第十一話 最強の陰陽師、新パーティーを結成する
「……高っか」
手渡された羊皮紙に書かれた数字を一目見て、ぼくは思わず素で呟いた。
あれから商館に戻ってきたぼくたちは、見積書を作るので少々お待ちをとエルマンに言われ、静かにロビーで待つこととなった。
それでようやくできあがったのが、日暮れも差し迫ったつい先ほどの時分。応接室にはぼくだけが向かうことにし、残りの面々にはそのままロビーで待っていてもらっている。
「えっ、高い? そ、それはそれは……」
そんなことを言われるとは思わなかったのか、正面に座るエルマンがやや焦ったような素振りを見せた。
「これでも、勉強させていただいたつもりなのですが……ならばもう少々、値下げしましても……」
ぼくは溜息をついた後、顔を上げてエルマンへと言う。
「それはそうと、これを作るのにずいぶんかかったな」
「そ、それは……いやはや、申し訳ございません」
一瞬目を泳がせたエルマンが、すまなそうな笑みを浮かべて言う。
「なにぶん神魔の奴隷を扱うのは、かなり久々なもので……副代表とも相談しつつ、一人一人価格を算出しておりまして……」
「あれと相談?」
ぼくは眉をひそめる。
「そんなことをして意味があるのか?」
「え、ええ……無論でございます。当会は、ネグとワタクシめの二人で立ち上げた商会でございますから」
そう言って、愛想笑いを浮かべるエルマン。
うさんくさい笑顔の一方で……声音にはどこか真摯な響きがあった。
ぼくは、あのおどおどした怨霊使いを思い出す。商人らしさは欠片もなく、どう考えてもただの用心棒にしか見えなかったが……あれで意外と、計算が得意だったりするのだろうか?
少々訝しく思いつつ、ぼくは言う。
「というか、どうして今さら売値になど悩んでいたんだ。仕入れ値を支払った時点で、商人ならばいくらで売るか想定しておくものじゃないのか」
「いやはや……お恥ずかしい。初めから競売にかけるつもりだったもので、値付けについてはまったく考えておりませんで、はい」
「それでも、相場くらいあるだろう。久々に扱うと言っていたが、以前の売値を参考にできなかったのか?」
「それが、こういった特殊な奴隷は、相場もあってないようなものでございまして。加えて過去に一度だけ扱った商品は、成熟した男の神魔だったもので、同額というわけにもいかず……」
「……ふうん。まあいい」
そう言って、ぼくは羊皮紙を持ったまま席を立つ。
「セ、セイカ殿?」
エルマンがわずかに身を乗り出し、動揺したような声を出した。
「あの、先にも申しました通り、予算が厳しいようであればもう少々値下げすることも……」
「エルマン」
ぼくは、奴隷商を見下ろしながら言う。
「ルグロークの医術者がやって来るのはいつだ?」
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ぼくらが宿へ戻った頃には、日はすっかり沈んでいた。
「……」
ちなみに、部屋の雰囲気も沈んでいる。
今後について話し合うためにルルムとノズロも連れてきたのだが、五人も居ながら喋る者は誰もいない。
おそらくは、ぼくの伝えた奴隷全員分の金額が予想よりもずっと高かったせいで、皆途方に暮れているのだろう。
「……どうするわけ」
アミュが重々しく口を開く。
「あたしたち、さすがにそんな大金は用意できないわよ」
全員が沈黙を返した。
当たり前だ。一般的な奴隷の相場以上の額を、十五人分。そんな大金、普通は用意できるものじゃない。
イーファが恐る恐る言う。
「で、でも……みんなでギルドから借りたりすれば、もしかしたら……」
「そうだな。スタンピードでの功績があるぼくらなら、あるいはこのくらいの額なら用立てられるかもしれない」
しかし、ぼくは突き放すように言う。
「だが――――そこまでしてやる義理はない。ぼくらにも生活があるんだ。信用を失いかねないほどの借金をしてまで、わざわざ魔族を助けてやる理由がない」
「っ……」
イーファが目を伏せて押し黙った。
いくらなんでも無理があるということは、彼女も自分でわかっていたことだろう。
「……そうね。もう十分」
その時、ルルムが静かに口を開いた。
「元々、これは私たちの問題だもの。ここまでしてもらって、お金まで出してもらうわけにはいかないわ」
「そうだ。この先は我々が考えるべきことだ」
ノズロが話を継ぐ。
「貴様らには、ずいぶんと世話になった。感謝する。だが……これ以上の心配は無用だ」
「大したお礼はできないけど、故郷から持ってきた宝石を受け取ってちょうだい。きっといい値がつくはずだから……」
そう言って懐を漁りだしたルルムへ、ぼくは言う。
「それはいいが、これからどうするつもりなんだ。奴隷になっている同胞のことはあきらめるのか?」
ルルムが手を止めた。
ぼくはなおも言う。
「まさか、力尽くで奪還しようだなんて考えていないだろうな」
「……」
「倉庫の場所と構造、見張りの位置がわかったからずいぶんとやりやすくなっただろうが、ぼくはそんなつもりで奴隷商に取り次いだわけじゃないぞ」
「…………それなら、どうすればいいの」
ルルムはぼくと目を合わせないまま、思い詰めた表情で言った。
「あんなところで、あんな風に捕まっている仲間のことを……見捨てろって言うの?」
「……」
「私たちの探している人は、あの中にはいなかったわ。知人がいたわけでもない。きっとあの上に捕まっている者たちも、私たちとは無関係な神魔だと思う。でも……放っておけないわ。ねえ、あなただったらどう? もし魔族領へ来て、人間があんな風に扱われていても、平気でいられる?」
「……」
「……人攫いに拐かされた仲間を、同郷の者が助けるというだけの話だ」
ノズロがおもむろに言う。
「人間の国ではよくある揉め事だろう。我々はこれから他人に戻り、貴様はよくある揉め事を、ただ傍観していればいい。それだけのことだ」
「悪いが」
ぼくはそれに答える。
「人間同士の揉め事ならばともかく……人の国で、人ならざる者が働く狼藉を、黙って見過ごすつもりはない」
人を襲う獣や妖を捨て置けば、いずれ必ず自分にまで累がおよぶ。
ラカナのスタンピードとは違い、誰にも覚られず二人の魔族を消す程度、ぼくには造作もない。ためらう理由がなかった。
「やめておくことだ。ぼくを相手取りたくなければ」
二人の魔族は、沈痛な面持ちで押し黙った。
さすがに、森での一件で実力差は察しているようだ。
加えて、この二人には人を探すという本来の目的がある。こんなところで危険を冒すわけにはいかないはずだった。
しかし……感情は別だろう。
どうしようもなく沈黙を続ける二人に――――ぼくは、溜息をついて言う。
「ぼくは一級冒険者だ」
「……?」
「つまり、どれだけ報酬の高い依頼だろうと受けられる」
やや口ごもりながら続ける。
「前にも言ったが、ぼくは知人のことはなるべく助けるようにしている。こうして言葉を交わしたのも一つの縁だ。だから、その……神魔なのだから、君らもそれなりに強いんだろう? 割のいい依頼をどれでも受けてやるから、それで金を貯めて仲間を買い戻せばいい」
「……!?」
ルルムとノズロが、驚いたように顔を上げた。
ぼくはわずかに目を伏せながら、そのままの調子で説明する。
「ルグロークの医術者が来るまで、最低一月はかかるそうだ。帝都への移送はその後になるから、ひとまずそれまで取り置かせてある」
買う気はあるが、金の用意に時間がかかると言ったら、エルマンはあっさりと納得した。
人一人が一生を遊んで暮らせるほどの額だ。金貨でも相当な量になる。たとえ帝都の金持ちでも、今日明日で用意できるようなものではないから当然だろう。
「一月かけて高額な依頼をこなせば、なんとか稼げる額のはずだ。金を貸してやる気はないが……依頼の手伝いくらいならしてやってもいい」
「ど、どうして……?」
ルルムの呟きには答えず、ぼくは傍らにいたメイベルへと目を向けて言う。
「これでいいか? メイベル」
目を丸くしていたメイベルは、急に名前を呼ばれ、呆けたようにうなずく。
「う……うん」
「そうか」
ぼくは気を抜いて笑う。
「まったく……君にはもう関わりのないことなんだから、気にする必要はないのに」
「そ、それでも……もう誰も、兄さんのようにはなってほしくなかったから」
そう言って目を伏せるメイベルの頭を撫でてやると、おもむろに少女が顔を上げる。
「でも、よかったの? セイカ。あんまり、深入りしたくなさそうだった、けど……」
「君に頼まれなかったら、ここまではしなかったな。まあこのくらいいいさ。あとは、この二人次第だ」
ぼくは、言葉を失っている様子のルルムとノズロへ目を向ける。
「それで、どうする」
「…………同胞を助けられるのならば、願ってもないことだ」
口を開いたのは、ノズロだった。
神魔の大男は、ぼくへ真っ直ぐに目を向けて言う。
「ぜひ、頼みたい」
狭い部屋が、小さく沸いた。
アミュとイーファも笑顔を浮かべ、ほっとしたような表情をしている。
「セイカ、というのだったわね。ありがとう」
神妙な顔で礼を言ったルルムは、それから柔らかい笑みを浮かべて、メイベルへと言う。
「それに、メイベルさんも。何があったのかは知らないけれど……あなたのおかげで、私たちは仲間を助けられそうよ」
「いい」
それだけ言って首を横に振るメイベルだったが、その顔はどこかうれしそう見えた。
「えへへ、じゃ、みんなでがんばろっか!」
「さっそく明日の朝、ギルドへ行くわよ。あたしがおいしい依頼を選んであげるわ」
「アミュに任せると、まためんどくさい依頼、選びそう」
「今度は大丈夫よ!」
わいわいと騒ぎ出す女性陣を眺めていると、ルルムがすすっと近くへ寄ってきた。
思わず怪訝な顔になるぼくへ、小声で言う。
「あなたはその、もしかして……あの子たちより、ずっと年上だったりするのかしら?」
「……。いや、ほぼ同い年だが、どうしてだ?」
一瞬どきりとしたものの、ぼくは平然と訊き返す。
ルルムは、言葉に迷うように言う。
「いえ……なんだか、そう見えたものだから」
「……」
当たり前だが、転生してからこれまで年齢を疑われたことはなかった。
人間は見た目で歳を推し量れるから、疑われる理由がない。しかしひょっとすると……寿命の長い魔族ではそういう常識が通じないのかもしれない。容姿が同じでも、年齢が大きく違うこともありえる。
別に転生を見破られたわけではなく、ただ文化の違いだろう。
ぼくはおどけたように答える。
「そんなに老けて見えるか? 傷つくな」
「見た目ではなく、中身の話なんだけど……」
「人間の中身なんて、見た目以上にバラバラだ。あの子らはあの子ら。ぼくはぼくというだけだよ」
「ううん……いえ、そうね。ごめんなさい」
ルルムは、誤魔化すように笑って言う。
「私の思い違いだったみたい。思えば、私たちの中にもたまにいるもの。ちょっと年寄り臭い人」
「失礼な」
年寄り臭いはやめろ。





