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第三十五話『冷酷な眼差し』

「な、なんだよ、藪から棒に……」


 大声を上げて訓練場に転がり込んできた『戦闘科』の学生(因みにカズキとの面識はない)に、同じ『戦闘科』の生徒達が苦笑を浮かべて近づいていく。

 それを遠目で眺めていたカズキたちも何事だ? と彼らに視線を向けていた。

 どうせ大したことじゃないんだろ? 苦笑いを浮かべる『戦闘科』の連中に縋り付くように駆け込んできたソイツは涙交じりで伝えたのだ。

 あまりに予想外な一言を――


「こ……こ、黒竜が出たんだ!」




 その言葉が響いた瞬間、誰かが息を呑んだ。


 黒竜――


 その名前は『戦闘科』の中では有名な名前だ。

 半年前、討伐依頼が下りたSSランクの依頼。それこそが『黒竜討伐』だった。

 依頼そのものは失敗に終わったが、危険度の高かった黒竜を魔族領に退ける事が出来た為、生徒達も――そして学院の教師陣も危機は去ったと思い込んでいた。

 それが、今になって何故?


 驚愕に身を震わせたのは何も『戦闘科』の生徒だけじゃない。遠くで彼らの様子を眺めていたカズキもその一人だ。

 最もカズキの場合、動揺が顕著に表れ、震えを通り越し、顔は青白く、表情は氷り、血の気が失せていた。


「アスカ……?」


 イノリが珍しく心配そうな視線をカズキに向けていたが、今のカズキには彼女の視線に気付く余裕すらない。

 思考がグルグルと空回りし、体の芯から悪寒が走り抜ける。

 カズキのただならぬ様子を見て、試験どころではないと察したのか、イノリがカズキの袖を軽くつまむ。


「……戻りましょう。今のあなたは少し変です」

「……あ、ああ……」


 イノリの気遣いに素直に頷く。

 余程顔色が悪く見えたのか、「片付けは私がやります」とイノリが制する。インゴットや《黒銀》をイノリが《グレイビル》で操り、片付けをしている最中もカズキの視線は黒竜の報告に来た『戦闘科』の生徒に釘付けられていた。


 話を要約すると、彼は別の依頼で魔物の討伐に出ていたパーティーの一人らしい。

『戦闘科』の卒業がかかった大事なクエストで、十分な安全マージンと補助要員として学院では名高い技師や治癒師を連れていたそうだ。


 クエストも無事に終わり、歓喜に満ちるパーティーの下に黒竜が現れた。

 猛々しい咆吼と大地を揺るがす風圧を靡かせる翼。そして、獰猛な視線に鋭い牙や爪。体長は有に一五メートルを超える黒竜はなんの前触れもなく現れ、意表を突くように爆炎を伴ったブレスを放ってきたのだ。


 その時点で《魔導器》の補助に来ていた技師が灰となって消し飛び、同時に『戦闘科』の生徒の半身を吹き飛ばしたそうだ。

 随伴していた治癒師のおかげでどうにか全滅という最悪の事態を防ぐ事が出来、体勢を整えたパーティーは足の速い彼に救援を求めるように告げたらしい。


「お、お願いだ! アイツらを助けてくれ!」

「い、いや……そうは言ってもよ……」


 助けを懇願する『戦闘科』の生徒に訓練場に居合わせた『戦闘科』達は顔を見合わせて、渋面をつくっていた。

 互いに「お前が行けよ」と押しつけあう姿勢に助けを求めに来た『戦闘科』の生徒の瞳は絶望に染めていく。

 これがもしランクA相当の魔物なら何人かの『戦闘科』は救援に闘志を燃やしていたかもしれない。

 だが、流石に相手が悪い。相手が半年前に撃退した黒竜である事に、誰もが二の足を踏んでいるのだ。

 それ程までに半年前の戦いは悲惨で、そしてその結果失ったものが余りにも大きすぎるのだ。


「そ、そうだ。先生に頼めよ! 緊急の事態なんだ。先生も動いてくれるだろ?」


 クエストで生じる様々な弊害は全て自己責任がこの学院のルール。だが、流石に突然現れた黒竜に襲われた生徒を無視する事はしないだろう。

 一人の『戦闘科』がそう告げると、涙ながらに助けを求めた生徒は首をフルフルと振った。


「もう頼んだよ! 動いてくれるみたいだけど、救援に行くのに時間がかかりそうなんだ。だって四番隊の隊長を食い殺した相手だぞ? 並の装備でどうこう出来る相手じゃない事くらいはお前らだって想像つくだろ? イクスさんや理事長が準備を整えてから救援に駆けつけても遅すぎるだよ!」

「なら、俺たちが無理だってことくらいわかるだろ? 隊長ですら敵わないかもしれない黒竜相手に戦えるかっ!」

「お前ら、ここで訓練していたんだろ? ならいつでも戦える用意は出来ているよな? 先生が駆けつけるまでいい。俺達と一緒に戦ってくれないか!?」

「お前、自分の言っている意味わかってんのか? 俺達にお前らと一緒に心中しろと? 冗談じゃねえ。俺達はまだ死ぬわけにはいかないんだよ」


 そう吐き捨てると「近寄るな」と言いたげな視線を助けを求めた『戦闘科』に向け、早々と訓練場から立ち去る『戦闘科』たち。

 後に残されたソイツは涙ながらに絶望し、嗚咽を漏らし続けるのだった――。


次の更新は土曜日を予定しています!

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