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第十四話 最強の陰陽師、後始末をする


 無事不戦勝となった、翌日の早朝。


 ぼくは、屋敷の裏に広がる山林の中にいた。


「はあ……はあ……」


 獣道すらない山中はきつい。

 今生の体なら尚更だ。

 ただ幸いなことに、目的地ははっきりしていた。


「……やっと着いた」


 ぼくは息をついて顔を上げる。

 目の前にいたのは――――森の中に横たわる、巨大な人間だった。


 身の丈は五丈(※約十五メートル)にも及ぼうかという、筋骨隆々の大男。

 首からは巨大な数珠をさげ、装束と呼べるものは腰に穿いたボロボロの山袴のみ。

 そのような存在が、背をこちらに向け、山に横臥していた。


「おーいっ!」


 大男に向け、声を張り上げる。

 すると巨大な禿げ頭がぐるりと振り返った。

 顔の中央にただ一つある眼球。

 それがこちらを向き、ぼくを見据える。


 巨人が体を起こす。

 ぼくを捉える単眼が、大きく見開かれる。


「オオオォォォォォォオオオオオッ!!」


 雄叫びだった。

 驚いた鳥たちが次々と木から飛び立つ。


 大男が上体を大きく乗り出す。

 そしてぼくのすぐ近くに手をつき、巨大なひげ面をこちらへ寄せた。

 その口が開く。


「オオオオオッ! お久シュうゥ! お久シュうごゼェますゥ、ハルヨシ様ァ!!」


 ぼくは無骨なひげ面を見上げ、微笑みかける。


「ほう、入道。お前もこの姿のぼくがわかるか」

「何を間違えマしょうかァ! その禍々シ呪力の紋様、ハルヨシ様でなく誰ぞありマしょうやァ」


 大男はボロボロと、巨大な単眼から涙をこぼす。


「あなウレしやァ、あなウレしやァ。オデはマた、ハルヨシ様ニ仕えらるるノでごゼェますなァ……」

「ふん、入道。調子に乗るんじゃないですよ。一番最初に呼んでもらえたのはこのユキなんですからね……入道! 聞いてるんですか、入道っ!」

「むむっ? そこニおルは、管狐の娘ッ子! 懐かシ顔だベ、長かッタでなァ……いがッダなァ、おめも呼ンデもらエたベか。いがッダいがッダ」

「ふん、当然です。ユキが一番最初なんですからねっ!」


 ぼくは妖たちのやり取りを聞きつつ、ほっと息を吐く。

 この姿だ。侮られて暴れられるかもしれないと心配していたが……大丈夫そうだな。


「いきなり呼び出してすまなかったな、入道。ぼくがいなくてお前も戸惑ったことだろう」

「構わねェでごゼェます、ハルヨシ様ァ。だけンども……オデは一体、何さスればいがッダのでごゼェましょう?」


 入道は困った顔をする。


「出テきタ所は、都どころカ日本ですらネェ様子。ハルヨシ様の式を追いカけ、アちらへフラフラ、コちらへフラフラしておりまシたが、ここらで結界にテ進めなくナり申した。どしたラいいかワカらんぐて、横ンなってタでごゼェますが……これカら如何んスれば?」

「いや、もうお前の仕事は済んだ」


 ぼくは言う。


「式を追い、山を歩き回ってくれるだけでよかったんだ――――適当なモンスターを、住処から追いやって欲しかっただけだからね」

「もんすたぁ?」

「妖のようなものさ。お前にとっては、取るに足らないものばかりだっただろうがな。いなかったか? ――――大きなサンショウウオみたいな奴とか」

「あああッ、おッたでごゼェます、それらし獣がァ。珍シと思うたけンども、随分とまア臆病で、すぐ逃げられテ仕舞イ申したがァ……あのよなモンがご所望だッたので?」

「ああ。十分役に立ってくれたよ」


 たまたまモンスターが現れて、たまたま倒せてなかったら……とか言っていたグライを思い出す。


 笑える。

 たまたまなわけないだろうが。


 山に入り、式を飛ばしてモンスターを調べ、入道の姿を隠す結界用の呪符を貼り、扉を設置した。

 半年前からコツコツと準備してきたことだ。

 すべては入試が迫ったこのタイミングで首功をあげ、ぼくの要望を父に認めさせるために。


 モンスターが街の方へ行ったりと、いくらかアクシデントはあったものの、概ね思い通りにいってくれた。


 ちなみにグライの髪を仕込んだ呪詛用のヒトガタだって、前々から用意していた物を使っただけだ。

 ルフトやブレーズ、それどころか使用人を含めた屋敷全員分のヒトガタを、ぼくは万一に備え拵えていた。もちろん、イーファのものも。


 転生してから九年。

 準備の時間はいくらでもあったからね。


「入道」


 ぼくは一つ目の巨人に告げる。


「かの世界での最後の戦いで、ぼくは大きく力を失った。今生での肉体は未だ(わらわ)のそれ。かつて無双を誇った陰陽師は見る影もない――――だが、ぼくはこの異世界で、あの頃のぼくを超えよう。百万の妖を従え、神すらも恐れたかつてのぼくを」

「へ……へへぇッ!」

「今生での覇道に付き合え、入道。お前の力が必要だ」

「へへぇ――――ッ!!」


 一つ目の巨人が平伏する。


「恐レ多き、恐レ多きィッ! あなウレしやァ。懐かシ、かの日々。万の軍勢を蹴散らシ、強大な邪神をネじ伏セ、異国の英傑ヲ屠ッたハルヨシ様の道行き。アの日々が再び、やッてくルのでごゼェますなァ。滾るでなァ、滾るでなァ」

「新たな景色を見せてやる。期待していろ」


 ぼくは入道の背後に飛ばしたヒトガタの扉を開く。

 光が漏れ、空間が歪み、それが巨人をも覆っていく。


「また呼ぶ――――それまでは再び、位相にて眠れ」

「へへぇッ、ハルヨシ様ァ。いつデもお呼び立テをォ……」


 空間の歪みへ吸い込まれていく入道。

 その巨大な姿が完全に消え、扉用のヒトガタが手元に戻った時、ぼくはようやく息をついた。


「ふう、やっと一段落だな」


 近くの木に貼っていた、結界用の呪符を細かく破る。

 落ちた紙片は下草に紛れ見えなくなる。関連付けていた他の呪符も、すべて同じ末路を辿ったはずだ。

 これで後始末はすべて終わった。


「それにしても、ずいぶん遠回りな方法をとりましたね、セイカさま」


 ユキが顔を出して言う。


「生ぬるい世界に、力のない人間ども。セイカさまならば、あらゆることが望むがままだと思うのですが」

「忘れたか、ユキ。前世のぼくは、その力のない人間によって殺されたことを」

「む、それは……」

「ユキ、ぼくはね……今生では、そっち側になりたいんだ。大多数の、弱い人間。その一人にね」


 入道には悪いが、ぼくは前世のような、暴力の覇道を行くつもりはない。


 目立たず。

 上手に立ち回り。

 そしていつの間にか、望む物を手にしている。

 そんな生き方こそが、きっと賢い方法だと思うから。


 今回のことだって、その練習みたいなものだ。


 前世でぼくに足りなかった狡猾さって――――たぶんこういうことでいいんだよね?

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