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第四十話『手折れた心』

 地面に叩きつけられた衝撃で、カズキの意識が叩き起こされる。

 目が覚めたと同時に腹部から刺すような痛みが訴え続けている。傷口を見る。深くはないが、浅くもない。

 あと数センチ深ければ腹圧で臓物が飛び出しかねない状態だ。

 カズキは懸命に痛みを押し殺し、痛む体を起す。

 体は痛みで麻痺し、恐怖で足腰が震えている。とてもじゃないが戦える状態ではない。


「く……」


《飛燕》を支えに立ち上がったシドウは、全身の痛みに涙を流しながら、跳躍した。

 立ち止まっている暇などなかったからだ。

 カズキが倒れた場所に振り下ろされる鋭利な爪の影。その一撃は寸前までシドウが立ち尽くしていた場所に巨大なクレーターを穿つ。

 降りかかる粉塵に顔を顰めながら、カズキはその中に巨大な影を見つける。


「う……おぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 絶叫と共に《飛燕》を振り上げ、型など捨てて、我武者羅に、生存本能が赴くままに《飛燕》を振るう。

 黒竜の堅牢な鱗に僅かに入るヒビ。《飛燕》の身体強化を駆使しても、黒竜の鱗を砕く事が出来ず、カズキに焦燥感が募る。

 苛立ちに身を任せ、突き立てた《飛燕》がようやく黒竜の鱗の一枚を突き破った。


『グルアアアア!』


 だが、カズキの攻撃もそこで終わりを告げる。黒竜の鱗を砕く事が出来た事で、僅かに気を緩めてしまった。

 その隙を逃す筈もなく、再度、黒竜の尻尾が大振りに振り回された。

 黒竜の攻撃の中で、もっとも視認不可能な攻撃。それが尻尾によるものだった。

 遠心力を上乗せされた尻尾は身体強化中のカズキの動体視力を上回っており、察知してから避ける事が出来ない。

 出来るとすれば――防ぐ事だけ。

 カズキが反射的に《飛燕》を盾にした。

 直後。甲高い音と、閃光がカズキの耳と目を潰す。


 その中で聞こえる『バキンッ!』という異音。吹き飛ばされたカズキは刀身を見て、息を詰まらせた。


 半ばから真っ二つに折れた《飛燕》を見て、息が止まる。


 だが、驚いている暇はなかった。

 カズキは身体強化が解けていない事を確認すると、黒竜の爪、そして顎をかいくぐり、懐へと飛び込む。

 黒竜の体は堅牢な鱗で覆われ、物理攻撃にも魔術攻撃にも強い耐性がある。

 だが、鱗で覆われていない場所も確かにあるのだ。

 体を動かす間接などは僅かだが、隙間がある。

 カズキの視力はその僅かな隙間を正確に捉え、針の糸を通すような正確さで、その隙間に剣を突き入れた。


『グルアアアア!?』


 間接が軋みを上げ、傷口から赤い鮮血がほとばしる。カズキの前身を赤く染め、切断された腱が支えを失い、巨体が膝をつく。

 その隙をカズキは逃さなかった。


「ああああああああああ!」


《飛燕》から手を放し、黒竜の体を這い上る。

 目指すはヤツの顎の裏。

 その裏に刺さったナイフだった。

 半年前、シノが黒竜を退ける為に、噛まれた拍子に突き立てたナイフ。

 それは零刻式魔導器《ダイン》と呼ばれる武器だ。

 その能力は『毒』

 ナイフの傷口を通して。致死性の毒を流し込む暗殺剣だ。

 

 黒竜の顎に潜り込んだカズキはカズキを喰らうおうと大きく開けた黒竜の口を大きく迂回し、顎裏のナイフの柄に手を伸ばす。


 ありったけの魔力を生成し、カズキは《ダイン》を起動させる。


「死ねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ドクン……とナイフが脈打ち、起動した《ダイン》が深々と突き刺さった刀身から『呪毒』を発生させる。

 直後――


『グ……ガ、アアアア……』


 呪毒が体に回り、悶え苦しみ始める黒竜。

 呪毒が目に回り、黒竜の目から光りが消える。顎は痙攣し、涎を垂れ流し、四肢は弛緩していく。死に体だ。


 それでも黒竜はあふれ出んばかりの生命力を奮い立たせ、首を我武者羅に振り、カズキを投げ飛ばした。


 既に、カズキも満身創痍。受け身も取れず、強かに地面に叩きつけられて、全身の力が抜けていく。


「あ……が」


 視界が明滅。意識が飛びそうになる。立ち上がる余力もなく、魔力もほとんど使い果たした。

 カズキは持てる力の全てを使って、黒竜に挑み――そして、やはり、負けていた。


《飛燕》も失い、シノが残した忘れ形見《ダイン》を使っても、黒竜を殺しきる事が出来なかったのだ。


 黒竜はのたうち、苦しみながらも、その瞳からは命という炎が消える事がなく、また、瀕死の状態だというのに、カズキを圧迫する程の濃厚な魔力を放っている。

 痙攣した顎には濃縮された魔力の塊が力となって形成を始めていた。黒竜は動かない体を砲台へと変え、カズキを道連れにする為のブレスを放とうとしているのだ。


 カズキはその光景を他人事のように眺めていた。

 悲壮感も絶望もない。あるのは、やり遂げたとう達成感だけ。

 あのブレスを放てば、それと同時に恐らく黒竜は息絶えるだろう。

 勝つ事は出来ないが、ただ負けた訳でもない。相打ちだ。

 その結果にカズキは満足感すら覚えていた。

 かつて、恐怖に支配された相手に一矢報いるどころか、殺すまでに至れたのだ。

 大勢の仲間の仇。そして、最愛の姉の敵を討てた事に、カズキは安堵していた。


 もう悔いはない。『魔導士』という夢は終ぞ叶わなかったが、それでも、やり遂げた事に意味はあった。


(これで、胸を張って逝ける。姉ちゃんのところに……)


 カズキは黒竜の最後の姿を目に焼け付け、涙を流す。さあ、殺せ。とカズキは黒竜に語りかける。


 その時だ。


 カズキにとって、最悪の――

 最高の――


 生きる理由が見つかったのは――。

 


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