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2026/02/27(金)『妄想「零れ閉づる夢」』更新記録⑫「一一章」を掲載。 散文:ゆうこく連合に要らない「門番」とは──。(600字+散文:8500字)

 

 

 ※作品の文体とは一部異なります。

 

 初めまして、あるいは改めまして、オトオリと申します。

 今回もまた突然のようですが、自分が健康だと思っていてもそうではない、と、いう実態があったりします。以前から私にはそのようなことがよくあるのですが、自覚がなく、家族に言われてようやく気づくのです。四毒(小麦粉・植物油・乳製品・甘いもの)についても、その概念とは別ではあったものの、高い健康意識を持つ家族のほうが先に知っていました。じつをいえば、その家族の、いい意味での裏工作のお蔭で私はすんなり四毒概念を受け入れられました。差入れを避けるのは難しく、これを避けられないからといってストレスになると却って体調不良に陥りそうなので、自分からは小麦粉・植物油の二毒は抜いています。残念ながら「ゴマ」は食べていますが、ボトルに入ったタイプの植物油をここ半年近く使ったことがございませんし、小麦粉は米粉に置き換えたため使う必要がございません。二毒を意識する前に感じていた漠然とした不調は摂らなければ感じなくなりました。残りの二毒、つまり乳製品と甘いものについては、全く気を遣っていませんが、摂りすぎなければ特に問題を感じないほどには抜けています。コーヒ党かつカフェオレ党、さらに、生まれて間もなく甘いものに慣れ親しんでいたせいか、生活に溶け込みすぎているという問題を拭えません。四毒抜きの実践者の中でこれは甘さであり例外作りであると言われるのでしょうけれども、これもまたじつをいえば、岐阜県出身で愛知県在住の私はしかし甘いもの文化で有名な九州は長崎県の血筋で、(これも言われるまで気づきませんでしたが)同じ日本人でも糖代謝に優れている可能性がございます。それというのも、長崎にはかの出島があり中国、オランダなどの外国と、南部では当時の琉球と貿易を行っていました。中国の食文化から甘辛いものが、オランダから甘いお菓子などが訪れました。二国の食文化と和食文化が融合して卓袱料理が誕生したことは広く知られていることでしょう。他方、琉球からは黒糖が流通しました。そうして、江戸後期(18世紀中頃)には精製糖も黒糖も庶民の手に広く渡っていたというので、ざっくり数えて祖父母世代の遺伝子に刻まれるくらいには甘いもの文化が浸透していたのではないでしょうか。実際、私の親(長崎県出身)や私が糖代謝の優位性を有しています。一方で血を分けた家族(私と同じく岐阜県出身)は「甘いものが苦手」という真逆の性質を持っているため、このところよく聞く「遺伝子のON•OFF」というものを家族内で感じます。

 遺伝子のON・OFFというのがなんなのか、詳しく調べたことがないので存じませんが、人体を構成するおよそ60兆個ある細胞の全てにほぼ同じ配列のDNAがあり、いずれもDNAが何かに対して有効性を発現しているか否か、「機能するか・機能しないか」に分れているということのようです。私や親は多くの細胞で糖代謝に優れたDNAになっているということなのでしょう。これは要するに「糖代謝がON」ということが言えるでしょう。DNAを検査していないので確たることを言えませんが、家族全員のDNAを比べたら面白そうです。ちなみに、前段落の「遺伝子に刻まれる」という表現は「糖という毒を代謝するためのDNAがONになった」ということの直感的な表現です。実態はDNAを調べないと判断のしようもございません。

 甘いもの文化の血筋である親については、親の親の代まで畜産農家(酪農家)でもあったというので、恐らくは乳製品を摂ることも多かったでしょう。実際、親は乳製品が大好きで、私も幼い頃から常飲・常食し、大人になってからも量こそ減りましたが愛飲・愛食しています。糖分と同じように多量に摂らない限りは問題ないのでしょうけれども、毒ゆえに蓄積されるなら摂らないのがやはりベストなのかも知れません。一度四毒を全て抜いて二毒抜きに落ちついた私の感覚としては、200mℓ程度の牛乳、黒糖大匙2(大盛り)の糖分までは変調がございません。これらはまさに遺伝子のON・OFFに関わり、個人差があることでしょうから、飽くまで個人の感想です。過日書いた四毒抜きの問題点についても、基礎疾患や服薬の有無などの要因が複雑に影響し合っており、これは日頃の食生活との相関関係もあるでしょう。そして、これも個人的な感想ではございますが、乳製品は乳製品でも「調整乳」や「一部ヨーグルト」など加工具合が強いものは人工糖を始めとする遺伝子組換食品由来の添加物が多いからか、単なる乳製品を摂るより少ない量で調子が悪くなる感を覚えます。無論、偽薬(プラシーボ)効果かも知れません。(ちなみにコロナ騒動でよく聞くようになったプラセボはプラシーボの表記揺れで同義語だそうです。外国語は難しいですね……。)

 何にせよ、「摂ったら調子が悪くなったかも……」と感じたら、その食品(や「薬」や「ワクチン」)について気を配って、体調に影響しているか自分で観察してみるのがよいでしょう。

 医療利権に促されるまま「風邪でも病院へ行く」という風潮が一部にあるようですが、日本の来院率は医療先進国としては異常な値、要するに「病院に行きすぎ」だそうです。詳しい数字は存じませんが、子時代にはそれを片親に感じていましたので、私としては重篤患者の医療の妨げにならないよう、病院に頼らない生活をしたいと考えています。また、それとは別に、「何かを体内に入れることで予防する」という考え方は人工物に頼りすぎる指向性を無自覚に刷り込んでしまうと感じて避けています。

 

 さて、なんの話でしたか──、執筆時である本日2025/12/16(火)の、原口一博氏の二本目の配信にて、「核と人類は共存しない」との主張がござました。これは同氏が幾度となく発してきた主張で、私はそれに同意です。

 同等の知識量で判断しているとはとても言えませんが、以前も書いたように、核燃料採取現場の非人道性や有害性、将来性のなさを知ったので、私はその観点で原子力発電に反対であり、今すぐは無理でもいずれは全停止・廃絶すべきと考えています。原口氏の言説にある「共存しない」という考え方がまさに通るのです。

 また、同氏が言うように、核兵器が奪われる危険性があること、核兵器のボタンが敵対的な者に渡らない保証がないこと、そういった万一の危険性を考慮しても核は好ましいものとは考えられません。また、いくつか前の更新記録で書いたと記憶していますが、日本においては核兵器を持つこと、核武装することで核燃料の輸入が禁止され、その時点で原発が全停止せざるを得なくなり、社会活動も大きく停滞することになりかねません。と、いうようなことを主張した場合に「核兵器がないと(主に中国などに)侵略される」というような恐怖を煽る論が湧いてくるようですが……、では、第二次世界大戦後、核兵器がない中で戦争が起きなかった国はどうなるのでしょうか。日本を含めて、そのような国で改めて核兵器を持つことの意味はなんなのでしょうか。私には、核兵器を持ちたい理由が解りません。先制攻撃されたら核兵器ごと国が破滅的なダメージを負いかねないこともそうですが、そのような状況を逃れた場合でも攻撃を受けている中となれば「報復」しかできないのではないでしょうか。そして第二次世界大戦で使用されたとされる「第一世代の核兵器:原子爆弾」は80年経った今でも論争が尽きない大きな事変として記録されているというのに、その数百倍から数千倍の威力を持たせられ、中国によれば「日本を七つで滅ぼせる」という核兵器(水素爆弾など)をわざわざ使うような場面がやってくるのでしょうか。仮に使ったら、たったの一つでも、報復であったとしても、国際社会の非難を免れないのではないでしょうか。少なくとも、使用された国の国民は、未来永劫、被爆国として核兵器使用国を咎めたり、その過去を問題視したり、語り継いだり、まさに日本がしているように、してゆくのではないでしょうか──。私は、核兵器が人類と共存できるとは、やはり考えられません。手に余るものなど持ちたくございません。

 

 原口さんもとい原口代議士の隠れた支持者としては、今日のゆうこく連合の動きは決して見逃せない大きなものです。それというのも、私が存じないとき、今から数えるとおよそ二年前と存じますが、政界再編に向けて動いてきたのがゆうこく連合です。これまで政権を担ってきた自民党、日本新党、新政党、民主党、これら政権が果たせなかった、あるいは果たそうとしてこなかった日本独立・日本再興・日本救世を果たすために、殊にワクチン行政や公衆衛生対策の不備を通して露見した生命軽視・民主主義軽視、そしてグローバリズムや利権構造を覆すために、海外資本や海外の顔色を窺うばかりの傀儡による政治を終わらせようとしているのがゆうこく連合です。

 そこで大事なのが、COVID-19mRNAワクチン問題、この「ワクチン」と偽られた「遺伝子製剤=毒物」による薬害(毒性のある脂質ナノ粒子が注射されること、mRNAによるゲノム統合により毒性のあるスパイクプロテインが産生されること、IgG4抗体により免疫が抑制されて細胞の癌化促進並びにあらゆる病原菌に弱い体になってしまうこと、自己免疫疾患として全身性炎症が進むこと、ほかにも認知障害や自殺・殺人衝動などなどの精神疾患のリスクが高まること)をより広く周知することであり、接種を停止させることです。〖 mRNA(遺伝子)ワクチン中止を求める国民連合 〗とゆうこく連合が連携して情報公開請求によって集めた『コロナワクチン接種データ』は3200万件に及んでいます。国が積極的に情報を集めて公開すべきですがそうしていないために国民が動いた。とても人間らしい、倫理や道徳を重んじた尊い活動です。

 因果関係が不明であろうとも、接種後に亡くなっている国民がこれだけいる、と、いう情報を、明確に数字で確認できるようになり、「このワクチンはおかしいのではないか?」と、考える大きなきっかけを作れた、あるいは、「これはやはりおかしかった……」と、認識を確かめる情報が得られるようになったのは、ゆうこく連合とmRNAワクチン中止を求める国民連合の活躍の賜物ですね。彼らが自分達の貴重な時間を使って情報公開を求めるあいだ、国は、公務として、仕事として、何をしていたのでしょうか。「重大な懸念はない」との国会答弁はもはやテンプレートであり、同遺伝子製剤に関する情報通の国民はもう何十歩も先の議論(自己増幅型ワクチンの有害性や従来型コロナワクチンの停止を決定的にするための法的論理の追求、これら毒性のデトックス方法の追求・拡散)を進めているのです。政府は明らかに公衆衛生対策で遅れを取っており、国民の命に関わる資格を失っていると言えるでしょう。

 ゆえに、原口代議士は次の総選挙について、「このワクチンなるものを止めるというひととそうでないひとの闘いだ」と、争点を明示しました。私はどう転んでも接種者にはなれませんが、国の生命軽視の姿勢を子時代には存じていましたし、近年はその認識をさらに強く持ちましたので、原口代議士やゆうこく連合、彼らを支持するあらゆる団体や個人を応援したいです。

 そう考えている私や恐らくは長年同氏を応援している国民なら難なく受け入れられることとは存じますが、ゆうこく連合における方針に、自覚があるのかどうか不明ながら同意していないひともいるようです。中でも、原口代議士が「門番」と呼ぶひとがいます。これは特定の個人を指しているのではなく、ある種の性質を持つひとの総称です。

 話が逸れるようですが──、ゆうこく連合の強みは政治運動であること、その主体は情報公開請求にもあるように、与えられた情報に満足せず国民自らが考えて政治に積極的に関わってゆく「草の根運動」である、と、いうことです。その基板は確かに原口代議士による「日本独立・日本再興・日本救世」ですが、究極的には原口代議士はご本人がリーダである必要はないと考えている、と、私は捉えています。大事なのは、日本という国を愛しているか、救いたいか、国民の命を守ることに力を尽くせるか、文化を守りたいか、それらのために闘い抜けるか、でしょう。そこに政治政党の枠組は最初からございません。年齢的には中堅で、しかし当選回数においてはもはやベテランの域である原口代議士が立憲民主党に所属しながら起こした運動であることから、「立憲民主党の一部」のように捉えているひともいるかも知れませんが、そうではなく、実体は先述の通り、国民による政治運動なのです。これは、私がよく情報を追いかけているイギリスにおけるAdvanceUK(アドバンスUK)(ベン・ハビブ氏による新興政党)と近く、最も近いのはRestore(リストア・) Britain(ブリテン)(ルパート・ロウ氏による政治運動)でしょう。現状、ゆうこく連合のリーダは発起人である原口代議士といえますが、AdvanceUKやRestore Britainがそうであるように、さまざまな理由によりリーダが変わっても「草の根運動」は国民が主体の団体であるため、国民の意を酌む団体になるということです。 Restore BritainにはRestore Britainの、 AdvanceUKには AdvanceUKの、そして、ゆうこく連合にはゆうこく連合の目指すものがあり、それらに協働できるひとが集まって、腐敗した政治を変えようとしているのです──と、訳知り顔のように書きましたが、認識が違っていたら申し訳ございません。私はこのような認識で観ています。と、改めて補足を添えて、前置きが長くなりましたが、「門番」についても私なりの解釈を下に書いてゆきます。

 ゆうこく連合の強みは草の根運動。これは、横の繫がりを強く持つこと、少数の主張も広く拾えることです。これは無視されがちな社会的弱者の意見も拾うことができます。

 これまでの政治、古い政党政治はそれとは逆、つまり、垂直型、縦型などといわれる構造で、その強みはトップダウンによる即効性がある政策反映でしょう。これによって悪政である場合は基本的に政権が無能であり国民の意を酌めていないということです。トップダウンの実態、「頭」である上層部がどこに繫がっているかは──、はて、定かではございませんが、少なくとも日本国内に母体がない組織や団体、広く聞くようになったのは軍産複合体に代表される利権の温床や、その利権を作り出しているグローバルエリート(Bill(ビル) Gates(・ゲイツ)氏やGeorge(ジョージ・) Soros(ソロス)氏など)ですね。その上にも何かが居座っているかも知れませんがそれこそ私は存ぜず、しかし悪魔なのだろうと推するところです。どんなに小さくとも、各国中央銀行をどうにかできてしまうほどの資産家やそれに類する何かであろうとことが漠然と判断できるくらいです。彼らの力は汚金(おかね)であり、そこにある慈善活動に善意は存在しません。目的はただの汚金儲けかそのための実験や検証だと私は睨んでいます。どう考えてもひとを善良に導く神の使い・天使ではない。その逆が悪魔ですのでそう表現しておきましょう。

 そして、それらに立ち向かうために起こっているのが各国の草の根運動でありゆうこく連合はその一つであるということです。が、敵対しているのがグローバリズムであるからには、反グローバリズムである必要があるかというと、じつはそうではなかったりもします。それというのも、物事には順序とタイミングがございます。理念が崇高でも、同意者が少ないと力を発揮できません。ですから、少なくとも今は、原口代議士が率いて、「数を集めるタイミング」です。ゆうこく連合の理念である「日本独立・日本再興・日本救世」の理念への同意以上に、まずは数なのです。勿論、それらに全面的に反対しているひとを引き入れることもないでしょうけれども、そもそもそんなひとは「ゆうこく」の運動に参加しないでしょう。ゆうこく連合は超党派の運動ですから、草の根運動であると同時に政党政治に囚われない、それこそ自由民主党の党員であっても参加したければしてもいいという自由な運動なのです。縛りがあるとすれば、ひとを中身(意思)ではなく所属で判断する、従来型の洞察しかできないひとが参加できない、と、いう点でしょう。そして、そういった性質を有するひと達こそが門番です。

 例えば、私の認識では、仮に高市首相がゆうこく連合に参加したいと申し出れば、原口代議士は認めるのではないでしょうか。所属が自由民主党で、その代表であり、首相でもある高市氏でも、日本独立・日本再興・日本救世のための数に加わりたいと意思表明するなら参加できるはずです。所属ではなく、グローバリズムだからでもなく、日本のために働きたいと考えているひとなら参加できるということです。一方、これは例の延長線上ですが、そんな高市氏の参加表明を頭ごなしに否定し、「高市氏は絶対に入れるな!」と言うようなひとは「門番」として参加を拒絶されるのです。これは要するに、相手を所属や肩書のみで判断し、個個人の活動に主眼を置いて洞察できていないからです。原口代議士の主張が日日物語っていますが、そのひとがどこに所属しているひとであれ、正しいことは正しいと評価し、間違っていることには間違っていると評価するのが、公平・公正な政治であり、国民主体の草の根運動もといゆうこく連合が求めていることです。至極当り前の民主主義的考え方だと私は存じますが、その当り前が、古い政党政治では全く通らず、全くもって非常識(解りやすいところでいうと政治資金規正法や公職選挙法で禁止されているはずの金銭の授受による選挙の優位性確保や政治活動、つまり、ざっくりと纏めると金権政治)が罷り通ってきたのです。

 これは、私の矮小な体験としては、小学生時代の教師による学習指導の過程をすっ飛ばして授業冒頭に問題の結論(答)を出したら「それは間違いです」と一蹴されたことが、同じ現象でした。正しいことを言ったのに、教師に取って不都合であるため、不条理にも潰されたのです。

「正解だけど、そこに辿りつくための道筋をみんなと一緒に学びましょう」

 と、言えれば、教師の態度として公平・公正だったでしょう。そして、私は(特段好きだった自覚はございませんが)勉強が好きで勉強家になっていたかも知れません。全くの余談ですが、私は当該教師に出あって以降「正解」が判らなくなったため勉強が大嫌いであり、勉強した記憶がございません。子時代に、特に心が繊細であるときに教える初等科の教師陣には、子どもの頑張りと正しさを判断できる者のみが採用されることを私は全身全霊で願っています。ので、これも余談ではございますが、教育や子どもに愛のない教育者は徹底的に現場から排除すべきです。無防備な子どもを狙うために教育機関に潜り込む外道がいることは、確か以前書いたと思いますので説明しませんが、要するに、そういうことです。そういった性質の者は現場に要りません。不法移民とさして変りなく有害であり単なる犯罪者ですので、全員追放です。当り前です。絶対許しません。

 と、そう、恐らくですが、ゆうこく連合に迎え入れられることがない人材としては、上記のような「弱い立場のひとびとを狙う者」も含まれていると私は捉えています。これは、将来の日本を担う子どもを守るためであり、そういった性質の犯罪者が政治の中枢に入り込むのは傀儡政権となんら変りない状態を生みかねないからです。勿論、数を必要とするタイミングでは多少妥協する場面もあるかも知れませんが、それはそう長い期間ではないでしょう。しかるべきとき、人道に悖るひとは取り除かれるはずです。原口代議士も「不倫は嫌い。理解できない」という旨の主張を幾度もしていますので、その辺りも厳しくするでしょう。また、その主張が愛妻家の同氏から発せられているため、女性人気も高い、と、いうのも一つの余談です。

 それから、語弊もあるかも知れませんが、多文化共生というのは、もとは公平・公正な評価と自立・自尊によって成り立つものだと私は認識しています。ゆうこく連合はそれを果たそうとしているからこそ草の根運動であり超党派です。何かに依存したり、何かに寄生したり、支配したりしようとする性質(不法移民や偽ムスリムや人口動態の激変による思想の塗り替えなどなど)を、取り除いてゆく運動でもあるでしょう。それが、「真の多文化共生」ではないでしょうか。あえて言葉を換えるなら、国民が自ら考えて、活動を広めて、ともに働く、「協働」であるのだと私は考えています。

 

 今回はゆうこく連合について私の認識をたくさん書いてきましたが、飽くまで私の認識であって、ゆうこく連合の実態と異なる部分もあるかも知れません。気になる方はぜひ原口代議士の勉強会(主に朝5時前後から始まるX、YouTube、TikTok、Instagram、Facebookなどのライブ配信)を視聴して、ゆうこく連合の参加事項や活動内容を確認してください。リアル活動が多いので半引籠りの私は陰ながらの応援しかできませんが、私の認識における情報は今後もこうして書こうと考えています。一次情報は原口代議士などの配信でご確認いただければと存じます。

 政治に対して、国民の意思を最も強く示せる機会が投票であることは言うまでもございませんが、その前後でも国民の意思を強く示す手段は「批判」であるとのYouTuberねずみ氏の意見がございます。これは極めてまっとうで、多くのインフルエンサや国民がそれをしています。ただ、私は基本的に個個人を批判するほどの知識を持たないため、飽くま体制やシステムなど大きなものに対してのみ、批判的な主張をします。結局、その体制やシステムに取り込まれたひとから「個」を失ってゆくものだという持論もございますし、私自身が批判されたらやる気をなくすタイプですので、なるべくそれはしたくないというのもございます。力あるひとでも弱るときはございますし、明らかに国民を裏切っている高市氏も「自由民主党」という腐り果てた体制の中で踠いていると考えられますので……自民党は潰すべきですが、高市氏個人には、踏ん張ってほしいと声援を贈りたいと存じます。

 

 ……と、思い出したことが一つ。ゆうこく連合もとい新たな政治運動が如く将来を担う子世代を守るべく奔走する親を描く「一一章」を掲載致しました。……いいえ、作品の更新記録であることを忘れていたわけではございません。決して。忘れていません。少し遅くなりましたが、ですから、こうして書きました。ええ、忘れていません。

 何はともあれ……最後までご覧いただきありがとうございます。

 本日も、皆さんの平穏を全力で祈っています。

 

 

 

──2025/12/16(火) 12:10〜

  2025/12/17(水) 02:03執筆

  2026/02/28(土) 掲載──

 

 

 

──────────

──当頁書き収め──

──────────

 

 

 

 

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