エピローグ『《黒銀》の担い手』
最終話です!
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「カズキぃぃぃぃ!」
「……え?」
死を受け入れたカズキの耳に届く叫び声。
カズキは声のした方へと顔を向け、直後、その表情を歪めた。
なんで……
これで、死ねる。もう後悔はないと思っていた。
黒竜と相打ち、魔導士としての最後を迎える。
一度逃げ出した道。元の道を目指して、その果てで死ねる事に安堵していた。
なのに……
なんで……
カズキの胸中にここ数日の記憶が蘇る。
思えば、出会いは最悪だった。
最初の頃は禄に話も出来ず、ようやく話せるようになっても終ぞ、親しくなる事は出来なかった。
彼女との出会いは仕組まれたものだ。カズキは逃げ道に。そして彼女は夢を実現させる為に手を取り合った。
けど、カズキは彼女の元を離れてここに来たのだ。カズキが《飛燕》を手にした時、カズキの逃亡は終わった。テスト魔導士としてではなく、一人の魔導士として、黒竜と戦う事を決めた。
彼女の――イノリの夢はカズキでない誰かがきっと叶えてくれる。二アの《イフクロック》のように――《タイプゼロ》もいつか誰かが完成に導いてくれる。
それでいいと思った。
未来への可能性は過去に縛られたカズキではなく、未来を夢見るイノリと、イノリと志を同じくする者が叶えるべきなのだ。
カズキの役目じゃない。
それなのに……
「どうして……来たんだ」
掠れる声でカズキはイノリを問いただす。
ここは魔導技師が来ていい場所でも、未来を背負う少女が来ていい場所じゃない。
過去に縛られた男が逝く場所だ。
「死なないで!」
イノリの叫びがカズキに響く。
彼我の距離埋めるようにイノリが疾走する。
カズキの《飛燕》に勝るとも劣らない膂力だ。
それを可能にしているのはイノリの魔導器《グレイビル》の重力操作だ。
重力操作により、重力を低下。さらに斥力によって地面と反発。その衝撃すらも推進力にして加速している。
だが、その程度の速度では黒竜のブレスに間に合わない。むしろ、ブレスの余波で命を落としかねない距離だ。
二アも、他の学生魔導士も逃がして、この場にはカズキ一人しかいなかったのに――
死ぬのはカズキ一人だけのはずだったのに――
どうして、来たんだ?
シドウの慟哭を無視して、イノリは腕を大きく振りかぶる。
彼女の細腕に握られたのは、カズキがここ数日で見慣れた大剣。黒色、無骨の試作機《黒銀零式》――《タイプゼロ》だ。
イノリが投げた《タイプゼロ》が大きく弧を描き、カズキの眼前に突き刺さる。
《グレイビル》による重力操作の応用――念動力によって操られた《タイプゼロ》が黒竜のブレスより早くカズキの手元に届く。
だが――
これでどうしろと?
カズキはこれまで、一度だって《タイプゼロ》を起動出来たことがない。
刃引きされたナマクラ同然の武器でどうしろと?
「カズキぃぃぃぃ!」
「イ、ノリ……?」
「お願い! 未来を見て!」
「――ッ!」
未来を――
「諦めなければ、きっと《黒銀》が応えてくれる! だから、お願い! 諦めないで!」
諦めない――
カズキの心臓がドクン……と脈打つ。
消えかかっていた闘志が再び息づく。
死の間際に垣間見た絶望とも孤独とも違う。
やり残した未来がある……
それはイノリの魔導器を完成させること。
魔族との戦いを終結させる可能性を秘めたイノリのただ一人の英雄になる事。
誰かじゃない。俺がなるんだ。彼女だけの英雄に。その先にある未来に――
そうだ。まだ死ねない。
カズキは震える手で《黒銀》の柄を握り占める。
今までは魔力で肉体を強化させた上で両手で掴まないと扱えないじゃじゃ馬だった。
だが、今、握った剣は違う。
まるで別物。
手に吸い付くような感覚。まるで腕の一部みたいだ。
何故? という疑問の前に本能的にカズキの手が動く。
残った全魔力を《黒銀》に託す。
白銀に輝く刀身を背負い、シドウは黒竜を睨む。
無理に倒す必要はない。
黒竜はブレスと同時に力尽きる。なら、やる事は一つ。カズキの生き残る道は――黒竜のブレスを斬り裂くことだけ。
なら、今はそれだけを考えろ。生きる為、未来に生きる為に、過去と本当の意味で向き合う。
(俺は――変わる。過去を背負い、未来に向かって――)
その為に――
「応えろ! 《黒銀》ええええええええ!」
カズキは放たれたブレスに向かって《黒銀》を振り下ろした――
◆
「まったく、世話の焼ける男だ……」
医療用魔導器から解放されたカズキの背中に理事長のトーカの言葉が突き刺さる。
カズキは肩を竦め、制服の袖に腕を通す。
一週間ぶりの制服だ。久々の感触にようやく傷が癒えた事を実感してくる。
「勘弁して下さいよ……イクス先生に同じことずっと言われていたんですよ」
体が妙に疲れているのは医療用魔導器に体を浸していたからだけではない。
毎日のように誰かが治療中のカズキのお見舞い件、お小言を言いに来たからだ。
最初は助けを求めに来た『戦闘科』の学生魔導士たちだ。彼はまだマシだった。
終始頭を下げるだけだったので、聞き流すだけでよかった。
問題はそれ以降だ。
一足先に医療用魔導器での治療を終えた二アがカズキに面会しにきた。
その際、二アは涙ながらにお礼と謝罪をしてきたのだ。
助けに来てくれた事。大怪我を負わせてしまったこと。カズキを思いやる気持ちで溢れた言葉の数々に、一時は場の空気が硬直したほどだ。元々、口べたなカズキには怪我の具合も相まって相当に辛かった思いがある。
改めて、きちんと話をしたいところだ。
サツキ=アレンとも少し話せた。もっとも二、三、言葉を交わしただけだ。去り際にいった「少しはマシな面構えになったな……」という言葉が今も胸に刺さっている。
他にもクラスの連中が毎日のように顔を出すので、この一週間、休めた気がしない。一応、絶対安静のはずだったのだが……
(そう言えば、イノリは一度も来てないな……)
カズキが医療用魔導器に入ってから一度も顔を出していない少女を思い出し、カズキは小さな笑みを零していた。
(まったく、イノリらしいよ……)
医療室を出るカズキにトーカが感慨深い眼差しを向ける。
「そう言えば、黒竜討伐の報酬として、正式に帝国魔導士団から招待が来ているが、どうする? 魔導士になれるチャンスだぞ?」
「断っておいて下さい」
「即答だな」
「当たり前でしょ? 俺は魔導士になるつもりはありませんよ」
「……なら、改めて聞こう。お前は何になる?」
「決まってるでしょ?」
◆
医務室を後にしたカズキを見送り、トーカは肩の力を抜いた。
ようやく、親友との約束を果たせた事に、トーカの頬に涙が伝う。
「ようやく、アイツの顔がマシになったよ……これで、お前にいい報告が出来そうだ。シノ……」
カズキの事を心配しながらこの世を去った親友が笑ったような気がした――
◆
カズキは一週間ぶりにイノリの部屋へと戻った。
玄関に入った瞬間、カズキは盛大に引き攣った顔を浮かべた。
足の踏み場もないほどに散らかった部屋。
最初にこの部屋に訪れた時よりも惨状はひどかった。
この一週間、寝る間も惜しんで彼女は研究に没頭していたのだろう。
カズキは破片を踏まないように気をつけながら、部屋の奥へと向かう。
作業台と一心不乱に向かい合っていた白銀の髪の少女を見て、カズキは安堵のため息をもらす。
「ただいま。イノリ……」
「あぁ……帰って来たんですか?」
目の下にひどいクマを作ったイノリがカズキに向き直る。
「ひどい顔だな」
「誰のせいだと思っているんですか?」
ジト目でカズキを睨む視線から顔を逸らす。
イノリの足元には根元から砕けた《黒銀》の残骸が転がっていた。
黒竜のブレスを破壊した際に《黒銀》もまた砕け散ったのだ。
イノリが言うには耐久性の問題らしい。
彼女はこの一週間、《黒銀》の改修に身を粉にしていたのだ。
「まあ、間に合ったからいいですけどね」
イノリは《グレイビル》を使って、作業台に置かれたもう一本の《黒銀》をカズキに手渡す。
握った感触は黒竜のブレスを引き裂いた時と同じ。まるで手に吸い付くような感覚だ。重さを一切感じない。
「《零式》の問題点はカズキの魔力に耐えきれなかったこと。《零式》自身の最大出力に耐えきれなかった事です。この《黒銀一式》はカズキの魔力負荷に耐えきれるように設計しました。まだ、最大出力を出す事は出来ませんが、防御力は飛躍的に上がった筈です! それから――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ふんす! 鼻を鳴らしながら、新しい《黒銀》のスペックを語るイノリにカズキは待ったをかける。
突然、話の腰を折られたイノリは憤慨そうに鼻を鳴らしながら腕を組む。
「なんですか? 今、いいところなんですけど?」
相当お冠だ。言葉を選ばないと殺されかねない。
カズキはゴクリと生唾を飲んでから、最大の疑問を口に出す。
「どうして、急に《黒銀》を使えるようになったんだ?」
「はあ?」
「えっと……この間までは満足使えなかった筈なのに、今はなんか違うんだ。手に馴染むっていうか、まるで腕そのものみたいな……」
「当然ですよ。それが《黒銀》の真の力ですから」
「真の?」
「ええ、《黒銀》には幾つものプロテクトを施しています。それを解除する力が『意思』の力です。強い意志を持つ事が私の開発した《魔導器》を動かす鍵なんですよ。カズキがどんな『意思』で《黒銀》を掴んだのかは知りません。けど、その意思が――」
「大丈夫だよ」
カズキはイノリの言葉を遮って重ねる。
《黒銀》が意思の力で能力を発揮するというなら、今、カズキの中に根付くこの意思は本物なのだろう。
その意思はイノリが危惧するような危険なものじゃない。それはカズキが一番よく知っている。
だから――
「話はだいたいわかった。なら、早速、試験と行こうぜ? 時間が惜しい」
「随分とやる気ですね? どんな心境の変化が?」
「決まってるだろ? 早く《黒銀》を最高の魔導器にしたいんだよ!」
「そうですか。最高ですか――私の最高はまだまだ先ですよ?」
「わかってるよ。だから、行こうぜ。その先の未来に!」
カズキは《黒銀》を握り、訓練場へと向かう。
《黒銀》の担い手として。
イノリのただ一人の英雄となる為に、カズキはその第一歩を踏み出した。
これは、一度、絶望に堕ちた劣等魔導士が英雄への道を歩む――その開幕の物語である。
劣等魔導士と反転黙示録
四十一話と長いお話になりましたが、カズキとイノリのお話は一度、ここで終わりを迎えます。
まだ、使っていない設定などもありましたが、別の機会で活かしていきたいと思います。
最後までご覧になって頂き、ありがとうございます!
次回作、また、他の作品も是非ご覧になって下さい!




