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第五話『押し寄せるクラスメイト』

 放課後、さりげなくイノリに喋りかけてみよう――


 そう決意したカズキだったが――


 結果としてその思惑は大きく外れることになる。

 目の前に集まった大勢のクラスメイト達の壁によって……


「え、えっと……」


 カズキはやや上ずった声と共に周囲のクラスメイトに視線を向ける。

 その一人ひとりの顔は興味や好奇心に満ちあふれ、誰もこの不自然な状況に触れようとしてこない。

 イクスの発破がこの上なく効果を現していた。


(恨みますよ、先輩……)

 

 引きつった表情を浮かべ、今は居ない担任のイクスに向かって思わず愚痴をこぼした。

 最初こそイクスの言葉に「先生しているな~」と感心していたが、その言葉の矛先がカズキに向いた瞬間これだ。

 恩を仇で返すとまではいかないが、イクスの言葉に巻き込まれ、いい迷惑。

 どうしたものか? と頭を悩ませる傍らで集まったクラスメイトの一人がおっかなびっくりといった様子でカズキに話しかける。


「ねえ、アスカ君」

「は、はい?」

「アスカ君で先生とどういう関係なの? さっき先輩って言ってたよね?」

「えっと、せんぱ……先生とは去年同じチームを組んで戦ったことがあるんだよ。あの人はその時からの先輩でそれからも色々なことを教えてもらっていたんだ」

「ってことはその時からもう先生は先生だったのね!?」

「う、うん。そう、なるのかな?」


 必死な形相でメモをとる少女にカズキは尻込みしながら答える。どうやら彼女はイクスの追っかけらしい。

 イクスから戦い方を教わったのは事実で、彼の戦い方は力強く、その豪快さと洗練された技量はさながら屈強な獅子の姿を当時のカズキに想像させていた。


「ねえ、先生って昔もあんな感じだったの?」

「そうだよ。昔っていっても去年のことだから、そんなに変わってないかな? 先生をしていたことには驚いたけど」

「え~そうなの? 先輩の進路だよ? 後輩なら知っているものじゃないの?」

「……あの頃の俺にはちょっとそんな余裕がなくてな」

「ええい! 先生のことばっかじゃなくてアスカのことも聞けよ!」


 そう言って会話に混ざってきたのは大柄な体格をした男子生徒だった。

 バンダナを巻き、顔や手には黒い炭のような汚れが目立つ。

 いや顔だけじゃない。白いブレザーには所々に塗料が飛び散り、何かに引っかけて破けたような痕すらある。

 野太い声に気をとられたがカズキは彼の装いを見て判断した。


「君、魔導技師?」

「おう! よくわかったな」


 軽い自己紹介を踏まえつつ、男子生徒――グレイの質問に答える。


「まあ、勘みたいなものだよ」

「ふむふむ、勘はいい方だな。ちなみにアスカの周りにいるヤツのほとんどが魔導技師だってことにも気がついていたか?」

「え? そうなのか?」


 言われて初めて気付く。

 先ほどイクスのことを訪ねた女子の服にも目立たないが少し汚れの痕がある。

 まさか今カズキを取り囲む全員が魔導技師だとは思いもしなかった。


「そうだぜ。フリーの『テスト魔導士』なんて滅多にいねえからな。臨床試験しようにも『テスト魔導士』の予約は最低でも三ヶ月以上は埋まってろくに時間が取れねえ。言っちゃあなんだが、このクラスにいる魔導技師全員がお前の腕を狙ってるんだ」

「ぜ、全員が……?」


 その事実に軽く目眩を覚える。

 腕を買われていること自体に悪い気はしないが、それでも限度というものがあった。


(確かに『テスト魔導士』の条件は厳しいけど、こんなにも人材不足なのか?)


 魔導技師の数に対して『テスト魔導士』の数が少なすぎる。

 いったいこれまでどうやって臨床試験を行ってきたのか……

 カズキがそれを訪ねると、グレイはフフンと鼻を鳴らす。


「そりゃあもちろんクラスメイトの連中を実験台にするしかないだろ?」

「なんじゃそりゃ」


 そんな危険なことをしていたのか……

 頬を引きつらせ、どん引きしたカズキにグレイは「ハッハッハッ!」と爽快な笑い声を響かせる。


「まあ、アスカが考えているようなガチなテストは出来ねえけどな。せいぜい《魔導器》が設計通りに起動出来るかどうかを確かめるだけだ。それ以上のことになると俺らの技術じゃ手に負えないしな。だからテスト項目を試せる『テスト魔導士』は喉から手が出るほど欲しいってわけ」

「なるほど……」

「それで聞きたいんだが、アスカの最高実績はどの程度なんだ? Bランク? それともAランクをソロで達成したことがあるのか?」

「ええっと……」


 カズキはその問いに言葉を濁した。

 ここ最近の成績は0だ。

 と素直に言えるはずもなく……

 けれど、カズキ自身のベスト実績を口に出すのも少し勇気がいる。

 注目の的になること間違いない上に、場合によっては白い目を向けられかねない。


(けど、俺のプロフィールを見れば誰だってすぐにわかることだ……)


 そう考えをまとめると、カズキは意を決して、去年の最高成績を口にした。


「一応、SSランクを……」


 自信のない弱々しい声で確かにカズキはそう口にした。



 全員がポカンと間の抜けた表情を浮かべる。

 だがそれも当然だとカズキは思った。

 Sランク以上を達成出来た『学生魔導士』はほとんどいない。

 いたとしても達成したその時点で正式な魔導士として部隊から声がかかるが通例だ。

 まさかその誘いを蹴ってまでテスト魔導士を引き受けた生徒はそうはいないだろう。

 いるとすれば前線から逃げ出したいと思っているカズキみたいな臆病者だけだ。


「……ま、マジ?」


 その言葉が驚愕に揺れ動いていたのをカズキは見逃さなかった。


「あぁ。けど、一応だから……一応だからな」


 大切なことだから二回言う。


 確かに学院側はあのクエストを『達成』という形で書類上処理している。

 だが、実のところあの依頼は完全に達成出来たとは言いがたいのだ。

 カズキが周りの目を気にしているのはその点にある。

 えこひいきと思われても仕方ない実績に周りが殺気立つことを恐れているのだ。


 何より、あんな体たらくで依頼達成だと言われても素直にその言葉を受け取る気にはなれなかった。


 だからあれは失敗だ。

 分不相応な依頼に挑戦し、無様に敗北した。

 それでいい。

 いや、それだけならどれほどよかったか。

 実際には取り返しのつかないことをしてしまった。

 あの日の記憶は今もなおカズキの心に深く根付いて――


「ソロじゃないよな?」

「もちろんだよ! ちゃんとパーティーメンバーを組んだ成績だ。俺はその中で一番の落ちこぼれで……だから過去の成績はそうでも今の俺にはBランクも無理だって」

「けど、SSランクって言ったらアレしか無いだろ? 去年に発令された『ドラゴン撃退』……たしか、あれがここ最近のSSランクだったよな? たしか参加資格はソロでもBランクを達成出来る魔導士――ってことはどちらにせよ、『テスト魔導士』の才覚は十分ってことだろ?」

「そう、なるのか?」

「そうだよ。どちらにせよ、今フリーのテスターはお前しかいない。ってことでここからが本題だ。俺のテスターになってくれないか?」

「え?」


 カズキはその問いかけに間の抜けた表情を見せた。

 まったく予想もしていなかった。

 自ら名乗り出てくる魔導技師を。

 だが、グレイの話を聞いて、そして周囲の貪欲な眼差しを見れば納得も出来る。

 グレイを含めた大勢の魔導技師は燻っているのだ。

 発明した《魔導器》を試せる機会さえ無く、そのまま部屋の片隅で埃をかぶることが耐えられない。

 せめて発動し、思い取りに動く様を視界に焼けつけたい。

 そう思うのは当然のことだ。

 誰だって自分の作品が評価もされずに消えていくのは耐えられない。

 試す機会もなく捨てるのは我慢出来ない。

 何より技師にとって《魔導器》とは己自身。

 ならばその可能性をその最果てを目指したいと思うのは当たり前のことだ。

 だが――


(困ったな……)


 カズキはすでに魔導技師の相手を決めている。

 この輪の中に入らず、他の子と楽しそうに雑談をしている少女、イノリ=ヴァレンタイン。

 彼女のパートナーになる事はカズキの中ではすでに決定事項だ。

 彼女の意見はまだ聞いていないが、互いに退学に王手をかけている身。

 当然断りはしないだろう。

 だからカズキの答えは決まっていた。

 返事は『ゴメン』だ。

 けど……


(こ、断りづらい……)


 その熱意に圧倒されて――というのももちろんある。

 それにカズキを取り巻く周りの視線は皆どれも同様で『もしコイツがダメなら次はこっちの番だ』と身構えている。

 断ったところで次の――そのまた次の――と勧誘の話が持ち出されるのは火を見るよりも明らか。

 理想的なのはイノリがこの輪に交じり、彼らと同じようにカズキに歩み寄ってきてくれることだが――カズキに目もくれず雑談をする彼女にそんな期待を抱くのは無理そうだ。



 何より彼らは赤の他人ではなくこの教室で一緒に学院生活を送るクラスメイト。

 それを今日、初対面であるカズキが、彼らの温かい気遣いを蹴ってまで自分の都合を優先するのはさすがに気が引けた。


(ここで断ればきっとヤなヤツって思われるだろうな)


 出来ることならそれは避けたい。

『戦闘科』にいた頃もそうだが、カズキは基本的に人付き合いが苦手な方だ。

 他人とあわせるのが苦手で、依頼もそのほとんどがソロ。

 パーティーを組んだところで馴染めず、一つの依頼が終わればそれ以降声がかかることがないのもざらだ。

 つまりは自他共に認める不器用な人間。

 だからこそ編入初日からその不器用さを遺憾なく発揮してしまうのはこれからの学院生活を考えると決してよくない。

 故に、優柔不断と思われようとカズキには『断る』という選択しが選べず……


「えっと、起動くらいなら」


 と、奥歯に物が詰まったような返事をしていた――。


ブックマークや評価などありがとうございます!

メインヒロインのイノリはカズキをほったらかして、雑談中です。

そんな中、クラスメイトたちとの話は進み、次回はこの世界で人間が使う武器に関する話になる予定です。

イノリとの絡みはその後になるかもしれません……


次回の更新は明日を予定しています。

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