第十二話 最強の陰陽師、贈り物をもらう
「面倒なことになりましたね、セイカさま」
夜の自室。
窓から差し込む月明かりの下、ヒトガタを切り抜いているぼくに、髪の間から顔を出した細長い狐姿のユキがそう言った。
「ちょっとね」
「やっぱり……始末されるのでございますか?」
「――――セイカ、少しいいかい?」
ノックの音と共に、長兄の声。
ユキがさっと髪の中に隠れる。ぼくも、紙とハサミを慌ててベッドの下に突っ込んだ。
「うん、なに? ルフト兄」
「入るよ……やっぱり、まだ起きてたんだね」
ルフトはそう言うと、灯りを天井に掛け、ベッドに座るぼくの隣へ腰を下ろす。
しばし、沈黙の時間が流れた。
なんの用なんだ?
「あの、ルフト兄……?」
「セイカ。少し遅れたけど、誕生日おめでとう」
「えっ」
「これ、プレゼント」
と、小さな木箱を手渡される。
「開けてみてよ」
上等そうな革紐をとって蓋を開ける。
中に入っていたのは、白く透明なペンとインク壺だった。
「これ……ガラス?」
「うん。ガラスのペンだよ。高位の土属性魔法を修めた職人が作るらしいんだ。帝都で流行ってて、父上についていった時に買ってきたんだよ」
「どうやって使うの?」
「羽ペンと一緒さ。インク壺に浸して書くだけ。でも、羽ペンと違ってずっと使えるんだよ」
「へえ……」
「セイカは勉強熱心だから、羽ペンをすぐダメにしちゃうだろ? だからちょうどいいと思ったんだけど……タイミングがよかった。学園に行ったら、ますます書き物の機会が増えるだろうからね。あと、たまには家に手紙を書くんだぞ」
「う……うん。ありがとう、ルフト兄」
それ以上言葉が思い浮かばず、ぼくは沈黙する。
しばし後に、ルフトが口を開く。
「ごめんな、セイカ」
「え……」
「ずっとよそよそしくてさ」
「……」
「なんというか……どう接していいかわからなかったんだよな」
「……妾の子だから?」
「というより、周りがね。父上も母上も、メイド達も昔からあんな感じだったから、自分がどうするべきなのかわからなかったんだ。ほら、僕って主体性がないだろ?」
「そんなことないと思うけど」
「そう振る舞ってるだけさ。領主の長男らしくあるためにね。本当は臆病なんだよ。昔はセイカのことも怖がってたくらいだ」
「え……そうだった? なんで?」
「んー……そう言えばなんでかな? そんな記憶があるんだけど、忘れちゃったよ。子供の頃のことだからね」
ルフトは笑う。
「でも、今ではセイカが立派になってうれしいよ。兄として誇りに思う」
「ん……」
ぼくは口をつぐんだ。
この家の人間たちを家族と思ったことはない。
ぼくの家族は、前世で幼い頃に亡くした姉一人だけだ。
だから妾の子で腫れ物扱いという立場は、ある意味都合がいいと思っていた。
それだけに、ちょっと意外だった。
ぼくとの関係性を悩んでいた人間がいたなんて。
「手加減してやってくれよ、セイカ」
「え……」
「明日のことだよ。魔力を持ってなかったはずなのに、モンスターすら倒して見せたんだ。お前がグライに負けるはずがない。だから、ほどほどにな。それであいつも懲りるだろうから」
「……うん、わかった」
「まだ先だけど、学園に行ってもしっかりやれよ」
「うん。ルフト兄も、がんばって立派な領主になってね」
「立派な領主か。自信ないな」
「じゃあ、ぼくかグライ兄が代わりに継ごうか?」
「うーん、それも不安だな。やっぱり僕が頑張ることにするよ――――それじゃあ、おやすみ。セイカ」
ルフトが部屋を出て行くと、ユキが再び頭から顔を覗かせた。
「贈り物ですか、セイカさま? ふん、多少は気の利く人間のようですね。どうせ大した価値はないのでしょうけど」
「こら、そういうこと言うな。それに――――これは結構いいものだぞ」
手近なインク壺に浸し、ヒトガタに呪文を書いてみたが、なかなか書き味がいい。
帝都で流行っているというのも納得だ。たぶん高かっただろうな。
「気に入られたのなら結構でございますが、毒針が仕込まれているかもしれませんからお気を付けくださいね」
「大丈夫だよ」
「それは、どちらの意味で?」
「どちらの意味でも」
前世じゃないんだからそんな心配しなくても大丈夫だし。
仮に毒針が仕込まれていても大丈夫、という意味。
「それより、今はあっちが問題なんだよなぁ」
「あっち?」
「ユキ、またちょっと隠れてなさい」
「え、セイカさま?」
ユキを髪の間に押し戻すと、ぼくは大きく頭を下げる。
次の瞬間。
窓から飛び込んできた風の刃が、ぼくの頭上を通り過ぎてドアを派手に切りつけた。
木片が床にパラパラと降る。
「あーあ。直せないなこれ……」
哀れなドアから窓の外に視線を移すと、人影が一つ。
二つの月明かりに照らされ、憤怒の表情でぼくに杖を突きつけるグライの姿があった。
行かなきゃダメだよなぁ、この流れだと。
どうやら、決闘は半日ほど早まるようだ。