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日記 2019/01/09『生きる 平成の終わりに(2018/12/28放送)』を視聴。


 年末に録画していた番組を夜間に少しずつ視聴している──。

 「平成」が終わったら、次のどんな元号になるだろうか。それほど知識があるわけでもないが、子どもの頃から漢字を書くのが好きだったので、新しい元号にどんな漢字が使われるのか愉しみだ。明治のM・大正のT・昭和のS・平成のHの「MTSH」とダブらない頭文字が選ばれることは間違いないだろうが、常用漢字で子どもも読み書きしやすいもの、さらに俗用されていないとなると使用できる漢字がかなり絞られそうだ。とある番組では故事から選定されるともあったので、そういった由来を探り、辿るのも愉しそうだ。「平成」は、選定した方が、──私の生まれ故郷である岐阜県にある──「平成(へなり)」地区を見落としたことを嘆いていらっしゃったのも印象深い元号だ。ウィキペディアによれば江戸時代には「平成」の漢字が当てられていたそうだが、そういった土地の名前を紙媒体で一つ一つ確認していく仕事は途轍もなく大変だっただろう……。次もそういったドラマが起こったりするのだろうか。今の時代であるからそうした作業もネットワークを利用して簡単にできてしまうのだろうか。ともあれ、なんとなくワクワクしてしまう。

 番組の話題に入ろう。『生きる 平成の終わりに』は、名古屋テレビの『テレメンタリー』の総集編のようだ。その中でも私が気になったのは、『葬られた危機』として以前放送された民間船「きいすぷれんだあ」に関するもの。改めてこの国の恐さを感じてしまった。流れは、基本的に番組と同じなので、あえて詳しい注釈はしない。飽くまでこれは日記である。⦅⦆内は個人的な感想とする。


 自衛隊を後方支援で出してほしいとアメリカ軍から要請を受けた日本政府は、──当時は安保体制が整っておらず自衛隊派遣ができなかったため──民間船を派遣することにした。「きいすぷれんだあ」の元船長は、〔中東貢献船としてペルシャ湾に向かうことは悩んだ末の決心でした〕と、ナレーション。

 名古屋テレビのスタッフが「きいすぷれんだあ」の元船長と奥さんを訪ね、インタビュしている場面に移る。元船長は当時の思いをこう証言した。

「後方支援で武器・弾薬を積まなければ憲法に違反することもない。この程度ならやっぱり対応しなければいけないのかな」

 同席した元船長の奥さんは、

「不況下でようやく乗った船でね、子ども達は大学とか行ってるし──。国会でそういうこと決めて、『武器・弾薬は積まない』とか『危険なところへ行かない』みたいなのを頼りに……、【オッケーしたんだよね、きっとね】」

 ⦅【】内は、夫である元船長に向けて問いかけるような言葉であり、⦆それに対して元船長は、

「うん」

 と。⦅いう、どこか胸につかたような相槌。奥さんと元船長のこのやり取りが印象的だった。この時点で、「きいすぷれんだあ」に関する番組容量はまだ半分にも及んでいないため、その印象的なやり取りがどこから来ているのか核心は出てきていない。⦆

 (平成二年一二月一三日の〔衆院予算委員会の議事録〕より)国会では、船の積荷の内容、輸送協力の実施細目を明らかにするよう求められた外務省北米局長が、〔武器、弾薬、兵員は輸送対象としない〕、〔協力相手国の指示下に入らない〕と答えている。

 日本人乗組員二一人を乗せた「きいすぷれんだあ」は平成二年一〇月一二日、東京湾を出航。同年一二月二二日ニューヨーク近郊でアメリカ軍のトレーラの荷台を一七六台積んでペルシャ湾へ向かい、平成三年一月一七日にペルシャ湾手前で湾岸戦争が始まった。

 平成三年一月。〔イラク軍がアメリカに協力する周辺国に向けて[スカッドミサイル]を次次に発射。それを撃ち落とすため、アメリカ軍の迎撃ミサイル[パトリオット]が配備されました。日本政府は東経五二度線から西を危険海域とし、日本船の航行を自粛するよう求めていました。しかし「きいすぷれんだあ」はアメリカ軍の指示で、危険海域の中にあるダンマンに向かったのです〕

 「きいすぷれんだあ」に行先などを指示していた元アメリカ海軍大尉は、

「私が伝えた。ダンマンに行くのが自然でそこが最終目的地だと伝えた。(積み荷の)トレーラーは大切な物資や燃料を運んだのだろう。間違いなく軍事目的に利用されたと思う」(番組字幕引用)

 と、証言。

 「きいすぷれんだあ」がサウジアラビア・ダンマン港に入港した平成三年一月二二日の夕方、イラク軍の[スカッドミサイル]が飛来。港に配備された[パトリオット]が迎撃し、「きいすぷれんだあ」の頭上で命中、元船員は当時のことを、

「あの音はやっぱ凄まじいものだったんで、ちょっと足震えましたよね、ガクガクガクガク……って。帰ってきてからそのあと結婚してもですね、子どもと花火大会に行っても、なんかこう動悸する、花火を見るたび、あの音聞くたび、なんだろうこれって思ってたんですけど──」

 と、証言。⦅心の傷があったことを感ぜさせる証言だった。⦆

 じつは、「きいすぷれんだあ」がダンマンに行くことは、日本政府や船員の組合も同意していたことが判る文書が、外務省・運輸省に残っている。(番組内時系列的に『前』に、〔──。日本政府は東経五二度線から西を危険海域とし、日本船の航行を自粛するよう求めていました。──〕と、ナレーションがあった。日本政府のその姿勢は建前で、裏では危険海域への航行を請け負ったことがその文書から判明している)

 元船長は当時、現場で起こったことを報告書に纏めて、船会社を通じて外務省に提出した。その内容には、ミサイル攻撃に曝されたことも記述。

〔──安全地帯かどうかというよりも戦闘地帯との感じがあります。〕

〔本船入港当時は戦場であった。〕

 と、番組内では報告書内容の一部をピックアップした。

 帰国後、元船長には政府から感謝状を贈られたが、ミサイル攻撃について取り上げるメディアはなかった。⦅元船長もその奥さんも、元船員も、当時報道がなかったことを不思議に感じていた様子である。⦆〔政府が報告書を極秘にしていた〕と、ナレーション。

 名古屋テレビは情報開示請求で「きいすぷれんだあ」に関する文書を入手。中には元船長の報告書も含まれていた。これは「無期限極秘」とされており、出来事があった平成三年当時公開できなかったことが窺える。〔日本政府は国会での説明に反して船をアメリカ軍の指揮下に置き、ミサイル攻撃の事実を葬っていたのです〕と、ナレーション。

 元運輸省・海上技術安全局長は文書を見て、こう述べている。

「国会に公開していいことなんかなんにもない。うるさいだけ。余計な労力が掛かるじゃないですか、この忙しい、ものすごい忙しいときにさ、その国会に呼び出されて野党がなんか、お前らこんなこと隠してるなんてね言われたらね、もうあれですよ、その能力が三倍あっても四倍あっても足りない。だから知らせないで済むことは知らせない」

 ⦅字面だけ捉えると、諸悪の根源のように感じてしまうが、話し終えたあと、番組スタッフに対して、相槌を打つような姿があった。そこには、彼自身が当時どこかで感じていた仕事への疑問符があったのではないか。その疑問符を理屈で捻じ伏せて自分を納得させてきた姿勢も読み取ることができる。「これがこの国なんですよ」と、言っているようにも感ずる。憶測でしかないが……。⦆

 ⦅元船長は、インタビュを受けた当時、八四歳──。⦆元船長は、後方支援もしないで済むならしないほうがいいと述べている。ある意味で戦争に荷担している、とも。その上で、こう続けた。

「もう戦争には二度と手を触れたくないっていうか、染めたくないっていうか……」

 と、俯きがちに。

 番組スタッフが問いかける。

「少し触れたって思いはありますか」

 元船長は、涙ながらに、

「……すみません、ありますね──」

 そう言った。「──。とにかく平和な世の中になってもらいたいもんで、だと思います、戦争は二度としないでね……」


 と、ここまででも番組内容をかなり省略しているが──、ここで私の話は最初に戻る。元船長と奥さんのやり取りについてである。以下は⦅⦆打ち無しで私見を書き連ねる。

⁂⁂⁂⁂⁂⁂

「後方支援で武器・弾薬を積まなければ憲法に違反することもない。この程度ならやっぱり対応しなければいけないのかな」

 と、言った元船長に、奥さんは、

「不況下でようやく乗った船でね、子ども達は大学とか行ってるし──。国会でそういうこと決めて、『武器・弾薬は積まない』とか『危険なところへ行かない』みたいなのを頼りに……、【オッケーしたんだよね、きっとね】」

 問いかけるような妻の言葉に、

「うん」

 と、元船長はどこか胸につかたような相槌。

⁂⁂⁂⁂⁂⁂

 憲法に違反していない。武器・弾薬を積まなければ憲法に違反することはない。そう考えて仕事を請けはしたものの、実際に「戦場」を目の当りにし、政府の動きを知り、戦争への荷担を感じていた──、それゆえの、「うん」だったのだろうと私は思う。

 これは、これから日本人が、自衛隊が、二〇一五年九月一七日に強行採決された安全保障関連法(俗に「安保法制」といわれる「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」同年同月三〇日公布)のもとで負っていく現実だろう。安保法制が自衛隊に負わせるのは、本当に憲法に則ったことに収まるのか。安保法制が整っていなかった頃から政府は民間に戦争荷担をさせたことを認識していたことは、文書を「無期限極秘」として隠していたことから言うまでもない。安保法制については私は当時から否定派だったが、この番組を視聴してなおのこと賛成はできなくなった。軍人でも戦地から帰投した後、PTSDを発症していると診断される者が存在すると聞く。その症状は、「きいすぷれんだあ」の元船員や元船長にも垣間見えるのではないか。民間人にそれを強いたともいえる国が自衛隊をどう扱うか。たださえ、民間人が荷担させられたことを「極秘」として隠すような政府であるなら、表で何を言っていても信用する気は起きない。現政権に関して言えば先にも触れた通り強行採決とか文書改竄とか──、キリがなく話が脱線するので今は言わないが、とにかく疑う眼を持ちたい。間違っても、「民間人が荷担せずに済むように安保法制があり自衛隊がある」などという掏り替え論が起こらないよう観続けたいとも思う。そもそも、あらゆる形で戦争に荷担することが日本としてはあり得ないことなのだから、民間人はもとより自衛隊も荷担してはならない。そうした根底を覆すための「憲法の解釈変更」というものも自由に行っていいものではない。

 番組を視聴して何より私が問題視したいのは、民間人に何人も、心の傷を負った人間がいただろうことだ。これに対して国は何をしたのだろうか。少なくとも感謝状一つで済まされる話ではないだろう。もし感謝状で済んだと考えているなら、むしろ暴力的に感ずる。肉体のみならず心に対しても保障していくのがこれからの国の在り方ではないだろうか。

 平和を説く上で、日本にいても「戦争荷担してしまった・させられてしまった人間」が何人もいることを、確と憶えておきたい。荷担させられたとしても、悦び勇んで荷担する者もいないと、信ぜられる世の中であってほしいと切に願う。

 最後に。「きいすぷれんだあ」以外の話題についても興味深く拝見した。学もなく何もできない私にこういったことを考えさせてくれる番組は貴重だと感ずる。制作者一同に深く感謝したい。


 

──2019/01/09 21:00〜27:00──


 2019/03/17

 21:40日づけ修正。



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