第三十三話『見えない力』
「はい、ざんねん」
どこか間の抜けた声がカズキの鼓膜を震わせた。
もはや日課となりつつある訓練場での臨床試験。
その足掛けとしてカズキは無骨な大剣《黒銀零式》を正眼に構えた姿勢で硬直していた。
両腕がプルプルと震え、今にも取り落としてしまいそうな重量を誇る《タイプゼロ》に辛酸をなめされて早五日。
ようやく素振りも様になり、いよいよ本格的な試験を始めようと提案した矢先、イノリから全ての苦労を打ち砕く一言が囁かれていた。
滝のように汗を流しながら、カズキはジト目でイノリを睨むが、当の本人はカズキの視線を見事にスルーしていた。
《タイプゼロ》の風圧で吹き飛ばされた鉄塊を《グレイビル》で所定の位置に戻し、パンと手を叩く。
「さあ、もう一度」
ニッコリと微笑む彼女の笑顔が般若のそれに見えたのは気のせいではないだろう。
カズキは頬を引きつらせながら「見てろよ?」と苛立った視線を目の前の鉄塊と毒舌少女に向ける。
大仰に《タイプゼロ》を掲げ、魔力の全てを身体強化と《タイプゼロ》に振り分ける。
ここ数日の研鑽で全魔力の七割を身体強化に回す事で、どうにか《タイプゼロ》を振るえるようになった。
そして残りの魔力を《タイプゼロ》に振り、イノリが最初に出した臨床試験に再度挑む。
目の前には一塊の鉄塊。厚みは十センチ弱。だたい辞書一冊分の厚さだろうか。重みは40キロを軽く超える。
素材は《帝国式》にも使われるインゴットで、その耐久度は折り紙付きだ。
何度も呼吸を整え、意識を集中させる。
剣だけじゃない。自分自身が刃そのものになったようなイメージが湧き、『斬る!』という意思だけが体を支配する。
薄らと目を開け、憎き鉄塊を視界に捉えると、カズキは紫電一閃。裂帛の気合いと共に《タイプゼロ》を鉄塊めがけて勢いよく打ち下ろす。
ガキィィィン!
幾度目かになるけたたましい金属音が訓練場に鳴り響く。
同じ場所で訓練をしていた学生達はすでに見慣れた光景に振り返ることもなく自身の研鑽に身を投じていた。
その結果は見るまでもない。
「はい、また残念でしたね」
「くそおおおおおおおおおおお!」
呆れた表情を浮かべるイノリと頭を掻きむしるカズキの雄叫びが試験の結果を物語っていた。
イノリは呆れを通り越し、失笑を浮かべ、インゴットに触れる。
何度も叩かれた為、歪な形をしているが両断された気配はおろか、刃がインゴットを斬った形跡すらない。
ため息を吐きながら歯がみするカズキにイノリが白い目を向ける。
「叩いてどうするですか? 私は斬って下さいと言ったはずですが?」
「い、いや……それは……」
カズキの目が明後日の方向に泳ぐ。その様子はまるで言い分けを探す子供同然の姿だった。
「か、欠けてるよな?」
カズキはインゴットの周りの破片を指指しながら言い分けにもなっていない言い分けをし出す。
《タイプゼロ》で叩くことによってインゴットの角が欠けた。それを斬ったと表現するにはいささか無理があるだろう。
見る見る内にイノリの目元が吊り上がる。
「なるほど、なるほど。アスカにとってこれが『斬った』と言うことになるのですか」
顔は笑顔だが、その目は少したりとも笑っていない。
カズキがその迫力に一歩後退るのとイノリの感情が爆発するのは同時だった。
「なに馬鹿なこと言っているんですか!? これは斬ったではなく、砕いたと言うんですよ! 馬鹿なこと言っている暇があったら訓練に打ち込んで下さい!!」
「い、いや……でもさ」
悪鬼のごとくカズキを睨む瞳に後退しながら、カズキは手元の《タイプゼロ》に視線を落とす。
「これで、鉄を斬れって無理があるだろ?」
刃引きされた《タイプゼロ》を見て、カズキは眉間に深い皺を刻んだ。
刃のように反りもあり、先端にかけて両刃作りになった見た目こそ『剣』そのものだが、肝心の刃が存在しないのだ。
叩く事は出来るが、斬るというある意味『剣』の代名詞たる機能が存在しないのだ。
もはや、剣の形をした巨大な鉄槌だと言う方が説得力がある。
これで一体どうしろと?
カズキがイノリに向ける視線はありありとそう訴えていた。
カズキの非難じみた視線を受けてもイノリの返答は変わらない。
「斬ってもらわないと困るんですよ。そもそも斬れないのはあなたに原因があるんですよ?」
イノリはそう言い捨てると《グレイビル》を発動。カズキの手から《タイプゼロ》を奪い取ると、その重量を気にしたそぶりもなく、片手で《タイプゼロ》を構えたのだ。
「……ッ」
何度見てもその光景にカズキの開いた口が塞がらない。
カズキのほぼ全開の肉体強化でようやく持ち上げられる重量を《タイプゼロ》は誇っているのだ。その大剣を非戦闘員のイノリが片手で軽々と握った光景に男として、また『テスト魔導士』としての両方のプライドが粉々に砕かれたのは言うまでもなかった。
因みにこっそりとイノリの手首のブレスレット型魔導器を盗み見たが、起動していなかった。恐らく《タイプゼロ》を手元に引き寄せた時にのみ使用したのだろう。
だからこそ、カズキは言いしれぬショックを受けていたのだ。
なにせ、今イノリは自分の力だけであの超重量兵器を扱っていることになる。
触れれば折れそうなイメージの華奢な体からはそんなイメージが湧かない。
それとも見えないだけで実際はカズキ以上に筋肉隆々なのだろうか?
その好奇心に抗うことが出来ず、カズキは恐れを知らない子供のようにイノリの前に屈み込む。
「あ、アスカ……?」
「いいから、ちょっと」
これは学術的な、元言い、医学的な観点からの観察だ。決して下心があるわけではない。
カズキはそう言い聞かせながら、それでも顔を真っ赤に染め、イノリの柔らかい二の腕に触れた。
「ひゃう!」
なんの前触れもなく素肌を触れられたことにイノリは黄色い悲鳴を上げる。
モミモミ、モミモミ……
筋肉をほぐすように揉んでいくが、強靱な肉体などではなく、とても女の子らしい――柔らかい筋肉だった。
「――ぅ」
途端に女の子の素肌を問答無用で揉みしだく行為に羞恥心を覚え、カズキの表情がさらに朱に染まる。下半身がムズムズとしだし愚息が「呼んだ?」と鎌首を持ち上げる寸前――
「な、なに……するんですかああああああああ!」
イノリの怒号の叫びが訓練場に響き渡るのと、カズキの脳天に巨大な鉄塊が打ち下ろされたのは同時だった。
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