2025/07/18(金)『妄想「共に歩む者」』更新記録⑨ 「八章」掲載。
※作品の文体とは一部異なります。
初めまして、あるいは改めまして、オトオリと申します。
考え方や行動の仕方は数あれど、基準を設けてルールを作れば必ず誤りとされることが出てきます。誤った考え方、誤った行動、それらが人災を招くこともひとの歴史の中では多多あるのですね。一方で、置かれた状況、時と場合によっていつもなら正しい判断ができるひとでも誤った考え方や行動をしてしまうことがございます。その結果、起こるはずのなかったこと・回避できたはずのことを起こしてしまう「八章」を掲載致しました。
引き起こしたことに気持を引き摺られると落ち込むだけでなく判断力を失って次次誤った選択をしてしまうこともございます。そのさなか追討ちを掛けるような出来事や想定外のことに遭遇するとうまく対応できず思考停止に陥ったりさらなる泥沼へむしろ突き進んでしまうようなことも。そうはならないように正常な判断力を保ち、冷静さを堅持したいものですが、形の定まらない心があるからには揺れてしまうのも自然なこと。自分一人ではどうしようもないとき、真に味方といえるひとの支えがあるとぶれることなく歩んでゆけることもあるでしょう。
物語は中盤に突入。目に見える変化や荒波、抱えた困難や潜めた試練が少しずつ顔を見せ始めます──。常に完璧な体勢で挑めればそれに越したことはございませんが、そうではないとき、絶不調のときでも歩まなければならないことがございます。また、高みを目指すために完璧にこなしたいことは多いですが、そうできないときはたとえ数パーセントでも自分の力を発揮して歩みたいものです。空回りしてしまうなら冷静さを取り戻すため・体力回復のため、息継ぎも必要ですね。
選択の正誤は結果が出るまで判然としません。正しいと信じていた選択が間違いに反転してしまうこともままございます。誤った判断による言行を現在の自分が受け入れがたいなら、しっかりと正して歩んでゆきましょう。ひとに言われたから、あのひとが言ったから、と、委ねてばかりでいると石の多い土地に育った根菜のように根が曲がってしまいます。自分の根は自分で育てるつもりで、土壌も自ら肥やすつもりで、ゆっくりでもできることをします。
皆さんに幸多からんことを祈っています。
──2025/06/22執筆
2025/07/19 05:10掲載──
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──当頁書き収め──
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