第七話 最強の陰陽師、看破する
「……! おい!」
女の言葉を聞いた男が、焦りを含んだ声で言った。
女は、男の方へ視線を送って答える。
「わかってる。大丈夫」
「……」
男が押し黙る。
やはり、決定権は女の方が握っているように見えた。
ぼくは間を置いて訊ねる。
「仲間を助けてほしいとは、どういうことだ?」
「順番に説明するわ」
女が静かに話し始める。
「まだ名前を言っていなかったわね。私はルルム。こっちはノズロ。同じ辺境の村の出で、流れの冒険者をしているわ」
ルルムと名乗った女が、一瞬ノズロと呼んだ男を横目で見て、続ける。
「私たちは、ケルツの商人に捕らえられている、同郷の者たちを助けたいの」
「商人に捕らえられて……?」
「奴隷よ」
ルルムが沈痛な面持ちで言う。
「仲間たちは今、奴隷として捕まっているの」
「……奴隷には普通、親に売られるか、借金が返せなくなったか、罪を犯してなるものだが……」
「もちろん、どれでもないわ。詳しい経緯はわからないけれど……きっと、みんな人攫いにあったのよ。それ以外考えられない」
ルルムは淡々と続ける。
「今はケルツにある倉庫に閉じ込められてる。私たちは一人でも多く買い戻してあげたくて、高く売れるモンスターを狩るためにダンジョンへ潜っていたの」
「……」
「たいていのモンスターは私たちの相手にもならないのだけれど、フロストレイスはとにかく相性が悪くて、危ないところだった……。助けてくれたことには、本当に感謝しているわ」
「……それで」
逸れかけた話題を戻すように、ぼくは問いを投げかける。
「君はぼくらに、何を求めているんだ?」
ルルムが、意を決したように告げる。
「一緒に……ケルツの奴隷商から、私たちの仲間を助け出してほしい」
「助け出すって、どうやって?」
「あなたほどの召喚士なら、あの商人の護衛にも絶対に勝てるわ。街の警邏だって振り切れる」
「……」
はっきりとは言わなかったが……それは明らかに、武力での奪還を示唆していた。
まるで言い訳するように、ルルムは続ける。
「私たちの仲間は、その、高く売られるみたいなの。実際のところ、モンスターを狩る程度では到底必要なお金を貯められないし、それ以前に私たちのような流れの冒険者では、客として取り次いでももらえない……。そう遠くないうちに、仲間たちは帝都まで連れて行かれる。そうなったらもう、助け出す機会はなくなってしまう」
ルルムが、身を乗り出すようにして言う。
「もちろん、私たちができる限りのお礼はさせてもらうつもりよ。だから……」
「何を言ってるんだ」
ぼくはルルムの話を遮り、目を眇めて吐き捨てた。
「そんなことに、手を貸せるわけがないだろ」
ルルムが目を見開き、唇を引き結ぶ。
ぼくは続ける。
「帝国で奴隷売買は合法だ。真っ当に商売しているだけの商人を襲って、商品を奪うだって? 強盗だぞ。そんなことに協力なんてできるか」
「こ……この国では、人攫いも認められてるって言うの!?」
「そっちは違法だな。帝国や、その属国で行われているのなら」
「……」
「君の仲間とやらが不法に奴隷に落とされたと言うのなら、そのことをケルツの領主に告発すればいい。それが真っ当なやり方だ。良識ある領主ならなんとかしてくれるだろう。不当な奴隷であることを証明できれば、だが」
「っ……」
「門前払いされるようなら、帝都で弁護人を雇い、裁判を起こすこともできる。奴隷を買い戻すよりは安く上がるんじゃないか? もちろん、勝てなければ仕方ないが」
「……」
ルルムは唇をひき結び、うつむいたまま何も言わない。
ぼくはふと思い出して言う。
「そういえば、できる限りの礼をすると言っていたが……金もない君らが、いったい何をくれるつもりだったんだ?」
「……価値のあるものならちゃんと持ってるわ」
ルルムは懐から小袋を取り出すと、掌の上で逆さにして振る。
中から出てきたのは――――見事な金細工や、いくつもの宝石だった。
それらを、こちらへ差し出してみせる。
「これだけじゃない。仲間を助けてくれるなら、もっと支払ってもいい」
ぼくは、その金品を冷めた気持ちで眺める。
「あいにく、金には困っていないんでね。それより、素人目にも高価なものに見えるが、これを換金できれば仲間の何人かは買い戻せるんじゃないのか?」
「……」
「まあだいぶ高額になるだろうから、入手先や君らの身分は多少訊かれるだろうけど」
「……訳あって、私たちには換金が難しいの。だから、現物で受け取ってもらうしかない」
ルルムは、縋るような調子で言い募る。
「お願い。流れの冒険者の身分しかない私たちは、領主にも帝国法にも頼りづらい。だけど……どうしても助けたいの。だから、力に頼るしかない」
「……」
「仲間たちは何も悪いことはしていないわ。それなのに、こんな場所で奴隷として生きなければならないなんてあんまりじゃない。こんなの道理に反してる。あなたが、それをわかってくれるなら……」
「話にならないな」
ぼくは突き放すように言う。
「道理というなら、商品を奪われる商人の立場はどうなる。高く売れる奴隷なら、仕入れ値もそれなりにしたことだろう。すべて失えば破産するかもしれないが、それが道理と言えるか?」
「ひ、人攫いから奴隷を買うような商人なんて、自業自得じゃない!」
「商人には妻子だっているかもしれない。何の咎もない彼らが路頭に迷うことは、果たして道理なのか?」
「そんなの……っ」
「はっきり言う。君らの企みに与するつもりはない。人の道理に照らせば、なおのことだ」
そして、ぼくは決裂の言葉を告げる。
「魔族に手を貸すなど、できるわけがない」
ルルムが目を見開き、息をのんだ。
同時に、ノズロの纏う気配の色が変わる。
「えっ……?」
「ど、どういうことよ……?」
メイベルとアミュは気づいていなかったようで、混乱したようにぼくと二人組とを見比べている。
「セ、セイカくん、あの、ええと……」
だがイーファの顔にだけは、戸惑いの色が浮かんでいた。
この様子だと、もしかしたら精霊の挙動か何かで見当がついていたのかもしれない。
ぼくは三人にはかまわず、ルルムとノズロと名乗る二人の魔族を見据えたまま口を開く。
「最初から、人にしては妙な力の流れだと思っていた。だが人間に化ける魔族というのは聞いたことがない。間近で話しても、姿形や仕草に違和感がない。となると――――君らは、二人とも神魔だな」
「っ……」
「……」
「元々人に見た目が近い種族なら、なるほど流れの冒険者を自称し、人間の国に忍び込むこともできるだろう。しかし確か、神魔は体に黒い線が走っていたはずだが……染料ででも隠しているのか?」
その時、ノズロの体がぶれた。
次に映ったのは――――ぼくの間近にまで肉薄し、手刀を引き絞る大男の姿。
瞬きにも足らない、わずかな間だった。
おそらく尋常な人間相手なら、認識も許さないうちに息の根を止められていただろう。
しかし――――その手刀が放たれることはなかった。
ノズロは一瞬視線を横に流し、動きを止めると、すぐさま両腕を頭上で交差させる。
そしてメイベルの、巨石が落ちたような戦斧の一撃を受け止めた。
轟音が森に響き渡る。
「き、貴様……っ」
「……む」
リビングメイルを真っ二つにするメイベルの一撃を、ノズロは受け止めていた。
簡単な篭手しか付けていないように見えたが、今の硬質な音からするに、腕部には鋼を仕込んであるのだろう。それでもメイベルの一撃を受け止めたとなると、武闘家として相当な実力があることがわかる。
無表情にも見えるメイベルの顔にも、わずかに動揺の色があった。
「っ! ノズロ!」
ルルムが叫んで立ち上がり、背中の弓を取った。
それを見たメイベルが、すぐにノズロから距離を取る。
ルルムが矢をつがえる。その鏃には、力の流れが見える。
一方でメイベルも、素速く腿の投剣に手を伸ばす。
そして、二つが放たれようとする瞬間――――、
「落ち着け」
巨大な白骨の掌が降り、両者の間を遮った。
ルルムとメイベルが、目を見開いて動きを止める。
白骨の手は、ぼくのヒトガタが作る空間の歪みから生えていた。
その奥には、餓者髑髏が纏う人魂の微かな灯りと、巨大なしゃれこうべの眼窩が見え隠れしている。
ぼくは身構える神魔の二人から目を離し、メイベルに告げる
「メイベル、ぼくなら大丈夫だ」
「で、でもっ」
「心配はいらない。だから、斧を下ろしなさい」
メイベルはまだ張り詰めた表情をしていたが、やがて戦斧を下ろした。
ぼくはふっと笑って言う。
「それにしても、さすがに反応が早いな。戦斧を使う重戦士とは思えない」
「……。じゃあ、暗殺者職ってことにして」
「こだわるな、それ」
ぼくは苦笑する。
その時、アミュが混乱したように言った。
「え、えっと……どういうこと? こいつらが魔族って、ほんとなの?」
「ああ」
ぼくはうなずいて、二人の魔族に目を向けながら説明する。
「今の反応が証拠と言っていいだろう。無論、奴隷として捕まっている仲間とやらもだろうな。魔族だから領主には頼れないし、訴えに出るわけにもいかない。高価な金品の換金もしづらい。正体がばれるわけにはいかないからだ」
人間に近い容貌を持っているものの、神魔は特に人間に敵対的な種族の一つとされている。
正体がばれれば、何事もなく済むとは思えない。
ルルムとノズロは、ただ立ち尽くしていた。
ぼくは鼻を鳴らして続ける。
「道理が聞いて呆れる。人間と魔族は敵対しているが、商人を介した非公式な貿易はある。しかしそれでも、魔族領へ分け入り、神魔を攫ってこられるような人間はいないだろう。つまりこの二人の言う人攫いは、紛れもなく同じ魔族側の者だ」
「そ、そうなの……?」
アミュがちらと二人を見るも、ルルムとノズロは険しい表情で無言を貫いている。
ぼくは付け加える。
「まあ、そんなのと取引する人間の商人もどうかと思うけどな。ただ少なくとも、こちら側だけが責を負うような問題じゃない」
そして、ぼくは二人を見据えて告げる。
「魔族の業を人間に押しつけるな。本当なら縛り上げて警邏の騎士団にでも引き渡しているところだが……ぼくは、知人のことはなるべく助けるようにしている。こうして言葉を交わしたのも一つの縁だ。この際、君らが元々なんのために帝国へやって来たのかも訊かない。見逃してやるから、同胞のことは諦めてこの地を去れ」
万全を期すなら、始末しておくべきなのだろう。
もしも魔族の間諜ならば、勇者の情報を探っている可能性が高い。実力を見せていないとは言え、アミュを目にした魔族を生かしておけば、後々厄介な事態を招くかもしれない。
しかし、せっかく危機を救ってやった者を今さら手にかけるのも収まりが悪い。
だからこれが、ぼくのできる最大限の譲歩だった。
場に沈黙が満ちる。
それを破ったのは、ノズロだった。
「行くぞ、ルルム」
そう言って荷物を取ると、ぼくを忌まわしそうに睨む。
「人間になど頼ろうとしたのが間違いだった」
ぼくは皮肉を込めて答える。
「そうだな、ぼくも人間の社会に生きる者として、君らを助けるべきではなかった。ぼくらは初めから道理を外れていた」
「……ふん」
「ま……待って!」
踵を返すノズロを、しかしルルムは引き留めた。
それから、ぼくへと言う。
「さっき攻撃してしまったことは謝るわ、ごめんなさい。だから……もう少し、話を聞いてほしい」
「しつこいな。まだ食い下がるつもりか」
「人を探しているの!」
ルルムが、ぼくを遮るように大声で言った。
「一人の神魔と……その子供を」
「っ、ルルム!」
「黙っててノズロ! ……私の、親しい人だったの。でも十六年前に、生まれたばかりの子供と一緒に姿を消した。わかっているのは、人間の国に行ったということだけ。私たちは、その人を探すために旅をしているの。もうずっと」
「……」
「先日、ケルツの奴隷商が、神魔の奴隷をたくさん仕入れたという話を偶然耳にしたわ。もしかしたらその中に、私たちの探している人がいるかもしれない。もしいるのなら……助け出したい。今も一緒だとしたら、その人の子供のことも」
ルルムの声音には、必死さがあった。
「戦争がない今、魔族の奴隷は高く売れるわ。こんな外れの街ではなく、仲間たちは帝都へ移送されて、そこで売られることになる。市場に並んでいない以上、仲間たちは人目につかないように閉じ込められていて、私たちには誰が捕まっているのかもわからないわ。帝都まで追っていったところで、確かめる間もなく売られるかもしれない。そうなったらもう……彼らの行方を追うことは、できなくなってしまう」
「……」
「お願い。他の同胞のことは、最悪諦めてもいい。せめて私たちの探している人が、そこにいるかだけでも確かめたいの。一人か二人なら、私たちでもきっと買い戻せるから……お願い。力を貸して」
ルルムは、声を絞り出すように言う。
「わかってくれるでしょう? あなただって……っ」
ルルムは最後に何か言いかけたが、言葉の終わりは声にならず、聞き取れなかった。
場に再び沈黙が満ちる。
その中で、ぼくは一人考え込む。
一連の話が、事実かどうかはわからない。だが、話しぶりは真に迫っているように見える。
仮に事実だとしたら……この二人は、単に人探しのために帝国へ来たことになる。間諜でないならば、さほど危険もないかもしれない。
しかし、断言はできない。
すべて虚偽である可能性も、十分にある。
ぼくがこの二人に協力してやる理由は、あるだろうか?
「ね、ねえ、セイカくん……助けてあげられないかな」
迷っていたその時、イーファが小さな声で沈黙を破った。
くすんだ金髪の少女は、遠慮がちに続ける。
「その人がいるかどうか確かめるだけなら、誰にも迷惑がかからないよね……? 乱暴なことはしないって約束してもらえるなら……ダメかな?」
全員に注目され、やや所在なさげにしていたイーファだったが、それでもはっきりと自分の考えを言い切った。
ぼくは、ふと思い出す。
よく考えれば、この子は最初……二人が魔族かもしれないと知りながら、助けに行こうとしたわけか。
ぼくはしばし黙考した後、おもむろに二人の魔族へと向き直る。
「いいだろう。その奴隷商に取り次いでやる」
ルルムとノズロが、驚いたように目を見開いた。
小さく嘆息する。
協力する理由ができてしまっては仕方がない。
普段は滅多にわがままなんて言わない子なのだ。
こんな時くらい、イーファの頼みを聞いてやるべきだろう。
頭の上で、ユキが溜息をつく気配がした。
「なんだかんだと言いながら……セイカさまは人ならざる者にも世話焼きでございますね」
耳元で囁かれた声に微妙な表情になるが、ひとまず聞かなかったことにした。
言葉を失っている魔族二人へ、ぼくは釘を刺すように付け加える。
「ただし、大人しくしていろよ。それと事が済んだら、この子に礼の一つでもすることだ」





