第八話 最強の陰陽師、門を叩く
ケルツは商業都市だ。
帝国の北東の外れにある街が、なぜ商業都市となり得たのか。それにはいくつか理由がある。
北の穀倉地帯に近く、農産物を仕入れやすいこと。帝国軍の駐屯地が近いため、様々な商品を卸す一定の需要があること。それから、魔族領が近いというのも理由の一つだった。
人間と魔族は敵対しているが、それでも種族によってはある程度交流がある。魔族領で採れる資源や、彼らの作る金細工や織物は、少数ながらも帝国で流通していた。
そんなわけで、ケルツには大きな商会支部がいくつもあったが、一方でロドネアやラカナでは名前の聞かない、中小規模の商会はそれ以上にあった。
ルルムの言っていた奴隷商が営むのも、ここにあるような小規模商会の一つらしい。
森での一騒動があった、翌日。
ぼくたちは、六人で連れ立ってケルツの商街区を歩いていた。
「……」
ぼくの傍らには、外套のフードを被ったルルムとノズロが無言で歩みを進めている。
意外にも、この魔族二人は普通に街で宿を取っているようだった。
まあよくよく考えれば、街に入らないと旅の物資を調達するのも難しい。
それに冒険者が多い街ならば、素性などいちいち問われることはない。黒い線の紋様を消してもなお目立つ蒼白な肌を隠すためか、二人とも常にフードを被っていて怪しい雰囲気を漂わせていたが、人間の冒険者もおかしな格好をしている者は多いので、別に人目を引いたりはしていなかった。
もっとも、人間に見た目が近い神魔だからできることだろうが。
これが獣人や悪魔なら、街に入ることすら困難だ。
と、そんなことを考えながら、ぼくは二人の魔族を振り返る。
「なあ。そのエルマン・ネグ商会っていうのは、どの辺りにあるんだ?」
商会が建ち並ぶケルツの商街区にあるとは聞いていたが、詳しい場所はまだ聞かされていなかった。
ルルムが、やや硬い表情で答える。
「もう少し進んだところよ。大きな看板がかかっているから、見たらそれとわかるわ」
その後、わずかに口ごもってから言う。
「……ねえ、どうするつもり?」
「ん?」
「どうやって奴隷商と話をするつもりなの」
ルルムは続ける。
「あなただって、所詮は冒険者でしょう。ただ会いに行って、取り次いでもらえるか……」
「一応、あてはある」
確実とは言えないが、やってみる価値はあるだろう。
ルルムは疑わしそうな顔をしていたが、これ以上言っても仕方ないと思ったのか、黙って口を閉じた。
そこからしばらく歩くと、やがてその商会の看板が見えてきた。
エルマン・ネグ商会。
二階建てのこぢんまりとした建物だったが、一棟を借りられるのだからそれなりに稼いでいるのだろう。少なくとも、一介の冒険者がいきなり来るような場所ではなさそうだ。
「というわけで、早速入ってみるか」
「だ、大丈夫なの?」
ルルムはなおも不安そうだったが、ぼくは構わず歩き出す。
「君らはなるべく黙っていてくれ。ぼろが出ると困るから」
言い終えるやいなや、重厚な木製扉を押し開ける。
中は、さすがに商館だけあって立派な佇まいだった。
広さの関係で数こそ少ないものの、ところどころに置かれている調度品はどれも高価なものに見える。
正面にあるカウンターには、妙齢の受付嬢が一人座っていた。
いきなり入ってきた貧乏くさい冒険者六人を見て、あからさまに不快そうな顔になる。
ぼくは口元だけの笑顔を作り、その受付嬢に声をかけた。
「やあどうも。いきなりで悪いが奴隷が入り用なんだ。店主を呼んできてくれ」
「……失礼ですが」
受付嬢が、ぼくを睨みつけるようにして言う。
「約束はございましたか?」
「いや」
「ではお引き取りを。当会は露店ではございません」
「おいおい」
ぼくは半笑いで、しかめっ面の受付嬢へと言う。
「こっちは客だぞ。金もある」
「あいにくですが、当会では安価な奴隷は扱っておりません」
「もう一度言う。店主へ取り次いでくれ」
「お引き取りを。代表はお会いになりません」
「代表……?」
ぼくは一瞬呆けたような顔を作った後、高笑いを上げた。
「はっははは! いや、悪かった。よく考えればおたくも商会だったな。ぼくが普段出入りしているところより、ずいぶんと狭苦しいものだから失念していた」
訝しげな顔をする受付嬢へ、ぼくはぐいと身を寄せると――――黄金色の認定票を、カウンターの上へと転がした。
「ぼくはこういう者だ。おたくの代表を呼んで来てくれ」
認定票に視線を落とした受付嬢は、一瞬眉をひそめた後……目を丸くした。
「い、一級の冒険者認定票!? それも、ラカナ支部の……っ」
「わかったか? ならおたくの」
「しょ、少々お待ちを!」
言い終える間もなく、受付嬢は奥へと引っ込んでいった。
残されたぼくたちの間には、微妙な空気が漂う。
「……セイカ。いまの、なに」
「訊くな。わかるだろ。演技だよ演技」
メイベルの平坦な質問に、ぼくは若干恥ずかしくなりながら答える。
この後のやりとりも考えると、こういう場では多少強く出るべきだ。出るべきなんだけど……これ、もう少しやりようがあったかな。
「ふふっ……」
「この先、笑ったら台無しだからな。アミュ」
「んんっ、げほっ、げほっ」
笑いをこらえていたアミュが、咳払いで誤魔化した。
続けてイーファが、どこか困ったような調子で言う。
「あはは、セイカくん、そういうの全然似合わないね」
「言うなって……」
この後も続けていく気力がなくなるから。
「あなた、そんなにすごい冒険者だったのね」
ルルムが、少し驚いたように言った。
ぼくは仏頂面で答える。
「この間なったばかりだけどな。しかし……この認定票がここまで利くとは思わなかった」
どこへ行ってもお偉いさんみたいな扱いをされるとアミュが言っていたが、正直なところ半信半疑だった。
ぼくは付け加える。
「一応、君らはぼくのパーティーメンバーっていう設定で行くからな。ぼろを出さないようにしてくれ」
「……」
ルルムが無言でこくりと頷いた、その時。
一人の人物が、受付の奥から現れた。
「いやいや、お待たせいたしました」
顎髭を生やした、壮年の男だった。
細身の体を上等そうな衣服で包み、顔には商人らしい笑みを浮かべている。
「当会の者がとんだ失礼を。後でよぉく、言い聞かせておきますので」
「どうでもいい」
ぼくは傲慢そうに見える表情を作り、気だるげに言う。
「奴隷を買いたいんだ。さっさといいのを用立てろ」
「これはこれは……。ケルツの数ある奴隷商の中から当会をお選びいただき、ありがとうございます。一級の冒険者様にご贔屓いただけたとあっては、当会の格も上がるというもの。では早速奥へどうぞ……セイカ殿」
受付嬢が認定票に打刻されていた名前を伝えていたのか、男はぼくの名を呼んだ。
ぼくは首を傾け、目をわずかに細めて言う。
「まずは名乗ったらどうだ」
「おっと、重ね重ね失礼を。どうもワタクシめ、緊張しているようでございます。一級の冒険者様のような取引相手は、実は初めてなもので」
額に手を当て、男が困ったように言った。
それからぼくへと向き直ると、そのうさんくさい笑みを深めて名乗る。
「申し遅れました。ワタクシ、当会の代表であるエルマン・ロド・トリヴァスでございます。以後お見知りおきくださいませ、セイカ殿」





