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第八話『呼び覚まされた記憶』

 一体いつからその場にいたのか、カズキよりやや長身、恐らく一八〇はあろうかという大柄な男子生徒が槍型の《魔導器》を片手に携え、鋭い眼光をカズキたちに向けていた。

 鍛え抜かれた肉体に野獣のような視線。

 赤みを帯びた長髪は乱雑に一房に束ねられ、彼の背中で尻尾をふっている。



 彼の印象は一言で言い表すなら獰猛な狼といった所だ。

 目つきもその威圧感もどれもが一級品。

 学院指定の制服のジャケットを腰に巻き付け、タンクトップ姿から覗く筋肉は隆々としており、戦う為に鍛え抜かれたものであることは間違いない。



 一目見てわかる。

 彼もカズキと同じ『テスト魔導士』だ。

 その腕前は戦う姿を見る前から疑いようがない。

 カズキはゴクリと生唾を飲み込み、告白でくじけた膝を奮い立たせる。


「……アンタ、誰だ?」

「は? なんだよ、名乗らないとわからないのか? テメエの顔についてるそれは飾りかよ?」


 そう言ってそいつは自分の鼻をこする。

 カズキは即座にその意味を理解した。



 要するにこうだ。

 目で見て、そしてかぎ分けろ。

 テメエの前にいる野獣の正体を!



 そう問いかける瞳に、カズキは久しく感じていなかった高揚感を抱く。

 そうだ。これは無用な問いかけ。

 見てわからない内は三流だ。

 一流なら一目見て判断しろ!


「……同じ『テスト魔導士』として挨拶してもいいか? 俺はカズキ=アスカだ」

「はッ! いっちょ前に言うじゃねえか『同じ』ね……サツキ=アレンだ。三下」

「……アレン、今は俺たちがこの訓練場を使用しているんだ。許可ももらっているよ」

「わらわせるな。アレでテストだとほざくつもりか? ままごとに付き合ってる暇はねえんだよ! そこを退け」

「退けないな。まだテストをしていないクラスメイトが一人いるんだ。彼女の《魔導器》を試してからでも遅くはないだろ?」


 カズキとしてはそっちが本命だ。多少の難癖をつけられた程度で場所を譲る気は毛ほどもない。

 一触即発の雰囲気に周囲にいたクラスメイトも思わず息を呑んだ。皆して「なぜ、アスカはそこまでイノリに執着するの?」と訝しさを含んだ視線をカズキに向ける。カズキの事情を知らない生徒達からすれば当然の反応だった。


「なに、はき違えてやがる?」


 ビシッとカズキの目の前にサツキの槍の先端が向けられる。

 周囲のクラスメイトに動揺が走る中、カズキだけがサツキの視線から目を背けなかった。


「はき違える? なにを?」

「テメエ自身だよ。あれが『テスト』だと? 俺たち『テスト魔導士』をバカにするのも大概にしろ」

「バカにしたつもりはないし、これもれっきとしたテストだ。君の目の方が飾りじゃないのか?」


 売り言葉に買い言葉。今、この瞬間にサツキの首に嵌められた首輪が音を立てて砕け散る。

 獰猛な笑みを浮かべ、鋭く尖った視線がカズキを射貫く。


「……言ったな? その言葉後悔するなよ!」


 突き出された先端をカズキはサイドステップで難なく避ける。

 轟! と嵐のような突風が駆け抜け、周囲の大気が揺れた。


「お、おい! アスカ! もう止めにしよう! データなら十分に採れたって!」


 すかさずカズキの背中に回ったグレイは震えた声で早々と言い伝える。

 だが――


「それは無理じゃないかな?」


 グレイの腕を掴んで強引にバックステップ。

 その瞬間までカズキのいた場所に蜂の巣のように高速の突きの乱舞が放たれたのだ。


「アレンはやる気だ」


 危なげなく避けたカズキはその肉食獣のようなどう猛な目を見据えながら冷静に判断する。

 あれは話し合いで解決出来る段階を超えているな――と。



 いや、そもそも――

『戦闘科』に在籍していた生徒達に話し合いで解決するという手段は初めから存在しない。

 己の意思は己の力で切り開け――

 それが『戦闘科』の暗黙ルールであり、魔導士の世界だ。

 この忘れて久しい高揚感はその感覚がカズキの中に戻ってきている証拠に違いない。

 戦って己の存在を、意思を通す――

 それがカズキの戦いだったはずなのに――話し合いで解決出来ると思い込んでいた。


(こんなことまで忘れていたんだな……)


 カズキはその高揚感を胸の奥に仕舞いながら昂ぶる意識を魔力に変える。

 もう魔導士なんて本当は辞めてしまいたいほどに嫌いだ。

 だが、体の奥底に封じ込めていたカズキの本能はサツキの威圧に当てられ目を覚ました。

 半年間逃げ続けた戦いを無意識に体が求めたのだ。

 なぜ、今さら? と思わなくもない。捨てた筈の感情に動揺を抱く。

 どうしてこんな気持ちがまだ自分の中に残っているのか……その理由はわからない。

 わからないが――

 カズキはクスリと微笑んだ。


 

 受けて立つ。とカズキもまた凄烈な笑みを携え、サツキの挑発に乗る。

 丸腰のカズキは一瞬周囲に目を配り、腕に抱えたグレイの懐を盗み見る。


「――少し借りるぞ」

「あ! ちょっ!」



 カズキは腕に抱えた生徒の懐から刀型の《魔導器》を抜く。

 それは半年ぶりにカズキが手にした《魔導器》であり、炎を纏う剣。

 あまりの熱量に体が焼かれる痛みを味わう欠点はあるがないよりマシだ。

 カズキはそれを正面に構え、サツキに吠える。


「アレン……その言葉、そのままそっくり返すよ」


 地面を蹴ってカズキはその間合いを一息で詰める。

 サツキの持つ《魔導器》は槍型。

 その強さは中距離から放たれる突きとなぎ払いにある。

 超近距離の斬撃に対応できるか――!

 横薙ぎに放たれた斬撃をサツキは槍の柄で防ぐ。

 鍔迫り合いになった状況でサツキの鋭い視線がカズキを射貫く。


「出来るものならやってみろよ、三下!」


 隙をついて放たれた前蹴りはカズキの鳩尾に直撃する。


「ぐッ!」


 衝撃に一瞬呼吸が止まる。

 予想外の威力にカズキはバックステップで距離を離した。

 だがその判断は愚策。

 逃げるべきではなかったのだ。



 その刹那――。

 剣の間合いの外から放たれる神速の突きがカズキに襲いかかるッ!

 カズキは咄嗟に刀で打ち払うが、到底その全てを捌ききることは出来なかった。

 当然だ。払うより突くという動作の方が次に繋げる速度が圧倒的に速いのだから――

 肩に腕に脇に直撃した槍の先端が訓練所に設置された安全装置の上限値を超えてカズキの体にダメージを与える。



 後ろへと後退していくカズキを追撃する形で槍の先端がカズキの退路を狭めていく。

 この戦況が続けば、壁際まで追い込まれ、カズキの敗北は決定する。

 だが、それは単なる武の競い合いの中の話であれば、だ。

 カズキたち魔導士は違う。



 その魔導の力を持ってして不可能を可能にする術を身につけているのだから――


一瞬で空気となったイノリですが、彼女の活躍はもうしばらく先になりそうです。

本格的な戦闘は次回以降の更新で掲載していきます。

それなりの量になってしまったので、分割して更新する予定ですが、あまり間を開けないようにします。


次回の更新は明日になります。

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