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第六話『起動テスト』

 学院の中にある訓練場の一つ。

 その中でもとりわけ異質なのが、カズキ達が訪れたここ第五訓練場だ。

 第五訓練場は試作段階の《魔導器》のテスト訓練を行うだけあって様々な機能が備わっている。

 天候操作に地形操作、または対人訓練仕様など、テストに応じて様々なバリエーションを組むことが可能だ。

 その機能も施設内に備えられた《魔導器》による機能なのだが、今回はその機能の中で最もスタンダードな訓練場内にいる魔導士に対する安全装置と訓練場全体への防護結界だけを選択した。


 因みに安全装置や防御結界などの基本的な《魔導器》はどこの訓練場で備わっており、天候や地形、シミュレーションを必要としなければ他の訓練場も利用可能だったりする。カズキ達がこの第五訓練場を使うことに決めたのは偶々この場所が空いていただけに過ぎない。


 項目を選び終え、訓練場全体に青白い光が走ったかと思えば、それが半透明の壁になった。

 加えてカズキの体も同様の青白い光に包まれる。

 これでもし《魔導器》が暴発しても命に関わるような大けがをする心配が無くなる。

 もっとも、怪我をしにくくなるだけで痛いことは痛いのだが……


「これでよしっと」


 カズキは訓練場の設定を終えるとふぅと息を零した。

 ため息も吐きたくなるもの。

 なにせ、この訓練場にはカズキの噂を聞きつけた余所のクラスまで見学にきていたのだ。

 訓練場に設置された観戦席は満員とまではいかないがそれなりの席が埋まっており、加えてカズキの周りにはクラスメイトのほとんどが集まっていたのだ。

 その理由が――


「けど、何も歓迎会まで一緒にやらなくてもよかったんじゃないか?」

「そんなことねーって。これから一緒に勉強するんだ。なら親睦を深めるのも大切なことだろ? それに起動実験を全員分引き受けるって言ったのは他ならぬお前自身。ならこの大所帯も諦めろ」


 そう言って爽快そうに笑うグレイを半眼で見つつ、カズキは自分の浅慮さを呪いたくなった。





『えっと、起動くらいなら』


 そう答えたカズキにテスターを頼んできたグレイは心よく頷いた。

 これで一安心とホッとするカズキに思いもよらぬ言葉が飛び込んできたのはその次の瞬間だ。


『で、でも起動だけならすぐ終わるよね?』

『え? そ、そうだな』


 頷き返したカズキに一人の女生徒が顔を近づけてきた。

 よく見れば最初にイクスのことを質問してきた少女だ。

 カズキはにじり寄ってくる少女に尻込みしながら背筋に冷たいものを感じた。


 これは嫌な予感がする――!


 その予感はすぐさま確信に変わることになる。



『起動だけなら私の《魔導器》もやってもらっていいかな?』





 ――その一言が起爆剤となり結果としてカズキはクラスメイト全員分の《魔導器》の起動実験を行う羽目になったのだ。


(いや、全員分ってわけじゃ無いか)


 ただ一人、魔導技師でありながら彼に起動実験を頼まなかった生徒がいる。

 イノリ=ヴァレンタインだ。

 彼女は今、訓練場に設けられた観戦席に座り、魔導技師ではないクラスメイトの輪に交じっている。

 他の魔導技師は訓練場にいるというのにだ。


「なあ、ヴァレンタインさんはこっちこないのか?」

「は?」


 カズキはその疑問を近くで《魔導器》の整備を行っているグレイに投げかけた。

 一瞬キョトンとした顔を浮かべ、なぜそんなことを聞くんだ? と眉をハの字にする。

 だが、それも一瞬で、すぐさま何かに気付いた様子で納得した表情を浮かべた。


「ああ、そっか。アスカは今日来たばかりだから知らないのか。彼女は来ないよ」

「え? なんで? 彼女も魔導技師なんだろ?」

「まあ……そうだけど、なんせ『ゴミ溜め』だからな……」

「ゴミ溜め?」


 どういう意味だろう?

 あまりいい意味だとは思えない。

 問いただそうと口を開きかけたのと同時にグレイから《魔導器》が差し出され、続く言葉を遮られた形となった。


「まあ、彼女のことは放っておいてサクッと起動テスト始めようぜ」

「あ、ああ……」


 カズキは渋々頷きながら渡された《魔導器》を受け取る。

 グレイの《魔導器》は刀型の《魔導器》で反り返った刃の根元には薄い輝きを放つ宝石のようなものが埋め込まれていた。



 これが《魔導器》が《魔導器》たる由縁――『疑似魔術炉』だ。



 人間には魔力を生み出すことは出来ても魔族のように魔術を扱う術がなかった。

 その一番の理由として考えられているのが『魔術炉』の存在だと言われている。

 魔族の体内には魔力を生成する力以外にこの『魔術炉』と呼ばれる特殊な器官が存在するらしい。

 その器官が生成した魔力を魔術へと置換するのだ。

 その魔術はまさに神のみわざそのもの。

 火を操る魔術もあれば風や水、光や闇と様々な魔術が存在するのだ。

 それこそが人間と魔族の大きな違いで、紛争当初、魔族に大敗を決した原因でもある。



 魔術を駆使する魔族にただの人間は勝つ事が出来ない。

 その逆境に打ち勝つ為に開発されたのが魔族と同じような疑似的な魔術を発動出来るこの『疑似魔術炉』であり、それを元に開発された魔術兵装《魔導器》だ。



 今カズキの手中にあるのもその一つだった。

《魔導器》は魔族と戦う為の武器だから《魔導器》のフォルムそのものが武器の形をしている物も多い。割合で言えば《魔導器》全体の七割が武器の形状をしているとも言われている。

 カズキが『戦闘科』時代に使っていた《魔導器》もこれと同様の刀型の武器だった。

 とはいえ、《魔導器》そのものを握るのは実に半年ぶりのことだが……


「じゃあ、始めるか」


 カズキは両手で《魔導器》の柄を握りしめると静かに目を閉じる。

 呼吸を落ち着け、体に流れる心音、血流のリズムを意識する。

『自分』という器が内包する大質量の生命力を鮮明に感じる為に外界のあらゆる情報を遮断していくのだ。

 途端に周りの喧騒が遠くなる。

 意識が自分にだけ向いている中、カズキはイメージした生命という大きな泉の中に精神と魂を潜り込ませる。

 魔力は生命エネルギーそのもの。

 魔力を生成するには自分自身の生命力を強く意識する必要がある。

 カズキはそれをイメージとして思い浮かべ、己の中にある生命エネルギーという名の泉から魂や精神と言う名のバケツを使ってそっとその中身を掬う。

 それを全身に行き渡らせ、命のリズムの中に魔力という新たなリズムを創り出すと、全身に力が漲ったような感覚が駆け巡る。

 これがいわゆる『魔力を放出した』状態だ。

 普段ならここまで慎重に魔力を放出することはしないのだが、なにせ半年ぶりの魔力行使。

 鈍った勘を取り戻すためにも慎重すぎるということはないだろう。


(そもそも俺は魔力操作ってヤツが苦手だからな……)


 魔力の放出が極端過ぎる。

 それはカズキをよく知る人物なら誰もが口を揃えて言うことだ。

 放出量が多すぎて何本もの《魔導器》を破壊した実績のあるカズキには返す言葉もない。


 全身に魔力を漲らせたカズキは柄を握る両手に力を込める。

 感覚としては両手に持つ剣も自分の体の一部だと認識すること。

 これが魔力伝達に一番適したイメージなのだ。

 カズキの魔力を流し込まれた《魔導器》は自動的に『疑似魔術炉』を駆動させ、《魔導器》に秘められた性能を引き出す。

 低い駆動音と共に、刀身の根元にある『疑似魔術炉』が淡い輝きを放ち出す。

 それと同時に刀身を覆うように炎の蔦が柄から伸び、刃先まで覆い尽くした。


(あっつ……ッ!)


 予想外の熱量にカズキは大量の汗を浮かべ、眉間に皺を寄せるが、誰もカズキの変調に気付くことなく、目の前で展開された《魔導器》に視線を釘付けにされていた。


「すげえ……」


 カズキに《魔導器》を手渡したグレイは感嘆の息を吐く。

 ここまで鮮やかに自分の創った《魔導器》が起動した瞬間を見たことがないのだろう。


「あっと、感心してる場合じゃねえや!」


 そこで何かを思い出したように手元のボードに目を走らせる。

 ペンを持ち、真剣な表情でカズキとその手に握られた《魔導器》を注意深く観察。

 そこでようやくグレイもカズキの渋面に気付いたのか、真剣な表情でカズキに尋ねる。


「アスカ、何か違和感とかないか?」

「違和感?」

「ああ。なんでもいいから言ってみてくれ」

 そう聞かれて、カズキは「う~ん」と首をひねる。

 この炎の熱も違和感に入るのだろうか? 


(けど、炎って熱いものだよな……?)


 なら、それは違和感とは言えないはずで、それ以外だと今のところ違和感らしきものはない。ただ熱すぎるだけで……

 だから、強いて言えば……


「起動に少し時間がかかる程度かな?」

「時間がかかるって――」


 カズキがその疑問に答えようとした矢先、


「ちょっと! 起動実験だけの筈でしょ? なに他のテストまで進めてるのよ!」


 周囲にいたクラスメイトの一団からそんなヤジが飛んでくる。


 おっと、そういえば起動だけする約束だっけ?

 カズキは先の約束を思い出し、魔力の放出を止める。

 いい加減、熱さの限界だったので、クラスメイトの助け船は素直に有り難かった。

 途端に刀身を纏っていた炎が消え、炎の余熱だけが周囲を焦がす。


「あー……えっと……」


 グレイからどこか残念そうな視線を向けられ、カズキは言葉を濁す。

 ようやく起動までこぎ着けた《魔導器》のテストが一瞬で終わったのだ。

 グレイの胸中に渦巻く苦悩は戦闘専門のカズキでも予想はつく。

 せめて何か一言……

 脳をフル回転させ、手にした《魔導器》の感触を思い起こす。


(こういう時はなにか褒めるのがいいよな?)


 だが、欠点はいくらか見つかっても褒められるような点は今の所なかったりする。

 まだ、この《魔導器》は戦場で命を預けられる『相棒』と呼ぶには遠すぎる兵器だ。

 だからこそカズキはこの兵器の最大の欠点を告げることにした。


「炎を纏った時、俺もかなり熱かったから術者に対する炎熱対策とかしておいた方がいいと思うよ」

「お、おう。そうか! ありがとな!」


 カズキのその言葉を聞き、直ぐさまメモを取り始めたグレイを見て、カズキは初の起動テストを無事終われたことにホッと胸をなで下ろすと同時、周囲で『次は俺(私)の番!』と瞳をぎらつかせる集団に対し、観念した様子で息を漏らすのだった――


ブックマークありがとうございます!

次の更新でようやくメインヒロインが主人公と絡みます!


次の更新は明日を予定しています!

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