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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
六章(自由都市ラカナ編)

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第十七話 最強の陰陽師、気が変わる


 翌朝。

 ラカナでは、蜂の巣を突いたような騒ぎが起こっていた。


 夜の内に迫っていたモンスターの第一波を、城壁に詰めていた衛兵が察知したらしい。

 市長に報告が行き、戦力の増強がなされ……日が昇り始める頃には、スタンピード発生の事実が街全体に広まっていた。


「……ひどい有様だな、これは」


 宿の屋根から、ぼくはラカナの街を見下ろす。


 まだ、城壁は突破されていない。

 大量のモンスターに包囲され、脱出こそ不可能になっているものの、堅牢な城壁はかろうじて大群を押しとどめており、防衛が叶っている。


 しかしそれにもかかわらず、街の中にはすでにモンスターが入り込んでいた。

 翼を持つ一部のモンスターが、城壁を飛び越えて侵入してきているのだ。


 市民は建物の中に避難し、今は冒険者たちが、街を襲うモンスターたちを退治して回っている。

 だがすでに少なくない被害が出ているようで、ラカナのそこかしこから悲鳴が上がっていた。


 まだギリギリで人間側が優勢であるが……もしも城壁外に迫っているモンスターの一部でも侵入を許してしまえば、それもあっけなく覆るだろう。


 明け方に見た街の外の光景は、絶望的なものだった。


 多種多様なモンスターが、無秩序な雲霞のごとくこの街に押し寄せてきている。あんなものは、まさしく災害だ。他のモンスターを踏みつけてまで城壁に取り付く様からは、人の住む地を貪ろうとする激烈な意思だけが感じられた。


 城壁の上からは、今も衛兵や冒険者の矢や魔法が、壁面を登る虫型モンスターを落としている。

 サイラス市長の指揮により、街の冒険者たちがいち早く防衛に参加したおかげで、今の均衡がある。ザムルグやロイドも、パーティーを率いてこの防衛に参加していることだろう。

 しかし、いつまで持つかはわからない。

 城壁の一部が破られたり……あるいは、地中を移動するモンスターが侵入口を作ってしまえば、それで終わりだ。

 奴らには城門を開ける知恵こそないだろうが、物量の桁が違う。


 援軍は期待できない。

 帝国の意思以前に、人間の軍がこの災害をどうにかできるとは思えない。


 ラカナは、ほどなくして滅びを迎えるだろう。


 と、ぼくは振り返る。


「ああ、三人とも。準備はできたか」


 アミュにイーファ、メイベルが、宿の屋根に上がってきていた。


 この場所を襲うモンスターはいない。

 空を飛ぶキラーバットやキメラを《薄雷》で墜とし、ガーゴイルを《発勁》で弾き飛ばしているうちに、ぼくに近づいてくるモンスターはいなくなってしまった。


 と、そこで、ぼくは首をかしげる。


「あれ、荷物は?」

「セイカ……これから、どうするつもりなの」


 不安そうにするアミュ。

 ぼくは安心させるように笑って言う。


「そりゃあもちろん、逃げるんだよ」

「逃げるって、そんなのどうやって……」

「どうとでもなる」

《召命――――(みずち)


 空間の歪みから、鱗を纏った青く長い体が、朝の空に現れる。

 初めて目にする龍の姿に、三人は目を丸くして固まっていた。


 できれば(あやかし)の姿は見せたくなかったが、仕方ない。

 もう、他のまともな方法で脱出できる時機は逸してしまった。


 龍の巨体を背景に、ぼくは彼女らへ笑いかける。


「これまで黙っていたけどぼく、実はモンスターを何体かテイムしていてね。こいつで飛んでいこう。なに、乗り心地はドラゴンと変わらないさ。イーファは覚えているだろう?」

「セ、セイカくん、でもこれ……ドラゴンじゃ……」

「似たようなものだよ。四人でも大丈夫、これだけ大きいんだからね。さあ、早く荷物を取ってきなさい。見つかって騒ぎになると面倒……でもないか、別に」


 見られたとしても、どうせ滅びゆく街の人間だ。

 口を封じる必要すらもない。


「ま、待ちなさいよっ」


 その時、アミュが硬い声で言う。


「逃げるって……あたしたちだけで?」

「ああ」

「じゃあ……この街のみんなは、どうなるのよ」


 ぼくは笑みを消し、首を横に振る。


「どうにもならないよ。欲望の街が、欲をかきすぎたために滅ぶんだ。これも運命だろう」

「そんな……」


 アミュが声を震わせて言う。


「あんた、こんなモンスターを持ってるのなら……スタンピードをなんとかすることだって……」

「できるかもしれないな」

「それならっ」

「この街は救えるだろう。で、仮にそうするとして、次はどうする?」

「え……?」

「君がどうしてもと言うのなら、多少の頼みは聞こう。それで、ぼくはどこまで救えばいい? この先スタンピードとは関係なく、モンスターに襲われる冒険者は? 暴漢に襲われる女は? 街の外で獣や野盗に襲われる商人は? 食糧不足に陥った余所の村はどうする? あるいは、人々どうしでの戦争は?」

「……」

「ぼくなら、どこへだって行ける。たいていのことはできる……だけど、すべては無理だ」


 ただ最強であるだけでは、全員を救うことなどできはしない。


「どこで線引きする? 誰を救い、誰を見捨てるんだ?」

「……」

「ぼくの意思に任せるというのなら、親しい者は助けよう。だが、赤の他人の世話までしてやるつもりはない」

「……」

「わかったか? ならば、これ以上聞き分けのないことを言うな。早く荷物を……」

「他人じゃないわよっ!」


 だが。

 アミュはそう、強い口調で言った。


「だって……ここには、ティオがいるじゃない。あの子は、どうなるのよ」


 その言葉に、ぼくはわずかに目を見開いて固まった。

 イーファとメイベルが、アミュに続く。


「アイリアさんや、ウォレスさんたちも……今、がんばってるんだよね……?」

「エイクに、ニドたちもいる」


 それは全員、ぼくも知った名だった。

 アミュが、ぼくから一歩遠ざかる。


「あたし、行かないわ。みんなが戦ってるのに……ここで自分だけ逃げたら、一生後悔する」

「……。君らも同じか?」


 イーファが、ためらいがちに言う。


「わ、わたしは……セイカくんが逃げるって言うなら、ついてくよ。でも……セイカくんは、本当にそれでいいの……?」

「何……」

「セイカ」


 メイベルが、ぼくを見据えて言う。


「セイカが、私を助けてくれたとき……別に私たち、親しくなかった」

「それは……君一人の時とは、状況が違う」

「セイカにとって、状況なんて関係ない。そうでしょ?」

「……」

「セイカは、本当は、どうしたいの?」


 二人ともそう言ったきり、動く気配はない。

 ぼくは内心苛立つ。

 ぼくがどうしたいか……? そんなこと、今はどうでもいい。

 この街に残っても、未来はない。たとえ勇者であっても、今の弱いアミュが、あのモンスターの群れをどうにかできるわけもない。

 こうなれば、無理矢理にでも連れて行くしか……、


「セイカさま」


 その時、耳元で、ユキのささやき声が聞こえた。


「再び無為な進言を奉ることをお許しください。ユキに……考えがございます」


 訊き返す間もなく、ユキが言う。


「この街の民を皆、セイカさまが手ずから、先に黄泉へと送られてはいかがでしょう」

「っ……?」


 困惑するぼくに構わず、ユキが続ける。


「セイカさまならば、その程度のことは造作もないはず。彼らも物の怪に生きたまま喰われるよりは、安楽な最期を迎えられることでしょう。それに救うべき人間がいなくなれば、この娘たちも諦めがつくというもの。一挙両得にございます」

「……」


 ユキの言うことは、まったく道理にかなっていた。

 しかし……、


「抵抗がおありですか?」

「……」

「ならば、彼らを見捨てるというこれよりも酷い選択肢もまた、セイカさまのお心に沿わぬはず。かの世界で、力のままに人を助けてきたセイカさまにとって……本来ならば到底、受け入れがたいものにございましょう」

「……」

「お心のままになさればいいと、ユキは思います。前世のように。なにより……占いにだって、そう出ていたではございませんか」


 だが……と言いかけた言葉は、ついに口から出てくることはなかった。

 永遠とも思える迷いの沈黙を経て、ぼくは……(みずち)を振り返り、扉のヒトガタを向ける。


 空間の歪みに、龍の巨体が吸い込まれていく。


 妖の威容が消えた、朝の空をしばし眺め……ぼくは半身を向けて、彼女らへと告げた。


「今回だけだぞ」

「ほ、ほんとっ!?」


 喜ぶ彼女らを、ぼくは憮然とした顔で眺める。

 何を言っているんだろう、ぼくは。

 こんなはずではなかったのに。


 アミュが、気づいたように言う。


「あっ、でも、さっきのドラゴンみたいなやつ、帰しちゃってよかったわけ? これから使うんじゃ……」

「いい。(みずち)は使わない。あいつは目立つからな……できるだけ、噂になりたくないんだ」


 もう手遅れな気もするが……さすがにまだ、ヤケクソになるには早い。


 ぼくは言う。


「あんなのに頼らずとも、なんとかしてみせるよ」

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