第三十二話 最強の陰陽師、巨人の王都へ向かう
巨人の王都へは、日の高いうちにたどり着いた。
「エンテ・グーから報せを受け、経緯は聞きおよんでおりました。大変でしたな、魔王様」
ぼくが今回の事情を説明すると、先王ヨルムド・ルーはゆったりとした口調で、同情するようにそう言った。
しかしぼくがそれに答える前に、ヨルムド・ルーは続けて言う。
「ただやはり、食糧の拠出はいたしかねます」
「……」
「魔族領の危機となれば、まず助けるべきは同胞。被害の規模が予想できぬうちから支援の約束はできかねます。さらに言うならば、我らが食用とする穀類や菜類が、他種族の食用に適すかはわかりません。我ら巨人の者は毒にも強い。普段何気なく口にしているものが、他種族にとって致命とならないとも言い切れません。我らには、それを確かめている時間もない。そうではありませんかな? 魔王様」
「……」
「ご理解を求めます。いくら私を説得しようとも、我らには我らの事情が……」
「いや」
ぼくが首を横に振ると、ヨルムド・ルーは不思議そうに言葉を止めた。
「説得するのはぼくではなく、ご子息の役目なんだ」
「はて……」
「おーい、親父! 開けてくれーっ!」
その時、部屋の扉の向こうから、ガウス王の大声が響いた。
「なんだ、なんだ」
ヨルムド・ルーが困惑したように、手下の者も使わず自ら歩いて扉を開ける。
「おっ、助かったぜ親父」
「……ガウス」
息子の姿を見て、ヨルムド・ルーが呟く。
その声には、呆れが混じっていた。
「いったいなんだ、それは」
ガウス王は、膨大な量の紙や書物を両腕いっぱいに抱えていた。
前がよく見えないのか、覚束ない足取りで部屋の中央まで歩くと、それらをどさっと床に置く。
「これは……?」
「書庫にあった資料だ! あとは……学者気取りの鬼人から借りてきた本だな!」
ガウス王は額の汗を拭うと、大きな声で言う。
「親父、オレが言いたいことは一つだ! オレたち巨人も噴火に備えて支援を出そう! 他種族と足並みをそろえるんだよ!」
「……ガウス。それは今、魔王様にもご説明した通りだ」
「大丈夫だ!」
ガウス王が資料の山をばんと叩く。
「今備蓄している量と、今年収穫できる量。合わせればかなり余裕がある! 火山の近くに住んでいる奴らの分を差し引いてもだ! 他種族の連中なんて大して食わねーから、十分わけてやれるぜ! ちゃんと計算したからな!」
「計算……ガウス、お前がか」
「ああ! ……学者気取りの鬼人と、金好きの獣人にはちょっと手伝ってもらったけどな! 間違いないぜ! なんなら詳しく説明してやろうか?」
「……」
ヨルムド・ルーは、たくさんの栞が挟まれた資料の山を無言で一瞥し、首を横に振る。
「……だが、駄目だ。我らの食糧を他種族に施し、万一があれば問題になるだろう。そのような危険を冒してまで、他種族に支援する理由がない」
「それも大丈夫だ!」
ガウス王が再び、資料の山をばんと叩く。
「魔族の旅人が、巨人の里を訪れた手記をたくさん読み込んだ! 食べられる物と食べられない物がこれでもかと書いてあったぞ! 旅人ってのはどの種族も食い物にこだわるものなんだな! ちなみにほとんど問題ないみたいだったぜ!」
「……そんなもの、どこで」
「鬼人から借りた! あいつ人間の本だけでなく、魔族の本も集めてたみたいだったからな! なかなかおもしろかったぜ、親父も読んでみるか?」
「……」
ヨルムド・ルーは、無言のまま資料の山を見下ろした。
ガウス王は、そんな父へ言う。
「親父……オレはもう、自分をバカだと言うつもりはねぇ」
「……」
「そうじゃなくなるまで努力するだけだ。これまでオレをチビだとバカにしたやつは、体を鍛えて見返してやった。今度はそれを、頭でやるだけだ」
「……」
「オレは変わる。だが、巨人も変わらなきゃならねぇ。そうだろ? 親父…………怖がってんじゃねぇーよッ!!」
「……ああ、そうだ。私は怖い」
ヨルムド・ルーは顔を上げ、ガウス王を正面から見据える。
「巨人はこれまで、変わることのないままうまくやってきた。我らは強い。力ばかりでなく、飢えや病にも。変わる必要がなかった。先祖たちの営みを繰り返すだけで、平穏に生きられることがわかっていたからだ」
「……」
「お前はそれを、変える覚悟があるのか? ガウス」
ヨルムド・ルーが、息子である王へと問う。
「変革を受け入れる覚悟ではない、他者へ受け入れさせる覚悟だ。反発はあるだろう。そればかりか……良く変えようとした結果、より悪い方へ物事が進むことすらもある。世界は我らに予期できることばかりではない」
「……」
「お前に、その覚悟はあるか? 責任が取れるか? 折れることなく、時には柔軟に……理想を求め続けることができるのか?」
「……ああ。当たり前だぜ親父」
ガウス王は、にっと笑って父に答える。
「良く変えようとしたら悪くなるなんて、オレにはしょっちゅうだったぜ。剣を振れば怪我をした。昨日だって、難しい本を読んでいたら頭が痛くなった。だけどそうやってオレは変わってきたし、これからも変わる。巨人は強いんだろ? 大変かもしれねーが、きっと変化だって受け入れられるさ」
「……」
「食糧の支援は、その最初の一歩だ。いつまでも自分の里に引きこもるばかりじゃいられねー。ここから少しずつ始めよう。だから……オレに任せてくれよ、親父」
ヨルムド・ルーは無言のまま静かに目を閉じた。
だがやがて、ゆっくりとした動きでガウス王に背を向け、小さく答える。
「駄目だ」
「なッ!?」
「お前にはまだ早い。とてもではないが、任せることはできない」
「この……ッ!」
「私がやる」
ガウス王が、放心したように目を瞬かせた。
ヨルムド・ルーは、息子に背を向けたまま続ける。
「先王は私だ。政を取り仕切る役目は私にある。だから……お前の考えを、私に説明してみせなさい」
「親父……」
「巨人の時間は長い。だからこそ、急な変化は受け入れがたい。ここから少しずつ始めるのだ、ガウス」
ヨルムド・ルーは、まるで鯨が歌うように、ゆったりとした口調で言った。
「まずは、私から変えてみせなさい」
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「やっぱり親父は話のわかるやつだったぜ!」
数刻後。
蛟の上で、ガウス王は機嫌良さそうに言った。
あの後ぼくは席を外したので、先王とどのような取り決めがなされたのか詳しくは知らない。
しかしどうやら無事、食糧の拠出は決まったようだった。
「どうだ魔王様! 言った通りだっただろ?」
「ああ……すごいよ」
ぼくは静かに答える。
「何より、君自身が。この短い期間によくあそこまで、説得の材料を用意できたな」
「へへっ、オレはやる時はやる男だからな!」
「ふん。よく言うよ、まったく」
ヴィル王が呆れたように言う。
「説明の途中でわけがわからなくなって僕とフィリ・ネア王を呼んでいたくせに」
「悪いな、難しい言葉はまだちょっと苦手だ! あとは金勘定も苦手だな!」
「……先王の苦労が想像できるよ。賢い巨人を王宮に雇い入れるべきだろうね」
「それはいいな! お前らみたいなのがいないか探してみるぜ!」
溜息をつくヴィル王に、ガウス王が穏やかに言う。
「それと、本も助かったぜ。親父んとこに置いてきちまって悪かったな。騒動が終わったらなるべく早く返しに行ってやるよ」
「別にいいよ。しばらく貸しておく」
意外そうな顔をするガウス王に、ヴィル王は眼鏡を直しながら言う。
「本は一度読んだだけではすべてを理解できない。僕も読み返すたび、何度も新しい発見があった。他種族と交流を始めるにあたり、あれらの手記を一番必要としているのは君だろう。不要になったと感じた時に返しに来てくれればいい」
「へへっ……悪いな」
ガウス王が、にっと笑って言う。
「それまでにくたばるなよ」
「何百年借りるつもりなんだ、君は……」
「これ、いつまでも浮かれているでない。これからの者もいるのじゃからな」
プルシェ王が咎めるように言い、それから静かに座っているフィリ・ネア王へと目を向ける。
「先ほどから口数が少ないが、フィリ・ネア……勝算はあるのかの」
「ちょっと話しかけないで」
フィリ・ネア王が、彼女にしては珍しくとげとげしい口調で答えた。
「フィリ、今考えてるから」





