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第三話『テスト魔導士』

(そうだったのか……)


 カズキはトーカの話を聞き終えると途方に暮れた。

 学院を辞めてもなんとかなるだろう。

 そんな思い込みがあったのは事実だ。

 実際にそうするつもりでいたし、何よりカズキという劣等生がこれ以上この学院に留まったところでカズキ自身にも、そして学院にもいいことがない。

 だが――その心は今、とてつもなく揺らいでいた。


(路頭に迷うのは嫌だな……)


 何も出来ずに存在自体忘れられ、ひっそりと息を引き取るような最後をさすがに望みはしない。

 せめて一般教養程度のステータスさえあればまだなんとかなりそうなものだが……


(さすがにそれは高望みだったか?)


 カズキのいた『戦闘科』はそれこそ戦う為だけのクラス。それ以外には目を向けることも無かった。

 あのクラスではどうあがいても今カズキが欲しいもの(一般教養)を学ぶことは出来なかっただろう。

 それにもう退学を言い渡された身だ。今更泣こうが喚こうが後の祭り。

 今考えるべきことは明日からの生活。衣食住をどうするかだ。


 せめて雨風が凌げる屋根や壁は欲しい。食料は最悪、『戦闘科』時代に身につけたサバイバル知識でなんとかなるだろう。

 それでも保って一週間くらいだろうが……


「難しそうな顔をしているな」

「そりゃあしますよ。こんな話を聞かされたら」


 含みのあるトーカの言い方にカズキはふてくされる。

 トーカは獲物を見つけた野獣のような視線を一瞬カズキに向けると「思い通り」といった勝ち気な表情を浮かべる。


「だろうな。そうでなければこちらも困る」

「……は? それってどういうことですか?」

「なに、ここまで話してもまだお前が学院を辞める気ならもう放っておこうとも思っていたが、少しでも躊躇いがあるなら話は別だ」


 トーカは唇の端を吊り上げ、いやらしい笑みを浮かべた。


「アスカ、このまま学院を辞めたいと思っているか? それとも……一般教養の一つでも学んでから辞めたいか?」


 そんなの言われるまでもなく決まっている。


「そりゃあ、学べるなら学んでから辞めたいですけど……」


 そもそもこの学院にそんなまともな講義が存在するのか?

 カズキの疑念を払拭するかのように、トーカが一枚の紙切れを取り出した。

 それは理事長の捺印が押された同意書のようなもの。

 その細かい内容をすぐに理解することは出来なかったが、どうやらこの書類は編入手続きの類いみたいだ。

 その同意書には大きく『テスト魔導士・承諾書』と書かれていた。


「テスト、魔導士?」


 聞き覚えのない単語にカズキは首を傾げた。

 そして、


「なんです? これ?」


 その疑問をそのまま目の前のトーカに尋ねる。

 トーカは含み笑いを携えたまま書類に指を添える。


「なに、ただの誓約書だ。学科移動の為の手続きと思ってくれてもいい」

「学科移動、ですか?」

「そうだ。この学院に一年以上いたんだ。いくら戦闘バカな連中でも『総合科』の存在くらいは知っているだろ?」

「それは、まあ」


 トーカのいう『総合科』とはそのまま文字通りの意味だ。



 この学院には大きく分けて二つの学科が存在する。

 一つはカズキの所属する『戦闘科』――これは魔族と直接戦うことを目的とした戦闘のみに特化したクラスだ。

 国からの依頼のほとんどはこの『戦闘科』に回される。

 それとは別で『戦闘科』以外の全ての科を合わせたクラスを『総合科』と呼んでいる。

 直接戦闘に関わることのない治癒術師や魔導士にとって生命線とも呼べる戦う為の武器――《魔導器》を制作する魔導技師などがこれらに該当する。



『総合科』は『戦闘科』のように討伐回数が進級に直接影響するということはない。

 生徒は任意で好きな講義を選び、そこで一定の成績を収めれば自動的に進級に必要な単位を取れる仕組みになっている。卒業後は魔導士になる生徒もいれば自分の特技を活かした職業に就いたりなどその進路も様々だ。

 それは一重に『総合科』という括りの中に治癒術師や魔導技師といった技能が一緒くたにまとめられ、結果、進路を統一することが出来なくなったからだと聞いている。


「『テスト魔導士』とは簡単に言ってしまえば試作段階の《魔導器》の性能を試験する魔導士のことだ」

「試験、ですか?」

「そうだ。魔族と戦う為に開発された《魔導器》――それは魔術を使えない人間が擬似的な魔術を発動させ、魔族と対等に戦えるようにしたものだ。最初こそ実践投入でその性能を試さざるを終えなかったが、魔導士や《魔導器》の配備が十分に行き渡った現代でそこまで危険な行為をする必要はなくなったんだよ。

 試作された《魔導器》の性能を試し、あらゆる問題点をクリアし、完成された《魔導器》を配備することでより万全な状態で魔族と戦う。その為のテスターを我々は『テスト魔導士』と呼んでいる」

「……つまりは《魔導器》開発のためだけの魔導士ってことですか?」

「そういうことだ。そしてその『テスト魔導士』は『戦闘科』ではなく『総合科』に加えられている。魔導技師とより綿密な連携を図る為――というのもあるが、一番の理由は『テスト魔導士』が帝国からの討伐依頼で死亡するリスクを減らす為だ」

「えっと、なぜですか?」

「考えてもみろ。戦いが下手なヤツにテスターを頼めると思うか?」


 そう言われてカズキはその光景を思い浮かべる。

 試作段階ということはまだ万全な状態ではない。

 それどころかクリアしないといけない問題が山積みだ。

 そしてその課題をクリアする為には高い技術力を持つ魔導士の存在が必要となるのは簡単に想像がつく。

 実際の話、必要水準を100%満たした――つまり完成された《魔導器》を使ったところで実際の戦場でその全ての性能を引き出せる魔導士はほとんどいない。

 魔導士は《魔導器》に秘められた性能を半分も引き出せていない――というのが現状だ。

 だが、それでも尚、自分の使う武器は万全でありたい。



『魔導士にとって《魔導器》は唯一戦場で背中を預けられる相棒だ』



 これはカズキの姉がよく言っていた口癖だ。

 命のやりとりの中で自分の使う武器に不具合があったらたまったものじゃないだろう。

 常に想定外のことが起こる戦いの中で、せめて武器だけは完璧な状態で使いたい。

 そのことを考慮するなら『テスト魔導士』は十二分に《魔導器》の性能を引き出せる優秀な魔導士に限られる。

 下手では困るのだ。


「ちょっと、頼めませんね」

「だろ? 『テスト魔導士』に求める最低条件は一人でもBランク程度の依頼がクリア出来る魔導士に限られるんだ。人数が凄く少ないんだよ。だから死なれると困る」


 その言葉を聞いたカズキは再び引きつった表情を見せた。

 ランクB程度とトーカは簡単に言ってのけるが、その過酷さは熾烈を極める。

 十人編成の部隊を組んでも必ず一人、二人は命に関わる大けがを負う。

 場合によっては命を落とす生徒だっているのだ。

 そんな過酷なBランクを一人で――というのは無茶が過ぎる。


「それは……あまりに無謀すぎやしませんか?」

「そうだ。だが、最低限このくらいはやってもらわねば困る。そしてアスカ、お前にはその『テスト魔導士』の資格が十分にあると私は睨んでいる。どうだ? やってみるか?」

「……」


 カズキは返答にしばらく間を開ける。

 確かに悪くない条件だ。

 魔導士と言っても所詮は『テスト魔導士』――その危険性も実際の現場より遙かに低いものだろう。

 それに、好きな講義を受けられる『総合科』であればカズキが欲してやまない学力だって身につけることが可能だ。

 卒業後も別に魔導士になる必要はない。

 暗雲立ちこめる将来に降って沸いたこの提案は願ってもいないことだ。

 だが――


「これを引き受けるには何か条件があるんですよね?」


 そう。カズキは今し方退学を言い渡された身。

 これがただの純粋な善意であるとは思っていない。

 何か企みがあるに違いないと睨んだ。

 カズキの問いにトーカは大仰に頷く。


「当たり前だ。そもそも退学を言い渡したばかりだぞ。それでもお前の事情を考えて『仕方なく』提案しているんだ。なら、こちらの都合も考えて欲しいものだな」

「えっと……内容にもよります」

「なに、簡単なことだ――」


 そう前置きしてからトーカはもう一つの資料を机に出した。

 それは一人の学生の成績データだ。

 それを見たカズキは――


「うわ。これは……ひどい」


 自分の成績を棚に上げてそんなことを宣っていた。



 カズキと同じく底辺をゆく真っ平らなグラフ。

 この生徒もカズキ同様に前期セメスターの成績が壊滅的だったのだ。


「ちなみにお前と一緒にするなよ。彼女はこの休みの間に私の出した課題を一応はクリアして首の皮一枚繋げたお前より優秀な生徒だ」

「理事長、五十歩百歩っていう言葉をご存じですか?」

「さあな。そこで本題だ。彼女は『総合科』魔導技師のイノリ=ヴァレンタイン。成績はまあ見ての通りだ。このままの成績なら彼女は後期セメスターが終わった段階で退学……もっと早い段階での退学もあり得る生徒だ。お前には彼女の専属『テスト魔導士』として彼女の《魔導器》を完成させてもらいたい」

「それはなぜですか?」

「……このまま彼女を退学にさせてしまえば学院のメンツが潰れるからだ。お前も聞いたことくらいはあるだろ? 『ヴァレンタイン』という名前を――」

「……? そんな名前――」


 聞いたことがない。と口にしかけたカズキの脳裏にある会社の名前が過ぎる。

 それはこの都市で一番巨大な会社――《魔導器》開発を専門に扱う『ヴァレンタイン財団』だ。

 まさか……という懸念はトーカの表情を見て確信に変わる。

 その疲れ果てた表情はある種の悲壮感に満ちていた。


「まさか、本当に……?」

「ああ、そのまさか、なんだよ。彼女はあの『ヴァレンタイン財団』の一人娘。そんな生徒を退学にでもしてみろ。学院のメンツはおろか、寄付金だって絶たれる可能性がある」

「なら、理事長権限でどうにかすればいいでしょ?」

「一時はそれも考えた。だが、彼女の両親が何時までたっても娘の創った《魔導器》が見られないことに疑問を抱かれてな……このまま騙し通すということも出来そうにないんだ。

 だからアスカ、お前はなんとしてでもこのセメスター中に彼女の《魔導器》を完成させろ。そうすればお前の退学も彼女の退学も取り消せる。加えて彼女の両親にもいい顔が出来、ウィンーウィンというわけだ」

 予想していた以上に醜い大人の事情だった。

 そんな汚い打算的考えを聞かされたカズキはもう苦笑いするしかない。

 だが、カズキの答えはすでに決まっていた。


「わかりました。彼女の専属テスターになればいいんですよね? 問題ありません。この『テスト魔導士』引き受けますよ」


 思っていた以上に簡単な内容に快く承諾するカズキ。

 だがその時のカズキはトーカが浮かべる含み笑いに気付くことが出来なかった。

 そして後に知ることになる。



 イノリ=ヴァレンタインが持つ『ゴミ溜め』という称号とその由来を――


次回、メインヒロインが登場する予定です!

投稿は明日を予定しています!

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