第二十一話 最強の陰陽師、遊びに行く
意外にも好評だった授業は、結局午後にも、それから次の日にも持ち越すこととなった。
最初はただ聴いているだけだった王たちも、次第に自分の考えや知っている事柄を意見し合うようになり、いつの間にか活気が生まれていた。
どうやら春秋時代の賢人の教えは、異世界の人ならざる者の間でも好まれるらしい。
とはいえ。
似たようなことばかりをずっと話していても飽きる。そう思い、今度は試しに漢詩を教え始めた時だった。
「魔王様。その瀑布という言葉は何を指しているのでしょうか?」
李白の詩の異世界語訳を話していると、ヴィル王に訊ねられた。
ぼくは答える。
「ああ、滝のことだよ」
「滝ですか……僕は見たことがないですね」
「えっ、そうなのか」
「余もないのう」
「おれも」
「オレもだ」
「フィリもないよ」
アトス王に目を向けると、彼も首を横に振っていた。
どうやら王たちは皆、滝を見たことがないらしい。
「ひょっとして、魔族領には滝がないのか?」
「そんなわけないの」
いつの間にか参加していたリゾレラが、不意に言った。
「滝くらい、普通にあるの。しかもおっきいのが。でもちょっと山奥にあって、行きにくいだけなの」
「へぇ。この詩に出てくる滝くらい大きいのか?」
リゾレラは笑みと共に言う。
「じゃ、見に行くの」
****
数刻後。
「おお~~~!!」
白い水煙を散らす巨大な滝を前に、皆が歓声を上げていた。
あの後、リゾレラからしつこく促されたぼくは、じゃあ行ってみようかと蛟を喚び出し、王たちと共に乗り込んでこの山奥にまで飛んできた。
途中で川を見失うなど不安になることもあったが、リゾレラの案内は正確だったようで、気づくと眼下にこの雄大な滝が現れていた。
「おい! こっちの浅瀬に魚がいるぞ!」
「マジ!?」
「どんな種類なんだろう」
川を覗き込んでいたガウス王の声に、シギル王とヴィル王が駆け寄っていく。
「おっ、すげーいるじゃん」
「こんなにいるなら釣れるかもしれないね」
「魔王様ー! 釣り竿とかねーのー?」
「一応あるが……」
ケルツを出立する時に念のため買っておいたものが、位相に入れっぱなしになっていた。
釣り針や糸と共に取り出すと、シギル王へ小言と一緒に手渡す。
「はしゃぎすぎて川に落ちるなよ」
「わかってるって!」
川に駆け戻った黒森人の王が、意外にも手慣れた様子で竿の準備を始めると、それを鬼人や巨人が覗き込む。
「うおっ! 人間の釣り竿はこんなに細いんだな!」
「道具はそろったけど、餌はどうするんだい?」
「川の石をひっくり返してみろよ。虫がいないか?」
「ふん」
川縁で騒ぐ少年王たちを見て、プルシェ王が鼻を鳴らした。
「まるで子供じゃの。付き合っておれん」
「そーお? じゃあフィリは、ちょっと見てくるね」
「『我も向かおう』と、王が仰せでございますので、失礼します」
「んあっ……! ま、待たんか! 余もっ……」
フィリ・ネア王に、アトス王とその従者も三人の方へ向かうのを見て、プルシェ王があわてて彼らの後を追った。
はしゃぐ皆の姿を眺めながら、思わず呟く。
「……ぼく、こんなところで何してるんだろう」
魔族の子らを連れて川遊びなど、している場合ではないはずなのに。
「みんな楽しそうだから、いいの」
隣でリゾレラが、ぽつりと呟いた。
「たまには、こういう気晴らしも必要なの」
「そうかもしれないけど、今は重要な時なんだけどなぁ……」
「セイカも楽しんだらいいの。ずっと考えてばかりでも疲れるの」
「楽しむ……ね」
前世では何を楽しみに生きていたっけ……と考えるも、すぐには思い出せなかった。
最期はともかく、決して嫌な日々ではなかったはずなのに。
****
結局日が暮れるまで遊んでしまい、その日は山で野宿をすることとなった。
王たちは、『野宿なんて、小さい頃に兄と狩猟に赴いた時以来です』とか、『余もいよいよ落ちぶれたものじゃ』とか、『オレが薪を集めてくるぜ!』とか反応は様々だったが、皆おおむね乗り気だったように見える。
幸いにも、簡単な天幕や毛布などはケルツで買い揃えた物が残っており、道具は十分足りていた。
夕食には、たくさん取れた魚を焚き火で焼いた。ただ塩を振っただけのそれに、皆夢中で齧り付いていた。普段はもっといいものを食べているだろうに、どの王も不思議と満足げだった。
星を見上げながら眠り、やがて夜が明けた次の日。
「なあ……この後、双月湖へ行ってみないか?」
朝日の中、シギル王がおずおずと言った。
「黒森人の避暑地なんだ。すごくきれいな場所だから、みんなにも来てほしい。せっかくこうして集まったんだし……」
昨日の今日でみんなも疲れているだろうからと、ぼくは初め断ろうとした。
だが。
「いいじゃねーか! 行こーぜ!」
「僕も興味があるよ。こんな機会は滅多にないしね」
「フィリも行ってみたいな」
「『友の誘いだ、乗らぬわけもない』と、王は仰せでございます」
「まあ……行かんでもないの」
王たちに加え、リゾレラまで言う。
「じゃあ行くの。ドラゴンならひとっ飛びなの。ね、セイカ?」
全員が乗り気では、行かないとも言いづらかった。
湖はそれほど遠くもなく、あっさりと到着したのだが――――景色を楽しみ、いざ帰る段になって、別の王が言い出した。今度は白弧の高原に行ってみたい、と。
それからぼくたちは、魔族領のあちこちを巡ることとなった。
どこかへ行く度に、誰かが次の場所を提案する。風の心地いい高原の次は、幻想的な巨大洞窟へ。その次は霧の満ちる不思議な山へ。大河に架かる長大な古橋へ。大地に開いた謎の縦穴へ。そんな具合で、旅人が訪れそうな珍しい場所を中心に回っていった。
蛟に乗っている時間も短くなく、夜も野宿や、近くの村に簡単な宿を借りるだけだったので皆疲れただろうが、誰も嫌な顔はしていなかった。
その頃には、だんだんぼくもわかってきた。
皆、帰りたくなかったのだ。
魔王城にではない。自分たちの王宮に――――だ。
彼らは王であるが、その実権はない。
種族の内情を憂えても、変える力がない。
そんな立場のまま祭り上げられる場所へ、どうして帰りたいと思うだろう。
ただそれでも、彼らは王としての自覚は常に持っているようだった。
時間が空けば、皆互いに政について話し合い、ぼくに人間の国の歴史や偉人の教えを聞きたがっていたから。
みんな大変だから気晴らしが必要、と言っていたリゾレラの言葉が、ようやく腑に落ちた。
こんな子供たちでも……いや、子供であるにもかかわらず、君主なのだ。
大変に決まっている。





