第十二話 最強の陰陽師、再挑戦する
翌日。ぼくたち六人はケルツ近くの森へやって来ていた。
そう、あのアルミラージが出る森だ。
「ねえ、本当によかったわけ?」
アミュが二人の神魔へと訊ねる。
「アルミラージ狩りの依頼なんか受けて。あたしたち、もっと高い依頼をたくさんこなさなきゃならないんじゃないの?」
アミュの言う通り。
ルルムとノズロがまず選んだのは、ぼくたちが先日あきらめたアルミラージ狩りの依頼だった。
「いいのよ」
ルルムが小さな笑みと共に言う。
「この依頼は場所が近いから、一日で終わる。効率で言えば悪くないわ」
「あたしたちも最初はそう思ってたけど……」
「大丈夫。見てて」
前方には、一匹のアルミラージがさっそく現れていた。
ぼくらを睨みつけながら角を揺らすウサギ型モンスターへ向かい、ノズロが一歩歩み出る。
唐突に、アルミラージが地を蹴った。
鋭い角を大柄な神魔へと向け、飛ぶように突っ込んでくる。
緩く拳を構えるノズロは……半身を引くことで、その突進を躱すかに見えた。
だが、ウサギの小さな体とのすれ違い際。
「フッ!」
目にも止まらぬ鋭利な手刀が放たれ――――アルミラージの角を叩き折った。
「ギッ!?」
ウサギ型モンスターが鈍く鳴いて、森の地面に転がる。
そしてあっという間に、木々の合間を縫って逃げていってしまった。
「あーあ……」
アミュが残念そうに呟く。
「あんた、ずいぶんすごいことするけど……逃げられちゃったわよ?」
「いや」
短く言って、ノズロが下草の中に転がっていた角を拾い上げた。
それをぼくらに示す。
「一匹目だ」
「え……ええっ!? そんなのあり……?」
アミュが困惑したように言う。
「たしかに、角が討伐の証明だけど……これ、詐欺じゃない?」
「別に構わないだろう」
ノズロが淡々と説明する。
「この依頼の趣旨は、モンスターを減らすことではない。小型のモンスターを五十匹程度倒したところで意味はない。要は、街道にモンスターを近づけなければいいのだ。角の折れたアルミラージは、当面の間人間の生活圏へ姿を見せなくなるだろう。ならば問題あるまい」
「そ、それでいいのかしら……?」
「モンスターも自然の一部だ。過度に摘み取れば必ず報いを受けると、故郷では幼い頃に教わる」
「うーん……」
「まあ、いいんじゃないか? そう固く考えなくても。依頼人の目的に沿うならいいだろう」
ぼくは言う。
「もっとも、ここからが大変だと思うけど」
****
それから数刻後。
案の定、ぼくらを見て襲ってくるアルミラージの数は激減していた。
先日と同じように、すっかり警戒されてしまったらしい。
「や、やっぱりこうなっちゃったね……」
イーファが疲れたように言う。
「しっ……!」
その時、ルルムが不意に足を止めた。
全員が動きを止めたのを見計らうと、木々の向こうを黙って指さす。
「あっ……」
イーファが、微かに声を上げた。
指さした先には、一匹のアルミラージが佇んでいた。
ただし、かなり遠い。
よく見つけられたというほどの距離だ。木々が重ならない奇跡的な位置に、薄茶の体がかろうじて見えるという程度。これほど離れていれば、向こうもこちらには気づいていないだろう。
おもむろに、ルルムが背中の弓を取った。
ぼくは思わず眉をひそめる。
ここから狙うのは、いくらなんでも現実的じゃない。加えて、ルルムの弓は取り回しを優先した短弓だ。当てることくらいはできるかもしれないが……威力も正確さもなければ、ただ逃げられるだけだ。
ぼくの不安を余所に、ルルムは弓を構え、矢をつがえる。
その時ふと――――鏃から力の流れを感じた。
その正体を確かめる間もなく、ルルムは矢を放った。
見た目以上に強弓なのか、矢は直線に近い軌道を描き……アルミラージの後ろ肢へと命中する。
「ギッ……!?」
近くにいた式神が、アルミラージの短い苦鳴を聞き取る。
致命傷にはほど遠い。
逃げられる、と思った。
だが次の瞬間――――鏃を起点に急激な力の流れが現れると同時に、水属性魔法による氷が生み出される。
氷はあっという間にアルミラージの小さな体を覆い尽くし、やがてごつごつした一つの氷塊へと変えてしまった。
ごろんと横倒しになったまま、アルミラージは動かない。
一連の光景を目を凝らして見ていたアミュが、呆気にとられたように呟く。
「あの矢……もしかして魔道具? あんたって、付与術士だったの?」
「ええ。おもしろいでしょ、あの矢」
ルルムが、少しだけ誇らしげに言った。
付与術士とは、器物に魔法を込める魔術師、要するに魔道具職人のことだ。
魔力測定の水晶玉や災厄除けの護符など、こちらの世界では魔道具と呼ばれる有用な呪物が少なくない。だから、特に珍しい魔術師ではなかったが……魔族の付与術士とは意外だった。
生まれながらに魔法を扱える彼らは、もっと奔放に魔法を使うイメージだったから。
魔族が作った魔道具も出回っているから、むしろいて当然ではあるんだけど。
アミュが言う。
「矢はすごいと思うけど……魔族にも、魔道具を作る人がいたのね」
「魔道具職人くらい、どんな種族にもいるわ。なに? 私たちはもっと、蛮族みたいな種族だと思ってた?」
「そうじゃなくて……神魔ってこう、無詠唱ですごい魔法使うとか、そういうイメージだったから。思ったより地味で意外だったのよ」
「じ、じ、地味!?」
なんだかぼくと同じようなことを思っていたらしいアミュの言いように、ルルムが口をあんぐりと開ける。
「人間の国では知らないけど、付与術士は故郷では尊敬されているんだからね!? もちろん私だって……」
「……ふっ」
「なに? ノズロ。あなたなんで今笑ったの」
「い、いや……」
真顔で詰めるルルムに、神魔の武闘家がうろたえる。
その様子に、ぼくは思わず口を挟む。
「なあ。喧嘩もいいけど、この近くにはけっこうアルミラージがいるみたいだぞ」
「わかってるわ」
鼻を鳴らして、ルルムが答える。
森を見渡すその目は――――どういうわけか、木々や茂みに隠れるアルミラージの群れを捉えられているように見えた。
「私の矢にも限りがあるから……ここからは、全員で追い込むことにしましょう。手伝ってくれる?」
****
そして、数刻後。
「えいっ!」
イーファの精霊魔法による風の槍が、アルミラージの角を根元から折る。
傷を負った本体は逃げていくが……それで終了だった。
「やったーっ! これで五十匹達成ね!」
アミュが万歳し、弾んだ声を上げた。
「まさか、本当に一日で終わるとは思わなかったわ!」
空を見ると、まだ日は高い。
これならギルドに戻って依頼の達成を報告し、さらに次の依頼を選ぶくらいの時間はありそうだった。
メイベルが微妙に残念そうな顔で言う。
「なんだか、ほとんどなんにもしなかった、気がする」
「あんた今回役立たずだったわねー」
「……うるさい」
「もう……そんなことないよ。わたしのこと守ってくれたじゃない」
「そうだった」
ふと、アミュがルルムたちの方を向いて言う。
「でも、やっぱり六人パーティーだと違うわね。あんたたちがいて助かったわ」
「パーティー……」
ルルムが小さく呟き、それから首を横に振った。
「いいえ、助けられたのは私たちの方よ」
「そういえばそうだったわね。だけど、あたしたちもこの依頼を達成できてすっきりしたわ。なんだか中途半端だったから」
アミュがにっと笑って言う。
「次は、もっと高い依頼にしましょう。せっかく六人パーティーを組んだんだもの」
「……そうね」
ルルムが、釣られたように笑った。
それからふと、不思議そうな顔をして、ぼくへと訊ねる。
「そういえば……あなたは今回、手を出さなかったのね」
「ん?」
「召喚士なのに、何も召喚しなかったじゃない。大きなモンスターを使えば、もっと一度にたくさんのアルミラージを追い込めたかもしれないのに……」
「ぼくは召喚士じゃないぞ。それに、この子らと冒険に行く時はいつもこうだ」
「え?」
「セイカは、回復職。モンスターを倒すのは、私たち」
「ええ?」
「ダンジョンでは灯りもつけてくれてるよね」
「あと、運搬職の仕事もね。でもそれくらいかしら。なんかすごい、わけのわかんない魔法も使えるけど、そういうのは冒険ではなし! ってことにしてるわ」
「ええ……ど、どういうこと……?」
ルルムが困惑したように言う。
「私が言うことではないかもしれないけど……もったいないのではないかしら? そんな力を持っているのに……」
「いや、ぼくらはこれでいいんだ」
ぼくは微笑と共に言う。
「貸しばかり作るのも、借りばかり作るのもよくないからな」
「借りばかり…………そうね」
何か思うところがあったかのように、ルルムが呟いた。
「そうかもしれないわ」





