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第十一話 最強の陰陽師、学園に入りたがる


 ぼくの首功は、すぐに屋敷の全員の知るところとなった。


 その結果。

 夕食が豪華になりました。


「うわぁ……」


 すごい、子豚が丸々一頭あるよ。

 今日の今日でよくこんなの用意できたな。


「よかったね! これ、セイカくんのお祝いだよ」


 配膳を手伝っていたイーファから笑顔で耳打ちされる。

 そう言われるとこそばゆい。


 でもどうせなら昨日用意してほしかったな。

 いや誕生日なんて気にしてないけど。


「今日は、私の息子がすばらしい武勲をあげたようだ」


 食事が始まると、父がおもむろにそう切り出した。


「あれほどのエルダーニュートは私も初めて見た。おそらくは山奥で年経た個体だろう。あれを倒すのは、熟練の冒険者でも容易ではなかっただろうな」

「セイカは勇敢でしたよ、父上。離れのそばにいた侍女を助けるために向かっていったのです」


 おお、ルフトが褒めてくれたよ。この兄はまともではあるけどぼくに関わらないようにしてたふしがあったから、ちょっと感動だ。

 って、ちょっと待て、グライがすっごい睨んできてるんだが……。そんなに気にくわないのかよ、ぼくの手柄が。

 あと母親も目を合わせようとしない。まあこっちは仕方ないか。


「ありがとうございます。父上、兄上」

「今夜の食材は商会からの祝いの品だ。後日参事会からは感謝状が、冒険者ギルドからは討伐証明書と勲章が授与されることになっている」

「そうなんですか。大変な名誉です」

「それで、セイカ。お前はあのモンスターをどのように倒した? 父に聞かせてくれないか」

「はい。炎が苦手なようでしたので、火の魔法を使いました」

「……」


 あれ、なんだ?

 もしかして怪しまれてる?


「えっと、あとは無我夢中でしたので、あまり難しいことを考えたりは……」

「……その通り、エルダーニュートは水属性のモンスターだが、実際には火に弱い」


 少し間を置いて、父は何事もなかったようにそう返した。


「よく知っていたな」

「書物にて読んだことがありました。それと、父上が一度火の魔法で撃退したと聞いていましたから」

「……いい判断だ。それによく勉強している。だがセイカ、これで慢心はするな。次に同じモンスターと対峙して同じように倒せるとは限らない。戦う必要がない時は、まず逃げることを第一に考えなさい」

「はい父上。ぼくも運がよかったと思います」


 その通り。ぼくでも千回戦えば一回くらいは……いやあの程度の相手なら負けようがないか。


「しかし、立派な行いだったのは事実だ。私からも褒美を出さねばなるまい。セイカ、何か望む物はあるか?」

「それでしたら父上。お願いがあります」


 ぼくは本題に入る。


「ぼくには魔力がありません。しかしそれでも、ぼくは魔法を諦めきれずずっと一人で修練を重ねてきました。その甲斐あってか、今ではわずかばかりですが魔法を使うことができています」


 杖を取りだし、青白い炎をその先に点してみせる。


「魔法を使える。これまではその事実だけで満足していましたが、今回の体験を経て、ぼくの中に別の欲が生まれました。ぼくの魔法を、もっと誰かのために役立てたいという欲です」

「……」

「どのような形か、それはまだ決められていません。ですがぼくも、魔法学の大家、栄えあるランプローグ家の一子として、自分の能力で帝国に貢献したいのです。ですから、父上」


 ぼくは一拍おいて言う。


「ぼくを、帝立ロドネア魔法学園に入学させてください」


「なッ!?」


 驚くグライの声を無視し、ぼくは続ける。


「魔法学園は高名な魔術師を数多く輩出していると聞きました。ぼくもそこで自分の力を磨き、進む道を見極めたいのです。まだまだ未熟の身なので、初等部から。できれば来春から通いたいのですが」


 自分の中では渾身の演説だったが、父はしばらく黙ったままだった。

 静寂の食卓。


 だけど、ぼくは心配していなかった。

 あれだけの手柄を立てたんだ。多少思うところがあっても、この程度は認めざるを得ないはず。


「……わかった。いいだろう」

「ち、父上っ?」

「だが、伯爵家だからといって試験の免除などはないぞ。自力で合格する、それが条件だ」

「はい父上。ありがとうございます。早速明日から試験勉強に励みます」


 ついでに、ぼくは付け加える。


「それと、もう一つお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「学園ヘ通うにあたり、そこにいるイーファを従者として付けてほしいのです」

「え、わ、わたし!?」


 イーファが慌てているが、父は少し沈黙した後に、頷く。


「その程度なら構わない。領地から出す以上は、所有主をお前に移しておいた方がいいだろう。餞別だと思いなさい」

「ありがとうございます。加えて……イーファが学園に通うことも、許していただけないでしょうか」

「何?」


 父は、今度は眉を顰めた。


「それは無理だ」

「どうしてです?」

「その娘の父親にも母親にも、魔法の才はなかった。平民の血が一代で大きな魔力を宿すことはまれだ。学園に通う意味はない。諦めなさい」

「それなら問題ありません。イーファは、すでに魔法の力を現しています。今お見せしますよ」


 ぼくは席を立ち、食堂の大きな窓を開けた。

 それから、イーファへ歩み寄る。


「セ、セイカくん、わたし……」

「こっち」


 そして、戸惑うイーファを窓の前へ連れて行く。


「イーファ。もし君がぼくと一緒に来たいと思うなら――――窓の外へ、全力で人魂の炎を放つといい。そのときにはそうだな、炎豪鉾(フレイムノート)とでも唱えておけばいいよ」


 小声でささやき、杖を手渡した。


 イーファはしばらくぼくを見つめていたが――――やがて窓の外へ目を向ける。

 静かに、杖で空を指す。


 それは魔法の杖というより。

 部隊長の持つ指揮杖のようで――――。


「――――ふれいむのーと」


 ごおっ、と。

 橙色の炎の柱が、日の暮れ始めた空を刺した。

 それはどこまでも伸び、広がり、外の景色を赤々と照らす。


「はぁっ!?」

炎豪鉾(フレイムノート)って、火の中位魔法だけど……でも、なんて威力だ……」


 グライとルフトが席を立ち、愕然としている。


 懐かしい炎だ。

 化け狐の炎術は山を焼くほどだが、今のは四尾クラスはあっただろう。

 上達が早い。やはりイーファには、霊の類を使役する才能があるな。


「いかがです、父上? イーファは火の魔法にて侍女をエルダーニュートから守りました。彼女は幸運にも魔法の才に恵まれて生まれたのです。ぼくは、この才を埋もれさせるのは惜しく思います」


 父は驚いたようにしばらく沈黙していたが、やがてふっと目を伏せて言う。


「……いいだろう、好きにしなさい。ただし、試験に合格したらという条件は変わらない。いいな?」

「もちろんです。感謝します、父上」


 ぼくはイーファに向き直る。


「ごめん、勝手に進めちゃって。イーファは前、領地を出ていろんなところに行ってみたいって言ってたから……よかったら、ついてきてくれないかな」

「う、うん。セイカくん、わたしっ……」

「まだだよ。試験に合格しないといけないからね。これから春まで勉強漬けだから」

「うん、がんばるよ! あ……従者になるなら、言葉遣いもちゃんとしなきゃ、ですね。セ、セイカ様」

「いいよ、これまで通りで」

「でも……」

「なんか変な感じだし、春からは同級生になるんだからね」


 あとユキと被るからやめてほしい。


「そ、そう? わかっ……」

「――――納得できませんッ!!」


 突然、グライがテーブルを叩き、食堂に大声を響き渡らせた。


「父上、何を考えているのですかっ!? あの帝立魔法学園に魔力なしの落ちこぼればかりか、ど、奴隷まで入学させるだなんてっ!」


 イーファが怯えたように縮こまる。


「それに父上! ランプローグ家では代々、兄弟に同じ道を歩ませることはなかったはず! 魔法学園には来春、おれが編入するんだ! 伝統を破ってまでこいつを入学させる価値なんてない! 軍にでもやっておけばいいんだっ! そうでしょう、父上!」

「……その通りだ、グライ」


 ブレーズは静かに答える。


「ランプローグ家では、その魔法の才で広く帝国に貢献するため、兄弟に同じ道を歩ませることはない。そしてその伝統を、私の代で破るつもりはない」

「でしたら!」

「だからグライ――――お前が帝国軍に入りなさい」

「は……?」


 グライは目を見開き、今度こそ絶句した。

 何を言われたかわかっているかも怪しい。


「お前は体力も剣の才もある。きっと向いているだろう。従兄弟叔父のペトルスを覚えているな? 今は指揮官として東方の国境沿いに駐屯しているはずだ。入軍後にはそちらで面倒を見てもらえるよう連絡しておこう」

「な……なぜですか」


 グライはあえぐように言葉を吐き出す。


「なぜおれがっ! お、おれは次男だし、こいつと違って魔力もある! なのにっ……」

「では訊くが、グライ。お前はこの数年間何をしていた?」


 再び言葉を失うグライ。

 うん、それ言われたらそうなるよね。


「本来ならば学園の初等部で学んでいたはずの期間、新たな発見をしたか? 何かを試みたか? 自らの力を高めようと努力をしたのか? グライ、私は剣にかまけ、街で品のない連中と遊び回るお前の姿しか見たことはなかったがな」

「っ……」

「研究者に一番必要な資質がわかるか? 意欲だ。お前からはそれが感じられない」

「で、でも……」

「一方、セイカは努力し、結果を見せた。それがすべてだ」


 ド正論を聞かされたグライが、目を剥いて押し黙った。

 顔色はもはや紫っぽくなっている。


「……決闘だ」

「ん?」


 グライが、急にぼくを指さして叫ぶ。


「セイカッ!! おれはお前に決闘を申し込む! 賭けるものは学園ヘの進路だ!!」

「グライ、やめろって……」


 ルフトが止めるも、グライは聞きもしない。


「お前が負けたら今すぐ家から出て行けッ! わかったな!!」

「えーっと……」


 いや、学費を出すのは親父殿なんだが?

 そう思って父に目をやると、ブレーズは苦しげな顔で口を開く。


「セイカ、お前はそれでいいか?」

「ブレーズっ!」


 ずっと黙っていた母が、急に声を上げた。

 思わずそちらを見やると、さっと目を逸らされる。

 ん……? なんだ?

 ぼくは困惑しながらも父に答える。


「ぼくは構いませんが」

「グライ、お前もそれで納得するんだな」

「ええ、父上。おれの方が魔法の実力が上だってことを証明して見せます。その暁には、研究者への道を認めてください」

「……いいだろう」

「グライ! 馬鹿なことはやめなさい。兄弟で決闘だなんてっ……」

「お前は黙っていなさい」

「ですがっ!」

「そうです母上! これはおれとセイカの問題なんだ。おれにだって譲れないものがあります」

「では決まりだ」


 父が席を立つ。


「日時は明日の正午。ルールは帝国の正式な作法に準ずるが、真剣の使用と中位以上の攻撃魔法は禁止だ。立ち会いは私がしよう。今日は先に休む」


 そう言って、父が食堂を出て行く。


 いつの間にか、窓の外は夕暮れ時となっていた。

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