第五話 最強の陰陽師、加勢する
それから五刻(※二時間半)ほど歩き回って……ぼくらが討伐できたアルミラージは、未だに三体だけだった。
「み、見つからない……」
ぐったりとしたアミュが、歩きながら弱音を吐く。
弱音の通り、大量発生しているはずのアルミラージはなかなか見つからなかった。たまに遭遇戦になっても、気を抜いているとすぐ逃げられてしまう。おかげで滅多に倒せない。
ぼくは言う。
「いなくはないな。ただ、出くわす前に逃げられてるみたいだ」
式神の目で見ている限りでは、確かにけっこうな数のアルミラージがいる。だがこちらが見つけるよりも先にぼくらの気配を感じ取って、その場から離れているようだった。
「推奨人数が六人以上になってた理由が、わかった」
メイベルも、若干疲れたような声音で言う。
「これは、大人数で追い込むようにしないと、無理」
「……だ、そうだ。アミュ」
「うっさいわね! 今さら言ってもしょうがないでしょ!?」
と、アミュが怒る。
まあこの展開はぼくも予想していなかった。
「大量発生って言うから、てっきり群れで出てくると思ったんだけどなぁ」
「角ウサギは基本、出てくる時は一匹よ」
うんざりしてくる。だんだんやめたくなってきた。
なんとなく、この依頼の意図も透けて見える。
正直、大量発生しているモンスターを五十匹倒したところで、それほど意味はないだろうと思っていた。母数はもっと膨大だろうから、多額の報酬に見合うだけの効果が見込めないと。
だが、アルミラージが強敵から逃げる習性があるなら話は別だ。腕の立つ冒険者でも討伐に時間がかかり、何度も森へ行く羽目になる。そのたびにアルミラージは森の奥へ逃げ、倒されなかった個体も人の生活圏からは遠ざかる。ぼくのようにうんざりして途中で諦めてくれれば最高だ。報酬を支払わずに済むんだから。
街の商人なんて行商人に比べればぼんやりしていると思っていたが、なかなかずる賢い。
「おっかしいわね……」
アミュが渋い顔で呟く。
「昔は、ここまでアルミラージに逃げられることなんてなかったのに……」
「君も強くなってるってことじゃないか?」
「うーん……それより、あんたが変なオーラ出してるんじゃないの?」
「出してない……とは言い切れないけど、そこまで勘の良いモンスターじゃないだろ。たぶん」
そんなやり取りをしながら森を歩いていた――――その時。
ぼくはふと足を止め、目を森の奥へと向けた。
「あ、あれ? なんだか精霊が……」
困惑したように、イーファがきょろきょろと周囲を見回す。
すぐに力の流れが見える方へ式神のメジロを飛ばす。
そして……見つけた。
「……ここからずっと先で、冒険者のような格好のやつが二人、モンスターと戦ってる。あれは……なんだ? アストラルのようだけど、青白い襤褸が飛んでいるような見た目だ。氷の魔法を使っているように見える」
「それ……フロストレイスじゃない?」
アミュが硬い声で言う。
「かなり面倒な上位モンスターよ」
「そうか、あれが……」
レイスは、アストラル系の中でも強力な方のモンスターだ。
フロストレイスは、その中でも水属性の魔法を使うやつだったと記憶している。
「四、五体いるな」
「そ、そんなに?」
「苦戦しているようだ……どうする?」
ぼくは三人に問う。
「加勢するか? それとも、巻き込まれないよう静観するか?」
ここがラカナで、苦境に陥っているのが見知った冒険者だったなら、迷わず助けに入っただろう。
だが、ここは馴染みのない土地だ。よかれと思ってした行動でも、どんな事態を招くかわからない。アストラル系モンスターの性質にも、あまり明るくない。
それに……あの二人組の方も、少々厄介そうだ。
「そんなの、助けるに決まってるじゃない!」
だがアミュは、わずかな迷いもなくそう言った。
「ダンジョンで会った冒険者は助け合うものなのよ!」
「行こう。セイカ」
「セイカくん……わたしも、助けに行きたい」
ぼくは一瞬沈黙した後、うなずいた。
「わかった。ここから真北だ」
「急ぐわよ!」
全員で、森を北へ向かって駆け出す。
走りながら……ぼくはなんて意味のないことをしたんだろうと、馬鹿馬鹿しい気持ちになった。
この子らに訊けば、助けると言い出すに決まっていたのに。
そして――――木立の間に、彼らの姿が映った。
冒険者用の外套を纏った二人組。どちらもフードを被っているせいで、人相はわからない。
だが体格からして、前衛が男、後衛が女だろう。
男の方は武闘家のようだ。武器は持たず、青白いレイス相手に拳を振るっている。しかし霊体相手にはやはり分が悪い様子で、フロストレイスは一瞬散るもすぐに再生し、氷礫を浴びせている。
女の方は、弓を背負っているからおそらく弓手なのだろうが、今は短剣を握っていた。短剣はどうやら魔道具らしく、振るうたびに薄青い光が舞っているものの、同じ水属性であるせいかフロストレイスには効果が薄いように見える。
氷のレイスの集団は、宙を縦横に飛び回りながら二人へとどめを刺す機会をうかがっている。
数でも相性でも不利な状況で、しかしこうまで持ちこたえているのだから、かなり実力のある連中なのかもしれない。
「大丈夫っ!? 加勢するわ!」
アミュが叫ぶと、二人組がぎょっとしたようにこちらへ顔を向けた。
やはり、若い男と女の二人組だ。
どちらも精悍な顔つきだが……肌色は、まるで死人かと思うほどに白い。
まあこの二人のことは後で考えるとして、まずはレイス退治だ。
ぼくはふと思いつき、口を開く。
「なあ。今は冒険じゃなく人助けだから、ぼくが手を出してもかまわないか?」
「っ!?」
駆け出そうとしていたアミュが、たたらを踏んで振り返った。
「ダ、ダメなわけないでしょ! やるならさっさとやりなさいよ!」
「わかった」
そう言うだろうと思い、ぼくはすでにヒトガタを浮かべていた。
《召命――――餓者髑髏》
空間の歪みから現れたのは――――身の丈三丈(※約九メートル)を超える、巨大な骸骨だった。
人骨の姿をした妖は、周囲に人魂を漂わせながら、ゆっくりと歩みを進める。
そして、飛び回るフロストレイスへその虚ろな眼窩を向けると……白骨の手を伸ばしてむんずと掴み、そのままがつがつと喰い散らかし始めた。
「……!?」
「な……」
二人組は呆気にとられた様子で、その地獄のような光景を眺めている。
残りのレイスたちは、愕然としたように一瞬動きを止めたが……すぐに魔法で氷柱や氷風を生み出し、巨大な骸骨を攻撃し始めた。
しかし全身が硬い骨でできているせいか、餓者髑髏が意に介す様子もない。
近づきすぎた他のレイスを、空いている方の手で捕まえる。青白い霊が激しく暴れるも、かまわず頭からかぶりついた。霊体が食いちぎられる音も、咀嚼音もなく、ただカタカタと剥き出しの歯が打ち合わされる音だけが森に響き渡る。
「うへぇ……」
髪の中で、ユキが気味悪そうな声を出す。
「あの、セイカさま。なぜに餓者髑髏を……? 怨霊の類ならば、いくらでも封じようがありますでしょうに」
「ちょっと、こいつがレイスを取り込めるかどうか試したかったんだ」
餓者髑髏は、野晒しで死んだ人間の怨念が集まり、骸骨の姿をとった妖だ。
その成り立ちのためか、霊魂などを吸収して力を増す性質がある。
ちょうどいい機会だったから、こちらのアストラル系のモンスターも取り込めるのかどうか確かめたかったのだが……、
「はぁ、一応、取り込めているようではございますが……」
「魂を吸収しているというより、完全に人間を喰う時の動きをしているな」
霊魂を取り込む時は、あんな食べるような動作はしなかったはずだ。力の流れを見ても、かなり取りこぼしが多いように見える。
ただ周りの人間には目もくれずまっすぐレイスへ向かったことから、人よりは好んでいるようだ。モンスターとはいえ、やはりレイスは怨霊に近い性質を持っているのだろう。
残りのフロストレイスは、すでに方々へと逃げ去っていた。
扉のヒトガタで餓者髑髏を位相に戻すと、未だ呆然と立ち尽くしている二人組に顔を向けて告げる。
「怪我はなさそうだな。だけど、体は冷えているだろう。暖でもとるか」





