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第三十九話『飛燕』

 黒竜の顎が二アを捉える直前、黒い影が視界を遮る。

 直後――


 ガキィィィン……!


 甲高い金属音が耳の奥を貫き、小さな火花が二アの視界に映った。

 それと同時に、抱きかかえられるような感覚が二アを襲い、強烈な風圧と共に景色が一瞬で移り変わる。

 目の前まで迫って来ていた黒竜の顎はそこにはなく、ゴロゴロとした岩肌がノエルの視界に飛び込む。


『グルルル……』


 唸り声がする方へと視線を向けて見れば、牙が欠けた黒竜が、警戒心を露わにして、二アを――否、二アを抱きかかえる少年に向けられていた。


「あ、アスカ君……?」

「……おう。無事か?」


 顔を上げた視線の先にいたのはここには絶対いないはずの少年の横顔だった。

 自分の命が助かった事も、そしてカズキがここにいるという事実を呑み込む事も出来ぬまま、呆然とする一方だった。

 カズキはそんな二アを一瞥すると、二アの体を労るようにゆっくりと地面に下ろす。

 そして、二アの傷を悲痛な表情を浮かべながら見つめる。


「頑張ったな」

「え……?」


 言葉はそれだけ。

 それだけを残し、カズキの体が残像のように消え失せる。


『頑張ったな……』


 二アはその言葉をゆっくりと呑み込んでいく。

 そして、戦場の最前線にたったカズキを見て、ようやく理解したのだ。


 自分が助かった事――そして、もう安心して大丈夫。緊張の糸を、意識を手放しても大丈夫なのだと……


「……ありがとう、アスカ君……」


 二アは涙を流し、そう呟くと、ゆっくりと意識を手放していった。



 ◆



 黒竜を視界に捉えたカズキは、そのまま一直線に黒竜の顔面に向かい、疾走していく。

 その手に握られたのは《黒銀・零式》ではなく、学生魔導士時代、クロトが愛用してきた《零刻式》刀剣型魔導器――《飛燕》だった。


《飛燕》の有する能力は身体能力の強化。本来、魔導器が有する爆発的な能力を全て身体強化のみに注ぎ込み、最速で最大の戦闘能力を魔導士に付与する能力だった。


 今のカズキは、視界に捉えることすら不可能なレベルで体を動かす事ができ、その斬撃は黒竜の硬質な牙を砕くほど。


 黒竜に肉薄したカズキは、再び剣を打ち下ろす。

 刀身が黒い鱗を砕き、ガラス破片のように周囲の鱗が飛び散ちる。

 そして、カズキの斬撃は鱗だけでなく、黒竜の肉体にまで届き、僅かな爪痕を残していた。

 それを見て取った周囲の学生魔導士達が歓喜に湧く。


「い、いける! いけるぞ! 俺達で黒竜を倒す事ができる!」


 一人の学生魔導士の言葉を皮切りに各々が《魔導器》を携える中、カズキの咆吼が響き渡る!


「逃げろ!」


「え……?」


 その言葉を聞いた学生魔導士達が困惑の表情を浮かべる。

 なぜ、逃げなければならない?


 今、黒竜は押し込まれ、怯んでいる。絶好のチャンスではないのか?


 なのに、なぜ、逃げろ、と……?


 学生魔導士達の疑問は次の瞬間、霧散する。


 黒竜の放つ咆吼と威圧に身が竦んだからだ。


 その瞬間、誰もが理解した。

 黒竜はまだ本気ではなかったのだと。


 そして、今、ようやくカズキの事を敵と認識したのだ。


 餌から敵へと昇格したことにより、ようやく黒竜も重たい腰を上げた。

 剣呑に細められた視線はカズキを一直線に捉え、そして欠けた牙をこれでもかと、見せつける。


 それを見て取ったカズキはゴクリと喉を鳴らし、そしてもう一度叫んだ。


「いいから、逃げろよ!」


 その言葉が彼らの恐怖心を後押しし、カズキを置いて、周囲にいた魔導士は一目散に逃げ去ったのだった――





 黒竜と対峙したカズキは乾いた笑みを浮かべていた。

 体の芯から震え上がる。

 どう足掻いても勝てない相手を目の前に、すでにカズキの膝は折れかけていた。


(本当に、よくやれたよ……)


 黒竜に一度ならず二度までも刃を交える事ができたのだ。

 涙を浮かべ失禁しなかった自分に賞賛すら贈りたい奇跡に近しい行動だった。


 けれど、もう奇跡は起きない。


 ここからは一方的な蹂躙だ。


 カズキの技量では決して黒竜に勝てない。


 逃げる――


 その思考が脳裏を過ぎるのと同時にその考えを一蹴する。


 逃げられるわけがない。

 カズキ一人なら逃げる事も可能だろう。

 身体強化した今なら逃げに徹するなら恐らく黒竜から逃げおおせる。

 だが、それではダメだ。

 カズキが逃げれば、次標的にされるのは移動速度の遅い、先に撤退した学生魔導士たち。

 彼らにはなんの縁もないが、二アだけは別だ。

 カズキの友人にして、カズキがこの場に駆けつける要因になった少女。

 ここで彼女を死なせるような事があれば、危険を犯してまでこの場に来た意味がなくなる。


 だから、絶対に逃げる事はできない。


「倒さないと……」


 元よりカズキが生き残る術はそれしかない。

 奇跡を超えたその先の領域に辿り着かなければ、カズキに待つのは残酷な死だけだ。


 カズキは《飛燕》を構え直し、雄叫びをあげる。


 地面を強く蹴り、駆けだした途端――


「がっ……ふっ……!」


 凄まじい衝撃がカズキの腹部を襲い、ピンボールのように体が弾け飛んだ。


 明滅する視界で捉えた光景は想像を絶するものだった。

 カズキの身体能力を超えた亜音速の一撃――黒竜の尻尾がカズキの腹部を深々と斬り裂いていたのだから……!


次回の更新は未定です。

なるべく早く更新するようにします!

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