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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
六章(自由都市ラカナ編)

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第十二話 最強の陰陽師、占う


 街も寝静まった夜。

 逗留先の宿屋の屋根で、ぼくは一人立って作業していた。


 周囲に浮かぶのは、数十枚のヒトガタ。

 その中から数枚を選び取り、それを何回か繰り返した後に、眉をひそめて唸る。


「何をされているのです? セイカさま」

「ああ、(えき)だよ」


 答えると、ユキが意外そうに言う。


「占術でございましたか。それにしても、セイカさまが易占とはお珍しい……筮竹(ぜいちく)は使われないので?」

「そんなものどこにあるんだよ」

「おっしゃるとおりで」


 この世界に(めどぎ)や竹が生えているかどうかもわからない。

 共通している動植物は多いからあってもおかしくはないが、少なくとも遠い場所になるだろう。


「道具なんて本質じゃない。使えればなんでもいいのさ」

「ふふ。前世でもそう言って、貴族の覚えがよかった老占術師の面子を潰しておりましたね」

「よく覚えてるな。あんなもの、真理も知らぬ若輩が、勝手に無知を晒して墓穴を掘っただけだ」


 とはいえ。今思えば、あまり誉められた言動ではなかったかもしれない。

 怪しげな呪物を知人に売りつけようとしていたから、軽く言い負かしてやったのだが……恨みを買わずに済む方法だってあっただろう。


 ぼくのささいな後悔なぞ知る由もなく、ユキが暢気な調子で言う。


「それにしても、どうしてまた易占など? なにか心配事でもございましたか?」

「ああ、ちょっとな」


 ぼくは、少し迷ってから訊ねる。


「お前……気づいてるか?」

「? なににでございましょう?」

「この辺りにある力の流れだよ」


 ぼくは言う。


「この下、龍脈が走ってるぞ」


 龍脈とは、土地を通る力の流れのことだ。

 これがあると、その地は栄える。作物は豊かに実り、活力のある人間が多く集まって、その周囲にも良い影響を与えていく。

 もちろん、龍脈の恩恵を受けるのは人ばかりでなく、化生の類も同じだ。

 だから人里離れた龍脈の走る秘境には、たいてい強大な(あやかし)が棲んでいたものだった。


 ユキが唸るように言う。


「う、うーん……龍脈、でございますか? なにやら力の気配は感じますが……これがそうなのでしょうか? 日本にあったものとは、いくらか趣が異なるように思えるのですが……」

「そうだな。前世にあったものとは、力の様子がだいぶ違う。だが龍脈であることに間違いはないだろう」


 こちらの人間が持つ力が、気や呪力とは違う、魔力というものであるのも、土地に流れる力の違いが原因なのかもしれない。


「アスティリアの地にも力が満ちていたが、ここはあそこ以上だ。街が発展するわけだよ」

「あの地以上の、でございますか……それではひょっとして、あのドラゴンよりも強大な物の怪が、この地に棲んでいるのでしょうか?」

「いや……おそらくだが、それはないな」


 ぼくは説明する。


「ドラゴンより強力なモンスターというのは、どうやらこの世界には存在しないようなんだ。加えてここには、アスティリアとは比べものにならないほど大量のモンスターがいる。何せでかいダンジョンが三つもあるんだからな。頭数が増えれば、個々が受ける恩恵も減るというものさ」

「ははぁ。言われてみればそうでございますね」


 ユキが納得したように言った。

 それから、やや調子に乗ったような口調で呟く。


「しかしながら、この地の人間はもったいないことをするものですねぇ」

「?」

「どうせならば、龍穴の真上に街を作ればよかったものを。その方がさらに発展できたでしょうに」


 龍穴とは、龍脈を流れる力が地上に湧き出す場所のことだ。

 龍脈の地の中でも、特に恩恵を受けられる場所なので、確かにもっともではあるのだが……。


 ぼくは、やや呆れながらユキに言う。


「それって、ダンジョンになってる山に住めって意味か? あのなぁ……モンスターがうじゃうじゃいて、開墾できる場所もなく、行商人も来にくいとこに住んでどうするんだよ」

「その程度、力が得られるのなら些事ではないですか」

「妖と一緒にするなよ。人間はいろいろ大変なんだ」


 それから、ぼくは付け加える。


「あとな、この地に龍穴はないぞ」

「……はい?」


 ユキがぽかんとして言う。


「物の怪が大量に住まうという三つの山は、龍穴ではなかったのですか……? では、力の向かう先はどこに……」

「なんと言えばいいかな……」


 ぼくは少し考えて続ける。


「この世界にはダンジョンというものがある。強力なモンスターや、術士や、呪物が核となって存在し、モンスターや宝物を生む異界だ」

「はい」

「この異界は、無論対価もなしに存在できるわけじゃない。ただそこにあるだけでも、少しずつ核の持つ力を削いでいく。ダンジョンは自然と消滅することがあるそうだが、それは核が力を使い切ったせいだろう」


 何かを生み出すには、必ず対価が必要になる。

 それはあらゆる物事で変わらない、真理の一つだ。

 もっとも(まじな)いに関しては、だいたい収支が合わないものだが。


「で、どのくらいの核で、どのくらいのダンジョンを維持できるかだが……ロドネアの地下にあったあのダンジョンを思い出してみろ。ボスモンスターの虹ナーガはなかなか強そうではあったが、それでも出現するモンスターは雑魚ばかりで、大した宝物もなかっただろう? それだけ要求される力は大きいんだ」


 学園の書物でダンジョンに関する記録を読んだ限りでも、この認識で間違いはなさそうだった。


「そう考えると、ラカナにあるダンジョンは規模がおかしい。こんなもの、核が上位龍クラスのモンスターか、神器級の呪物でもなければ成立し得ない」

「でも……現実に存在しておりますよね? これはどういうことなのでしょう?」

「おそらくだが……ボスモンスターが、龍穴の代わりになっているんだ」


 ぼくは説明する。


「前世では零落した土地神が、棲み着いた場所の力を吸い取って家や村を衰えさせる例があっただろう? それと同じように……龍脈の力を効率よく取り込めるモンスターが、この世界にもいるんじゃないだろうか」

「ふむ」

「かつてそういうモンスターがこの地で力を得て、やがては核となってそれぞれの山でダンジョンを形成した。この広大なダンジョンを維持しているのは、核であるボスモンスターそのものというよりも、そいつが龍脈から吸い上げる無尽蔵の力……なんじゃないかな。たぶん」

「なんとも曖昧な言いようでございますねぇ」


 ユキが呟く。


「しかしながらあの細長い人間は、ダンジョンの核はモンスターではないと言っておりませんでしたか? 過去に数度、倒されたことがあると」

「ああ。だからダンジョンは、そのたびに消滅していたんじゃないかと思う」


 ぼくは言う。


「今もダンジョンが残っているのは、近い能力を持つ別のモンスターが新たな核となり、ダンジョンを形成し直したからだろう。空白地帯となれば他の山からモンスターが流入するだろうし、条件が満たされれば、当然同じ現象が起こってもおかしくない……まあ、たぶんだけどな」

「たぶん、でございますか。やはりなんとも曖昧な言いようでございますねぇ」

「あくまでただの予想だ。だけど、少なくとも龍穴がないことは確かだからな。これが一番妥当な予想だよ」

「まあ、セイカさまがおっしゃるのならばそうなのでしょうね。しかしそれならば……やはりそれぞれの山に君臨する物の怪は、上位龍に近い力を持っていることになるのでしょうか?」

「さっきも言ったが、おそらくそれはない。龍脈の力を得る能力と、単純な強さはまた別なんだろう……そうでなければ、人に倒されることなどまずありえないからな」

「たしかに……上位龍を破るほどの者が、この世界にいるとも思えませんしね」


 それから、ユキは呆れたように言う。


「それにしても、ずいぶんと都合のいい土地でございますね。無尽蔵に富を生む物の怪が棲まいながらも、それが大した脅威ではないというのですから……。あの程度の人間どもが粋がっていられるのも、こんな恵まれた地に住んでいるからなのでしょうね」

「うーん、いやそれは、そうかもしれないが……むしろボスは、上位龍くらい強かった方が、かえってよかったくらいかもしれないな……」


 口ごもりながら言うぼくへ、ユキが不思議そうに訊ねる。


「なにゆえ? かの世界のように、気まぐれに大嵐でも起こされたらたまったものではないでしょう」

「それはそうなんだが……弱いのもまずいんだ」


 ぼくは説明する。


「もしも龍穴代わりになっているボスモンスターが倒されてしまったら、当然龍脈の流れは滞る。そうなればどうなってしまうかというと……」

「というと?」

「わからない」

「はい?」

「わからないんだよ。前世でも龍穴を塞いだ例なんて聞いたことがなかった。どうなるかなんてわかりようがない」

「ええ……」


 ユキが困惑したような声を出すが、ぼくにだって知らないことはある。


「まあ少なくとも一体くらいだったら、他の二カ所もあるから問題ないだろう。そのうち別のモンスターが新しくボスになれば、元に戻る。だけど……仮に三体とも倒されてしまったら、どうなるかは本気でわからないな。とんでもない大災害が起こっても不思議じゃない」

「ははぁ……なるほど。それで、占いでございましたか」


 得心したように言ってから、ユキはやや渋い声音で続ける。


「しかしながら、やや心配のしすぎでは? 三体もいるのですから、実際に一体倒されてからでも……」

「今、ボスはもう二体しかいないぞ」

「えっ」

「北のボスは、すでに消えている」


 ぼくは言う。


「北の山には今、モンスターが出現しなくなっているという話だっただろう? そしてその代わりに、東と南の山のダンジョンには難易度に変化があると……もう兆しは見え始めているんだ。現に、力の流れに偏りがある」

「そ、それは……どういうことでございましょう? この地の人間が、倒してしまったのでしょうか?」

「さあな。そうかもしれないし、あるいはドラゴンのように、渡りの性質があってどこかへ移動してしまったのかもしれない。まあそこは重要じゃない。問題はロイドが、この状況で東のボスを倒す計画を立てていることだ。ことが成ってしまえば、残りは一体。楽観できる状況じゃなくなる」


 場合によっては、この地を離れる必要が出てくるかもしれない。

 ただそうするにしても、次の向かう地のあてはない。フィオナの協力だって、得られるかどうかわからない。

 となれば、この地に残り、最悪の事態をなんとか収めるという選択肢も一応ありうるが……問題は、その最悪の事態でどんなことが起こるかだ。


「……地揺れや噴火なんかが考えられるが、ここらにあるのは火山ではないようだしな……となるとやはり、アミュの言っていたスタンピードだろうか」


 モンスタースタンピード。

 大量のモンスターが、街や村を襲う現象。

 ここラカナで起こるとすれば、やはりそれが一番自然な気がした。


「あのう……」


 ユキがためらいがちに言う。


「言うまでもないことですが……災害程度、セイカさまならばいかようにもできるのでは? 前世では大水や嵐を収めていたではないですか」

「無論可能だろうが、ぼくの力を衆目に晒すことになってしまう」

「……」

「……今さら何を言っているんだと言いたいんだろうがな」


 何か言いたげに押し黙るユキへ、ぼくは溜息をつきながら言う。


「親しい者のためならばともかく、この街に住む見ず知らずの他人なんかを救うために、ぼくは力を使う気はないぞ。帝城でのことは、幸いにもフィオナが隠蔽してくれているんだ。この幸運を無為にはしたくない」


 あんなことをしでかしたにもかかわらず、そればかりは本当に助かった。彼女には感謝しなければならないだろう。

 これ以上、為政者に目を付けられるような真似は避けたい。


 スタンピードとなれば、地揺れや噴火のように密かに収めるのも難しい。

 やはり、いざとなれば逃げるしかないだろう。


「……ユキは」


 ユキが、恐る恐る言う。


「ユキは、セイカさまが……前世のように過ごされるのも、よろしいかと思っているのですが……」

「前世のように、って?」

「見ず知らずの他人を力のままに助け、常命の友人や弟子たちに囲まれながら、穏やかな日々を送られるのも……ということです」

「……何を、言っているんだ」


 思わず硬い口調になる。


「それで失敗したから、ぼくは今こんな世界にいるんじゃないか」

「それは……」


 ユキは口ごもり、しばし逡巡した後、絞り出すように言った。


「そうで……ございましたね」

「……」


 ぼくは無言で手を伸ばすと、頭の上の妖を撫でた。

 もしかしたら、ユキは転生してからのぼくの状況に、もどかしさを感じているのかもしれない。


 だが、こればかりはどうしようもなかった。

 世界は暴力だけで成り立つほど単純ではなく、暴力を放っておかれるほど、甘くもないのだ。

 狡猾な為政者を敵に回さないためには、やはりそれなりに用心しなければならない。


「……話が逸れたが、ま、要はそういうことだ。これからどうなるか、どうするべきかがちょっと判断つかなかったから、占いになど頼っていたわけだよ」

「はい……して、セイカさま。結果はどのようなものだったのですか?」

「結果か。そうだな……」


 ぼくは浮かぶヒトガタを眺めながら、渋い顔で呟く。


 何度か占的を変えて試みたが、どうも問いに対して要領の得ない()ばかりが出てしまう。之卦や互卦を見ても、それはあまり変わらなかった。

 それでも無理矢理解釈するならば……、


「なんか、やりたいようにやればうまくいく……らしい」

「良い卦ではないですか」

「自分の気持ちに嘘をつくな、とも読めるな。あと、仲間が導いてくれる、とも」

「な、なにやらずいぶんと、清々しい卦が出たようですが……しかしながら、今回の問題ってそういう話でございましたか? セイカさまはいったい、どんな問いかけをなされたのです?」

「普通に今後の方針を問うただけだよ。なんでこんな精神論が返ってくるのか、ぼくが知りたいくらいだ……まあでも、占術なんてこんなものさ」


 未来視のようにはいかない。

 ぼくだって、決して万能ではない。

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