲がざわめいた。ギーシュも目を見開く。

 確かに双方が団結できれば、相当な規模の武装集団になれる。

 町や村どころか、ここのような小規模な城塞都市だって落とせるようになるかもしれない。恐れていた帝国軍にすらも、きっと抵抗できるようになるだろう。

 大きな都市を占拠し、自分たちのための街に作り替えることだって、不可能ではないはずだ。


「すげぇ」


 ギーシュは胸が躍った。


「すげぇよ」


 自分たちの街ができたら、絶対にいい役職に取り立ててもらおうと、ギーシュは決めた。

 役人になれば賄賂をもらえるし、これまで自分を見下してきたような愚鈍な連中を好き放題(しいた)げることができる。


 街の役人にどのような役職があるのかすらよく知らなかったが、偉くなれるならなんでもかまわないとギーシュは思った。

 ただできるならば、あまり考えずに済む仕事がいい。


「だからみんな、まずは……あー、もういいか」


 頭目の男は、ふと後ろを振り返ると、急にめんどくさくなったかのように言葉を切った。

 男の後方では、信徒たちの指導者らしき人物が集団の前で同じように喋っていたが、いつの間にか姿を消していた。


 男は奴隷の集団に顔を戻すと、どこか投げやりな表情で口を開く。


「じゃあ、あとはみんなでよろしくやってくれ」


 そう言い残すと、男は街路の一つへと走り去り、そのまま姿を消してしまった。


「……おい、あいつ行っちまったぞ」

「これからどうすればいいんだよ」

「あいつらに声かけるか?」

「だが、なんて?」


 困惑したように、周囲がざわめき出す。

 チャンスだ、とギーシュは思った。

 ここで声を上げれば、自分が次の頭目になれる。

 反乱軍の中でもギーシュは有象無象の一人でしかなかったが、頭目の取り巻きだった者たちも混乱している今ならば、一気に存在感を示すことができる。そうなれば、役人のトップにだってなれるだろう。

 自分の人生は、今ここから始まるのだ。


 どうして男が信徒の集団を知っていたのか。

 どうして今ここで姿を消したのか。

 どうして自分たちはこの地まで歩かされたのか。

 どうしてこの街には誰もいないのか。


 頭の片隅には様々な疑問が浮かんでいたが、ギーシュはそれらについて深く考えようとはしなかった。面倒であったし、今はもっと大事なことがある。


 この場ではどんな言葉が一番効果的なのか、ということだ。ギーシュはこれまでほとんど使ってこなかった頭を限界まで働かせ、そして閃いた。

 興奮のあまり口元をほころばせながら、できるだけ威厳のある声を発しようとした――――その時。


「――――世界は、(ゼロ)(いち)とでできている」


 唐突に、声が響いた。

 ギーシュと奴隷たち、そして信徒の集団の者たちも、思わず声の方向を見上げる。


 広場を見晴らす建物の屋根に、人影が一つ、腰を下ろしていた。


「無と有、影と光、霜と炎、そして死と生。世界とは対立する二つの概念から成り立っており、それらを指し示す二つの数さえあれば、あらゆるものを説明、記述することが可能だ」


 小柄な人影だった。

 大人にしては小さい。だが子供と見るには、やや大きい。そんな、中途半端な背格好をしている。

 性別はわからない。中性的な声と体格のせいもあるが、何より顔全体に包帯が巻かれており、人相が見えないのだ。


 その人物は、包帯に隠れた目で集団を睥睨(へいげい)しながら続ける。


「この理論に照らせば、君たちは(いち)だ。矮小ながらも確かに存在し、集まれば大きな数となる……。よくぞここまでたどり着いた。ここから先は、小生が君たちを導こう」


 二つの集団から、ざわめきが上がった。

 それにはどこか、安堵したような響きがあった。リーダーがいなくなり困惑していた者たちからの、気の抜けたような声も聞こえてくる。


 ギーシュは思わず舌打ちした。

 次の頭目になるという目論見は、これで台無しになった。あの包帯人間は、いったい何者なのか。


「とはいえ、小生はどうにも(いち)が馴染まない」


 人影が変わらない調子で言う。


「雑多な様よりは、荒涼としている方がいい。明るい日向よりは、薄暗い日陰の方がいい。暑いのも嫌いだ。不快だし、何よりすぐに(いた)んでしまう。ああそれと、これは最も大事なことなのだが――――生者も好かないのだ、小生は」


 人影はいつの間にか、開いた本を手にしていた。

 次の瞬間、そこから光の粒子が猛烈に湧き上がる。


「な、なんだ!?」


 どよめく集団の中、ギーシュも同じく動揺の声を上げながらも、あの本については見当が付いていた。

 たしか、魔導書というものだ。魔術師が用いる、モンスターや物品などを召喚できる本。

 実物を見たことなどなく、小さい頃に聞いたお伽噺や、吟遊詩人が歌っていた冒険譚の内容から推測しただけだったが、およそ間違いないように思えた。


 ならばあの包帯人間は……いったい何を喚び出そうとしているのか。


「矮小な意思など、なくてよろしい。まず君たちは、速やかに(ゼロ)に戻ること。さすれば小生の整然とした意思でもって、君たちを規則正しく導いてあげよう」


 光の粒子が実体化していく。

 そうして広場に現れたのは――――奇妙なモンスターだった。


「な……っ」


 巨大な蜥蜴(とかげ)のような体。太い尾に、背から突き出た二枚の翼。一見すると、冒険譚に伝え聞くドラゴンのようにも見える。

 だが、その首は七本あった。


 中央にある、本来のドラゴンのものとおぼしき首を取り囲むようにして、様子の異なる首が六本生えている。

 どれも見た目が違う。どこか華奢なヒュドラのもの。目を持たないワームのもの。三角形に近いワイバーンのもの。魚鱗に覆われたシーサーペントのもの。そればかりか……長い頸部の先に据えられただけの巨大な赤い単眼や、半透明の霊体のような首まで存在している。


 よく見れば、鱗の色も体のそこかしこで違っていた。頭が重すぎるためか、全体のバランスも悪く、立ち姿もつんのめっているかのようだ。


 明らかに不自然なモンスターだった。

 まるで、人間の手で無理矢理つなぎ合わせたかのような。


「安心していい、君たちに手荒な真似はしないよ」


 首の内の一つ、ヒュドラの頭が、大きく引かれた。

 同時に、()()ぎドラゴンの胸腔が膨らむ。


「だから、綺麗に死にたまえ」


 ヒュドラの頭が大口を開き、風を吐き出した。

 一瞬の後、それは広場全体を覆っていく。


「う……」


 ギーシュは、腐った卵のような臭気が鼻孔を刺すのを感じた。

 思わず顔をしかめた、次の瞬間――――強烈な吐き気と目の痛みに、たまらず体を折った。


「ぐっ……かは……こふっ……」


 息ができない。

 どれだけ空気を吸い込もうとしても、まるで胴体を大蛇に締め上げられているかのように、胸を膨らませることができない。

 ギーシュは滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。悲しいのではない。あまりの目の痛みに、眼球が耐えかねているのだ。

 全身に力が入らない。まるでくずおれるかのように、ギーシュは広場に倒れ伏した。涙でにじみきった視界には、同じように倒れる仲間たちの姿が歪んで映る。


「よし、よし、よし。状態のいい死体を用意するのは大変なのだが、今回は非常に、うまくいった。ここまでお膳立てしてくれたからには、小生も期待に応えねばなるまい」


 意識が途切れる直前、ギーシュの耳が機嫌のよさそうな独り言を拾った。


「それでは、始めよう」


 広場の中心に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。

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