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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
七章(神魔の巫女編)

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第十五話 最強の陰陽師、最後の依頼を選ぶ


 その後も、ぼくたちは続けて依頼をこなしていった。


 報酬が高額な依頼ばかり選んで、しかもきっちり達成してくるぼくたちは、もうすっかりギルドの有名人だ。

 ルルムたちのことを考えると、あまり目立つわけにはいかないが……今のところ、噂の中心は一級冒険者であるぼくのようなので、とりあえず放っておいている。


 金も、これまでは順調に貯まっていた。

 ただし……、


「うーん……」


 ギルドの掲示板を眺める、仲間たちの表情は険しい。

 理由は簡単。もうめぼしい依頼がないのだ。


 報酬が高額な依頼なんて、元々そうたくさんあるはずもない。

 割のいい依頼から手当たり次第に受注していったぼくたちの前に残っているのは、今や報酬が安かったり、遠方だったりといった、微妙な依頼ばかりだった。


 ただ一つを除いて。


「……やっぱり、それしかない」


 メイベルが、掲示板の左上隅にひっそり貼られている、古びた紙を指さす。

 それはラカナの掲示板でも見た、冥鉱山脈に棲むヒュドラ討伐の依頼だった。


「……」


 口に出す者はいなかったが……全員、メイベルと同じことを考えていたはずだ。


 この依頼を達成できれば、目標額まで一気に届く。

 場所が遠く、行って帰ってくるまでに十日はかかりそうだが、期限にはなんとか間に合う。

 小さな依頼をいくつ受けても、もう日銭程度しか稼げそうにない。もはやこれ以外にない……と。


 ルルムが手を伸ばし、掲示板の依頼用紙を剥がす。

 長い間貼られていたのか、その文字は全体的に薄れていた。


「……私とノズロだけでは、ヒュドラは倒せないわ」


 ルルムが、ぽつりと呟いた。


「今までは、私たちだけでも手に負えそうな依頼を選んできた。あなたたちは、私たちの事情には関係ない。人間が神魔の奴隷を助ける理由なんてないもの。だから、いざあなたたちが手を引いても困らないような依頼だけを、これまで受けてもらっていたわ……だけど、もうそれでは間に合わない。仲間たちを助けられない。だから」


 ルルムが、ぼくらの方を向いて言う。


「お願い、力を貸してちょうだい。一緒に仲間を助けてほしいの。お願いします」


 そう言って、ルルムは頭を下げる。

 沈黙が続いたのは、一瞬だけだった。


「今さらなに言ってんのよ」


 アミュが、にっと笑って言う。


「ここまで来て途中でやめるなんて言わないわ。最後まで付き合うわよ」

「そ、そうですよ! あと少しなんですから、みんなでがんばりましょう」

「ヒュドラくらい、きっと倒せる」


 イーファとメイベルも続く。


「あなたたち……」

「……感謝する。人間に、ここまで助けられたことはなかった」


 ルルムとノズロの呟きには、確かに感情が込められているように思えた。

 ぼくは、ふと笑って言う。


「なら……さっそく馬車を手配するか。別の支部の依頼だから、先を越されないように急がないとな」


 なりゆきで決まったこのパーティーの冒険も、いよいよ大詰めだ。



****



 そんなわけでさっそく馬車を頼んだぼくたちは、出立に向け各々準備することとなった。

 時間を無駄にはできない。ケルツを発つのは明日の朝だ。


 とはいえ、もう何度も冒険に出ているだけあり、皆すでに旅の準備も慣れたものだった。

 必要な物を買い、荷造りも一通り済ませたぼくは、夕日の差し込む宿の部屋でベッドに体を横たえる。


「ふう」

「なにやら、手強い物の怪に挑むようでございますが」


 髪の中からぴょこんと頭を出し、ユキが言う。


「やはりセイカさまがすべて片付けるおつもりなのですか?」

「いや」


 ぼくは首を横に振って答える。


「今まで通り、ぼくはなるべく手を出さないようにするよ。今回の件は、あくまでルルムとノズロの問題だからな。あまり助けを借りすぎては、彼らも居心地が悪いだろう。はりきっているアミュたちもな」

「はあ……ですが、大丈夫でしょうか? どうにも彼らは頼りないので……ユキは心配でございます」

「なに、たかが亜竜だ。援護はするし、いざとなったら助けにも入るよ。まあ彼らなら、たぶん大丈夫だと思うけど」


 これまで見てきた限りでは、急造パーティーの割りには息も合っていて、皆よく戦えていた。個々人の能力も高いので、亜竜程度であればおそらくぼくがいなくてもなんとかなるくらいだろう。

 小さく嘆息しながら言う。


「ま、モンスターなんてどうにでもなるさ。倒せばいいんだからな。何事も、そのくらい単純であればいいのに」

「ん? と、おっしゃいますと……なにか、他に懸念でもあるのでございますか?」


 ぼくの言いようが気になったようで、ユキが訊ねてくる。


「ひょっとして……報酬が足らず、奴婢の代価を用立てられそうにないとか?」

「そうじゃない。むしろ……どちらかと言えば逆だ」

「逆?」

「安すぎるんだよ。奴隷の代金がな」


 ぼくは説明する。


「エルマンが出してきた金額は、人一人が一生を遊んで暮らせるような額だ。確かに普通の奴隷に比べればずっと高い、途方もない金額ではあるんだが……それでも、帝都の富裕層なら気軽に出せてしまいそうな額でもある」


 奴隷の相場は、時に青天井とも言われる。

 神魔の奴隷なんてそうはいない。全員ではなく一人あたりにそのくらいの値がついても、驚かないくらいだった。


「もちろん、帝都まで輸送するには費用がかかる。奴隷の食事代や、倉庫を借りる金も必要だろう。ただ、それを差し引いても……ここでぼくに渋い値段で売ってしまうよりは、当初の予定通り競売にかける方がはるかにいい気がするんだよな」

「はあ、そうなのでございますか? しかし、あの商人(あきひと)は……どうも、セイカさまへ売りたがっているように見えましたが」

「ああ……それが気にかかる」


 それも、途中からだ。

 初めにすべての奴隷を買うと言った時は、何言ってんだこいつというような態度を隠そうともしなかった。

 しかしいざ見積もりを出す段になると一転、なぜかやたらと下手に出てぼくを引き留めるようになった。あの金額から、さらに値下げをすると言ってまで。


 商人なのだから、損得に疎いはずもない。この先かかる莫大な費用に、まさか怖じ気づいたわけでもあるまい。

 となると、やはり何かあるのだろうか。

 事情か、あるいは思惑か……。


「……考えても仕方のないように、ユキには思えます」


 ユキが、ぽつりと言う。


「仮に、あの商人が約束を違えるつもりなのだとしても……ユキたちにはひとまず、財貨を用意する以外の道はないのではないでしょうか。まさか今この時に、脅しつけて真意を吐かせるわけにもいきますまいに」

「ん……そうだな。お前の言う通りだ」


 わずかに気にかかることはある。

 だがこの懸念は置いて、まずは金を持っていかなければ話が進まない。

 相手も商人だ。さすがに力尽くで奪ってきたりはしないだろう。


 思わず溜息をつく。

 知恵の回る人間を相手にすると、やはり考えることが多くなる。向こうの土俵で立ち会うのならなおさらだ。

 妖やモンスターを相手にする時くらい、世の中が単純であれば楽なのだが。

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