第三十話『イノリとカズキが相部屋になったわけ』
「随分とやつれた顔をしているな」
「……ソ ウ デ ス カ ネ?」
約一週間ぶりに理事長トーカに呼び出され理事長室に訪れたカズキ。
その顔は――見るまでもなく窶れていた。
原因は極度の筋肉痛と――寝不足によるところが大きい。
曇った眼でその元凶の一つを担ったトーカを睨むが、どこ吹く風のごとく。
トーカは頬杖をつきながら、呆れた表情を覗かせた。
「なんだ? まだ根に持っているのか?」
「そりゃあ、持ちますよね? 聞いてませんよ、技師とテスターの寮が相部屋になるなんて!」
「そりゃあ、言ってなかったからな」
トーカはカズキの言を戯れ言と切り捨て、素知らぬ顔を通す。
事はイノリと正式に『テスト魔導士』の申請をした時に遡る。
何でも、他の学生技師が勝手にテスターを申し込まないようにする為に、事前に『テスト魔導士』登録をするのがこの学院の習わしだった。
登録は簡単なもので、技師とテスト魔導士がそろって事務手続きを終わらせるだけでいい。
テスト魔導士の記入欄は名前くらいなもので、項目はそれ程なかった。
書類に嫌気が指していたのはむしろイノリの方だ。
「なんで、こんなに書く量が多いんですか?」
そう愚痴りながら面倒くさげにペンを走らせるイノリの手元を覗き見たカズキの顔が「うへえ」と渋る。
学生技師の名前記入から始まり、テストする魔導器の名称、及び、能力。さらには形状や重量、何を想定して設計したものか。テスト項目内容。テスト魔導士に対する安全仕様。テスト使用期間。等々。
およそ5枚に渡ってビッシリと埋め尽くされた項目欄にカズキとイノリは同時に目を点にさせていた。
受付嬢が苦笑いを浮かべ説明を付け足す。
「『テスト魔導士』は生徒の数が少ないですからね、学生技師の方々はテスターの空きを待っている状態なんですよ。早くて三ヶ月。長ければ二年以上も予約待ちの生徒がいますね」
「に、二年って、私達卒業してるじゃないですか……」
「そうですね。人気のテスト魔導士の方はそれくらい予約で一杯なんですよ。アスカ君は編入したばかりなので、まだ誰も予約されていない状態ですね」
「人気ないんですね、アスカは」
「……ほっといてくれ」
ジト目でイノリを睨むカズキに「気にすることはないですよ」と受付嬢が答えた。
何でも、テスト魔導士は初めて『テスター』を行う場合に限って、技師と魔導器を選択出来る権利が与えられているらしい。
なぜなら、初めての専属『テスター』は『テスト魔導士』にとっての重要な自己PRに繋がるからだ。
なにせ、学生魔導技師はテスト魔導士の力量をほとんど知らない。
どんな武器が得意で、どれほどの魔力があるのか――
接近戦が得意なのか、遠距戦が得意なのか――
どれほどの力量があるのか。そして、期待通りの《魔導器》に仕上げる技量と責任感があるのか――
学生魔導技師はその結果を見て『テスト魔導士』に箔をつけるのだ。
そして、信頼に値する『テスト魔導士』に『テスター』の依頼が殺到するのがこの学院の伝統だ。
だからこそ、カズキはまだ誰の指名も受けていない。
まあ最も、先日のサツキとの模擬戦でカズキに対する信頼は底についているのだが、その点は受付嬢も苦笑いで受け流しているみたいだった。
「これでいいですか?」
そうこうしているうちに記入を終えたイノリが受付嬢にプリントの束を渡す。
一通り目を通した受付嬢がイノリの登録書に捺印を押す。
これで晴れてイノリとカズキは正式な『魔導技師』と『テスター』になる事が出来たわけだ。
登録が正式に受理され、お礼を言ってその場を立ち去ろうとした――
まさにその瞬間。二人の背後から思いもよらぬ爆弾が投げつけられた。
「はい、これで正式にアスカ君はヴァレンタインさんの専属『テスター』に認められました。なので、今日中に荷物を纏めて、ヴァレンタインさんの寮に引っ越して下さいね?」
「「……はい?」」
カズキとイノリの二人は受付嬢のその一言に足を縫い付けられ、油の切れた機械のようにギギギと音を鳴らしながら振り返る。
動揺をまるで隠せない二人に向かって受付嬢が躊躇いがちに口を開けた。
「えっと……ヴァレンタインさんもアスカ君も登録の時に規約に目を通しましたよね?」
「「え……?」」
規則とはあの細かい文字の羅列の事だろうか?
あまりの量にカズキは読むのを諦め読み飛ばしていた。
なにせ、『個人情報が――』『当学院は一切の――』など、極めて事務的な事だけしか書かれておらず、読まなくても問題ないと思ったのだ。
どうやらイノリも同じ考えのようで、目に見えて汗をダラダラと流しながら、ひっそりとカズキに耳打ちをする。
「あ、アスカ……読みましたか?」
「読んでないよ。面倒くさかったし……」
「その点はアスカに同意しますが、アスカは読んでおいて下さいよ」
「なんで、俺だけ?」
「だって、私はただでさえあの大量の項目を埋める必要があったんですよ? その間に規約を読むのはアスカの仕事じゃないですか!」
「知らないよ、そんな仕事!」
「お二人とも?」
「「は、はい!」」
受付嬢の困り果てた声に揃って背筋を伸ばす情けない二人。
叱られるのを今か今かと脅える二人に受付嬢は僅かに肩を落とす。
「そんなに脅えなくてもいいですよ。確かに読まない生徒も多いですしね。私も同じ説明を何人もの生徒に行っていますから、いちいち目くじらを立てたりしませんよ」
「そ、そうですか……よかった」
「でも――これに懲りたら次からは全ての規約に目を通すようにして下さいね?」
「は、はい……」
トドメを刺され項垂れるカズキに受付嬢は先ほどの説明をはじめる。
受付嬢の説明を簡単に説明するとこうだ。
魔導技師と専属テスト魔導士の寮は相部屋。それは規則として決まっている。
その理由は、寝食を共にすることで常に《魔導器》の開発に力を注ぐことが出来、結果的に《魔導器》の完成速度が速まるからだ。
だから特殊な事例がない限り、テスターと魔導技師は常に一緒にいることが義務づけられている。
テスト魔導士の寮部屋があれほど狭かった理由もこの制度によるところが大きい。
なにせ、テスト魔導士は魔導技師の部屋に住むことになるのだ。
なら、テスト魔導士に専用の部屋は必要なく、休憩所として提供するだけに留まる。
故にテスト魔導士の寮は寝られるだけのスペースがあればいい。
そう判断されて、あの部屋にはベッドくらいしか家具がなかったのだ。
もちろん、イノリはその制度に猛反発した。
「待って下さい! それは異性が同じ屋根の下――同じ部屋で寝泊まりするってことですか!?」
「そうなりますね」
「嫌ですよ! 何かあったらどうするんですか!?」
「それも規約にありますよね? 如何なる事になろうと当学院は一切責任を負わないと。私たちはヴァレンタインさんがアスカ君に襲われるようなことがあっても関与することはありません。まあ、最低限の責任くらいはアスカ君にとってもらうことになりますが……」
「最低限の責任?」
「ええ、ヴァレンタインさんとそのお子さんの面倒はキッチリとアスカ君がして下さいね? 押しつけられて困りますから」
「そ、そんなこと押しつけませんよ! そ、それにヴァレンタインさんを襲うなんて――」
カズキが真っ赤になって否定する傍らで、同じく――それ以上に頬を染めたイノリが肩を震わせながら目くじらをたてる。
「そ、そんな制度廃止にすべきです! 学院にあるまじき制度ですよ!?」
イノリの反論に対し、受付嬢が冷め切った視線でイノリを睨んだ。
その視線はもはや呆れを通り越し、怒りに染まっていた。
受付嬢に諫められたイノリはビクリと肩を震わせ、後ずさる。
受付嬢は眉を顰め、冷たく言う。
「何を勘違いしているか知りませんが、ここは学院ではありませんよ?」
「――ッ!?」
その言葉にイノリとカズキは揃って目を見開く。
その言葉を言われるまで勘違いしていた。
イノリもカズキも――この学院にいる全ての生徒は厳密に言えば生徒ではない。
そもそもこのフィニティス魔導学院は学院という体裁をとっているが、厳密に言えば十番隊の隊舎になるのだ。
この学院にいる生徒、教職員。そして目の前いる受付嬢も含めて全員が十番隊に身を置く人間だ。
カズキたち学生は『予備隊員』として席を置いているが、扱いそのものは十番隊の隊員と同じ扱い。
つまり――
「ここは軍で、そしてあなた達は兵です。規則に従うのは当然の事でしょう? 子供だからといって子供扱いするつもりはありません。多少は大目に見ますが、それでも限度というものがあります」
「う……」
「あなたが口にしたのはただの我が儘。確かにただの学院なら不適切な待遇でしょう。ですが、ここが軍である以上、軍の方針には意味があるんです。一つでも多くの《魔導器》を完成させること。そして、一人でも多くの兵士を育てる為にこの学院はあるんです。平和な場所だからと言って、その意味まで忘れられては困りますよ?」
ガンガン責め立てる受付嬢にイノリは泣きそうになりながら俯く。
そして、一言。
「……勝ってな事を言って済みませんでした……」
そう、謝罪していたのだった。
次回の更新は明日を予定しています!
また、今夜にでも活動報告にて、キャラ紹介を実施したいと考えています!予定では21時頃になると思います!




