第二話 最強の陰陽師、神魔の里に着く
数日後、魔族領に一番近い村に着いて、ぼくたちは馬車をすべて売り払った。
そこから先は、歩きだ。
「ちょっとこれっ、どこまで進むわけー?」
後ろの方でアミュが文句を言っている。
ぼくたちは今、深い森を進んでいた。
この辺りはもう、完全に魔族領だ。
はっきりとした国境はないものの、平野から森に入った時点で人間の支配域からは外れてしまっている。
国境沿いには軍が駐留しているが、それも要所のみで、こんな何もないところにはいない。
だから魔族領への出入りは、意外と簡単にできるようだった。
「もうすぐだから、みんなあと少しだけ我慢して」
前方でルルムが、後ろを振り返って答える。
つられて振り返ると、元奴隷の神魔たちはしっかりとついてきているようだった。
女子供ばかりだが、さすがに魔族だけあってか、悪路でも余裕がありそうに見える。
そんな中で、イーファとメイベルと一緒にほとんど最後尾を歩いていたアミュが、ずんずんと歩調を上げて神魔やぼくを追い越し、ルルムのすぐそばにまで並んだ。
「我慢するのはいいけど、ここモンスターが出る森でしょ? 危ないわよ。特にあの子たちなんか、大した装備もないのに」
アミュが神魔の子らを振り返りながら言う。
「あんまり長く歩くようなら、一度村へ戻ってちゃんと準備した方が……」
「心配ない」
一番前を歩いていたノズロが、ふと立ち止まって言った。
その視線の先には、木の股に鎖でぶら下げられた小さな金属細工がある。
それを見たルルムが、安堵したような声を漏らした。
「あ……よかった。まだちゃんとあったわね」
「ああ」
「え、なに? そのお守りみたいなの」
不思議そうに問うアミュに、ノズロが短く答える。
「モンスター避けの護符だ」
そして補足するように、ルルムが言った。
「これ、私たちの里のものなの」
****
それから少し歩くと、ひらけた道に出た。
道と言っても帝国式街道のように舗装されているわけではないが、さりとて獣道というほど狭くもなく、護符のためかモンスターの気配もない。明らかに誰かが、生活のために管理している道だった。
そこをさらに一昼夜、野宿を挟んで歩いた先に――――その集落は見えてきた。
「わっ、あれなにかなセイカくん」
隣を歩いていたイーファが、ぼくの袖を引っ張りながら声を上げた。
言われて目をこらすと……道の先に、何やらいくつかの白い影が見えた。
近づくにつれ、その正体がわかってくる。
それらは、並んで立つ大きな石の柱のようだった。
さらにその奥には、建物らしきものも見える。
どうやら集落のようだ。
「……」
ずいぶんと、風変わりな集落だった。
巨大な柵のごとく立ち並ぶ柱の群れも、その奥の建物たちも、奇妙なほど白く大きく、直線的な石材でできている。
帝国のどの都市でも、あんな建材は見たことがなかった。
ひょっとすると魔法で作られたものなのかもしれない。
いかにも魔族の集落といった感じだ。
「……っ!? 何だ、貴様ら!」
さらに近づくと、石柱の前に立っていた見張りらしき人物が、急にこちらを見て声を上げた。
さっきまで柱にもたれて顔をうつむけていたので、どうやら居眠りをしていたせいでぼくらの接近に気づかなかったらしい。
ずいぶん平和なことだ。
「……神魔か」
白い肌に黒い線の紋様。
その男は、神魔であるようだった。
装束も、白を基調とした独特なものだ。ここは本当に神魔の集落らしい。
槍を向ける見張りの男へ、ルルムが一歩進み出る。
「待って! 私よ、私」
「……っ?」
「ルルムよ、覚えてない?」
「っ! まさか……! てっきり里を出て、死んだとばかり……」
「生きてるわよ! 人間の国で囚われていた仲間を助けて来たわ。ここを通してくれる?」
「し、しかし……後ろのやつらは本当に……」
「俺もいるぞ」
「ひ……ひいいいい! ノズロ!?」
ノズロが歩み出ると、見張りの神魔は竦んで悲鳴を上げた。
上背のあるノズロは、その神魔を見下ろすようにして言う。
「俺たちは旅の目的を果たし、帰ってきただけだ。自分の里に入れない道理がどこにある」
「し、しかし……」
「貴様で判断できないならば、ほかの者に話を通してきたらどうだ」
「わ……わかった! わかったから、待て!」
そう言い残すと、見張りの神魔は背を向けて集落の方へ駆けていった。
「……あなたなんで、怖がられてるの?」
メイベルが、ノズロを見上げて言った。
ノズロは表情を変えずに呟く。
「別に、理由はない」
「ノズロは昔、体が小さくてよくいじめられてたのよね」
代わりにルルムが、おかしそうに答えた。
「だけど、あっという間に誰よりも大きくなって……あとはわかるでしょ?」
「……わかった」
メイベルが再び見上げると、ノズロはばつの悪そうな顔をしていた。
ルルムが、感慨深そうに言う。
「なんだか懐かしいわ……私たち、本当に帰ってきたのね」
****
勝手に入るわけにもいかないので大人しく待っていると、ほどなくして先ほどの見張りが、数人の神魔を連れて戻ってきた。
その中の一人。
上等な装束を纏った神魔の男が、一歩進み出る。
「ルルム……!」
信じられないかのような表情と共に、小さく呟く。
その声音には、親愛の響きがあった。
蒼白な肌色ながら美形で、顔立ちや紋様がどことなくルルムに似ている気がする。
年の離れた兄だろうか……と思っていると、ルルムが急に駆けだし、男に抱きついた。
やがて顔を上げ、感極まったように言う。
「ただいま……父様」
「えっ」
思わず動揺の声を上げてしまう。
後ろからも、アミュたちのひそひそ声が聞こえてくる。
「あれがルルムの父親なの……!?」
「わ、若すぎない……?」
「魔族すごい」
彼女らの戸惑いもわかる。
神魔の男は、せいぜい二十代後半くらいにしか見えない。
ルルムは十代後半くらいの見た目なので、人間の感覚で親子と見るにはあまりにも違和感があった。
神魔は人間の倍近い寿命があると聞くが……二人とも本当は何歳なんだろう。
ルルムの父は、娘を見下ろして言う。
「本当に、よく帰った……! だが、今はその客人らのことだ。彼らは一体……」
「人間の国で、奴隷として囚われていた神魔よ。助けて来たの! みんなに住む場所と食べ物を用意して、あと元の里に帰れるように手伝ってあげて。里長にもそう伝えて」
ルルムの父は薄く微笑むと、娘へと答える。
「今の里長は私だ。三年前にネゼリム殿が身を引かれ、私が皆に選ばれたのだ。そのような事情ならば、迅速に手配しよう。しかし……そうか。だから帰ってきたのだな」
神魔の里長が、穏やかな笑みを浮かべる。
「お前のことだ。メローザと魔王を見つけ出すまで、決して帰らぬものだと思っていたが」
「えっと、それは……」
「ともあれ、よく同胞たちを救い出した。父として誇りに思う。……して」
と、その時、里長はぼくらの方へ視線を向けた。
「彼らは? 見たところ……人間のようだが」
その目つきは、やや厳しい。
まあ神魔からすれば人間は敵対種族だから、無理もない。
ルルムが擁護するように言う。
「人間だけど、悪い人たちではないわ。一緒に仲間を助けるためにがんばってくれたの。私たちの恩人よ」
「……そうか」
娘の言葉に、里長はわずかに表情を緩める。
「お前が言うならば、そうなのだろう。十六年ぶりになるか……この里に人間が訪れるのは」
里長は感慨深そうに言った後、ぼくらへと言う。
「同胞たちを救い出してくれたこと、里長として感謝する。歓迎しよう、人間の客人よ」
「いえ、どうも……」
「それと、父様」
ぼくが何か言い終える前に、ルルムが父へと告げる。
「大事な話があるの」
「……? 大事な話、とは……」
不思議そうにする父へ、ルルムは真剣な表情で言う。
「本当に大事な話。誰にも聞かれない部屋を用意して」





