第十話 最強の陰陽師、素材を売る
「あんたたちはね、一人一人できることが多すぎるのよ」
マーダーバットが一瞬で討伐された小部屋にて。
ぼくらはそろってアミュに、説教されていた。
もちろん、周囲にモンスターの気配がないことは確認済みだが……問題はそこじゃない。
「まずメイベル! あんた投剣は控えなさい」
「む……なんで。それじゃ、暗殺者っぽくない」
「斧使いは重戦士だって言ってるでしょーが! なんでそこにこだわるのよ……。いい? あんたは前衛なんだから、離れた敵は無理に狙わないの。投剣投げなきゃ倒せないような敵は、後衛に任せるのよ」
「でも、アミュもたまに、魔法使ってる」
「あたしだって前衛が処理する分しか狙ってないわ。それに投剣の場合、お金がかかるじゃない。あんたの重力魔法付きの馬鹿力で投げたら、刃だって傷むし、場所によっては回収できないこともある。投剣以上の素材を回収できないと赤字なのよ? もっとコスト意識を持ちなさい」
「なんかいきなり、商人みたいなこと言い出した」
「同じようなものよ。仕入れ値がかからない代わりに、武器や防具にお金がかかるってだけ」
「……」
「絶対に投げるなとは言わないわ。でも、任せられる敵なら任せなさい。わかった?」
「……わかった」
メイベルが素直にうなずく。
ぼくもちょっと感心してしまった。案外考えてるもんだな。
「次! イーファとセイカだけど」
今度はぼくらを見て、アミュは言う。
「あんたたちは、片方攻撃禁止ね」
「え、ええ~? 大丈夫なの、それ……」
不安そうに言うイーファに、アミュが答える。
「さっきも言ったけど、火力過剰なのよ。ボス相手でもない限りはどっちか一人で十分。素材も傷むし」
「そっかぁ」
「それで、片方は回復役に徹しなさい。回復職が専任でいるパーティーの方が、事故は起きにくいって言われてるわ」
「それなら、イーファが回復役に回ってくれ。ぼくが攻撃を受け持とう」
やはり自分が戦闘に参加できる方が何かと安心……と思っての提案だったが。
アミュは目を細めてぼくを見た後、少し置いて言った。
「うーん……ダメ」
「えっ」
「イーファが攻撃役ね。で、セイカが回復職」
「いやいやいやなんでだよ」
さっきまでどっちでもいいみたいな雰囲気だったのに。
「理由は三つあるわ。まず、あんたの魔法にはお金がかかること」
「呪符のことを言ってるのか? 投剣に比べたら紙の一枚程度大した値段じゃないぞ」
「ロドネアに比べたら、ここの紙は高いわよ? 近くに製紙所もないし。代わりに金属資源は取り放題だから、投剣の方が安いくらいかもしれないわね」
「……」
「これからのことを考えると、消耗品はなるべく温存した方がいいわ。それから、二つ目の理由だけど……あんたが攻撃役やると、肝心な場面で、あたしたちの仕事がなくならない? 危なくなったら、あんたなりふり構わず本気出すでしょ」
「……そうかもしれないが……それの何が悪いんだ?」
「結局、あんたに頼り切りで冒険者生活を送ることになるじゃない」
「ぼくは、別にそれでも構わないが……」
「あたしたちが気にするのよ。面倒を見てもらうだけの立場じゃ、やっぱり居心地が悪いわ。それに、もし何かあってあんたがいなくなったら……頼り切ってたあたしたちはどうなるのよ?」
「……」
「あんたがなんでもできるのはわかるわ。もしかしたら、この辺のダンジョンなんて、あんた一人で全部攻略できちゃうのかもね。だけど……そこまで強くなくても、冒険者はみんな、これまでうまくやってきたのよ」
「……」
「だからあんたも、あたしたちに何か任せなさい。それと、最後の理由だけど」
アミュが少し笑って言う。
「あんたが回復職として後ろにいてもらえた方が、やっぱり安心できるわ」
ぼくが言葉に迷っていると、イーファが意気込んで言う。
「セイカくん。わたし、がんばるよ」
「……わかった」
ぼくは静かにうなずいた。
それから、小さく笑って言う。
「じゃあ、弟子たちに経験を積ませるつもりで、見守らせてもらおうか」
「なによその、偉そうなの」
「セイカ、年寄りみたい」
「どういう立場なのそれ~」
ぼくは苦笑する。
****
その後も、ダンジョン探索は特に問題なく進んだ。
元々初心者向けのダンジョンだから問題なんて起こる理由がないのだが、アミュの指導の甲斐あってか、最初の頃にあった浮ついた様子も消え、皆落ち着いてモンスターに立ち向かえている。
ぼくの仕事は、ほとんどなくなってしまった。
軽い怪我は即席で作った呪符がすべて肩代わりするので、回復職としてやることはなく、せいぜいが灯りのヒトガタで視界を確保し、回収した素材を位相に仕舞う程度だ。
でも、これでいいかと思う。
彼女らが、自分たちでがんばりたいと言っているのだ。若者の成長を見守るのも年長者の役目だろう。
もちろん、危なくなったらすぐ手を出すつもりだけど。
やがて十分に素材が集まった頃合いで、ぼくたちは引き返すことにした。
日はまだ高いだろうが、ギルドへ売りに行く時間も必要だ。初めてならこんなところだろう。
というわけで。
ぼくたちは無事ラカナへと帰還し、その足で冒険者ギルドに向かった。
「素材の買い取りをお願いしたいのですが」
ギルドの窓口でそう言うと、受付にいた妙齢の女性が微笑む。
「お帰りなさい。では、そこの台へ素材を置いてください」
ぼくは位相への扉を開き、回収した素材をドサドサと受付脇の台へと広げていく。
魔石や、スケルトンの持っていた剣など。大したものはないが、それなりの量の素材が台の上へ積み上がった。
受付嬢が目を丸くする。
「あら。運搬職の方でしたか。買い取りの素材はそれですべてですか?」
「はい……あ、いや、待ってください」
ぼくは扉を閉じてヒトガタの不可視化を戻すと、別のヒトガタを取り出す。
アミュがそれをいぶかしそうに見る。
「なに? 他にもあるわけ?」
「そうなんだ」
そう、もう一つ売る物があった。
ラカナへ訪れる前に捕まえた、鹿型モンスターの死骸だ。
すっかり忘れていた。何せいろいろあったから……。でも、あれはきっと高く売れるに違いない。
軽く真言を唱え、位相への扉を開く。
そして、ゴトッという重い音と共に、死骸がギルドの床に落ちた。
「なっ……!?」
「きゃっ」
「うおっ!?」
床へ鎮座するその物体に、受付嬢や、周りにいた冒険者たちが驚きの声を上げる。
ぼくはというと……、
「……へ? なんだこれ?」
同じく目を丸くしていた。
それもそのはず。
モンスターの死骸は、巨大な虹色の鉱物へと変わっていたからだ。
かろうじて鹿に近いシルエットをしているものの、どう見ても死骸ではなく、直方体の結晶が塊になったただの鉱物となっている。
そういえば、角代わりに頭に生えていた魔石がこんな色をしていた気もする。
しかし……これはどういうことなんだろう?
あのモンスターは、死ぬとこうなるのか?
正直さっぱりわからない。
冒険者やギルドの職員なら知っている者もいるんじゃないかと、視線を巡らせるが……、
「これ、魔石か……?」
「おいこの色、上位魔石なんじゃないか!?」
「まさか、これ全部が!?」
……どうも期待はできなさそうだった。
受付嬢が、目を白黒させながらぼくに言う。
「しょ、少々お待ちを……」
奥に引っ込んでしばらくすると、金槌と鑿を持った職員を連れて戻ってきた。
そして、申し訳なさそうにぼくへと説明する。
「鑑定に少し、お時間をいただくことになります。それと、魔石であるようですが……かなりの金額になると思われますので、代金をお渡しできるのは、おそらく後日になってしまうかと……」
「はぁ。それは構いませんが……」
むしろ、なんでこんなことが起こったのかの方が気になる。
誰か詳しい人はいないのかな。
カンカン、という音が響く。ちょうどギルドの職員が、虹色の巨大な鉱物を鑿と金槌で割っているところだった。さすがに、丸のままじゃ鑑定できないのだろう。
そして、鉱物の表面にひびが入った時――――急に、猛烈な力の流れを感じた。
ぼくはあわてて声をかける。
「あのっ、それもうやめた方が!」
「え?」
ギルドの職員が、呆けた表情で振り返った、その時。
鉱物のひびが広がり――――すべてが砕け散った。
そして、中から現れたのは……、
「うわあっ!?」
「モ、モンスター!?」
角代わりにあった魔石こそ消えているが、間違いない。
あの時位相に封じたはずの、鹿型のモンスターだ。
四つ脚で立つ魔石の鹿が、頭を震わせる。
どう見ても生きていた。
この世界のモンスターは、位相に耐えられないはずなのに。
「っ!」
ぼくが式を向けるよりも速く――――鹿の蹄が、ギルドの床を蹴った。
床板を蹴破りつつ、さらに入り口の扉をも破壊して、外へと飛び出していく。
「待っ……いや速っ!?」
後を追うようにして外に出ると、魔石の鹿は、すでに遠くの空で小さな点になっていた。
地面に穿たれた蹄の跡を見るに、すさまじい跳躍力で、一足にあそこまですっ飛んでいったらしい。
鹿のモンスターは高い建物の屋根でもう一度大きく跳躍すると、そのまま城壁の向こうへ消えていった。
呆然と立ち尽くすぼく。頭の上から、ユキが小さく顔を出して呟く。
「ま、まさか生きていたとは……なんともはや、すさまじい物の怪でしたね、セイカさま……」
「あ、ああ……この世界も広いな」
頭の上のユキに答える。
そしてぼくは……恐る恐る、後ろを振り返った。
目に入ったのは、扉が完全に破壊されたギルドの出入り口。
「……」
ぼくはゆっくりと、静かに中へ戻る。
ギルド内は、静まり返っていた。
冒険者も職員も、皆唖然としていて言葉もない。アミュたちも同じであるようだった。
鹿に蹴破られた床板を見て、ぼくは青くなる。
まずいでしょ、これ……。
その時、床に残された魔石の殻が目に入った。
中身が鹿だったせいで量はだいぶ減ってしまったが、まだかなり残っている。
「あのう……」
ぼくは愛想笑いを浮かべ、鹿の抜け殻を指さして言った。
「そこにある魔石で、弁償代に足りますかね……?」





