第七話 最強の陰陽師、議題にのぼる 後
一応、魔族たちの議論は進み始めた。
「魔王様は我らの下に戻られた。ならば最も重要な問題を話し合うべきだろう――――人間の国への対応をどうするか、ということについてだ」
レムゼネルが口火を切った。
「おや。十六年前にも揉めた話題であるな」
「避けては……通れまい」
「勇者の動向はどうなっているのですか? ニクル・ノラ殿」
三眼の代表が訊ねると、猫人は参ったように答える。
「なーんも。帝国どころか、南の共和国や北の王国に出入りしている同胞からもそんな話は入ってきてへんなぁ。もっとも、帝国のことなら魔王様に訊いた方がええと思うのやけども……」
猫人の促すような視線に、ぼくはしれっと答える。
「ぼくも、勇者の噂などは聴いたことがないな。帝国に住むほとんどの人間は、勇者と魔王の伝説をお伽噺だと思っているよ」
「実は三年ほど前に、我の配下にある軍団の間諜から、帝国の都市で勇者発見の報告が上がってきたのである」
不意に放たれたエーデントラーダの言葉に、正殿内がざわついた。
ぼくは無言のまま、横目で悪魔を見る。
レムゼネルが厳しい声音で言う。
「貴様、そのような重要事を今まで……!」
「ただ、直後に送り込んだ刺客が消され、間諜からの連絡も途絶え、詳細がわからなくなってしまったのである。以後何の情報も出てこないことから、我らの間では何かの間違いだったと結論づけられたのである」
「何かの間違いとは、具体的にどんな事態だったということでしょう。エーデントラーダ卿」
「間諜が裏切りにあたり謀ったか……もしくは帝国の餌に釣られたか、である。命の短い人間とはいえ、王侯貴族まで残らず勇者をお伽噺と考えているわけもないであろう。疑似餌を用意されていてもおかしくはない」
三眼の代表に、エーデントラーダは軽い調子で答えた。
なるほどな、と思う。
悪魔族の中で――――入学時にあったガレオスとコーデルの一件は、そのような扱いになっていたのか。
レムゼネルが、顔の紋様を歪めながら悪魔を糾弾する。
「馬鹿な……! 本物だったらどうする! 情報が出てこないということは、帝国が匿ったのではないのか。勇者がすでに帝国に捕捉されてしまったとなれば……」
「それはそれで好都合。問題はないのである」
眉をひそめるレムゼネルに、悪魔は言う。
「貴殿は一つ、重要なことを忘れているのである――――勇者は、勝手に強くはならない」
「……!」
「強敵へ挑み、倒し、経験を積む必要がある。秘匿しているのならば結構。表に出せない以上、戦える強敵などたかが知れているのである。弱い勇者など恐るるに足らず」
悪魔の言葉に、ぼくは目を伏せる。それは事実だった。
エーデントラーダは歯を剥いて笑う。
「そう、今こそが好機! 人間への対応など、議論の余地もなし――――再び魔王軍を結成し、我ら魔族の領域を取り戻すべく侵攻するのである!」
「……馬鹿馬鹿しい。何を言い出すかと思えば」
溜息をつきたげに言ったのは、三眼の代表だった。
「あえて訊きますが、なぜ今なのです」
「魔王様が君臨なされた。それ以外にどのような理由が必要であるか」
「魔王がいるからなんだというのですか」
三眼は言う。
「それで兵が強くなるわけでもない。人口が増えるわけでもない。食糧も、軍備も、財政も、何一つ改善されるわけではありません」
「……」
「さらに言うならば、ここ五百年で勇者と魔王は戦力的にも力不足となった。我らも人間も、人口が増え軍が強くなったために、相対的に弱体化したのです。これまで攻めなかった以上、この機に攻める理由はない。魔王の存在は開戦の理由にならない――――我ら三眼の民は侵攻に反対します」
「グフ、グフフフ……ろくに戦力にもならぬ惰弱な民が、偉そうに語るものだわい」
怖気のする笑声を上げたのは、鬼人の代表だった。
「お前たちは、ただ前回のようになりたくないだけであろう……? 伝承によれば、ずいぶん死んだようであるからのう……三眼の民は」
三眼の代表が糸目で睨むが、鬼人は意に介すこともない。
「魔王誕生時を除けば、お前たち三眼はほとんど、人間と剣を交えてこなかった……。パラセルス、お前の言は、儂の耳には臆病者の戯れ言にしか聞こえぬ」
「くだらない。侵攻の理由がないことに変わりは……」
「理由なら、ある。儂らが今、こうして一堂に会していることがそれじゃ」
鬼人は言う。
「魔王の誕生時のみ、儂らは共通の王を戴き、一つの軍を結成することができる。種族ごとに攻め込むことしかできなかったこれまでとは違うのだ……。此度の大戦、儂ら鬼人は存分に武を振るおうぞ」
「いやいやちょっと……勘弁してくれへんか? 戦争なんて」
焦ったように口を挟んだのは、獣人の代表だった。
「向こうで暮らしてる同胞も大勢おんねんで? そいつらの立場はどないなんねん」
「我ら魔族の地に、呼び戻せばよい。元々、人間の国で暮らすことがおかしいのだ……」
「簡単に言うなや」
猫人の口調から、機嫌を伺うような響きが消える。
「兄さんの里にもおるよなぁ、宝石やら鉱石を採掘して生計を立てとる連中。あれ全部、わいらが買って帝国に卸してんねんで? なぜそないなことができると思う? 向こうに住んどる同胞が、苦労して販路開拓してくれたおかげやで。わかるか? 人間の金も魔族領に入ってきてんねん。向こうの同胞を呼び戻すっちゅーことは、それが全部失われることになるんやで」
沈黙を保つ鬼人に、猫人は言う。
「あれやろ? 兄さんはどうせ職にあぶれた若人を兵隊にして、食い扶持を稼がせてやろうって魂胆やったんやろ。甘いわ、そううまくいくかいな。それと、他の兄さんらにも言っておくけども……いざ侵攻となっても、わいらは余分な戦費の負担は一切せぇへんからな! 期待されても困るで! わいら獣人は、戦争には反対や!」
「ふっ……いかにも、守銭奴の猫人らしい意見だ」
失笑を漏らした黒森人を、猫人が睨む。
「なんやて?」
「金だ販路だ、向こうで暮らしている同胞が心配だなどとわめくが……それらはすべて、お前たち猫人の話ではないか」
押し黙る猫人に、黒森人は続ける。
「商業種族であるお前たちはそれでいいだろう。だが他の種族はどうだ? 牧畜で暮らす兎人は、人間に奪われたかつての牧草地を取り戻したいと思っているのではないか? 今傭兵やお前たちの護衛に甘んじるしかない犬人や狼人は、種族としての独立を強くするために、戦場で戦果を立てたいと思っているのではないか?」
「……」
「お前たち猫人が獣人の代表面をしていられるのは、他の種族よりも多少、金を持っているからにすぎない。そこには獣人全体の未来を担おうという志がない。お前の意見を獣人の総意と捉えるには、少々無理があるな。……ああ、そうそう」
そこで黒森人は、ついでのように付け加える。
「我々黒森人は、人間の国への侵攻には賛成だ。これは紛れもなく、種族の総意である」
「我らは……反対だ」
ぽつりと言ったのは、巨人の代表だった。
語調こそ穏やかだが、その声は低く大きく、正殿内によく響いた。
「争いなど……愚かしい」
「ふっ、ずいぶんと臆病なことだ。エンテ・グー」
黒森人は薄笑いと共に言う。
「先の大戦では、巨人族は皆勇敢に戦い、大きな戦果を上げたそうではないか。父祖たちに申し訳なく思わないのか」
「大きな戦果を上げたのは……それだけ危険な戦地に、配されたからだ」
巨人は静かに続ける。
「我らは……騙し合いなどは不得手だ。力には恵まれるが……争い事も、好まない。他種族にそそのかされ……ひどい戦場を、押しつけられたのだ」
「それ以上はやめておけ。それは戦場で散った父祖たちの名誉を傷つける物言いになる」
「黙れ、黒森人……我らはもう、愚かしい争い事に加担などしない」
それから、黒森人に見下すような目を向ける。
「愚かしいと言えば……お前たちもそうだな、黒森人」
「……何?」
「一体いつまで……森人との関係に、固執するのだ」
黒森人の目が剣呑なものとなるが、巨人は意に介さない。
「お前たちの種族は……分かたれたのだ。ごく自然な流れとして……そうなった。他者との関係は……様々な要因により、繋がり、そして離れる。強引に戻そうとも……無駄なのだ。長きを生きて……いつになったら、それに気づく?」
黒森人は答えないが、零下の瞳がその意思を語っていた。
正殿内の空気が張り詰める中、三眼が言う。
「これで賛成と反対が三対三のようですね。レムゼネル殿、あなたがた神魔の意見で、ひとまずどちらが多数派か決まりますが」
全員の視線が、レムゼネルに向けられる。
「グフ……よもや、神魔が不戦とは言うまい? レムゼネル」
「よう考え、兄さん。戦争となれば、帝国に近いこの里にも戦禍がおよぶかもしれへんで」
「っ、我らは……」
鬼人と獣人に言い募られ、レムゼネルはちらと、ずっと黙っているリゾレラに視線をやった。
しかし神魔の少女は、何も言わずただ前方を見つめるのみ。
やがてレムゼネルは、絞り出すように言う。
「我らは……魔王様の意思に従うだけだ」
「はあ? 何言うてんねん」
「おやおや……やはり貴殿は寝ぼけたことを言う男であるなぁ、レムゼネル」
獣人と悪魔に言われても、レムゼネルは苦い顔をするばかりだ。
確かに、何言ってんだとぼくも思う。
魔王に任せるだなんて、種族としての意思がないと言っているに等しい。
「それならば……決まっている」
巨人が言う。
「魔王は……帝国で、暮らしていた。縁のある者も……多いだろう。侵攻に……賛成のはずが、ない」
「魔王の意思をお前が決めるな、エンテ・グー」
「ならば……本人に、訊こうではないか」
黒森人の抗議を受けて、巨人がぼくの方へ目を向けた。
同時に、他の代表たちの視線も集まってくる。
どうも何か言わなきゃいけなさそうだった。
仕方なく、ぼくは小さく溜息をついて口を開く。
「侵攻にせよ、現状維持にせよ……其の方らの意思がまとまらないことには、どちらもままならない。ぼくの意思を訊く前に、まず其の方らの間で折り合いを付けたらどうだ。戦場へ向かうのは他でもない魔族の民なのだから」
「しかしながら、魔王様」
エーデントラーダ大荒爵が言う。
「あなた様と共に勇者も誕生した以上……今は戦時。我らはすでに、魔王軍なのであります。我らを率いるあなた様のご命令にならば、全種族が従いましょう。さあ、どうか進軍のご指示を!」
「そうか、なら」
ぼくは表情を変えずに言う。
「全軍武装解除し、大人しく帝国へ投降せよ――――と言ったら、其の方は従うのかな? エーデントラーダ卿」
悪魔はさすがに絶句していた。
ぼくは続ける。
「意思がまとまらなければ仕方ないと言ったのはそういうことだ。今のは極端な例だが、このままではどう命じたところで、反発し離反する種族が出てきかねない。前回の森人と矮人のように」
「……」
「其の方らが歴史から学べる者ならば、同じ轍を踏まぬためにまず話し合わなければならない。ぼくが何か言うとしたら、その結論が出てからだ」
そう言うと、ぼくは席を立った。
「セイカ殿、どちらへ……?」
「今日はもういいだろう。其の方らも長く話し込んでいた。まだ初日なのだから、無理をせず体を休めた方がいい」
レムゼネルに答え、それから少しだけ、本音を呟く。
「ぼくも疲れた」





