第三十七話『大切なピース』
「……二ア、お前なのか?」
「……え? 今、なんて……?」
カズキの言葉を聞いて唖然とした表情を浮かべるイノリ。
桃色の肌が一瞬にて青ざめる。
二人の間柄を知るカズキはその胸中を察しつつ、だが、避けられない現実だと割り切った。
「いるんだ。恐らく、コイツらのパーティーの中に二アが」
「う、嘘でしょ? だって遠征についていくだけって――黒竜の討伐にいくなんて、一言も……」
その事実を否定したい気持ちが顕著に表れていた。黒竜が偶々このパーティーに襲いかかった事すら忘れているようだ。
イノリはフラフラとした足取りで『戦闘科』の少年に近づくと、彼の前で跪き、その胸ぐらを掴み上げる。
「教えないッ! 二アは? 二アは無事なんでしょうね?」
かつてないほど殺気に満ちたイノリの言動に『戦闘科』の肩が震える。
「し、知らねえよ! あれからもう何時間も経っているんだ! 皆自分の事で精一杯なんだよ! 治癒しか出来ない魔導士を守れるよゆ――ッ!」
「それが二アに命を救われた人の言う台詞ですか!? 二アの命くらい助けなさいよ! 二アが、どんな思いであなたを――」
「止めとけ。いくら言っても時間の無駄だ」
「で、でも!」
止めに入ったカズキの顔を鬼気迫る表情を浮かべ見つめるイノリ。その目尻には涙が浮かび、放っておけば今すぐにでも飛び出しそうな雰囲気だ。
カズキは肩に置いた手の力を込め、イノリを落ち着かせる事にさらに言葉を投げかける。
それは、ある種の自殺宣言ですらあった。
「………………俺が…………行くッ」
たっぷり間を開けて、それでも震える声で確かにそう口にした。
「あ、アスカ……どうして……?」
カズキの震える体、言葉に、カズキが抱く恐怖を感じ取ったイノリが言葉とは裏腹に懇願するような声で囁いた。
理由はカズキにもわからない。
かつて、姉の死と共に絶望を叩き込まれた相手にもう一度挑もうと言うのだ。
しかも、今はあの頃の全盛期のカズキじゃない。
戦いから逃げ、剣も握らなくなったカズキがあの『絶望』に敵う筈がない。
無謀――
その一言が脳裏を過ぎる。
死ぬ気か? と魂が警鐘を鳴らし、手の震えは止まらない。
あの黒い姿をイメージするだけで、胃の中の物を全て吐き出しそうになる。
けど、それでも――その言葉を口に出来たのは……
「とも、だち……だから……」
「アスカ……?」
「俺はアイツに姉ちゃんを殺された。もう、あんな思いはたくさんだッ! だから、戦いから逃げた。目の前で誰かが死ぬのが耐えられなかったから……けど、俺の知らない場所で、俺の大切な友達が傷つくのは――俺から大切な何が奪われるのはもっと嫌なんだッ!」
そうだ。理不尽に自分の大切を奪われる――だから戦う。
自分だけを生かしても意味がないんだ。
生かすなら、自分と大切な人達を全て守らないと――
これ以上、カズキの欠けた心のピースが増えない為に――
残された大切で輝かしい日常を謳歌する為に――
そのピースを取り戻しに行く!
「だから、俺は戦う――俺の『大切』を失わない為に――」
一度、『大切』を奪われたカズキだからこそ、その覚悟は強い力となって、カズキの震えを吹き飛ばすのだった。
遅くなってすみません!
次回の更新は来週の土曜日を予定しています!
宿敵の黒竜が登場する予定です!




