第二十二話 最強の陰陽師、忙しくなる
それから案の定、忙しくなってしまった。
「セイカ」
ギルドの一室。
隣の机で朝からずっと書き物をしていたメイベルが、視線も向けずに言う。
「私たち、冒険者になったのに……なんでこんなことしてるの」
その恨みがましそうな口調に、ぼくはわずかな沈黙の後、答える。
「ごめん」
応接用のテーブルが置かれた一画からは、客と話すイーファの声が聞こえてくる。
「そ、そうなんですねー……北の洞窟に、そんな……あ、あはは……」
その声は、若干疲れているようだった。
客である、昔弓手であったという婆さんはもう三回同じ話を繰り返しているので、無理もないかもしれない。
あれから一月。
スタンピードの後始末が済んだ頃には、ザムルグとロイドの予想したとおりに……新入りのための、冒険のノウハウを記した本が作られるという噂は、冒険者たちの間で広まってしまっていた。
しかも、発案者であるぼくの名前と一緒に。それも、ラカナのダンジョンを攻略するための本――――攻略本などという、わかりやすい呼び名までついたうえで。
それからは最悪だった。
スタンピード鎮圧の功労者ということで、ただでさえ顔が知られてしまっていたぼくだったが、噂が広まるととにかく話しかけられることが増えた。
話題はしかも、攻略情報のことばかり。自分の名前も載せてくれと、道端でダンジョンの隠し通路やモンスターの弱点を語り出す馬鹿野郎どもが大量発生して、そのたびに逃げ回らなければならなかった。
ただでさえ自己顕示欲の強い冒険者が、今はダンジョンにも潜れず暇を持て余しているのだ。こうなって当然だった。
さらに悪いことに、どうやら彼らの矛先はアミュたちにも向けられたようで、あいつらなんとかしてと文句まで言われる始末。
挙げ句の果てには宿にギルドの幹部がやって来て、当面の資金だと言って大量の金貨を置いていこうとした。あわてて追い返したが、翌日には自由市民会議の議員まで連れてきて――――ぼくはもう、諦めて首を縦に振るしかなかった。
もっとも、ラカナへの貢献を称えて銅像を建てますとかいう妄言だけは、なんとか撤回させたが。
「はあ……」
というわけで。
ギルドの一室を貸し与えられたぼくは、今日も資料のまとめにいそしんでいた。
ちなみに、部屋の外では話を聞いてほしい冒険者どもが列を作っている。
まったくいつまでかかるやら。
「どうしてこんなことに……」
「ま、いいじゃない」
運んでいた紙の束をドスンと置いたアミュが言う。
「お金ももらえてるんでしょ? どうせヒマだし、何もしないよりはいいわ。それより……本を作るって、あんたそんなことできるの?」
「……一応」
前世でも、弟子向けの教本作りや単なる趣味で、何冊か書いていた。綴じ方などもまだ覚えている。
こちらの製本方法はまた少し違うようだが……まあなんとかなるだろう。
アミュが呆れたように言う。
「どうしてそんなことまで知ってるのよ。あんたってなんでもできるわね」
「もっとも、いつ完成するかはわからないな。あの行列が消えてくれない限りは」
「あー……」
アミュが言いよどむ。
「でも……あたしもあいつらの立場だったら、あんたを捕まえて知ってること喋り倒してたかも」
「ええ……君もか?」
「酒場でもよく、自分の冒険譚をでかい声で喋ってる奴いるでしょ? みんな語る機会に飢えてるのよ。隙を作ったあんたが悪いわ」
「隙ってなんだよ。まったく、面倒な連中だ」
「あはは」
アミュが笑って、それから言う。
「あんたが助けた連中じゃない」
****
市長がやって来たのは、日が中天にさしかかり、アミュたちが昼食を買いに出た時だった。
「やっておるのう、小僧」
ニカッと笑いながら言うサイラスに、一人休憩していたぼくは顔をしかめる。
「何の用ですか」
「いや何、面白そうなことを始めたと聞いてな」
「白々しい……ギルドの幹部や議員に根回しして、資金を都合させたのはあなたでしょう」
聞いたサイラスは、豪快な笑い声を上げる。
「カッカ! なんじゃ、バレておったか。何、スタンピードの時には援軍だなどとバカでかい声で嘯き、こちらをやきもきさせてくれおったからのう。その意趣返しとでも思っておけ」
「街を救った英雄に対し、ずいぶんな仕打ちだ」
「おう、では銅像でも建ててやろう」
「……頼むからやめてください」
渋い表情をするぼくに、サイラスはカッカと笑い、そして部屋の中を見回す。
「貴様はすっかり、この街に受け入れられたな。セイカ・ランプローグよ」
「そうですか。まあ、あれだけ頑張って受け入れられなかったら、さすがに報われませんよ」
「いんや……スタンピードは関係ない。貴様はその前から、すでにラカナの一員だった」
口を閉じるぼくに、サイラスは続ける。
「ザムルグのように、武勇と実績で周囲を認めさせるか。あるいはロイドのように、この街に新たな価値観をもたらし、人を惹きつけるか……。貴様を初めて目にした時、ワシは前者の類と見たが……同時に後者のように、街を変えてしまう可能性もあると考えていた。どちらでもよかった、それがラカナの力となるならば。だが……小僧。結局貴様は、どちらでもなかったな」
「……どちらでもないなら、なんだって言うんです」
「貴様の周りには、自然と人が集まる」
サイラスは、静かに続ける。
「力はある。常人には持ち得ない知恵も。だがそんなこととは関係なく……貴様はどうも、他人に懐かれる類の人間だったようだ。カッカ! このワシが人の性を見誤るとは、耄碌したものよ!」
「はい? そんなことは……」
「的外れか? では、これまではどうだった?」
これまでは、どうだっただろう。
思えば前世では……確かに、ぼくの周りにはいつも誰かがいた気がする。
弟子たちに、武者や修験者の友人。変わり者の貴族に、苦労人だった陰陽寮の術士。宋や西洋で出会った者たち。人語を解す妖。病で亡くした妻に、哀れな帝。
生まれ変わってからも……あるいは、そうだと言えるだろうか。
前世と同じ轍を踏まぬため、いざとなれば切り捨てるつもりだった者たちのことを――――ぼくはまだ、誰も切り捨てられないでいる。
「……さあ。忘れてしまいました」
「ふん、そうか」
とぼけるぼくを、サイラスは鼻で笑う。
「力や知恵などより、それはよほど貴重な才じゃ。せいぜい大事にせい」
****
サイラスが帰ると、室内には静けさが戻った。
受け付けは次の鐘が鳴るまで再開しないと言ってあるので、冒険者連中の作る行列も今は消えている。
「……あの者は、なかなか鋭い人間でございますね」
頭の上から、ユキが顔を出して言う。
「セイカさまの気質を見抜くとは」
「あれ、やっぱり当たってるのか……? 正直あんまり自覚ないんだが」
「なにをおっしゃいます。前世ではあれほどご友人がいたではございませんか」
「今生ではそうでもないぞ。親しい人間なんてあの子たちくらいだ」
「生まれの家の者たちとの関係はよいではございませんか。それに、学び舎の長には認められ、妙ちきりんな姫御子には懐かれ、この街の荒くれ者連中には慕われてもおります」
「ここの冒険者は、ただなれなれしいだけだと思うけどな」
「そんなことはございませんよ。セイカさまは、今でも人に好かれる気質をお持ちだと、ユキは思います」
断言するユキに、ぼくは思わず苦笑する。
「はは、人に好かれる気質か。本当にそんなものを持っているのなら、ありがたいことだが……狡猾に生きるには、少しばかり持て余してしまうな」
聞いたユキは、わずかな沈黙の後に、おずおずと口を開く。
「あの……セイカさま。後悔されては、ございませんか?」
「ん?」
「この街をお救いになられたことについてです」
急にしおらしくなったユキが続ける。
「あの時ユキは、それがセイカさまのためになると思い、恐れ多くもあのような進言を奉りました。しかしながら……所詮は、浅薄な妖の考えることにございます。セイカさまの深き目論見に、もしや水を差してしまったのではないかと……」
「なんだよ、お前。そんなこと考えてたのか」
ぼくは笑って頭の上に手を伸ばし、小さな妖を指の腹で撫でる。
「気にするな。目立たなかったとは言えないが、幸いにも龍や大呪術を使わずに済んだんだ。あの程度を為す術士なら、さすがにこの世界にだって何人かいるだろう。為政者に危険視されるほどじゃない。問題ないよ」
スタンピードの際に奇妙なドラゴンを見たという者が何人かいたようだが、噂はそのうち消えてしまった。
あの混乱の最中だ。キメラか何かを見間違えたのだろうと、だいたいの者が思ったようだ。本当にドラゴンがいたならば、街が無事であるはずもない。
蛟を見られた弊害も、その程度のものだった。
「それに、不思議と後悔はしていない。今は救ってよかったと思っているよ。結果的に生活の場を守れたし、フィオナへの詫びにもなった。お前が言ってくれたおかげだ、ユキ」
「む、そ、そうで……ございますか?」
ユキの声音が、少し明るくなる。
「ふ、ふふ! それならば、よかったです! ユキがお役に立てたということですね!」
「ああ、お前の言うことを聞いてよかったよ。それに……あれに関してはぼくも少し、責任を感じていたからな」
言ってから、最後のは余計だったかと思った。
案の定、ユキが触れてくる。
「それは、南のボス討伐を防げなかったことをおっしゃっているのでございますか……? さすがに、そこまで気にされなくても。誰にだって予見できない事態はございましょう」
「あー、いや、そっちは……そこまで気にしてないんだが……」
「……セイカさま?」
頭の上から逆さに首を伸ばし、ユキがぼくの顔を覗き込む。
「なにか、ユキに隠していることがおありなのですか?」
「えーっと……ほら」
ぼくは、視線を逸らしながら言う。
「ぼくが一度捕まえて、逃がしてしまった鹿のモンスターがいただろう?」
「はい」
「あれ、たぶん……北のボスだったんだよな」
「…………えええーっ!?」
ユキが驚愕の声を上げた。
「そ、そうなのでございますかっ!?」
「力の流れを見る限りは……おそらく」
捕まえた時は、単にちょっと強そうなモンスターだとしか思ってなかったが。
「た、たしかにユキたちがこの街に来る前から、北の山は力が失われていたという話でしたが……」
ユキが動揺したように言う。
「あの鹿の物の怪は、セイカさまが位相に封じたせいで、怯えて逃げていってしまったのでございますよね……? で、ではまさか、あの災害が起こった原因の三分の一は、セイカさまにあったのでございますかっ!?」
「いやそんなわけあるかっ!」
ぼくはあわてて言い訳する。
「そもそもあの鹿は、捕まえた時点で北の山からは離れた場所にいただろう! ダンジョンから力が失われたのも、ぼくが封じるよりもずっと前だ! きっと元々渡りの性質があるモンスターで、あの時はどこかへ移り住むつもりだったんだよ! いなくなったことにぼくは関係ない!」
「ならばなぜ、責任など感じておられるのですか」
「そ、それは……まあ、一度は捕まえたわけだからな。あの時逃がしてしまわずに、なんとか山に戻していれば、スタンピードの前に北のダンジョンを復活させることもできたかなー……と」
あの鹿のモンスターが北のボスだった可能性に気づいたのは、すべてが終わった後だった。
思い返すと、なんとも間の抜けた話だ。
「無論、ぼくだってなんでもできるわけじゃない。今さら悔やんでも仕方のないことだとはわかっているが……気づけていればできたことがあったかと思うと、どうしてもな」
「そうでございますか」
と言って、ユキはあっさりと頭を引っ込めた。
それから、きっぱりと言う。
「では、今はせいぜい、書物作りにお励みくださいませ」
「え……いや、なんでそうなるんだよ」
「セイカさまに今できることは、なんですか?」
「ええ……まさか、これだって言いたいのか?」
「自明にございましょう。あの時できたはずなのにと、次は後悔なさいませぬよう」
ユキが澄ました調子で言う。
「お好きだったではございませんか、こういうの」
「……確かに、な」
ぼくは苦笑して、ガラスのペンを再び手に取る。
「仕方ない。やるか」
窓から涼風が吹き込み、紙の端を揺らす。
秋が近づいていた。
六章終わりました!
次、七章です!





