第八話 最強の陰陽師、報告する
「はあ……」
代表たちとの会合の後。
一人で考え事をしたかったぼくは、逃げるようにして里の外れにある小高い丘へ向かい、そこに立つ石柱に背を預けて溜息をついていた。
「その……お疲れ様。セイカ」
傍らには、ルルムの姿があった。
どうやらここに来るところを見られていたらしく、ぼくを追って来たように姿を現したのだ。
考え事はできなくなったが、訊きたいこともあったからこれはこれでちょうどいい。
「えっと、それで……どうだった?」
恐る恐る訊いてくるルルムに、ぼくは答える。
「ごちゃごちゃ話して終わっただけだよ。まだ何一つ決まってない」
「そう……やっぱり、十六年前と同じなのね」
「そう言えば、今回君は参加していなかったな。前は話し合いの場にいたような口ぶりだったのに」
「あの時はまだ、神魔は魔王を生んだ種族ということで優位な立場にあったから」
ルルムは力なく言う。
「席も多く用意されたのよ。他の長老も参加していたわ。私のせいであんなことになってからは……もうそんなことも許されないけどね」
「ぼくの立場からは、なんと言ったものか難しいところだな」
ぼくは続ける。
「前回参加していたなら、訊きたいことがあるんだが……」
「何かしら?」
「悪魔族はなぜ、あんなに人間社会への侵攻を望んでいるんだ? 他の種族は、穏健派にせよ侵攻派にせよ、それぞれ事情がありそうなことはわかったんだが……悪魔だけはよくわからなかった。というか、あの妙な代表はなんなんだ?」
「ああ、エーデントラーダ卿は……」
ルルムは、少し口ごもった後に言う。
「……世界の激動を、求めているようなの」
「激動?」
「魔王と勇者の誕生。およそ五百年ぶりとなる大戦に、魔族の勝利……エーデントラーダ卿は、そんな歴史の目撃者になって、あわよくば名を残そうとしているみたいなの。侵攻は悪魔族というよりも、卿個人の望みね」
「ええ、なんだそりゃ……」
ぼくは思わず呆れる。
「なんでそんなのが代表の立場にいるんだよ。悪魔族は大丈夫なのか……?」
「あれでも政治的な地位は高いみたいなの。王と同じ『金』の部族、しかも力のある一族の出身で、大荒爵の位を持ってる。本人の才覚もあったからか、今では軍部も掌握しているそうよ。だから、誰も異を唱えられないみたい」
「誰もって……肝心の王は?」
「今の悪魔の王は、まだ幼いみたいなの。政治的な実権は、完全に貴族が握っているそうよ」
「ああ……」
つい気の抜けた声を漏らしてしまう。
なんだか前世でも聞いたような話だった。
「ただエーデントラーダ卿も、卿なりに魔族のことを考えているみたい。魔王と勇者を見つけるために、ずっと軍を動かしていたそうだから。結局、実は結ばなかったみたいだけれど……」
「……ああ、そういえば……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
不思議そうにするルルムに、ぼくは首を横に振る。
ただ、思い出しただけだ。
エル・エーデントラーダ。帝都武術大会の折、捕まえた間者の心を読んだ覚が、そういえばそんな名を口走っていた。
まさか二年経って、本人と直接対面することになるとは。
と、そこでぼくは疑問が浮かんだ。
「ん? というか……」
「何? なんなの?」
「いや君って、確か十五年くらい前からずっと帝国にいたはずだろう? その割に魔族の内情に詳しいなと思って。ラズールム殿にでも聞いていたのか?」
「いえ、リゾレラ様が教えてくれたのよ」
「リゾレラって……あの小さな子か」
「私のこと、ずっと気に掛けてくれていたみたいで……この里に着いたその日に話しかけてきてくれたの。その時、私が魔族領を去った後の出来事をいろいろ教えてもらったわ」
微かな笑みと共に語るルルム。
一方で、ぼくは疑問を覚えていた。
あのリゾレラという少女は、いったい何者なのだろう。
神魔の発言権が弱まった後にも、ああして彼女の席が用意される。そしてレムゼネルによく突っかかっていたエーデントラーダですら、リゾレラには一目置いているようだった。
十二、三歳ほどの見た目だが、十六年前から生きている以上、見た目通りの年齢ではない。
長命な種族であるので、それでもおかしくはなかったが……どこか違和感があった。
「ねえ、セイカは……戦争なんて望んでいないわよね」
ルルムの切実な声に、ぼくは一旦疑問を横に置き、彼女の顔を見た。
神魔の巫女は、思い詰めたような表情で言う。
「魔王でありながら人間でもあって、しかも帝国貴族の血も流れているあなたなら……魔族の代表として、帝国と和平の交渉を行うこともできるはずよ。きっとメローザとギルベルトも、それを望んで……」
「悪いが」
ぼくは、ルルムの言葉を遮るようにして言う。
「それは、すべての種族がそれを望めば、の話になる。さりげなく誘導するくらいならしてもいいが……ぼくは侵攻派にその意思を曲げさせ、無理矢理従わせるような真似をするつもりはない」
「えっ、でも……」
「君のその目論見は、魔王軍がその意思を統一させていることが前提になっていたはずだ。ぼくも、君の話を聞いた時は勝手にそうなるものだと思っていた。だが……現状、侵攻派と穏健派で完全に割れている。魔王の命令に大人しく従いそうな種族も神魔くらいだ」
考えてみれば当たり前だった。
魔王に、魔族の精神を操るような権能などない。
もしそうであれば前回の大戦で森人と矮人の離反なんて起きなかっただろうし、ぼくが学園でガレオスや魔族パーティーに襲われることもなかっただろう。
これまで魔王軍を結成できていたのは、魔王の誕生をきっかけとして、彼らの利害が一致したからに過ぎない。
そして、今回はそうではない。
「意思が統一されていない状態では、和平交渉なんてできるわけがない。交渉中に離反して侵攻を始める種族が現れれば、和平を結ぶどころか最悪そのまま内戦が始まるぞ。君の目論見の第一段階として、まず全種族が穏健派としてまとまる必要がある」
「……そうね」
ルルムがぽつりと言う。
「森人と矮人のような種族がまた現れたら、ますます魔族がバラバラになってしまうものね。でも……」
ルルムは様々な感情を織り交ぜたような、複雑な表情で言った。
「それはとても……難しいことだと思うわ」





